「月光の彼方、風雪を越えて。」
週刊タニガワ日記〜積雪期編〜(第3回)
谷川岳 幽ノ沢ノコ沢大氷柱
2004年3月6日(土)
メンバー:清野(沼田山岳会)、木下(日本山岳会青年部) 、神谷(記)
報告内の★マークは、写真へのリンクです。
<大氷柱2ピッチ目の出だし>
先々週は、一ノ倉沢中央稜(岩壁)。 先週は、西面幕岩尾根(雪稜)。 ということで、今週は、幽ノ沢ノコ沢大氷柱(アイス)。 同じ谷川周辺を舞台にしつつ、ジャンルもエリアも違う三つのルートを毎週登ることになった。 2000年の7月に中央カンテ、南稜フランケ、幽ノ沢中央壁左フェースを三週連続で登った。 そのときが初めての谷川の岩壁登攀だった。 あれから3年半。冬季の谷川に毎週通うことになるとは、そのときには思ってもみなかったことだ。 天気は微妙な判断を強いられた。 というよりも、明らかに悪くなるのが分かっていた。 低気圧が、本州を直撃。その後発達して冬型が強まる予報。 たとえ天気がもったとしても、土曜の午前中までだろう、という感じであった。 急いで登れば。いや、それでも間に合うかどうか。 逡巡した挙句、とにかく行ってみることにした。 行ってみなければ分からない。 駐車場に0時過ぎに到着。寝る間もなく、そのまま準備に入り、1時過ぎに指導センターを出る。 寒気が入ると言う話だったが、全然寒くない。今週もまた暑い登攀になるのだろうか、と思う。今回はアイスだから、もっと冷えていて欲しいのだが。 明日は満月。今夜も月がまぶしいほどの光を放っていた。 トレースは一ノ倉沢の出合まで。 月光に輝く一ノ倉の岩壁。あまりにも美しく神々しい。決して写真に写し取ることのできない、神秘的な光景が広がっていた。 その後のラッセルは、膝下程度。ワカンを持ってこなかったので、ツボ足では疲れる。空には雲もほとんどない。この天気がせめて今日の午前中だけでも続いて欲しいと祈りながら歩く。 誰もいない幽ノ沢。月光に照らされる大岩壁。トレースの無い雪面が広がる穢れなき世界。 そこをひたすらラッセルしていく。ところどころ胸以上の深さになり、雪面を削ったり固めたりしながら、ようよう登っていく。展望台まで登り、さらに尾根沿いに登って行った。 そのうち、月は正面の岩壁の向こうに姿を消した。日の出も近いのか。できれば、大氷柱の取付でちょうど明るくなるくらいが望ましい。早く登って早く降りること。それが鉄則だ。 やがて大氷柱が見えてきた。 想像以上に大きい。ノコ沢の出合から見ると、とてもあれが3ピッチで登れるような氷には見えない。ゾクゾクしてきた。早く取り付きたい。知らず知らずのうちにラッセルのピッチが上がっていく。 ……しかし、急に風が強まってきた。 あっという間に、雲が出てきた。 眼の前に見えていた大氷柱はガスの中に消えていった。 天気の悪化が早まったか。 周囲は真っ白。動けなくなってしまった。 ともかく、日の出まで待機することにして、風をよけてツエルトをかぶる。 最初の30分は、何とかして登る方法はないかと考えた。 この視界の悪さでは、登るのはともかく、その後の下降が難しい。天気が回復しない限り、どうにもならないだろう。 1時間待っても、風は収まらない。気分は下山モードに入りかけていた。ここまで来たが、次の機会を狙うしかないか。外はだんだん明るくなってきた。下山するつもりでツエルトを出た。 そのとき目に入ったのは、今まで消えていた大氷柱の姿だった。<★大氷柱(右下にクレバスあり)> 下山するつもりだったのだが、吸い寄せられるように、大氷柱に向かってラッセルをはじめていた。 取付までだけでも行ってみよう。 眼の前に見えている大氷柱だが、雪は深く、なかなか近づいてこない。<★降雪の中、大ラッセル> クレバスもところどころに開いていて、それを回り込まなくてはならないので、また時間がかかる。 取付まで、と思っていたのだが、手前にクレバスが大きく開いていて、とても近づけない。右へ左へ行ってみるが、どこまでもクレバスは続いている。取付から10mくらい下だが、ここでロープを付けることにした。 天気はあいかわらずすっきりしない。大氷柱もガスに隠れたり、現れたり。 3人とも、ここまでが限界か、という雰囲気になった。 それでも、氷まで行けるかどうかだけでも見てみようと、悪あがきのつもりで、私がリードで登りはじめた。 出合からは大きさ、傾斜ともに圧倒されるように見えた大氷柱だが、近づいてみるとそれほどのものではない。傾斜も緩いし、確かに3ピッチ程度の大きさしかない。自分にも十分登れそうなレベルに見える。 ルート図にある取付のクレバスは、かなり大きく開いており、飛び越えるのも、下から潜り込むのも不可能に見えた。登るとしたら、岩の左の雪壁から行くしかない。 全く支点の取れない雪壁を30mほど登る。すると、傾斜が急になってきて、これ以上登ったら、クライムダウンするのは厳しそうな状態になった。 天気は悪く、登ったとしても下降点が分からなかったときが怖い。他の2人は、登るつもりはないようだ。ならば、ここで降りるしかない。氷に触ることはできなかったが、クライムダウンに入った。 降りても、あいかわらずガスは深く、大氷柱の上部は見えない。 やむを得ない、撤退か、とロープをしまって、下り始めた。 と、下を見ると、雪面を登ってくる人影が見えた。 これで心が揺れた。 彼らはこの天気で登るつもりか? どうやら石楠花尾根を目指しているらしい。 …………。 彼らは登ってくる。我々は、何もできずに降りていく。 これでいいのか……。 空を見上げた。 心なしか明るくなってきているような。 いや、確かに明るくなってきている。 ガスが晴れ始めている。 青空が見えている。 これは!行けるかも!! 優柔不断な我々は、ここで再び登り返し、大氷柱に挑戦することに決めた。 たとえ、この青空が、擬似好天だったとしても、このチャンスを逃したら、絶対後悔する! 1ピッチ目【神谷リード】 40m IV 先ほど試登したトレースをたどる。今度はスノーバーで一本中間支点を取った。 浅いクレバスが開いていて、下の岩が見えるところもある。雪壁に突き刺したバイルと、岩に引っ掛けたアイゼンの微妙なバランスで、身体を持ち上げる。<★雪壁を登る> 約40m。中間支点は一箇所だけ。かなり緊張した。 岩を登りきったところでビレイ点を作るが、氷がスカスカで、スクリューがちゃんと決まらない。決まっていないスクリューを三箇所と、バイルを雪に埋め込んで、少し不安だけどビレイ点とした。 2ピッチ目【清野リード】 40m IV- ここからアイスクライミングの始まり。 ルート取りによっては、かなり厳しいラインも取れるが、そんなことをしている余裕はない。この好天が続いているうちに登りきらなくてはならない。スピードを上げて、登っていく。 氷の状態は、最高。バイルが一発でバシッと決まって、安定する。ガンガン登れて、うれしくなってくるほどだ。取り付いてよかった、と心から思った瞬間。 ガスも一気に晴れて、視界は良くなった。太陽も顔を出し、気持ちがよい天気になった。<★2ピッチ目出だし><★2ピッチ目のビレイ点> 3ピッチ目【神谷リード】 45m IV 正面を直登すれば、V級くらいあるツララだが、それは無視。今は、スピード最優先。 右の緩傾斜帯から登り、ちょっと立っている凹角へ。大体において、数手登るとテラス状になっていて休めるので、ずいぶん楽。 「あと10m」とのコールがかかったが、氷はまだ続いている。中途半端なところで終わるよりは、と思い、5mほどの直登ラインを登り、一気に氷柱を抜けることを考えた。しかし、日ごろのトレーニング不足がたたってか、スクリューのセットで力尽き、フィフィテンション。 それでも、何とか氷柱は抜けて上部に出た。 アイスはここで終った。でも、氷柱の上は雪壁だった。しかもスカスカ。氷は全く見当たらない。灌木もない。岩もない。 ビレイ点に悩むが、スノーバーを2本持っていたのが幸いだった。ここでスノーバーが無かったら、スタンディングアックスビレイか肩がらみ確保しかなかっただろう。かなり急傾斜の雪面で、約2m下は氷でストンと落ちている。この場所でのスタンディングアックスは精神的に怖い。 フォローを迎えてビレイしているうちに、またしても急激に天候が変化。 ガスに包まれ、雪が降り始めた。 数分も経たないうちに、雪壁上部からスノーシャワーが降り注いできた。フォローが登っているときだったからまだ良いが、リード中にこれが来たら、吹っ飛んでしまうかもしれない。<★氷柱から雪壁へ出る部分で、風雪強まる> やはり、ここまでの晴天は擬似好天だったか。氷柱は登り終えたが、まだ肝心の下降が残っている。このガスの中、ベータルンゼの下降点は分かるだろうか。不安は募る。 二人同時登攀してきたフォローは、ロープをつけたまま雪壁のラッセルに入った。雪の状態は悪く、かなり苦労している様子。ロープはつけているが、中間支点は全くとれない。そのままコンティニュアスとして、私も登り出した。 100mほどで、石楠花尾根と合流。石楠花尾根に入っても、厳しいラッセルは続いた。途中、クレバスも何箇所か開いていた。<★天気は回復。尾根を目指す> 気付くと、また突然陽が射して来た。 堅炭尾根まで出ると、またガスだ。 めまぐるしく変わる天気に翻弄される。 堅炭尾根に出たところでロープをしまう。 ベータルンゼの下降点に着いたとき、ある程度視界があったのは助かった。間違えることなく、下降できた。傾斜は急だが、ダブルアックスで下れば、ロープなしでクライムダウンできる。 ガスの中で見え隠れする大氷柱を横目に、一気に下っていく。朝、我々の判断を変えるきっかけとなった石楠花尾根パーティは、まだだいぶ下のほうにいる。彼らは大丈夫だろうか。 風の強いところでは、朝のトレースがもうなくなっていた。 幽ノ沢の出合まで来て、ようやく一息つけた。これでもう大丈夫。 しかし、この先もずっとラッセルだった。 一ノ倉沢出合からもトレースが消えており、またラッセル。 風雪は強く、5分前に歩いたトレースも消えてしまうような状態。 昨日は寝ていない、ということもあって、もうバテバテ。フラフラになりながら、14時30分指導センター到着。 行くか、引き返すか、の判断は難しい。 戻ればもちろん、安全には違いない。冬季の登攀では、判断を間違えると、命を落としかねない。 今回の判断は、本当に難しかった。 出発前からどうしようか考えていた。 出発はしたが、取付前に天気が悪くなったので、一旦あきらめた。 一旦あきらめたが、ちょっと天気が回復したので、取付までは、と行ってみた。 取付までは行ってみたが、天気がまた悪くなったので、下降を始めた。 下降し始めると、下から別のパーティが登ってきたので、また気が変わった。 よく言えば、臨機応変。悪く言えば、優柔不断。 結果、無事登って降りて帰ってこれたから良いが、どこかがずれていたら、悪天につかまって、動けなくなっていたかもしれない。山の天気は変わりやすいと言うが、これほどコロコロ変わる天気も珍しい。これがいわゆる「谷川天気」の真髄なのだろうか。 ノコ沢大氷柱は、3ピッチとは言え、立派な氷だった。 氷の状態も良かったし、時間があれば、ラインを変えて、何度も登りたくなる氷だ。 グレードは、V-級とルート図には書いてあるが、幅が広いので、場所を選べば、そういう難しいラインも取れるかな、という感じだった。易しいところばかり選べば、IV級程度で十分登れる。 この氷、アプローチは大変だけど、一度は登る価値があると思った。 条件を見極めるのが難しいが、また登りにきて、今度は右から登りたいと思った。 |
3月6日(土) 晴れのち雪(日中-5℃〜-10℃くらい)
1:05 指導センター発
2:05 一ノ倉沢出合
2:50 幽ノ沢出合
3:30 展望台
4:25-5:45 待機
6:40 大氷柱取付下
6:55 試登
7:25 登攀開始
-7:55 1ピッチ目
-9:05 2ピッチ目
-10:10 3ピッチ目
11:30 堅炭尾根
12:30 幽ノ沢出合
14:30 指導センター着
この記録に関するお問い合わせなどはこちらから。