「カジタのおかげで生きてます。」
御坂 芦川蛇沢 千波ノ滝

2001年2月18日(日)
メンバー:岩瀬、神谷(記)

1ピッチ目を登る岩瀬さん

左手の支点が、周りの氷ごと、ボコッと音を立てて崩壊した。右手の支点はちょっとした出っ張りに引っかかっていただけだ。それもバランスを崩して外れてしまった。
気づいたときには、両手がともに空中にあった。後ろから背中のザックを引っ張られるような力を感じた。体は完全に泳いでいた。スクリューは、ビレイ点からまだ2本しか取っていない。最後のスクリューから3mは登っていた。氷の状態を考えると、すべてのスクリューがこの衝撃で外れてもおかしくない。
すべてがスローモーションで動いていた。
(バ・イ・ル・が・は・ず・れ・た)
(墜・ち・る・う・ぅ・ぅ・ぅ・ぅ・・・・)
と思っていたが、口から出たのは、
「ぬおわぉぅぅぅ」
と言う意味不明の呻き声だけ。
周りの状況と、思考回路はスローモーションだったが、身体だけはすばやく反応した。
ほとんどのけぞるような体勢の中、無意識の動作で、右手のバイルが手首のスナップで打ち込まれた。
「ビシッ。」
決まった。
ギリギリの体勢で、何とか持ち堪えた。身体の後転は、防がれた。
もし、この、右手のバイルが刺さらなかったら、と思うと恐ろしい。
カジタスペシャリストマーク2バナナピック。こいつのおかげで今生きています。

 アイスシーズンもいよいよラストを迎えた。
 今シーズンは、南沢大滝を2回(1回目2回目)、コウモリ沢雲竜渓谷&松木沢、と昨シーズンに比べるとずいぶん登ってきた。荒川出合や黄蓮谷など、まだまだ未体験エリアは多いものの、リードも始めたし、満足できるシーズンであった。
 その今シーズンの締めくくりが千波ノ滝である。
 現在ほぼ山活動を休眠中の岩瀬さんが、リハビリに選んだその滝は、「1つの氷瀑としては国内では最大級のもの」(『アイスクライミング』白山書房)であった。最近の暖冬でなかなか凍らないこの滝も、今年は万全の氷結状態である、という情報を得ていた。ガイドブックの写真を見る限りでもかなりの規模に見える。しかもバーチカル。
 大丈夫かいな、という不安とともに、相手として不足なし、と闘志が燃え上がる。今シーズンのすべてを賭けて、登ってやろう、と思った。

 車を降り、県道を回り込んで橋を渡る<Photo県道から滝を望む>。沢沿いにトレースばっちりの雪道を行く。アルパインクライミングメーリングリストの情報で、今シーズンはかなり大勢のクライマーが千波ノ滝を訪れている事を知っていた。今日もさぞかし…と思ったが、予想に反して、取り付きにいるパーティは1つ。川崎市役所の方と松本の方の混合2人パーティのみ。彼らが中央部を行くようなので、我々は左にルートをとる。
 取り付きから見上げると、圧倒的に巨大な氷瀑が立ちふさがっている<Photo圧倒的な氷瀑>。雲竜瀑もでっかいなあと思ったけど、あれは上部に行くにつれて徐々に細くなっていた。こっちは、同じ幅でどーんと屹立している<Photoどーんと屹立>。右のツララ状の氷柱は、どうにも手が出そうにない。左の方は階段状(に見える)バンドらしきものがあるのだが、水が流れているようで、氷の状態は良くない。行くのなら中央部が一番氷が厚そうだ。でも、先行パーティがそこを行くと言うのでは仕方がない。次善の策で左から取り付くしかなかろう。
 アイスクライミングが2年ぶりという岩瀬さんは、さすがにリードは難しそうなので、私がリードする。下からだと段差があるように見えるのだが、登りだすと、感覚としてはバーチカルアイスである。氷は薄そうで、水流が見えたりもするが、バイルの刺さりはよいので、こまめにスクリューで支点を取りつつ、順調に進む。下から見ると、左上する緩傾斜バンドがあるように見えたが、トラバース気味に行くよりも直上してしまったほうが楽に思われたので、まっすぐ登る。
 斜度は70度くらいか。でも気分としてはバーチカルで、腕の疲労も早い。どうにも耐えられなくなって、途中1回フィフィを使って休んでしまう。腕の力がまだまだ足りないなあ、と反省。40mほどで、傾斜が緩くなる。滝の岩と氷の間に間隙が出来て、このまますべての氷がはがれてしまうのでは、と恐ろしげなところでビレイをとる。アイスのマルチピッチは初めてなので、支点の取り方にも手間取ってしまう<Photo1ピッチ目の緩傾斜帯を登る岩瀬さん>。
 2ピッチ目は場所を選べば、緩い傾斜を進めそうに見える。だが、我々の右側を別パーティが登っており、あまりそちら方向には寄れないため、左を直上せざるを得ない。となると、結構な傾斜の部分を登ることになる。石筍のような形で、下からもこもこと生えてきている氷は、非常に叩きづらい。ストレートシャフトなので、余計に厄介だ。力任せにぶっ叩くと、玉葱の皮をむくように、氷の層がぼろっとはがれてしまう。落氷、落氷の嵐で、真下でビレイしている岩瀬さんには、申し訳ない気分でいっぱいである。叩きつけることが出来ないので、手首のスナップだけで優しくチョイっと叩いてやる。うまく決まれば、これでも十分身体を支えられるものだ。そうはいうものの気持ち的には不安が大きい。スクリューも自然と多くとってしまう。2ピッチ目をなるべく伸ばしておけば、3ピッチで落ち口まで抜けられるはずだったが、30mほど登ったところでスクリューが足りなくなってしまい、やむを得ず一旦ピッチをきることにした。ちなみに今回は、11本(非常用1本含む)のスクリューを持っていた。ビレイ用に上下で2本ずつ使用するので、非常用をのぞくと実際には6本を行動に使えることになる。5m置きに支点を取るとすると35m。理論的にはそうなのだが、リードに慣れていない身としては、3mでも次の支点が欲しくなるような場所も多く、なかなか先には進めない。
 私が2ピッチ目をリードしているとき、下のほうから叫び声と鈍い音が聞こえた。その時は何が起こったかわからなかったが、後で聞くと、下から登ってきた別パーティが、1ピッチ目で滑落。グランドフォールしたとのこと。詳細の状況は分からないが、片足を負傷してしまったようで、肩を支えられながら下っていくのが見えた。怖い怖い。
 3ピッチ目はまたも立っている。しかも氷がもろい<Photo3ピッチ目のもろい氷>。慎重に、でもスピーディに進まなくてはならない。手首のスナップを利かせつつ、着実に身体を持ち上げていく。三角バランスも意識しているが、片手だけに全体重をかけてしまうのは、なかなか難しく、Xバランスとの兼用になってしまう。絶対に三角バランスでなくてはならない、ということもないだろうから、時と場合で使い分けていくのが良いのだろう。30m進んだが、やはり、3ピッチでは上部まで抜けられなかった。スクリューも足りなくなった。落ち口まではあと25mくらいだろうか。ここで切ることにする。上を見ると、氷瀑の真ん中が縦に割れて、水流が見えている。水流の右と左でルートが完全に分かれてしまう。右も左もグレードは同じくらいに見える。川崎パーティは右を進んでいった<Photo右を行く川崎パーティ>。我々は、あくまで左寄りのルートを進んでいくのが良いだろう。滝自体には陽が当たらないものの、落ち口には日射があって、自然崩壊、自然落氷が頻発していた。千波ノ滝も今年はそろそろ終わりかもしれない、と思う。
 そして運命の4ピッチ目。氷はもろいし、傾斜は急だし、支点は取れない、バイルは刺さらない、怖い場所だなあと思いながら登っていた矢先に、左手の支点が崩壊した。右手も外れたときは、絶対にフォールだと思った。とっさに振り出した右手のバイルが決まってくれて、本当に助かった。震える身体を押さえつけ、支点の数を意識的に増やして落ち口まで一気に抜けた。立ち木でビレイ。約20mだった。
 その後、トレースに沿って右の尾根に乗り上げ、尾根上の登山道を下り、行きに渡った橋を使い、車に戻った。

 4ピッチオールリードは、かなり身体が疲労した。しかも結構なバーチカルアイスだった。氷の質はあまりよくなく、ガンガン登るというよりは、慎重に一手一手決めていかないと氷全体が崩壊してしまいそうだった。バイルが悪いのか、打ち込み方が悪いのか、ちょっとバイルで叩くとすぐ氷が割れてしまう。落氷も頻発。後ろからパーティがきていたら、非常に危ない状況だった。一瞬フォールしかけたし、全体に怖い怖いルートだったが、それだけに登り終えた充実感は何物にも替えがたい。アイスのリードの自信にも繋がった。
 今シーズンのアイスを締めくくるのには十分すぎるほどの体験だった。最後のアイスをきれいに決められたと思う。東京から2時間であんな立派な氷があるというのにも驚き。毎年凍るわけではないだろうが、バーチカルアイスを楽しむには十分な場所だ。
 しかし、2年のブランク(岩登りにも行っていない)をおいて、あのアイスを登ってしまう岩瀬さんはすごいと思う。
 さあ、来シーズンはどこに行こうかな。とりあえず、荒川出合は抑えておきたいなあ。それからそれから…。


2月17日(土)

24:00 国分寺 車発

2月18日(日) 晴れ

2:15 滝の対岸道路わき着
2:45 消灯
6:45 起床
7:35 出発
8:30 千波ノ滝取り付き
8:30−10:10 P1(40m)
10:10−11:15 P2(30m)
11:15−12:00 P3(30m)
12:00−13:25 P4(20m)
14:05 終了点発
15:00 車着


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