「2月の一ノ倉の岩壁を登ったことには違いない(と思いたい)」
週刊タニガワ日記〜積雪期編〜(第1回)
谷川岳 一ノ倉沢 中央稜
2004年2月21日(土)
メンバー:松林(YCC) 、神谷(記)
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<1ピッチ目 雪壁から岩壁へ>
ここ数日、暖かい日が続いた。 週末は南風の影響で、3月下旬から4月上旬の気温となるでしょう、と天気予報は伝える。 氷の季節は終わってしまったのか。 0時ごろ駐車場に着き、6階で仮眠。暖房が効きすぎていて、暑くてほとんど眠れない。 3時30分過ぎ、駐車場を出る。暖かい。オーバーヤッケを着て歩いていると汗だくになってくる。一ノ倉までの林道もところどころ道路が見えているし、この時間ですら道路は凍っておらず、水が流れているような状態だ。 アイゼンをつけて一ノ倉沢へ入る。 ヘッドランプの灯りを頼りに"デブリの森"の中をぐんぐん登っていく。暗くて周りははっきり見えないが、このあたりは雪崩の巣になっているのだろう。3m近い大きさの雪塊もゴロゴロしている。 先日、自然学校のプログラムの一つである「ナイトハイク」というものに参加する機会があった。 雪の積もった森に夜入り、一人になって、自然の音を聞き、自分の内面に向き合う、という企画だった。わずか15分程度だったが、静寂の中、星を見上げていると、心が落ち着き、自分が解放されていくような感じがした。 しかし、夜、山、雪、というシチュエーションは同じなのに、今置かれている状況と、そのときはなんと違うのだろうか。 雪崩の巣の真っ只中でビクビクしながら、しかも好き好んで危険な壁を登ろうと言うこの状況は一体なんだろうか。こういうのは、一般にはなかなか理解されないだろうなあとしみじみ思った。 そんなことを考えているうちにテールリッジに到着。中途半端に雪がついていて、状態が良くない。連続するクレバスを慎重に越えていく。<★中央稜から見た朝のテールリッジ> テールリッジそのものは、歩きにくそうに見えたので、右の衝立スラブ側から登ることにする。一度、"ゴッ"という音が足元から響いた。雪がその根底から崩れ始めている音。まるで地の底から悪魔が呻いているかのような音で、心臓をギュッと鷲掴みにされたような悪寒がした。 嫌らしい雪壁の処理もあったが、取付までロープを出さず、スピードを上げた。 取付に着くと、ちょうど日の出の時間くらいで、明るくなってきた。我々のほかはまだ誰もおらず、後方に2-3パーティ来ているような灯りが見えた。 壁は、黒々としており、雪はところどころにしかない。 烏帽子奥壁方面からは、豪快に水の流れる音がしており、全体がほとんど滝のように見える。<★中央稜から南稜方面を望む> 衝立岩にはほとんど雪がない。周りのルンゼからは、雪崩の合唱が始まっている。<★衝立全体写真> 横目でそんなものを見ながら、そそくさと登攀準備を整え、6時40分登攀開始。 1ピッチ目【松林リード】 最初の雪壁が少し難しい。壁になっているところを無理矢理に乗り越える。始めだけ雪があるが、その後は、ほとんど岩だけ。アイゼンが邪魔に感じる。冬は、左に回りこむ部分が難しい、とルートガイドには書いてあるが、雪がないので、それほど難しくない。<★出だしは雪壁だが><★その後は岩だけ> 2ピッチ目【神谷リード】 稜の左の凹角から、再び右に出て、さらにロープを伸ばす。 このピッチ以降、手袋をはずして素手で登る。全然寒くないし、岩が冷たいということもない。凹角部分も雪はない。右に回りこむ部分が緊張した。素手なので、ホールドはつかみやすいが、アイゼンをつけた足が怖い。A0で、何とかクリア。 3ピッチ目【松林リード】 通常よりも、ピッチ間隔を長く取っているので、ここで核心部のピッチに入った。 10月に登ったときには、右のチムニーに入ったのだが、今回その部分は、シャワーのように水が流れているし、一部ツララ状になっている部分もあったので、そこを避け左のカンテを登った。 しかし、ここがかなり難しい。トップも相当苦労しているようで、チョンボ棒を伸ばし、しかもアイゼンをはずして登っているのが見える。 ビレイ解除すると「ユマールのほうが早いかも」とコールがかかった。さすがにそこまで難しくはないだろう、と思って普通に登り出す。前半は快調にフリーで登り、余裕があったのだが、核心部分では、動きが止まってしまった。 まずはアブミを取り出してみるが、2手登っただけで次が続かない。見上げると、次の支点ははるか上だ。壁に雪は付いていないので、残置支点が見つからない、というわけではない。左にトラバースして、2-3手登るだけだが、とてもフリーで行けそうな感じがしない。確かにユマールのほうが早そうだ。しかし、いまさらユマーリングに切り替えるのも面倒だ。テンションをかけて、左に身体を振り、さらにフリーで少し登ってようやく次の支点にアブミをかける。その後2-3回アブミを掛け換えて、テラスに到達。ここが通常4ピッチ目の終了点。<★3ピッチ目の登り出し> 4ピッチ目【神谷リード】 凹角を登って、雪壁に突き当たる。久しぶりに雪が出てきた。 ピナクル手前のこの雪壁が、また嫌らしかった。雪壁手前で2手アブミを出したが、その先、全く支点が取れない。雪もグサグサで、バイルがしっかり決まってくれない。傾斜が急なので、かなり怖く感じた。<★雪壁からピナクルへ> ピナクルからさらに先に進むが、ロープの流れが悪くなったので、一旦ピッチをきる。 5ピッチ目【松林リード】 雪は無く、凹角状のフェース登りが続く。 フラットソールが欲しいところだが、素手で登っているので、アイゼントレーニングのような感じで、感触を確かめながら登る。 6ピッチ目【神谷リード】 また雪が出てきた。中間支点はほとんど取れないが、傾斜は緩いので、4ピッチ目ほど怖くはない。 あまりにもランナウトするので、途中1箇所エイリアンを使って支点とする。 7ピッチ目【松林リード】 衝立の頭へ最後のピッチ。 もう余裕だろう、と思っていたが、最後のルートを間違えて(?)、左側の難しい凹角に入ってしまう。クライムダウンしなければならないところがあり、リードはテンションをかけてロワーダウンしたのだが、フォローは怖くて降りられない。フラットソールでも難しそうな場所だ。やむなくスリングを残置して降りる。前回、こんな難しいところは無かったはずだが、とよく見ると、右側に易しい正規ルートがあった。こっちなら余裕で登れるだろう。 終了点には着いたが、問題はこれからだ。 登っている最中から、あちこちで雪崩が頻発していた。これだけ気温が上がれば、当然雪も融けてくると言うものだ。時間を考えると、中央稜をそのまま下降するのが早いのだが、本谷ににもかなり雪崩が流れてきているのが見えて、そこを通過するのは非常に恐ろしい。とは言え、一ノ倉岳経由で下山すれば、途中ビバークになり、今日中に降りられない可能性が高い。 結局、運を天に任せ、危険地帯は一気に駆け下りると言うことにして、中央稜を下降することに決めた。 後続パーティが1パーティいたこともあり、同ルートを直接降りるのではなく、少し左寄りに下降した。 が、それは失敗だったかもしれない。残置支点はないので、ほとんど、灌木に新たにスリング残置して下降することになった。途中で中央稜に合流したが、素直に、同ルート下降すればよかった、と思った。 テールリッジに降りてみると、朝登ってきた衝立スラブの雪は、全く無くなっていた。この数時間のうちに全て雪崩れてしまったようだ。朝登ってきたときに聞こえた悪魔の呻き声は、まさに雪崩の前兆だったのだろう。<★午後のテールリッジ>→朝と午後の状況比較 テールリッジは、雪が腐っているし、両側が切れているので、下るのにはかなり緊張した。途中クレバスに落ちて、胸を強打して息ができなるようなことも。幸い登り返せるくらいの高さだったが、一瞬どうなるかと思った。 登りのテールリッジではロープを出さなかったのだが、下りでは、2箇所懸垂下降でロープを出した。 テールリッジを下っているときに、衝立スラブの雪がまた崩壊して、轟音とともに眼の前を雪崩が通過していった。 あんなのをまともに食らったら絶対助からないだろう。 本谷に降り立ったら、なるべく二人の間隔をあけて、急いで下った。 もしもどっちかが埋まったとしても、もう一人が助けるか連絡に走れるようにと考えた。 ちょっと音がするだけでびくびくしたが、本谷に直接流れてくる雪崩は幸い来ず、無事出合までたどり着けた。 この下りが一番の核心で、一番緊張したところだったかもしれない。 冬壁と言うと、壁に雪がついていて、それを落としながら支点を掘り起こして、手袋、アイゼン、バイルを駆使して、必死に登るという印象があり、そういう意味では、今回は、全然冬壁ではなかった。 4ピッチ目は雪壁の処理に苦労して、かろうじて冬壁らしさがあったが、それ以外は、夏壁をあえてアイゼンで登っているような感じだった。 岩壁よりもむしろ、テールリッジや本谷の登下降のほうが冬期登攀らしく、怖さを感じた。 この時期の一ノ倉は私は初めてだったのだが、人の話では、この状態は例年の3月下旬から4月くらいだ、と言うことだった。 こういう条件のいい(?)時に登れた、という運も実力のうちかな、と思う(思いたい)。2月の一ノ倉の岩壁を登った、という事実は少なくとも嘘ではないのだから。 |
2月21日(土) 晴れのち曇り
3:35 立体駐車場発
4:40 一ノ倉沢出合(0℃)
6:15 中央稜取付(0℃)
6:40 登攀開始
-7:30 1ピッチ目(3℃)
-8:05 2ピッチ目(7℃)
-9:20 3ピッチ目(5℃)
-10:30 4ピッチ目(7℃)
-11:05 5ピッチ目(8℃)
-11:30 6ピッチ目(8℃)
-12:00 7ピッチ目・衝立の頭(10℃)
12:25 下降開始(13℃)
15:00 中央稜取付(8℃)
16:05 一ノ倉沢出合(9℃)
17:35 立体駐車場着
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