「過去の遺産」
唐沢岳幕岩 中央壁 京都ルート

2005年10月1日(土)〜2日(日)
メンバー:石原、神谷(記)
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〈上部壁A3ルーフの出口〉

唐沢岳幕岩を最初に訪れたときから、いやでも目につく大洞穴ハングは気になってはいた。<★大洞穴ハング>
『なんだか物凄いハングも目に入るが、とりあえずは関係ないので、見てないことにする。あれがウワサの「広島ルート」「京都ルート」。グレードはA3らしいのだが・・・。』
初見時の記録には書いている。
あれから5年。その「京都ルート」と相対するときが来た。
順番としては、広島ルートを先に登っておきたかったのだが、パートナーの石原さんはすでに広島を登ってしまっている。それなら京都ルートで、ということになった。
天気予報はあまり芳しくない。「曇り」とはなっているが、天気図を見ると、いつ降り出してもおかしくはない気圧配置となっている。
ここは、あまり時間をかけず、速攻で登ってしまいたいところだ。

10月1日
2週間前と同じ道を再び歩く。しかし、大町の宿まで着いても、2週間前とは全く違い、他パーティはゼロ。我々の独占状態だった。三連休ではないし、先週起きた事故の影響もあるのかもしれない。

最初の計画では、ツエルトやシュラフカバーを持って、途中ビバーク前提で登るつもりでいたが、天気の状況が良くないので、荷を軽くして、日帰りで降りてくる作戦に切り替えた。
大町の宿によけいな荷物をデポする。ビバーク装備は一切なし。ギア以外は、行動食、水、雨具くらいしか持たず、ザックを二人で一つにして、取付に向かう。


大町の宿の上からトラバース。かなり踏まれた道を歩いて、大洞穴の下に潜り込む。反り返ってみないとボルトを追っていけない。ボルト連打をたどっていくと、首が痛くなってきた。京都ルートは、ルーフの一番張り出した部分を登る。ルーフの出口にぶら下がるスリングは果てしなく遠くに見えた。
いや、登る、という表現は適切ではない。横移動して、いったん下って、さらに乗越すのだから……。こういうのは、なんと言えばよいのだろう。
ともかく、押し潰されそうなほどの威圧感を受ける。連打されたボルトが、ルーフとともに、自分の方に押し迫ってくるかのように感じる。ぎゅっと心臓が縮まる。
それでも、努めて冷静にギアの準備をする。ありったけのスリングやカラビナやボルトやピトンやカムやらを持つと、ずっしりと身体が重くなる。しかし、この重さが逆にやる気を奮い立たせる。行くしかない、という気にさせる。

1ピッチ目【神谷リード】
が、出だしのボルトがいきなりボロボロで意欲をそがれる。せっかく奮い立たせたやる気も急速に萎える。こんな錆び付いたボルトがずっと続いていたら、とても登る気になれない。しかし、登り始めたら、途中でやめることはできない。
全く登られていない、ということはないだろう、と思いこみ、覚悟を決めて、登り始める。

古いボルトは下部だけだった、その先は、(決して新しいとは言えないが)まあ何とかなりそうな支点が続いていた。
直上してルーフにぶつかり、その先は、平行移動。
アジャスタブル・デイジーチェーン(イージーデイジー)のおかげで、だいぶ楽をさせてもらったが、それでも疲れる。
ルーフの真ん中あたりで、腕が疲れて、小休止。
A3を登るのは、3年前の瑞牆の「微笑み返し」以来。あのときは、フォローだったので、A3をリードするのは、今回が初めてとなる。
「微笑み返し」では、フィフィの処理にずいぶんと手間取ったが、今回はイージーデイジー。楽なのは確かだが、水平移動となると、やっぱり手間取る。
先の支点にアブミをかけるまでは簡単なのだが、残ったアブミを回収するのが大変。体重を抜かないとイージーデイジーのテンションがゆるまないので、両側から引っ張られる形になると、なかなかうまくいかない。かなり力業で強引にテンションを抜くこと数知れず。そりゃ疲れるわ。
時間がかかってしまったが、「もうダメだ」とあきらめることなく、A3を無事抜けられたのは、やはりイージーデイジー様々、と言ったところだろう。
普通にフィフィで、もしくは、アブミだけで登っていたら、途中で力尽きていたかもしれない。<★ルーフから見下ろす><★ルーフの出口付近から>

なお、ルーフを越え、ビレイポイントのテラスに乗りあがる最後の一手があぶないので注意が必要。
横リスにアングルがはまっているのだが、下方向への加重ならテコの原理で耐えられるものの、手前に引っ張ると、すっぽり抜けてしまいそうになる。
最後の立ち込みで手間取っていると、アングルがズリズリと動き始めたので、非常に怖かった。結局、アブミ残置のまま、大慌てでビレイ点に乗りあがった。<★ルーフ出口。この次の支点が抜けそう>

ザックは荷揚げして、フォローを迎える。

2ピッチ目【石原リード】
ルート図によると、5m右にトラバースとのことだが、トラバースするような場所はない。ボルトラインは明らかに直上している。
そういえば、1ピッチ目に登ったライン左側に一本別のラインがあった。ひょっとして、あっちが正規の京都ルートか。今登った1ピッチ目は、清水RCCルート?
どうあれ今さらどうしようもない。ここは直上する。
小ハングを人工で越えて、ルーフのどんづまりへ。<★直上して小ハング><★ビレイポイント。ここから左へ抜ける>
ビレイポイント近くに、ボルトの塊が残置されていた。なんだこれ?<★ボルトの塊>
古いボルトを抜いて、新たに打ち直したのだろうか。それにしてもこんなところに残置していかなくていいのに(そうは思っても、回収してここから持って登るだけの余裕はないのだが)。

3ピッチ目【神谷リード】
第1スラブに出る。どこでも登れそうだが、残置支点が続いているので、そのラインをたどる。身体が人工に慣れると、ちょっとしたフリーでも怖く感じる。A0の連続で手早く登る。雨もぽつぽつ降ってきた。<★スラブを行く>
メガネハング下まで行きたかったが、ロープが足りず、途中の灌木でピッチを切る。

4ピッチ目【石原リード】
灌木帯を抜けて、メガネハングに取り付く。
トップが結構苦労しているようで、下から見ているだけも大変そうなのが分かる。<★メガネハング1><★メガネハング2>
灌木帯からハングまで続けて登ってしまったので、ハング下の屈曲部でロープの流れが悪くなっているのも、苦労の要因の一つ。
なんとかハングを越え、ビレイ解除するが、ロープアップ出来ないとのことなので、フィックスしてもらい、ユマーリングで、ハング下までフォロー。
ハング下のフリーも、濡れていて、いやな感じ。
屈曲部のランニングビレイをはずし、また、ザックは荷揚げして、フォローで登る。<★ザックが上がってゆく>
フォローでも結構きつい、というか疲れるピッチだった。<★メガネハングを下から見る>
ザックを背負っていたら、相当大変だったろうと思う。

5ピッチ目【神谷リード】
第2スラブを登る、のだが、どこへ向かえばよいのかよく分からない。
右に行きすぎると、山嶺第一ルートになってしまうし、左へ行きすぎると広島ルートになってしまう。残置支点もところどころにしかないので、適当に上部壁を目指して歩いていく。傾斜は緩いもののランニングビレイが取れず、猛烈にランナウトする。<★再びスラブ>

6ピッチ目【石原リード】
上部壁を目指し、さらにスラブを登る。やはり支点はところどころ。<★上部壁を目指し>
雨は降ったりやんだり。雨雲が通過したと思ったら、陽が差し始めたりと中途半端な天気。本格的に降り出したら雨具を着て、撤退も考えなくてはならない。しかし、そこまで強く降ってこないので、なるべくスピードを上げて登っていく。

7ピッチ目【神谷リード】
壁は近づくが、ラインがどこなのか分からない。<★中央バンド付近>
中央バンドに出たものの、ビレイポイントがなく、ロープいっぱいでもピッチが切れない。右の方に山嶺第一ルートのものと思われる立派なビレイポイントが見えるが、そっちに行っても仕方がない。
壁の取付は分からないが、岩壁末端の灌木でひとまずビレイをする。

8ピッチ目【石原リード】
松の木バンドに登るラインを探して、岩壁末端をトラバース。
そのうち「広島ルートに着いちゃった」とのコールが。
京都ルートの取付は、広島ルートより手前にあるはず。どうせこの上の松の木バンドで合流することになるので、見つからなかったのなら、広島を登ってもいいか、と思った。
左から広島をたどるとIV+、京都ならA1、V-となる。
フォローでトラバースしながら、もう一度注意して壁を見て登っていくと、途中にボルトの続くラインが見えた。
ここが京都ルートだろう。いったんここでピッチを切り直し、石原さんには戻ってもらう。<★トラバース(実はこの辺りが京都ルート取付)>

9ピッチ目【石原リード】
人工で一本目のボルトまでは登れるが、その次があまりにも遠いらしい。アブミの最上段に立っても絶対届かない距離。かと言って、フリーで行くには難しすぎる。おそらく途中のピンが抜けているのだろう。<★右上にピンが見えるが……>
ピトンを一本打ち足して、一歩立ち込む。
その先もピンの間隔が遠く、フリーの部分も楽ではない。
そのまま松の木バンドまで上がる。

10ピッチ目【石原リード】
そろそろ暗くなり始めてきた。
おあつらえ向きなことに、松の木バンドのテラスには、上にルーフがあり、平らで横になるスペースも十分にある。
ここでビバークか。
それともあと3ピッチ登ってしまうか。
少し迷うが、このピッチさえ登れば、あとは何とかなるだろうし、下降は暗くても問題ない。
天気が良ければ、ビバークもありだろうが、今夜は雨が降るかもしれない。明日は朝から雨かもしれない。
だとしたらやはり、今日中に登攀を終えてしまった方が良い。

結局登ることにした。
1ピッチ目のA3をリードさせてもらったので、ここのA3のリードは石原さんに譲る。<★上部壁ハング>

しかし、取付が分からない。見上げれば、スリングがだらだらと垂れ下がっているラインは分かるのだが、その下に連なるはずのピンがない。
テラスから一番近いピンは、テラスから5mくらい上だ。
取付を探し、うろうろ歩き回るが、どうやら、木登りしてスタート、であることに気づく。
手前の松の木を登って5m上のボルトに取り付く。<★木登りスタート>

少しずつ暗くなっていくなか、トップも少しずつロープをのばす。
だらだら垂れ下がっているスリングには、カラビナも残置されているようだ。いったい何のために?<★この辺りから残置スリングの連続>
フォローで登ってみるが、そのスリングを使わないとならないほど、ボルト間隔が遠いわけではない。残置されたスリングとカラビナは、見た目に美しいものではないので、全部回収してしまおうかと思ったが、面倒だったので、やめた。
スリングはともかく、カラビナを残置していく意味が分からない。

直上からルーフに乗り移るところがやけに遠い。手は届いて、アブミをかけることはできるが、乗り移る段階で、手前のアブミを回収するのに手間取る。
イージーデイジーに両側から引っ張られてしまい、にっちもさっちもいかない。
トップが、中間部にエイリアンをかませてくれていたのを利用して、何とか突破。

ルーフの水平移動にかかる頃から、ヘッドランプをつける。
ビレイ点についたときにはもう真っ暗だった。<★ハング出口><★ザックが空中を上がっていくのは、いつ見てもシュール>

11ピッチ目【神谷リード】
残り2ピッチではあるが、真っ暗ななか、A2の初見ルートを登るのはためらわれる。
ありがたいことに、ビレイ点から10mほど左上したあたりに岩小屋があった。<★雨はしのげる岩小屋>
雨は何とか避けられる。屋根のある場所からはずれてしまうが、横になるスペースもある。かなり斜めで、快適なビバークサイトとは言えないが、この際贅沢は禁物。
岩小屋までロープを延ばし、本日の行動はここまでとする。

ロープをフィックスして、セルフビレイを取る。
ガスもツエルトもないので、雨具を着て、行動食を摂ったらあとは寝るしかない。
ときおり、パラパラと降ったりしたが、本格的な雨にならなかったのは幸い。
ただし、めちゃくちゃ寒かった。
寝られたものじゃない。
身体を伸ばすと寒いので、膝を抱えてしゃがみ込んで目を閉じる。
それでも、うつらうつらと多少は眠ることができたようだ。

10月2日
0時頃目が覚めて、朝はまだ遠いな、と思っていたのだが、気づいたらもう6時ですっかり夜が明けていた。意外に眠っていたのか。<★夜は明けても雲は厚い>
行動食の残りを少しかじり、わずかに残っている水を飲んで、出発準備。

12ピッチ目【石原リード】
出だしはA1だが、二つ目のハング越えの支点が遠い。<★登りだし>
ザックを背負っているせいもあるが、アブミの最上段に立とうが、どうしようが、どうしても届かない。トップはどうやって越えたのだろう。
いろいろやってみるが、パワーを使って動けなくなるばかりだったので、ロープをフィックスしてもらい、ユマーリングで上がってしまおうかと思った。
が、ビレイヤーに声が届かない。
呼べど叫べど返事がない。たぶん、ハングをいくつも越えた先にビレイポイントがあるので、コールが聞こえないのだろう。
参った。
ほとんどのギアはトップに渡してしまっていたのだが、一本だけピトンを持っていた。サイズが合わず、かなり不安であったが、これを途中のリスにきめ、そっとアブミをかけて、何とか登ることができた。
このころ、ぽつぽつではあるが、また雨が降り出してきた。
三つ目のハングまで来ると、ビレイヤーに声が届いた。フィックスしてもらいユマーリングでハングを越える。その上のスラブも雨で濡れており、時間をかけてフリーで登るほどのこともないと思えたので、そのままユマーリングで登ってしまう。

あと1ピッチ、A1があるはずだったが、この先は、見るからに樹林帯で、登攀終了な感じ。とりあえずもう1ピッチだけロープをのばす。

13ピッチ目【神谷リード】
樹林帯に入ると、踏み跡らしきものがあった。それをたどると、右へ左へ折れ曲がって進んでおり、ロープの流れが悪く、動けなくなってしまった。
途中の灌木でセルフビレイを取って、コンテニュアスに切り替える。
そのまま20mほど登ると、もう平らで、ロープは不要と思えた。

ロープを片付け、登攀終了とする。
これで終了か。
終了点について感じたのは、達成感よりも疲労感の方が大きかった。
なんだか頭がぼーっとしている。

昨日も今日もほとんど寝ていない。
昨日の疲れもほとんど取れていない。
さらに、今の1ピッチ分で、最後の力を振り絞った感じだ。

下降するのさえおっくうに感じる。
惰性で歩いているようなものだ。

幸い、先々週の教訓からか(?)、トラバースバンドには迷うことなく合流できた。
右稜を懸垂下降するが、ロープを引く力さえないほどで、もうフラフラである。
空中懸垂で、腰に荷重がかかると、腰骨が砕けそうなほど痛い。ハングの人工の連続でかなり腰に負担がかかったようだ。
こういうときに限って、ロープは途中で引っかかり、一回登り返しとなってしまった。


大町の宿に到着。雨は次第に激しくなってきた。
昨日の夕飯と今日の朝食をようやく腹に入れることができ、ガスを使って温かい紅茶を飲む。
おなかがふくれると、頭が回り出し、落ち着いて今回のクライミングについて振り返ることができるようになってきた。達成感もじわじわと沸いてきた。
あの大ハングを越えたんだ。
あの京都ルートを完登したんだ。
無事降りてこられたんだ。
ようやく、胸の奥から充実感が吹き上げてきた。
しかし、それにしても疲れた。
ボロボロになるくらいに。
人工、人工の連続は、腕力も使うし、腰も痛くなる。

こういった、大ルーフをボルト連打で越えていくルートは、今後作られることはないだろう。今作ったら完全に時代錯誤であろうし、作られるとしたらドライツーリングのためのルートになるのではないか。
すでに時代にそぐわなくなっているとはいえ、このルートそのものの価値が損なわれるわけではない。
初登者は、このルートを開拓するにあたり、どれほどの覚悟で挑んだのだろう。アブミに立ち込んでは、ハンマーを振るい、ひとつずつボルトを打ち込んでゆくとき、何を考えていたのだろう。あえて、ルーフの一番張り出したところをルートに選び、出口を目指して、ひたすらにボルトを打ち続ける。その果てしなく繰り返される作業を考えると、頭が下がるばかりである。

あまり登られていないかと思っていた京都ルートだったが、意外に支点はちゃんとしていた。ピン抜けらしき場所も何箇所かあったが、致命的なものではなかった。
カム、ピトン、ボルトなどいろいろと持ち上げたが、結局、エイリアンとピトンを2-3箇所に使ったくらいだった。
核心部となるA3のルーフ部分の支点も、体重をかけるのが不安になるほど古いものはなかった。
しかし、今後このルートが新たに整備し直される可能性は低く、時が経つごとに風化が進むのは間違いないだろう。
いわゆる「過去の遺産」。
人気ルートは過剰に整備され、マイナールートは忘れ去られていく。
それが日本のアルパインルートの現状。自然の摂理ということになるのだろう。








10月1日(土) 曇りときどき雨
6:00 七倉発
6:45 高瀬ダム下(17℃)
7:50 大町の宿(17℃)
8:55 登攀開始(17℃)
-10:50 1ピッチ目(18℃)
-11:40 2ピッチ目(18℃)
-12:35 3ピッチ目(19℃)
-13:50 4ピッチ目(18℃)
-14:20 5ピッチ目(21℃)
-14:40 6ピッチ目(18℃)
-15:05 7ピッチ目(18℃)
-15:25 8ピッチ目(18℃)
-16:20 9ピッチ目(18℃)
-18:40 10ピッチ目(17℃)
-19:30 11ピッチ目・ビバークサイト着(21℃)


10月2日(日) 曇りのち雨
6:45 登攀再開(17℃)
-8:40 12ピッチ目(17℃)
-8:55 13ピッチ目・登攀終了(16℃)
9:20 右稜ノ頭(15℃)
11:30 右稜のコル
11:50-12:30 大町の宿(19℃)
13:55 高瀬ダム下(22℃)
14:40 七倉着(20℃)


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