「三度(みたび)の白熊」
瑞牆山 十一面岩正面壁 「微笑み返し」(4ピッチ目まで)

2002年7月13日(土)
メンバー:道家(YCC) 、神谷(記)
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<燕返しの大洞穴>

最初は1年前
初めての瑞牆山は「ベルジュエール」。力不足により大フレークを登ったところで敗退。
白熊のコル”から下降。

二度目は今年4月
「調和の幻想」を目指すもアプローチを間違え、「ベルジュエール」に転進。が、時間切れで撤退。
白熊のコル”から下降。

そして、今回が三度目。「微笑み返し」1ピッチ目のA3は何とか登ったのだが……。

三日前に通過した台風の影響かアプローチの沢が荒れていた。
砂礫が多くて、ジャリジャリしていて登りにくい。以前はもっと楽に行けたはずなのに。

最初に”燕返しの大洞穴”を見たときには、あまりの立派さに空いた口がふさがらなかった。登れるとか登ろうとかは、考えに浮かばなかった。しかし、ルート図には点線が付いているし、見上げるとスリングが垂れ下がっているのが見える。こんなところを登る人もいるもんだなあ、と感心した。

あれから1年。早くもここを登る機会が巡ってきた。登ろうという気で下から見てみるが、スリングは古そうだし、支点もあまりなさそうだし、最近登られているようにはとても見えなかった。<★大洞穴を下から
打ち直しを相当しなくてはならないだろうと覚悟をしていた。
A3(エイド3級・人工登攀最高難度)は初めての体験。A2だって必死なのに、A3なんてどんな世界なのだろうか。
しかも、打ち直し(回収)をしながらなんて。
見上げる壁のその姿は、人が触れることを拒絶しているかのように見えた。

1ピッチ目【道家リード】
残置されたアブミを足場にして一歩上がる。次の支点までは水が滴っている場所を登らなくては行けない。ぽたぽた落ちる水滴を頭から受けながら数手上がる。<★水滴を浴びながら
まずはここを直上して、突き当たったところで右へトラバースとなる。直上するだけなら、A1と同じ。最後の一歩が遠いが、長い残置スリングがかかっているので、遠慮なく利用させてもらう。
さて、ここからが核心部。アブミトラバースだ。(しかも下り気味)
腕の力があれば、雲悌のように、片手でぶら下がりつつ、ひょいひょいアブミを掛け替えていけば、あっという間に終わるだろう。支点の間隔はそれほど遠くはないし。
しかし、サルじゃあるまいし、そんなこと出来はしない。
フィフィを最大限に利用しつつ、なるべく腕力の消費を押さえて進まないと、最後までパワーが保たない。
直上だったら簡単だ。
フィフィを掛ける。手を伸ばす。先の支点にアブミを掛ける。もう一つのフィフィをその支点に掛ける。下のフィフィを回収する。
その繰り返し。
トラバースだって、基本的にはそれと同じだというのは分かる。問題は、先の支点にフィフィを掛けて、体重を移すと手前のフィフィも引っ張られて、回収がしにくい、と言うことだ。気持ちも身体も先に進もうとするから、アブミを掛けて、フィフィを掛けたら、すぐにでも体重を先の支点に移したい。
でも、手前の支点のフィフィが邪魔をして、そう易々とは進まない。

何度も失敗しつつ、ようやく分かったのは、先の支点に掛けるフィフィを長めにした方がいいと言うことだ。

つまり、
図1 【図1】  ではなくて   図2【図2】  にならなくてはならない。


と言うことだ。
※V字の上2点が二つの支点。
下部の頂点に荷重がかかる(つまりクライマーの位置を示す)。
頂点から出る2本の線は、スリングを示し、その先にフィフィが掛かっている。
左から右へトラバースしていくと想定している。


同じように見えるが、図2は右側のスリングが長いのがポイントだ。
図1の状態だと、左右のどっちにも余裕がないので、身動きがとれない。
図2の状態なら、このまま身体を左の支点に引き上げれば、左のフィフィは楽にはずれる。右スリングが長い分、大きく振られることになるが、今はずしたフィフィを早めに右の支点に掛けることができれば、うまく移行できるだろう。
右スリングを(アジャスタブル)デージーチェーンにしておくと、さらに楽になるかもしれない。

と、それに気づいたのは、ピッチの半分以上過ぎたころで、そこまでは四苦八苦の連続だった。どうしてもフィフィが回収できないので、いっそのことフィフィのスリングを切ってやろうかと思った。

幸いだったのは、想像していたよりも支点の状態が良かったことだ。
確かに今にも折れそうなハーケンもあったが、結構新しそうなボルトも多かった。

結局、リードの道家さんが打ち足したのは、ハーケン一本だけであった。(それも無事回収できた)

ハング部分が終わったときには、心から安心できた。もう、フィフィの回収に悩まされないでいいんだ。
しかし、身体には重く疲労感が残っていた。パワーのセーブを心がけていたが、予想以上に力を使ってしまっていた。
<★トラバース><★出口は近い><★支点は続くよどこまでも

2ピッチ目【神谷リード】
出だしは普通のフリーのフェイスルート。
A3の後だと、なんだか普通って素晴らしいと思える。
フェイスを15mほど進んで、小さなバンド状テラスに出たところで、左右どっちに行って良いか分からず行き詰まる。
うろうろ歩いてみるが、右も左も支点らしいものが見あたらない。
あまり右に行くと隣のベルジュエールのルートと合流してしまいそうだ。
とは言え、左はヤブっぽくて、こっちがルートであるという確信が持てない。
とりあえず、ピッチを切って、道家さんを迎える。<★普通のフェイスルート

3ピッチ目【道家リード】
やはり右はベルジュエールになってしまうようで、左に進むことにする。
リードは、ロープの流れが悪いのか、動きが遅々としている。姿は全く見えないので、状況が分からない。しばらくして、ようやくコールがかかった。
ロープを辿っていくと、ヤブの先の汚いチムニーを登っていた。
支点はカムのみ。
残置は見あたらず、よくここを進む気になったものだ、と思う。
上に行くほど広くなって、バックアンドフットもできない。クラックがあるので、それを利用すればフリーでも行けなくはなさそうだが、いかんせん壁が濡れている。
早々に諦めて、アブミを取り出す。
チムニーが終わったテラス状部分に立つと、リングボルトがあり、ここが正しいルートであることが知れる。

フェイスを更に人工で先に進む。出口で微妙に嫌らしいムーブを強いられる。

4ピッチ目【神谷リード】
左にはクラック、右はブッシュ。
残置支点はないので、どちらもルートのように見えて、どちらもルートではなさそうにも感じる。クラックで進んだはいいが、行き詰まってしまうと戻るに戻れないので、ブッシュ方面にルートを取る。
しかし、そう簡単ではなかった。
結局クラックが出てきた。
2-3手フリーで行ってみるが、1ピッチ目の疲労からか、力があまり入らない。
躊躇なく、人工を交えつつ、15mほどのクラックを抜ける。

抜けたところは、”白熊のコル”。
ベルジュエール4ピッチ目の終了点。大フレークの直下だった。
微笑み返しは、大フレークの左のクラックを進むはず。これはおかしい、と今頃思ってもすでに遅い。そのままフォローを迎える。
しかし、大フレークを登るにはギアが足りない。
春一番には先行パーティがいて、時間がかかりそう。
やむを得ず、コルから大フレーク下を懸垂で降りて、微笑み返し正規ルートに合流。

5ピッチ目【神谷リード】
出だしは人工。アブミの掛け替え。
テラスの灌木が、根っこごとはがれそうで怖い。
更にフェイスを登ったところからチムニーに入る。
そこが難しい。
支点が奥の方にしか取れず、思いっきり腕を伸ばしてようやくカムをセット。
さて、そこから登り出すか、といったところで、大粒の雨。

朝から雲の多い天気で、時々ポツポツは来ていた。
予報では、18時頃から降るかも知れない、と言われていた。しかし、まだ12時。早すぎる。
と思うものの、この降りの激しさは本物で、この先弱まるとは思えなかった。
加えて、ルートはチムニー&クラック。濡れていたら、登るに登れない。
核心部はあと2-3ピッチだったが、上部に抜けるためにはあと8ピッチもある。
これではどうにも……。

このピッチをさくっと終わらせて、とも思うが、見るからに時間のかかりそうなピッチだ。
やむなく退却を決める。
せっかく苦労してセットしたカムだったが、それを外し、手前のボルトにカラビナ残置して下降。

またしても”白熊のコル”からの下降だ。
いったいいつになったらこの先に進めるのだろうか。
今回こそは、と思ったのだけれど。

私にとっての白熊は、大きく偉大な存在である。
それを越えるにはまだ力が足りないようだ。






7月13日(土) 曇りのち雨
6:00 起床
6:55 駐車場出発
7:45 取付着
8:15 登攀開始(17.4℃)
10:35 〜1P(17.7℃)
10:55 〜2P(19.7℃)
11:35 〜4P(白熊のコル・21.4℃)
12:05 〜5P(下降開始・19.9℃)
12:50 取付着(18.6℃)
13:25 取付発(18.2℃)
14:05 駐車場着(20.1℃)


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