「静寂の雪原」
週刊タニガワ日記〜積雪期編〜(第2回)
谷川岳 幕岩尾根

2004年2月28日(土)〜29日(日)
メンバー:野上(アルパインクラブ岩と氷)、木下(日本山岳会青年部) 、神谷(記)
報告内の★マークは、写真へのリンクです。



<峭壁門のピークから幕岩方面を望む>


谷川岳南面の幕岩は、(初登のころの)話には聞いていたが、実際に登る機会はなかったし、登ろうという気にもなれなかった。忘れられた岩壁のような印象があるが、最近はどれほど登られているのだろうか。
冬季で言えば、幕岩Cフェースの「シーラカンス」のアイスクライミングが有名で、2003年にはその左にある「ピラニア」が初登された。

幕岩尾根は、無雪期には各フェース及びルンゼを登った際の下山路として使われるらしい。
日本登山大系」によると、無雪期には、『明瞭な踏み跡がある』ようだが、積雪期には、『アプローチと登攀終了後の下降路の長いことが特徴で、体力の養成、雪稜、雪壁登攀修練には最適のルートといえよう。』と紹介されている。

先週、中央稜を登ったときに、一ノ倉のルンゼは雪崩があまりにも怖そうだったので、行くなら尾根しかないと思っていた。そこで出てきたのが、幕岩尾根だったのだが、実際、「行こう」と言われるまで、その存在すら知らなかった。資料と言えば、登山大系くらいしかなかったが、それがまた未知の面白さをかきたててくれた。

2月28日(土)
通常は、沢を詰めて二股から取り付くらしいが、今回は、天神平までロープウェイで登り、いわお新道の尾根から二股へ下降。そこから幕岩尾根に取り付くことにした。

前日に降ったと思われる雪のため、先週よりも新雪の量は増えていた。
7時のロープウェイの始発に乗り、スキー場へ。わかんをつけて、スキー場の端をラッセル。
8時30分に下降点に到着。→幕岩尾根全体写真
幕岩を右手に見ながら尾根を下っていく。幕岩そのものは、意外に大きく、かなり傾斜がありそうに見える。いつかは、(まずは無雪期に)登ってみようかと思う。
幻の氷柱と言われる「シーラカンス」も、「ピラニア」も全く繋がっていなかった。

下降は快適。わかんをつけてさくさく降りていく。樹林帯の中を気持ち良く下って行ける。
2時間くらいはかかるか、とみていたのだが、1時間かからずに沢まで降り立った。ここからがスタート。

尾根の末端からではなく、北側斜面の適当なところから取り付く。急登の雪面を3人で交代しながらラッセル。新雪が20-30cmで、その下にザラメ状の旧雪が残っており、明らかに弱層を形成している状態。トップは膝程度のラッセルで、ところにより胸くらいまで埋まり結構大変だが、湿雪なので、トップにより雪が踏み固められたセカンド以降は、階段を登っているような感じで、全然楽となる。
それにしても非常に暑い。途中、ジャケットを脱いで、シャツだけになる。手袋も汗で内側から濡れてくる分のほうが多いくらいで、前身汗だくになる。
まるで2月とは思えない陽気。先週の中央稜より運動量が多いためかますます暑く感じる。
幕岩のルンゼには、ひっきりなしに雪崩が落ちている。特に「シーラカンス」はひどい。上部に雪田があるので、かなり大きな雪崩が何度も落ちていた。

1039mのコブ峭壁門のピーク)で小休止し、アイゼン(+わかん)をつける。<★右の岩壁がCフェース>
しばらく登ったところで両側が切れた雪稜となった。キノコ雪のように大きな塊が尾根に乗っているような状態。右は完全に切れているし、左は雪がハング状にのしかかってきている。
ここでロープをつけることにする。

1ピッチ目【神谷リード】
灌木を木登りして、尾根の左へ。雪のハング下をくぐるように進む。雪が深くて苦労する。20mほどで尾根に復帰。ところどころの灌木で中間支点を取っていく。
尾根上、平らなところでスタンディングアックスビレイ。

その先は、尾根が広くなっているので、一旦、ロープをしまう。<★広くなった尾根を登っていく>
さらに進んだところで、嫌らしい岩とヤブが出てきたので、再びロープを出す。

2ピッチ目【神谷リード】
灌木と岩を使って、尾根の左から一気に登る。ところどころ雪の下にクレバスがあって、胸くらいまで急に埋まることがある。
3ピッチ目【野上リード】
ナイフリッジ。両側とも切れていて、リードはかなり怖い。出だしは馬乗りになって越える。歩く足元から雪が崩れ、沢に流れていく。中間支点はスノーバーで。

2ピッチ分伸ばしたところが、コルになっていた。おそらくCルンゼのコルだろう。
ロープをはずしてしばらく進むが、急雪壁になり、またロープを出す。

4ピッチ目【野上リード】
急登で雪の処理が厄介。手で押し固めながら少しずつ登る。上部は灌木帯になり、支点は多く取れる。<★急雪壁から灌木帯へ>
5ピッチ目【木下リード】
木登りで始まるが、途中で岩が出てくる。岩の周りの雪は、すぐ体が沈んでくるので、非常に厄介。
6ピッチ目【野上リード】
雪稜。両側は切れているが、尾根は広めなので、ロープなしでも行けるかな、と言う程度。岩壁帯の下まで。
7ピッチ目【木下リード】
草付と木登りで始まる。一見嫌らしそうだが、灌木が多く、手が使えるので、安心感がある。むしろその先の雪壁の方が大変かも。<★出だしの木登り>

4ピッチ分伸ばして、雪壁を登ると、広い雪原に出た。俎ー(まないたぐら)の稜線が予想外に近くに見える。今日は尾根の中でのツエルトビバークを覚悟していたのだが、この調子なら、今日中に国境稜線まで出て、オジカ沢避難小屋に入れそうだ。そう考えると、士気も高まり、ラッセルのスピードも上がる。
雪原に出てしまえば、ロープの必要はない。真っ白な雪面をひたすらラッセルして進んでいく。<★気持ちの良い静寂の雪原>
しかし、幕岩の頭(?)で尾根左側をトラバースしているときに、トップの私がクレバスに落ちかけた。クレバスの深さは、見える限りでも、頭まで埋まってしまうくらいだ。下手にもがくと、足元から雪が崩れそうで、慎重に抜け出す。急いで引き返して、ロープ出すことにする。

8ピッチ目【神谷リード】
クレバスも怖いが、トラバースなので、斜面ごと一気に雪崩れてしまうのも怖い。尾根上は雪庇になっているので、尾根を忠実にたどることはできない。一歩一歩ビクビクしながら足を出す。さっきとは別の場所でまたクレバスに落ちそうになった。かなり広範囲にクレバスが走っているようだ。このあたりの雪の崩壊も近いのかもしれない。<★クレバスだらけのトラバース>

40mほど行ったところでトラバースは終了し、またロープをしまう。
あとは、稜線目指して、ラッセルを続けるだけ。黙々と雪をかき分けて進む。
尾根は遠くに見えているが、いくら登っても近づいてこない。適宜、何度も交代しながらラッセルを続ける。
そのうち、雪面の中に灌木が見えてきた。あそこが稜線か、と最後の力を振り絞って登る。
稜線に出ればオジカ沢避難小屋はすぐそこだろう、と思っていたのだが、俎ーに出ただけの事で、国境稜線はまだずっと先だった。地図を見ればすぐ分かることだが、ラッセルに夢中で何も考えずに歩いていた。
俎ーに出ると、積雪自体は少なくなったが、まだ先は長い、という精神的ショックから、足が重くなった。

17時15分。何とか国境稜線に到着。<★はるか上に見える避難小屋>
夕暮れは素晴らしく、疲れを癒してくれた。

そして、オジカ沢避難小屋へ。
が、入口が開かない。小屋の隙間から内側に雪が積もり、扉を押さえつけているのだ。
扉の上部は少しだけ開くが、中には入れない。
陽が落ちると急激に冷え込み、風も強くなった。さっきまでの暖かさがうそのようで、汗が冷たく凍る。
そんな中、少しだけ開いている隙間から、スコップやバイルで何とか雪を削って、扉を開けることに成功。
小屋の中にツエルトを張って落ち着く。

野上さんが用意してくれた夕食はある意味衝撃的だった。
食糧袋からは、ネギやら大根の塊やら大量の肉やらが出てきて、信じられないほどの量があった。その一食分だけで、通常私が山で食べる三食分くらいの量があるように感じた。

2月29日(日)
天気が悪くなるのは分かっていた。予報では夜のうちから雪になると言っていた。
朝起きると高曇りではあるが、まだ視界はあり、これくらいなら十分行けると思っていた。
しかし、肩の小屋に到着した7時30分ころから急に天候が悪化。
風は強まり、視界は50mほど。
西黒尾根を降りるつもりだったが、トレースはなく、視界は真っ白で、天と地の境も分からず、目も開けていられないほどの風で、何が何やら分からない状態。
このまま降りたら、雪庇を踏み抜いたり、尾根をはずしたりする危険性がある。
途中で怖くなって引き返し、天神平方面へと向かう。
天神尾根は、赤布がずっと立っていて、トレースもあり、悪天候の中でも安心して下降できた。
スキー場に到着するころには、ポツポツと雨も降り出していた。

そんなわけで図らずも、往復ともにロープウェイを使うことになってしまった。

幕岩尾根は、技術的にそれほど難しい箇所が出てくるわけではない。
しかし、灌木帯やナイフリッジなど変化に富んだ尾根で、とても楽しめた。
「日本登山大系」くらいしか情報が無いので、自分たちで色々考えながら登るのがまた面白い。
幕岩方面は、一ノ倉や幽ノ沢に比べて人がいなくて、静かな自分たちだけのクライミングを楽しめるのも良い。

今回は、足並みのそろったパーティで、しかも初日の天気が良かったので、下降して登り返すまで一日で終わったが、条件によっては途中ビバークになるだろうと思う。逆にもっと調子がよければ、日帰りも可能なルートかと思った。

ちなみに、ロープを出した部分では、トップとラストはロープをつないでいるが、セカンドはカラビナをかけているだけ、またはタイブロックを使用して、9mmシングルロープで登った。ロープは2本持ってきていたが、結局1本ずつしか使わなかった。


2月28日(土) 晴れのち曇り
7:00 ロープウェイ乗車
7:30 歩き出し
8:30 下降点(0℃)
9:15 幕岩尾根取付(3℃)
10:25 1039mコブ(8℃)
11:25-11:50 1ピッチ目(5℃)
12:05-12:25 2ピッチ目(10℃)
-12:50 3ピッチ目(9℃)
13:05-13:35 4ピッチ目(8℃)
-14:15 5ピッチ目(3℃)
-14:45 6ピッチ目(5℃)
-15:05 7ピッチ目(6℃)
15:25-15:35 8ピッチ目(7℃)
16:35 俎ー(まないたぐら)(1℃)
17:15 国境稜線(-3℃)
17:45 オジカ沢避難小屋(-5℃)

2月29日(日) 曇りのち雨(天神平)
4:00 起床
6:20 オジカ沢避難小屋発
7:20 谷川岳肩の小屋
9:15 天神平ロープウェイ


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