「ハング ハング ハング ハング」
谷川岳 衝立岩雲稜第一ルート
2000年8月27日(日)
メンバー:菅原、神谷(記)
目を閉じると、あの瞬間が蘇る。 |
「ツイタテ」なんて遥か先のことだと思っていた。まだ谷川は3回しか登っていない。そもそも人工登攀だって、数えるほどしかやったことがない。まだまだ経験が足りないと思っていた。 今回ご一緒する菅原さんとの話で、「第一ハングまでで時間がかかりすぎたらそこから下降しよう。」ということになった。第一ハングからなら、下降も楽だし、状況も見ることができる。とりあえず、その線で行ってみることにした。 最初に一ノ倉に入ったとき(烏帽子奥壁中央カンテ)、衝立岩を目の前にして衝撃を受けた。下から上までほとんど垂直に見える壁。しかもルートは、ハングしている部分を登っていくという。恐るべき世界だと思った。同じ岩登りとはいえ、傾斜のある壁をそろそろと登る今やっている世界とは、別次元に思えた。 でも、いつかは行ってみたいと思った。もしもあそこを登れたなら、自分の中で何か世界が変わるのではないかと思った。 新たに、PETZLのTIBLOC(宙吊りからの事故脱出用)と、スカイフック(ピンがないときに岩の出っ張りに先端の鉤を引っ掛けて登る)と、アブミ予備を買い足して、衝立岩に向かった。 3:30起床。谷川岳登山センターを出て、一ノ倉出合へ。出合からのアプローチでまず驚く。わずか一月前にここに来たばかりなのに、様相が一変していた。以前は、雪渓をずっと歩いてテールリッジの取付きまで行ったのだが、すでに雪渓はほとんどなく、あったとしても崩壊の危険があり、雪渓上は歩けない。夏道となる高巻ルートを進み、ようやくテールリッジまで到達。そう言えば、8月はじめに谷川岳で鉄砲水があった。これだけ雪渓が溶けていれば、流れ出す水の量も膨大だろうと思う。 テールリッジからは見なれた場所。中央稜の取付きから、右にトラバース。藪っぽいところを抜け、「アンザイレンテラス」に出る。ここで6:10。今日は我々が一番乗りのようだ。 見上げると首が痛くなるような岩壁。第一ハングに阻まれて上部までは見渡せない。さて、おっぱじめますか。 1ピッチ目は、なんと言うこともない凹角(V)。順調に進む。空には雲が多く、太陽は見えず。今日は一日持つかどうか不安な天候だ。 2ピッチ目。いきなり核心部となる第一ハングである(IV、A2)。リードの菅原さんもじりじりとしか進まない。後続パーティが下に2−3来ているのが見える。菅原さんの姿がハングの向こうに消えた。さあ、自分の番だ。 最初はフリーで進むが、ハングのトラバース部分から人工登攀となる。今までの人工の経験は、穂高屏風岩の雲稜ルートなど、ボルトラダーで垂直の単純なアブミのかけかえがほとんどだった。だからこんなトラバースの人工は戸惑ってしまう。やたらと腕の力を使ってしまい、すぐに消耗する。休むのが難しい。核心のハングの乗越の前にすでに腕がパンプしていた。何とかハングを超えるが、すでにへとへとであった。 「第一ハングまでで時間がかかりすぎたらそこから下降しよう。」という話を思い出す。菅原さんもどうするか迷っているようだ。しかし、ここまで来たら、下りたくはない。衝立を登れるチャンスは再び巡ってくるか分からない。できれば是非とも今日登りたい。「この先はハングはあまりない」という菅原さんの言葉に支えられ、先に進むことにした。 3ピッチ目。第二ハング(IV、A2)。先ほどのビレイ点から、後続パーティが第一ハングを登ってくるのを見ていた。そこでふと気づいた。「そうかフィフィだ」(フィフィは、鉤状の平たい金具。カラビナ等に引っ掛け、そこからスリングを腰ベルトに伸ばすことにより、体重をフィフィにかけて休むことができる。)2ピッチ目は、フィフィをほとんど使わず、休むときも腕の力に頼っていたので、あっという間に疲れてしまったのだ。後続パーティのトップは、フィフィの使い方が巧みで、何個ものフィフィを使い分け、上手に休みながら、高度を稼いでいた。なるほど、とそんな基本的なことに今ごろ気がついてしまう。 見よう見真似でフィフィを使い出し、多少は腕の消耗を押さえることができた。しかし・・・。 第二ハングの手前のトラバース。右上ルート。左足で、アブミの最上段に乗っかる。次のピンは、右上の高いところにある。そのまま手を伸ばしても届かない。右足を、不安定ながら軽く壁に押さえつける。身体を壁にへばりつけて、じりじりと右手を伸ばす。ハングはしていないが、ほとんど垂直に感じられる壁。足元には何もない。下まで切れおちている。あと10cm。あと5cm。右手を・・・。と思ったところで、身体が中に放り出された。足がスリップしてバランスを崩してしまった。幸い、左手はアブミのテープにかけていたし、何よりフォローだったので、ザイルが体重を支えてくれた。「宙吊り」にはならなかったが、危ないところだった。リードだったら、と考えると恐ろしいことだ。 深呼吸し、息を整え、震える身体を押さえつける。再び同じ動作に挑戦する。進むしかない。そのためにはこれしかないのだ。 4ピッチ目。凹角の左上(IV,A1)。何とか第二ハングも抜けた。次は左上して行く。もともとフリーが混じるピッチなのだろうか。1ヶ所人工にしてはピンの間隔が遠いところがあった。そのため、菅原さんがハーケンを1本打った。ピトンの歌声が聞こえる。ハーケンは、私が通過したあとで回収したが、確かに人工で行こうとするなら、そのピンがないとほとんど不可能に思えた。後続パーティはハーケンを打ち足してきたようには見えなかったので、やはりあそこは、フリーで抜けるのが正解のようだ。もちろん、雲稜ルート自体、オールフリー化されているので、「フリー」「人工」という区別がナンセンスなのだが、あれをフリーというのもかなり難しそうに感じた。 5ピッチ目。第三ハング(A1)。そろそろハングはもういいよ、と言いたくなってきた。空中でのアブミのかけかえ。足のつかない恐怖との闘い。だんだん精神的にも参ってきた。技術的には、今までのハングよりは多少楽な感じがした。 6ピッチ目。ボサテラスを超えたこのピッチは、久々のフリーである(IV+)。アブミを使わなくても良いというのがなんとも快適。身軽になった気分で、多少強引にホイホイと、高度を稼いで行く。 が、その先のビレイ点に唖然とする。行き止まりかと思った。凹角をずっと登って、壁を乗越えたところが湿った洞穴。正面は穴、右は壁、左は切れおちている。どうにもルートは取りようがない。となると後は・・・。 7ピッチ目。洞穴ハング(A2)。右も左も進めないのに、どうして上に進もうなどという考えが浮かぶのだろうか。しかも、張り出しは今までで一番大きいオーバーハング。こんなところを越えるのか、と思わず口をあけて呆然としてしまう。 ビレイ点から、菅原さんがハングを越えていくのが良く見える。相変わらず、足元は下まで切れおちている。完全に空中で、アブミを架け替えて、少しずつであるが登っていく。ハングを超えていくのを、真下から見上げるのははじめてだ。「なんと恐ろしいことを」と今まで以上に如実に感じた。しかし、その後自分が同じ行動をしなくてはならないのも事実である。なんともはや。 最後の難関、洞穴ハング。空中アブミの連続。すでに消耗しきった身体に強引に鞭を打って、引き上げる。ホウホウの体にて、なんとか登りきった。腕から脚から頭から、全身を使い果たした感じ。思わず倒れこみそうであった。もう、ハングは充分、おなか一杯です。 その後2ピッチ進んで、終了点。 ようやく終わった。 まさかここまで来れるとは思っていなかった。何度、「もう登れない」と思ったことか。腕も足も上がらなくなりそうであった。今回は、オールフォローだったので、「雲稜第一を登りました。」とは言えないが、それでも、我ながら良くやったと思う。これほどの充実感は、アコンカグア以来かもしれない。 取付きから終了点まで約8時間。登山センターの往復で約14時間。トロい私のクライミングに付き合ってくれた菅原さんに感謝、感謝である。 今回の山行の課題は大きい。人工の練習、テクニック、トレーニング、足りないものがたくさん見えてきた。雲稜第一をリードできるようになるのは、何年後だろうか。ここを余裕を持ってリードできるまでには、文字通りいくつもの壁を乗越えねばならないだろう。先は長い。 |
8月26日(土)くもり夜半一時雨
13:30上野発
16:10水上着
17:00谷川岳登山センター着
19:00消灯
8月27日(日)くもり一時雨
3:30起床
3:50出発
4:25一ノ倉沢出合
5:50中央稜取付き
6:10アンザイレンテラス
〜P1,2
8:10第一ハング上
〜P3,4,5,6
13:05洞穴ハング下
〜P7,8,9
14:35終了点
14:35終了点発
〜5ピッチ+1ピッチ懸垂下降
18:15一ノ倉沢出合
18:55谷川岳登山センター
19:15タクシー乗車
19:35水上着
19:48水上発
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