「天高く アブミかけかえ 秋の空」
唐沢岳幕岩 大凹角ルート、畠山ルート

2000年10月7日(土)〜9日(月)
メンバー:菅原、三堀、神谷(記)
(三堀は、大凹角ルートのみ)


 木曜日を過ぎると、会社で暇を見つけてそっとインターネットに接続する。
 見るのは天気予報のページ。
 長野の週末は・・・、
 「晴れマーク」だと、うれしいという気分と同時に、岩壁で人工のリードをしている自分の姿のイメージが脳裏に浮かび、心臓がどきっとする。
 手のひらにじっとりと汗がにじみ出し、緊張してくる。登りたい、リードがしたい。でも、本当にできるのかな、と言う不安もある。
 「雨マーク」だと、失望して、それじゃ今週末どうしようかな、と言う気分。
他のページも見に行って、(どうせ予報は同じなのだけど)やっぱり雨か、と暗い気分になってしまう。
 晴れなら晴れで、雨なら雨で、マーク一つで一喜一憂。
 週末が近づく度に、心が落ち着かなくなる。
 どきどきしつつ、結局雨、と言う週末が3週続いた
 室内壁やゲレンデに行ってみるが、やはり心は晴れない。でっかい本チャンルートで思いっきりクライミングしたい、という気分は日々強くなってくる。
 そして、10月の三連休がやってきた。天気予報によると、最終日はすっきりしないが、その他はまずまずのようだ。行くしかない。多分夏のアルプスは今週が最後になるだろう。あと2−3週間もしたら雪が降る。そうしたらもう雪山だ。気合を入れて、唐沢岳幕岩へ向かう急行アルプスへ乗車する。

10月7日(土)大凹角ルート
 信濃大町からタクシーに乗り、高瀬ダムの下で降りる。秋の澄み切った空が高く、紅葉した山は、赤や黄色が目にまぶしい。寒いくらいの空気だが、ピリッと心を引き締めて、これから向かう幕岩への意気を高めてくれる。
 沢沿いに進むアプローチは、あまり良くはない。滑りやすい岩を慎重に進む、崩れやすいガレ場を一歩一歩あるく。特に「金時の滝」を左から高巻く部分は、細心の注意が必要。ガラガラのガリーで、人の頭くらいの石が余裕で落ちてくる。フィックスロープがあるものの、古いため完全に信用できるほどしっかりしてはいない。先行パーティがいたなら、少し待ったほうが無難だと思える。

 金時の滝からさらに沢沿いに進み、車道から1時間半ほどで「大町の宿」に着く。「大町の宿」は、想像以上に立派な岩小屋で、完全に雨はしのげるし、岩小屋の中に水場まである。我々が一番で着いたので、早速場所を取ったのだが、6−7人くらいは寝られるだろう。天井部分にはロープも張り巡らされ、ギア置き場にもなる。なんとも快適な場所だ。

 宿泊地の良さに感動しつつも、休憩もそこそこに早速「大凹角ルート」へ向かう。
 大町の宿から取付きまで30分くらい。眼前に広がる岩壁はまさに「幕岩」。横に広がるその大きさは、これから始まる登攀の意欲をそそるのに十分だ。なんだか物凄いハングも目に入るが、とりあえずは関係ないので、見てないことにする。あれがウワサの「広島ルート」「京都ルート」。グレードはA3らしいのだが・・・。

 さて、A3は置いといて、大凹角の1ピッチ目に入る。最初の凹角のA1は、ピンも近く快適に越えられる。3ピッチ目の洞穴テラスの上の人工が、濡れていてちょっと嫌な感じ。その先のスラブの右上は、まっすぐ右を目指すと行き詰まる。ボサテラスに出るためには最後にいったん左から回り込まなくてはならない。これが分からずにしばらく時間を食ってしまった。
 大テラスから中央バンドは広い平原のようなものだ。下部岩壁と上部岩壁を分けており、休憩にはちょうど良い。残置支点もほとんどないので、潅木でランニングビレイをとりつつザイルを一杯に伸ばして、一気に通過する。

 次のフェースA1が核心だった。濡れていて滑りやすい人工。一つ目のボルトはすぐにあるので、そこにアブミをかけるが、その先が見つからない。右側は壁が頭の上にかぶさってきていて、押さえつけられている。左側の岩の割れ目にフレンズをかませてみるが、岩が脆いので落ちたら多分岩ごと外れるだろう。しばらく粘ってムーブを考えてみるが、「ここは思い切って行くしかない!」と心を決めて、一歩踏み出す。濡れてはいるが、意外にホールドはしっかりしている。グッグッと体をひきつけて、岩に乗りあがる。左側を見ると支点があった。少しほっとして、ヌンチャクをかける。そのまま左の凹角を登る。が、あれっ何か違わないか?距離的にはこのあたりに確保支点があるはずなのだが、見当たらない。そういえば、ルート図には「右上する」って書いてなかったか?不安を感じつつ、先を見ると左上するランペがある。ランペの基部、ここから右下のほうに支点らしきものが見える。ともかくそこまで下るとやはりここが確保支点。どうもルートを間違えたようだ。最初のボルトから、左に行くのではなく、右壁に行くべきだった。そちらがボルトラダーになっていたようだ。しかし、いまさらどうにもならない。続く二人もこの間違えたルートを登って来た。素直に行けば左だと思ったんだけどなあ、すみませんでした。

 10mの短いピッチをはさみ、いよいよ最終ピッチ、出だしの人工はボルト間隔が短く問題ないが、出口が嫌らしい。人工では、いつものことだが、出口でフリーになって乗越すのが、一番怖いところだ。その先は樹林の中のようなルンゼを進む。そして、ラスト。体をぐっと持ち上げると、視界が開け、目に太陽の光が差し込んでくる。壁の向きの関係で、ここまでまったく太陽が見えず、じめじめした壁をひたすら登ってきていたので、その暖かさ、まぶしさは心に染みる。フォローのビレイをしつつ、その心地よさにじっくりと浸る。今回は本チャンルート初のオールリードを完遂した。リードは緊張するが、やり遂げたあとの充実感はたまらないものがある。暖かな陽射しのもと、幸せを噛み締める。
 このあと、右稜を懸垂下降した。潅木、浮石が多く、上手くやらないとザイルが引っかかりやすい。我々は、この日も次の日もザイルが途中で降りてこなくなり、登り返しを食らった。大変な時間のロスである。
 この日、大町の宿では、立川山岳会の代表の丸橋さん、清田さんと一緒になった。菅原さんが以前同会に所属していたので、顔見知りである。他パーティもいなかったので5人で場所を独占し、盛り上がった。

10月8日(日)畠山ルート
 4:00起床。暗い中B沢を登る。取付きでギアの準備をし終わる5:30ころ、ちょうど明るくなってきた。予想通りだ。
 早速菅原さんリードで壁に取付く。今日は、畠山ルート。菅原さんとつるべ(2人交代)で進む。畠山ルートは、「幕岩において大凹角ルートの次に人気の高いルート」(山と渓谷社「日本のクラシックルート」)とのことである。しかし、人気が高いといっても谷川や北岳のように順番待ちになることはまったくない。今回は、我々のほかに4パーティくらいが幕岩に来ていたが、それぞれが思い思いのルートに行っており、行き先がかぶることはなかった。他パーティを気にせず、自分たちのクライミングを思い通りにできるというのは、この上ない喜びであろう。紅葉と秋の高い空の下での登攀は、その喜びを倍増させてくれる。

 3ピッチ目、下部からも顕著に見える「赤茶けたチムニー」の左壁を人工で進む。「日本の岩場」ではA2、「日本のクラシックルート」ではA1+のところだ。菅原さんのリードを見ていると、かぶっているところもあって、なかなか難しそうだ。しかし、いざ取付いてみると、それほど難しくはない。先日行った、衝立岩雲稜第一ルートと比べてしまうと、空中でのアブミかけかえがほとんどない分、意外と楽に進める。ちょっと時間はかかってしまったが、なんとか順調に進んだ。
 続く凹角(V)をリードする。「日本のクラシックルート」によるとここが核心部とのことだ。最初から濡れていて滑りやすい。スタンスも細かく、乾いているのならともかく、これではちょっとフリーでは難しい。最初からA0を使う。しかし、その先は壁も少し乾いていて快適であった。難しく感じるがなんとか登れる、というレベルがちょうど良い。

 中央バンドに出るが、ルートはまだまだ続く。畠山ルートは全13ピッチ(予定)である。先は長いので、少し腹ごしらえをしてから先へ進む。
 次の「クラック右上」は、間違いないと思う。確かにクラックを右上した。この先で「大チムニールート」と「畠山ルート」が分かれるのだが、このあたりから、ルートが怪しくなってきた。畠山ルートに分かれた1ピッチ目を私がリードした。「フレーク状のクラック」はレイバックなどを使いながら、快適に越える。フレンズがばっちり決まっていい感じだ。最後に大木の根っこがあり、そこに古いスリングがかかっていた。そこを越えたあたりから、「おや?」と思った。その先はどう見ても樹林帯。岩なんてないのだ。ルート図を確認すると、次に来るのは「チムニー右のフェース」となっている。しばらくうろうろするが良く分からない。仕方がないので樹林帯を登る。と、なんとか岩に出た。フェース状のところをリングボルトが連打されている。しかし、これはフェースなのか?距離的にここを登ると、ザイルが足りなくなりそうなので、一旦切って、菅原さんに来てもらう。

 ここしかないだろうと言うことで、ともかく菅原さんがリードして進む。しかし・・・。ボルトラダーを人工で7つくらい進んだところで、「ここで終わってるよ―」との声が聞こえてきた。右にも左にももちろん上にもボルトはないようだ。つるつるのフェースがずっと続いているところなので、いきなりフリーに変わると言うことはありえない。やはりルートが違うのか。しかし、菅原さんは進むべき道を見つけた。それはなんと背中側だった。

 そこは、四角錐(ピラミッド形)の一つの面をなくしたような場所だった。底面で私がビレイを取っている。私から見て、左側と背中側に壁があり、上に行くにつれて、だんだん狭まっていく形。正面の壁を菅原さんが登っていた。その正面の壁から、背中側の壁に移ろうというのだ。しかし、背中側の壁は、左足をアブミ最上段にかけ、右足を思いっきり空中に投げ出すとようやく届くような距離だ。行けるのか?と見ていると、その両足を目一杯広げた状態から、身体を返し、背中にある壁に体重を移動させた。なんというアクロバティックな動きだ!下から見ていてまさに神業としか言いようがない。鳥肌が立ってきた。凄いものを見てしまった。よくあれで墜ちないものだ。

 菅原さんによると、その先に支点は続いているとのこと。それじゃ、今のが正規ルートなのだろうか。あんなの5.11くらいの動きではないのか。やっぱりおかしいよ。私には今のムーブはどうしたって無理なので、お助けシュリンゲを下げてもらう。フォローだし、ザイルもあるから、ちょっと挑戦してみようかな、と思ったが、足を一歩踏み出すことすら出来なかった。不甲斐なくお助けシュリンゲにアブミをかける。

 そこを抜けても、そんな楽なところではなかった。ホールドスタンス共に細かい。思わずテンションをかけたくなったしまうところもあった。「テンショーン」と叫びたくなるところをぐっとこらえる。テンションの「テ」の字が喉まで出かかる。テテテテテテ・・・。いやいやいや、だめだだめだだめだ。がまんがまんがまん。でもでもでもでも。足はミシンを踏んでいる。テテテテテテ・・・。手は、岩をまさぐりつづける。もうもうもうゲンカイ(限界)ゲンカイゲンカイ。でもだめでもだめ、ここはここはがまんのしどころ。テンションなんかかけないぞ。そうはいってもそうはいっても。足の震えが大きくなってきた、手も震えてきた。いかんいかん。テテテテテテテ・・・
 そのとき、左手が金属質のものを探り当てた。あっハーケンだ。助かった。急いでアブミをかける。体重移動。ふぅ。

 なんとかたどり着いたその場所は、「大チムニー」と「畠山」の合流点らしきところ。直上するとA0のフェース。左にも踏みあとがあり、こちらが今は使われなくなった「オリジナルライン」らしい。ルート図通りだ。正規ルートに復帰したのか、とほっとして、A0のフェースをリードする。しかしフェースはすぐ終わり、また樹林帯。岩はどこへ行った?ハーケンは所々あるのだがはっきりしない。樹林を抜け、ハングする岩を直上すると、またもルートを見失う。菅原さんにリードしてもらうが、ルート図にある「スラブ」は陰も形もなく、潅木の樹林を進む。枝を分け、倒木を乗越え、まったく藪こぎである。スラブはどこだ。ルンゼはどこだ。岩はどこだ。良く分からないままピッチを重ねる。気づくと、トラバースする踏みあとに合流した。どうやらここが終了点?判然としないまま、ザイルははずして踏みあとをたどる。しかしこれもあっという間に分からなくなり、再び藪こぎ。けものみちだか踏みあとだか分からないような場所を漕ぎ分けて進むと、いつのまにか西壁ルンゼに出た。そこをクライムダウンし、少し戻るような形で懸垂下降すると、昨日の大凹角ルートの終了点に到着した。ともかく分かる場所に出たことを喜び、握手をして、労をねぎらう。お疲れ様でした。

 その日夜半から雨が降り出し、9日は朝から下山した。アプローチルートは雨が降ってますます滑りやすく、岩も崩れやすくなっていた。金時の滝のルンゼでは、ザイルを出して懸垂下降するが、落石が多くて大変だった。

 唐沢岳幕岩は、悪いアプローチがあって、土日の週末で行こうとすると短いルートしか登れない。ビバークの用意をしていくか、中一日で長いルートに行くのが良いだろう。大町の宿はこの上なく快適。今回テントもツエルトもなくシュラフ、シュラフカバーでごろ寝であったが、意外とそれほど寒くはなかった。夏なら十分快適に過ごせるだろう。ただし、夏は虫が多いのが難点らしい。大町の宿からは、岩場の取付きまで短いのも魅力的である。
 岩壁自体は、あまり日があたらないので、湿っている部分が多かった。その名のとおり凹角が多い「大凹角ルート」は、特にそれが顕著で、ほとんど濡れているような感じがした。畠山ルートは、それほど感じなかったが、やはり濡れていると滑りやすく、緊張する。
 結局畠山ルートは、あれが正規ルートだったのだろうか。どこかで間違えたとしか思えない。途中で復帰したように思えたが、その先でも樹林帯にはまり込んでしまった。人があまり入らない山は、やはりルートファインディングが大きな役割を持つとあらためて思った。終了点から懸垂下降の右稜までのルートも判然としない。夏に来た菅原さんも、同じような藪を漕いで西壁ルンゼから回り込んだとのこと。でも、いくらなんでもあんな藪をみんなが漕いでいるということは考えられないので、他にルートがあったのではないかと思う。
 全体的に見ると、幕岩はピッチ数も多く大岩壁を登ったと言う充実感が得られる。人も少なく静かであると言うのも魅力だ。東京からはちょっと遠いので気軽には来れないが、面白そうなルートは多い。
 次は、雪の大凹角か?



10月6日(金)

23:54新宿発急行アルプス号

10月7日(土)

5:18信濃大町着
5:40タクシー乗車
6:10七倉着
6:30ゲート開放、七倉発
6:45タクシー下車(高瀬ダム下)
8:25大町の宿着
8:55大町の宿発
9:10−20右稜のコル
9:25大凹角ルート取付き
9:50P1
10:15P2(洞穴テラス)
10:40P3(ボサテラス)
11:05P4
11:20P5(大テラス)
11:55−12:05P6(フェース取付き)
12:50P7
13:10P8
14:00−15P9(終了点)
16:00右稜のコル
16:20大町の宿
19:00消灯

10月8日(日)

4:00起床
4:55大町の宿発
5:05−30畠山ルート取付き
6:20P2(赤茶けたチムニー手前)
7:55P4(スベリ台テラス)
8:30P5(三寸バンド)
8:45P6
9:20−35P8(大広間テラス)
9:50P9
10:25P10
11:30P11
12:00P12
13:05P13(終了点?)
14:05大凹角ルート終了点
15:55右稜のコル
16:05大町の宿
18:30消灯

10月9日(月)

5:00起床
6:25大町の宿発
7:55金時の滝上(懸垂下降)
8:40金時の滝下
9:20高瀬ダム下(ちょうど降りてきたワゴンタクシーに乗る)
10:00七倉着


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