「雪と氷と宴の日々」
日光 雲竜渓谷 七滝沢
足尾 松木沢 黒沢

2001年2月10日(土)〜12日(月)
メンバー:羽矢、碓井(以上、山岳同人カルパッチョ)
村野、石川、武藤、原田、神谷(記)

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七滝沢F2右の石川さん

 アイスのシーズンもいよいよ終盤である。各所の状況を聞くと、「雪で埋まってしまった」と言うところが多い。もともと今週は戸台川に行く予定だった。南ア甲斐駒ケ岳戸台川。3日あるので、舞姫の滝駒津沢を登ろうと考えていた。しかし、先週入ったパーティの話で「舞姫の滝まで6時間のラッセル」とか「上部に雪が付いていて雪崩が怖い」ということを聞いた。今年は雪が多く、場所選びに苦労する。シーズン終了も早くなりそうだ。

 紆余曲折の末、日光雲竜渓谷足尾松木沢のアイスのハシゴプランに決定した。一つ一つは短いけれど、片端から登ってやろうと言う計画である。コウモリ沢に続き、山岳同人カルパッチョのお二人も同行することになった。

2月10日(土)
 初日は、雲竜渓谷へ向かう。直前の読売新聞に雲竜瀑の写真が掲載されていたと言うことで、かなりの観光客が入っていることが予想された。
 日光駅前のスーパーの駐車場で仮眠を取り、東照宮を横目に見つつ、林道に車を入れる。ゲートで停めて、そこから歩き出す。左手のゲートの先にもずっと林道が続いていたのだが、迷いもせずに右の登山道を歩き出した。トレースもしっかりしていたし、白山書房の『アイスクライミング』にも右手の登山道を行くような感じで書かれていた。しかし、何も考えていないこの一歩が、その先の運命を決めた。
 先に進むにつれ、トレースはなくなり、いつのまにか膝下のラッセルになっていた<★膝下のラッセル>。ゲートに停まっていたあのたくさんの車の主はどこへ行った?観光客ハイカーはどうした?などと思ったが、ここまできたら戻るのも癪だ。地図を確かめてもルートは間違っていないので、一気に突っ込む。
 しかし歩みは遅い。沢沿いの登山道をラッセルに次ぐラッセル。先週の杣添尾根で、ラッセルはおなかいっぱいなのに、またラッセルだ。ゲートから雲竜瀑まで2時間と予定していたが、1日かかってもとてもじゃないがたどり着けそうにない。しばらく進むと、急斜面のトラバースになった。岩に雪が付いていてとても危険。沢に下りてしまうことにする。
 この時点で、すでに12時。本来のルートは、林道を進むものだったと言うのは明らかだった。このままでは今日はラッセルだけで終わってしまうだろう。それはどうしても避けたい。たまたま沢の左右に状態のよい氷がある。状況を考慮して、今日はここを登って、幕営。明日は空身で雲竜瀑を目指そう、ということにした。

 そうと決まれば話は早い。早速テント設営<★沢沿いの幕営地>。とるものもとりあえず、氷に向かう。今回の目的はラッセルじゃないんだ。氷、氷、氷、氷を登りに来たんだ!と、名も無き氷瀑にむしゃぶりつく様に取り付く。
 カルパッチョの二人が沢の左側の立っている氷を登り始めた(15m)<★左側の立っている氷>。私は、傾斜のゆるそうな右側の氷をリードした<★右の長めの氷>。技術的にはそれほどでもないが、誰も登ってないんじゃないか、と思われる氷をリードするのは、非常にドキドキする。岩登りのルートなど、誰かが登っているのが明らかならば、同じ人間なんだから、何とかすれば登れるんじゃないか、と思える(もちろん技術的な問題で登れないと言うのはありえるが)。でも、誰も登っていないところは、もしかするとまったく登攀不可能な場所なのかもしれない、と思われ、たとえ簡単なところだとしても、緊張感ドキドキ感が全然違う。特に氷は、状況によりまったく状態が異なり、昨日登れた所だって今日は登れないかもしれない訳で、いつでも新鮮な気分で登ることができる。バイルの跡もアイゼンの跡も何も無い氷に、思いっきりバイルを叩き込むのは爽快極まりないことである。一歩一歩を慎重に、且つ大胆に登っていく。ただ、誰も登っていない氷の最大の問題は、下降支点をどうするかということだ。岩登りのように、岩壁にボルトを打ち込むわけにはいかない。スクリューを残置することは(もったいないから)できない。うまい具合に立ち木があればよいのだが。40mほど登ったところで、落ち口に出た。上部に立ち木が見えるが、残りのザイルではとどない。とりあえずスクリューを3本打って、トップロープ用の支点とする。
 左右のルートにそれぞれトップロープが引かれたので、みんな思い思いのアイスクライミングを楽しんだ<★右を登る武藤さん><★.左を登る原田くん>。今日がラッセルだけで終わらなくて本当によかった。
 一番最後に、左の立っているルートの支点を回収し、クライムダウンで降りた。ジリジリと少しずつ降りるのだが、アイスのクライムダウンは初めてで、とても緊張した。手を曲げて、なるべく下のほうにバイルを打ち込むという動作は力が入らず、でもそこに体重をかけて降りなくてはならないので、非常に難しい。下まで降りたときは、全身の力が抜けたような感じだった。
 右のルートは、支点を回収した後、上部にそのまま抜けて、大きく回りこんで降りてくることができた。

 夜はキムチ鍋。誰もいない河原の雪原での幕営は、我々しか知らない秘密の場所を見つけたようで、とても楽しかった。

2月11日(日)
 テントから出ると、雲のない快晴の空が広がっていた。今日もガシガシと行きたい。テントはそのままにして、ギアと行動食だけもって、歩き出す。沢沿いに進むと、左手にフィックスロープがある。ラッセルの急登は厳しい<★曙光のラッセル>。足を滑らせると、沢まで一気に落ちてしまいそうだ。慎重に進む、とそこに林道があった。軽装のハイカーたちがぞろぞろと歩いている。なんだか愕然としてしまう。予想されていたことではあったが、「昨日のあのラッセルは何だったの?」と叫びだしたいほどしっかりしたトレースが、林道にはばっちり付いている。長靴で歩いているようなハイカーの中、ハーネス&アイゼン&ヘルメットの完全武装の我々は完全に浮いている。そそくさとギア類をはずして、雲竜瀑へ。
 とにかく巨大であった。でっかい<★雲竜瀑を望む>。下部はピラミッド状。三角形に広がった傾斜のない氷が続く。その頂点付近は、砂時計の中央部のようにきゅっとすぼまっている。このあたりは垂直に近く、しかも氷が少ないので、ミックスクライミングになりそうだ。そして、細い氷がさらに上部へと続いている。ピラミッドの頂点まで1〜2ピッチ。その先2ピッチくらいだろうか。
 しかし、あまり氷の美しさは感じなかった。多くの人の手に染まってしまっているからだろうか、煌めくような耀くような、そんな威風堂々としたイメージかと思っていたが、意外とそんな感じではなかった。とにかくその巨大さが印象的な雲竜瀑であった。
 我々が到着したのが8時半。先行パーティがひとつ。「クライミング上だクラブ」の二人が取り付いていた。あとから仲間がまだ何人か来るとのこと。滝の状態を見ると、落氷があるので、先行パーティが登りきらないと、次のパーティはスタート出来なさそう。当然カルパッチョの二人は登るので、すべてを待って我々が登りだせるのは、早くて昼過ぎになるだろう。いったん登りだせば、上部まで抜けきらなくてはならない。となると、昨日アイスクライミング初体験の石川さんをはじめ、経験の少ない人たちは取り付くことも出来ない。状況を鑑み、今回は雲竜瀑の登攀は断念することにした。アイスのマルチピッチには非常に興味があったのだが、やむを得ない。来年度の課題としよう。ぐっと氷を睨み付けて、その場を去る。今度はアプローチを間違えず、朝一番に取り付いて、一気に登ってやるっ!
 さて、カルパッチョの二人を雲竜瀑に残し、同流の面々は渓谷を先に進む<★雲竜瀑を狙うカルパッチョの二人>。我々が目指すのは渓谷をさらに進んだところにある七滝沢。「クライミングとしては七滝沢の方が面白い」という『アイスクライミング』の本を全面的に信頼して、アプローチを急ぐ。が、七滝沢出合からはまたもラッセル。トレースはまったくない。出合のF1は、水流があるので左から高巻く。F2までが意外と長く、膝下のラッセルで1時間ほどかかる。
 F2は、右と左の両側に滝がある。右は陽に当たっていてグズグズの感じ。40mくらい。左の方が傾斜がゆるくて易しい。左側は日陰になっているので、氷の状態はよさそうだ。落ち口まで20mくらい。左の木から50mザイル1本でトップロープが可能であった。
 私は、左ルートをリードした。上部(落ち口)の氷が薄くなっており、水流が透けて見える。叩くと割れてしまった。雪が付いているし、非常にいやらしい。支点の取りようがないし、かなり緊張した。
 その後、右ルートをトップロープで。三角バランスをイメージしながら快適に登る。全員左右両方を登りきったところで、時間もないので終了とした。七滝沢の核心はこの先の「滝」なのだろうが、さらにラッセルで何時間もかかりそうで、とてもそこまで行くことは出来ない。とりあえず、2本は登れたので、よしとしよう。

 一気に下って、雲竜瀑を無事登り終えたカルパッチョの二人と合流。下降の支点は残置してあったスナーグを利用したとのこと。
 テントを撤収。車に戻り、食料を調達して、足尾に入る。

 足尾は死の街だった。そこで、住んで生活している人には悪いけれど、あの街は死んでいる。銅山の工場が、廃墟となって街を見下ろしている風景は、あまりにも異様だ。山には一遍の緑もなく、空気さえも澱んでいるようだ。恐るべき負の遺産。人間の罪の深さを思い知る。
 しかし、生きている我々は、そこから何かを学び、過去の過ちを繰り返さぬようにしなければならない。ともかく、我々は生きているのだ。そしてこれからも生き続けるのだ。なんか、そんな気分になった。
 だからこそ、死の街で焼肉を食らう。しかも七輪で。廃墟が見える公園で<★死せる街で生きる者は焼肉を食らう>。

[参考:足尾銅山関連Webページ
]
足尾町商工会・・・唯一?の公式ページ。「足尾銅山物語」は意味不明で、そこがまたそこはかとなく物悲しい。
k.t.home・・・足尾に取り付かれてしまったミュージシャンによる研究とフィールドワーク。読み応え十分。「ガイア計画」と言うのもここで知りました。
足尾銅山の歴史・・・「日本の金属鉱山」の中にあるページ。過去の写真が生々しい。
田中正造・・・足尾鉱毒問題で明治天皇に直訴した人物。理解を深めるために。



2月12日(月)
 今日は、松木沢へ向かう。そびえ立つ煙突を見つつ、今はなき松木村跡を抜けて、沢沿いに進む。松木沢「ガイア計画」と言うのがあるそうだ。ここを産業廃棄物処理場にしてしまう計画。人として、生物としてそれは許されることなのだろうか。

 ゲートを抜け、しばらく先まで車は入る。対岸に黒沢の立派な氷瀑を見て、そこを登ることにした。神谷―碓井、村野―武藤、羽矢―石川・原田、という組み合わせで、登っていく。
 さすがにアイス3日目となると、体に疲れが残っている。F1、F2は、傾斜もゆるく、らくらくに登りきれるが、F3が長かった。
 約40mのアイス。先行パーティが、中央部を登っていたので、我々は左にルートを取った。三角バランスを使いながら、ぐいぐいと体を引き上げる。ここはたくさんの人が登っているのだろうが、バイルの跡は感じられなった。ともかく上へ上へとルートを延ばす。なるべく休みながら、スクリューを確かめながら、登っていくが、どうにも体がつらい。足が持たない、手が持たない。先は長いと言うのに、手も足も震えてきた。それでも進むしかない。一歩一歩確実に決めていくが、ふとした拍子に片足が外れてしまって、ヒヤッとする。あと一歩、あと一歩と進んで、ようやく確保点へ。ここは岩にハーケンがあるので安心(古くて、半分腐っているけど)。セカンドの碓井さんを迎える。
 心地よい疲労感。頬に当たる微風が爽やかだ。この3日間を思い、よく登ったなあと振り返る。あと30分沢を詰めるとF4があるそうだ。F4は、2段40m。自分としてはもう満足していた。時間もないので、ここで終了とした。
<★F3をリードする羽矢さん><★フォローの石川さん><★F2下からF3を登る二人を望む

 3日間のアイスで、大きなルートに行ったわけではない。○○滝を登ったと言うわけでもない。雲竜瀑は登れなかったし、七滝沢もF2しか登っていない。松木沢黒沢もF4を残してしまった。でも充実度は高い。満足できる3日間だった。アプローチに苦労しつつ、誰も登っていなさそうな氷を登るのは、非常に楽しかった。
 リードも何とかコツがつかめてきた。怖くて緊張するけれど、フォローとは達成感が違う。もっともっと経験を重ね、スピードを上げていかなくてはならないと思う。進むスピード、スクリューを差し込むスピード、フォローを迎える準備のスピード。もっとてきぱきとこなす必要がある。
 今回は三角バランスをなるべく意識して登ってみた。片手を頂点に両足を三角形になるように配置する三角バランスは、Xバランスよりも安定感があるようだ。片手を下げて休むのもやりやすかった。今回は、それほど難しいルートではなかったので、思うように出来たのだが、これが厳しいバーチカルアイスだったらどうなるだろうか。どんな状況でも出来るようにマスターしておきたいと思う。


2月9日(金)

23:00 立川 車発

2月10日(土) 晴れのち曇り夕方から雪

2:00 日光駅 着
3:15 テント設営後、消灯
7:00 起床
8:15 車出発
9:30 ゲート車着
9:40 出発
10:20−10:30 R1
11:25 小屋
12:00−13:00 テント設営
13:00−16:00 アイスクライミング
16:00−19:30 夕食
19:30 消灯

2月11日(日) 晴れのち曇り夕方から雪

5:30 起床
7:15 出発
8:30−8:45 雲竜瀑
9:30 七滝沢出合
10:30 F2
13:10 F2発
13:50 雲竜瀑
14:30 テント
15:00 テント撤収、出発
16:05 ゲート車着
18:05 足尾の公園着
22:30 消灯

2月12日(月) 晴れのち曇り

5:30 起床
7:15 出発
8:00 下車
8:25 黒沢取り付き
8:40−9:00 F1
9:00−9:30 F2
9:30−10:40 F3
12:00−12:30 取り付き
12:45 車着


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