「週刊タニガワ日記(第2回)」
谷川岳 烏帽子奥壁 南稜フランケ

2000年7月23日(日)
メンバー:菅原、神谷(記)、井上(Team84所属)

   「行こか戻ろか 南稜のテラス
   戻りゃ おいらの男がすたる
   行けばあの娘(こ)が 涙を流す
   山の男はつらいもの ドコズンドコズンドコ」
    (谷川小唄 4番)

 この唄は、学生の時何も知らず呪文のように唱えていた(憶えさせられた)。当時は、南稜テラスもどこにあるのかすら分からなかったし、それが何の意味を持つのかも分からなかった。ただ、岩屋というのは凄いのだなあと、(ヤブ屋だった自分は)単純に思った。それでもなんとなく唄のリズムが心地よいし、「ドコズンドコズンドコ」という歌詞が印象的で、心に残る唄だった。
(上記の歌詞は、一般に知られているものとは違うかもしれません。たとえば、「日本の名山40谷川岳」(博品堂)では「トコ、ズンドコ、ズンドコ」となっています。長らく歌われているうちに、われわれのクラブ内で独自に変化した部分があると思われます。)

 先週に引き続いて一の倉に来た。今回は井上君という、若干16歳のTeam84期待の新星が一緒だ。彼は現在高校2年生。小さな頃から縦走と沢登りはやっていたが、岩を始めたくて、Team'84に入会。まだ入会して間もないため、本チャン経験は、先先週に行ったという谷川岳南稜のみだが、室内壁では11aを登るそうだ。将来はヒマラヤのダウチェを目指したいというアルパイン指向の若者。なんとも頼もしい限りである。
 前日の夜、一の倉沢出合にテントを張り、月明かりの中、3:30にテントを出る。先週の中央カンテと同じアプローチを進み、南稜フランケ基部である鎌形ハング下に着く頃には、明るくなってきた(4:30)。衝立岩は今日も輝いている。先日梅雨明けして、天気は非常に良い。暑くなりそうな予感。
 さっそく準備して、1P目を進む。いきなりIV+だが、岩がしっかりしていて、快適に高度を上げられる。中央ハングのあの岩の脆さとは大違いである。岩を掴む感触がたまらない。2P目もIV+。草付を掴むと緑の匂いがして、を感じる。だんだん暑くなってきた。
 3P目が核心。『日本の岩場』によると「かつてこのルートの3ピッチ目は日本でもっとも難しいフリーのピッチとされ、VI以上のピッチが続出した現在においても十分のその評価は色あせていない。」とのことで、登る前から緊張してしまう。菅原さんは相変わらずスイスイと登っていく(何せ南稜フランケは20回以上は登っているという話だから、目をつぶっていても登れるのではないかとさえ思えてしまう)。井上君も苦労しつつも岩の陰に消えていった。さて、私もどんなものかと登り出した。まず、ハングの下を右にトラバースしていく。下を見るとかなりの高度感。スタンスも小さく、足元が切れ落ちている。いざ動き出した途端に、頭がハングにつっかえて身動きが取れなくなってしまった。ここで落ちたら大きく右に振られてしまうのは必至である。行くも戻るもどうにもならなくなり、思わずA0。ちょっと悔しい。ハングを回り込むとフェースに出た。ホールドは探せばしっかりしたものがあるが、ピンが少なそうだ。セカンドの気楽さで、グイグイと登ってしまうが、リードだったら厳しいだろう。V+というだけのことはある。
 南稜フランケルート付近は、同志会直上ルートだとか、YCC左ルート、YCC右ルートだとか、さまざまなルートが交錯している。調子に乗って登っていると、いつのまにか違うルートに入り込んで、進退極まる状況になる可能性が高い。ルートファインディングが難しそうである。
 さて、核心部を終え、大テラスで小休止。夏休みに入ったからなのか、先週に増して人が多い。あちらこちらのルートに人がいて、いろんなコールがかかっている。我々は朝一番で取付いたので、順番待ちがないのは幸いである。雲がほとんどないためどんどん気温が上がって来る。暑い
 核心部を抜けたとは言え、4P目もVである。気を抜くわけにはいかない。前を行く井上君が、途中の斜度のあるフェースを直上して行くのが見えた。そのあとを取付いてみるが、これが非常に難しい。手掛かりも足掛かりもなく、悪戦苦闘。つるつるのフェースと変わらない。うーんと思った瞬間、スタンスがはずれて、身体はずり落ち、テンションがかかっていた。やばい、落ちちゃったよーと思いつつ、同じ場所を再挑戦するが、どうにも突破口が見出せず。そんな時菅原さんから「左のカンテが楽だぞー」とのコール。確かに、フェースの左側はカンテになっている。こっちは、段差が多く登るのも楽だ。これなら登れる、とほっとすると同時に、16歳に負けたというのがなんとも悔しく思う。
 さらにもう1P登った所で、南稜と合流。南稜に出た所から終了点までの2Pは私がリードした。最後の急傾斜のフェースの出口は結構緊張した。やはりリードは緊張感が違う。終了点からは南稜を懸垂下降。登って来る人を尻目に一気に下る。下界に近づくほど暑くなるが、何とか無事一の倉の出合に到着した。

 最初南稜フランケと聞いて、ルート図を見た時は、果たして自分が登れるのかととても不安があった。何せV級ピッチが連続しているし、「(かつての)日本最難のフリーピッチ」というのだから。でも、その分登りたいという気持ちも大きかった。それがどれほどのものなのかを体験してみたかったからだ。登ってみた感触として、今回はセカンドだから登れたようなものだが、さすがに甘くはない場所だと思った。高度感はあるし、ランナウトは長いし、ルートファインディングは難しそうである。結局そう言う総合的なルートの難しさは、リードしてみてこそ分かるものだと思う。今回はセカンドだったので、単純に技術的な難しさのみを要求されていたように思う。いつかはこの南稜フランケがリードできるようになるくらいまで成長したいものである。
 ところで「期待の新星」井上君は、2回目だというのに堂々とした危なげないクライミングをしていた。さすがに緊張していて、その分疲労している様子もあったが、経験を積むごとにどんどんうまくなっていくだろう。今後は人工を練習していきたいとのこと。意欲は満々。Team'84の方々に鍛えられたら末恐ろしいクライマーになるかもしれない。



7月22日(土)快晴

14:30上野発(車)
18:00一の倉沢出合(タクシー)
20:00消灯

7月23日(日)快晴

3:00起床
3:25出発
4:15中央稜取付き(ヘッドランプ脱)
4:30南稜フランケ取付き
4:45-5:15 1P
5:15-5:55 2P
5:55-6:30 3P
6:30-6:40 R1(大テラス)
6:40-7:10 4P
7:10-7:30 5P(南稜フランケ終了)
7:30-7:55 6P
7:55-8:05 7P(南稜終了)
8:05-8:20 R2(南稜終了点)
8:20-9:40 南稜懸垂下降
9:40-9:50 R3(南稜フランケ取付き)
11:25一の倉沢出合着
12:00一の倉沢出合発
13:08バス乗車(土合)


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