「行きはヨイヨイ、帰りは…………道が分かりません!」
唐沢岳幕岩 左岩壁 S字状ルート

2005年9月18日(日)
メンバー:飯泉、神谷(記)
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〈全体的にブッシュが多い〉

9月17日
今日は、登るにしても大凹角ルートくらいの短いものしか行けないだろう。
そう思って、朝はゆっくり目に出発。
順調に岩壁に着いたが、「大町の宿」はすでに満室。「神奈川の宿」に移動するが、そちらも一杯。やむを得ず、「神奈川の宿」下の狭いところを整地して何とかテントを張るスペースを作った。ツエルトでもいいか、と思っていたのだが、直前にテント代えて正解。
テント設営していると、「神奈川の宿」のパーティが4-5人壁に向かっていった。彼らが登るのは、まず間違いなく大凹角ルートだろう。「大町の宿」にいるパーティも大凹角だとすると、順番待ちになるのは、確実。もともと、今回の目的は、明日のS字状ルートのみ。あえて、今日大凹角を登る意味はあまりない。そうなれば、今日は休養日、と決めて、S字の取付を確認後、のんびりお昼寝。<★崩壊したS字ダイレクト><★その先のチョックストーン>
午後からは、陽が当たって暑いくらいの陽気となった。
ふと気づくと、知らぬ間にまたテントが増えていた。B沢C沢の合流点に3-4張りのテントがあった。おそらく、唐幕全体でテントは10張りくらいあったのではないか。<★唐幕テント村>
唐幕大盛況。
いつもは2-3パーティくらいしかいないのに、こんなに多いのは、初めてのことだ。(帰りのタクシーで、「何か大会でもあったの?」と聞かれるくらいだった。)

早めに夕食をとり、明日に備えて、さっさと寝る。「神奈川の宿」の大凹角パーティは、夜9時過ぎに戻ってくる気配がした。やはり、今日は行かなくて良かった。
明日は十五夜だが、谷の中では月を見ることができなかった。


9月18日
4時に起きて出発準備。天気は快晴。いい傾向だ。
S字のルート取りは、初登ルートからと決めていた。
崩壊したダイレクトルート、明峰ルートの取付を見送り、B沢を詰めてチョックストーンまで行く。
ロープなしではちょっと怖い感じだったので、ここから登攀開始とする。

1ピッチ目【神谷リード】
左からチョックストーン直下に潜り、右を抜ける。
途中、支点は取りようがないので、結局ロープなしでも同じだったかもしれない。抜けたところの右と左にビレイ点がある。

2ピッチ目【飯泉リード】
ここから壁に取り付く。草付、というより、ブッシュ混じりのスラブを登る。灌木で支点を取りながら、右寄りにルートを取る。

3ピッチ目【神谷リード】
さらにブッシュを登る。トレースというか、階段状に道がついているような場所もある。灌木をくぐり抜けながら、ロープをのばしていく。

4ピッチ目【飯泉リード】
まだまだブッシュ。壁が近づいてきた。<★もうすぐ岩壁基部>

5ピッチ目【神谷リード】
壁の基部をトラバース。リングボルト発見。しかし、ポツンと一つあるだけで、上にも下にもつながっていない。そのままトラバース。<★基部をトラバース>
壁沿いに岩小屋のような良いビバークポイントがあった。中途半端な場所だけど、冬には使えるか。
トラバースしていくと、ボルトが上下2本あるビレイポイントに着いた。ここでピッチを切る。おそらくここが、明峰ルートとの合流点であり、正式な登攀開始地点なのだろう。

6ピッチ目【飯泉リード】
壁沿いには、大岩が行く手を阻んでいた。岩を上から越えるか、下から回り込むか。
ここは、下から行くことにした。
岩を越えると、ルンゼに出た。ルンゼの中にピトンが一つ。あとは何もない。<★ルンゼを越えて>

7ピッチ目【神谷リード】
さらに右へトラバース気味に進むと、ビレイポイントがあった。短いがここで切る。

8ピッチ目【飯泉リード】
ルート図では、右に回り込みつつ、上に向かう感じで書かれているが、どう見ても、凹角を直上するのが合理的。凹角そのものは、濡れてつるつるなので、右のブッシュ沿いを登っていくと、「枯れ木テラス」に到着。ビレイ点から直上していく雲峰ルートのボルトラダーが見える。<★枯れ木テラスへ>

9ピッチ目【神谷リード】
ルンゼを越えて、左にトラバースしていくのは分かるが、支点が何もないので、どこを行って良いものか迷う。
一つボルトを見つけたので、そこで支点を取るが、その先、全然なんにもない。
幸い、III級程度で、傾斜もなく、ホールドも多いので、ぐんぐん登っていけるが、猛烈にランナウトする。灌木でなんとか支点を取って、左のテラスに乗りあがると、ビレイポイントだった。真下にもビレイ点があって、ここがおそらく明峰ルートとの合流点だろう。<★中間支点が取れない>

10ピッチ目【飯泉リード】
テラスの次の支点が見えない。たぶん直上なのだろう、とは思うが、何もないと不安になる。5mほど登れば、傾斜が緩くなるが、出だしの一手が難しくて(怖くて)立ち込むときにA0になってしまう。<★ここまでのわずかなランナウトが怖い>
正面の壁に突き当たり、左の大岩を登ったところが、おそらく「大岩テラス」と呼ばれる場所だろう。ビレイポイントとなっていた。

11ピッチ目【神谷リード】
草付のルンゼを行く。岩に出てスラブも登れなくはないが、支点が全く取れないので、どうしても草付を登り、ブッシュでなんとか支点を取りたくなってしまう。小さなテラスのビレイ点に着いた。<★草付ルンゼを>

12ピッチ目【飯泉リード】
出だしが嫌らしいスラブ。フリクションはよく効くので、それを信用してだましだまし登る。立ち込んだところにエイリアンをきめる。その先もスラブ。やはりブッシュは多い。<★この一歩><★スラブにロープをのばして>

13ピッチ目【神谷リード】

まともにS字状ルートを行くなら、このまま左上気味に登り、その後、振り子トラバースとなる。わざわざ振り子をするのも面倒だったので、ここから、明峰ルートに合流することにした。
右寄りにルンゼを越えていく。灌木で支点を取っていくと、右のフェースにビレイ点らしきものが見えた。あれが明峰ルートだろう、と思ったが、そこに直接トラバースはできないので、横目で見ながら、ルンゼを登る。
しばらくルンゼ沿いに登っていくと、左の上方に残置支点と残置カラビナを発見。あれが、振り子トラバース地点のようだ。
濡れて、しかも脆いルンゼを右に抜けると、狭いテラスにビレイポイント。ここで明峰ルートと合流。頭上には、立派なボルトラダーが続いている。<★右上しつつ><★ルンゼを越える>

14ピッチ目【飯泉リード
ボルトラダーをひたすらA0。間隔も短いし、傾斜も緩い。A0でも行けそうな感じ。<★唯一の人工ピッチ>
ただ、最後の乗越だけ悪く、アブミの回収に手間取った。
その先、傾斜はゆるむが、まだ少し岩が続く。

15ピッチ目【神谷リード】
ひと登りすると、スラブに出た。ボルト二本のビレイポイントらしきものがあった。中間支点にして、そのままスラブを登る。
全く支点を取れないまま15mほどランナウトするが、傾斜は緩いので、不安はない。
樹林帯に入って、しばらく進むと、踏み跡発見。
ここで終了とする。

すべて順調。何の問題もなく、終了点に到着。
ルートファインディングが難しい、とか、他のルートに間違えて入ってしまった、とかよく聞いていたが、そんなこともなく、ほぼ予定通りに登れたようだ。
最後は、明峰ルートを登ったが、あそこはあえて、S字のオリジナルを登って振り子トラバースをする方が不自然な気がする。
気持ちの良い登攀だった。陽も当たらず、暑くもなし寒くもない。
展望も良いし、前後に他パーティもいない。静かなクライミング。快調で快適だったなあ。いつもこれくらい調子よく行けばいいのに。
行動食を摂り、水を飲む。さてこれから、のんびり下降して、昼寝でもしながら、記録でも書くかな、と思っていた。

しかし----------------------------

すべてはここから始まった。
これまでの登攀は単なる序章にすぎなかったのだ、と思い知らされることになるのだ!
まさか、ここから右稜ノ頭に着くまで4時間もかかるとは、二人ともまったく予想していなかった。

明峰ルートを登り切ったところに、踏み跡は確かにあったのだ。これをたどっていけば、すぐにでもトラバースバンドに合流できるだろうと思っていた。
「日本のクラシックルート」によると、S字ルートの終了点から30-40分で、右稜ノ頭に出るという。
畠山ルートを登ったときは、トラバースバンドには赤布が続いていたのを覚えている。詳細は印象に残っていないが、あまり意識することなく、右稜ノ頭に出たはずだ。
たしか、トラバースとは言っても少し登り気味に歩いたはずだ。
なんとなく、そんな記憶があった。

踏み跡をたどっていくと、すぐに大きな岩に突き当たった。下から越えるか上から越えるか迷ったときに、「登り気味に歩いた」という記憶を頼りに、上から越えることにした。たぶん、ここから間違っていたのだろう。
岩を越えるため、結構上の方まで登った。
そこからトラバース。なるべく下の方を意識しながら歩いていたつもりだった。
もう、踏み跡はない。ときどきそれっぽいトレースが出てきたりするが、すぐにまたヤブに変わる。たぶん、ケモノ道だったのだろう。
10分ほど歩くとザレたルンゼに出た。
まだ右稜ノ頭には早いだろうから、迷わずルンゼを上に登る。
西壁だけにようやく陽が当たり始めた。そうなると、急に暑くなる。しかし、ここを越えれば、もう下降できるのだ、と我慢して登る。登ったところの岩にリングボルトが一本。ルートとしては間違っていないだろう、と思った。
しかし、そこからどっちに行って良いのか分からなくなる。
さらに右にトラバースすると、かなりのヤブとなった。しかも岩壁にぶつかって、それ以上進めなくなった。どう考えても違うと思い、いったん戻ることにする。ボルトまで戻ったが、その先がやっぱり分からない。ザックを置いて周囲を偵察。行けども行けどもシャクナゲの猛烈なヤブ。右稜ノ頭とおぼしき尾根を目指して強引に進むが、そこまで行っても何もなかった。周りを見渡してみても、右稜ノ頭らしきものが見あたらない。
少なくとも、これ以上右に行っても何もないのは明らかだ。
ということはどこかで道を間違えたか。右に来すぎたのか。
ザレたルンゼは登るべきではなく、下るものだったか。
再びシャクナゲのヤブを越えて、ザックの場所に戻る。
ルンゼを下ってみるが、やはり何もなく、途中で行き詰まる。
ともかく、左に戻るしかないだろう。
灌木やササを乗り越えながら、樹林帯を左へ左へと進む。
ルンゼを越え、岩を巻いて、歩いていくと、なぜか水の流れるルンゼに出た。
なんだここ?
暑いし、疲労していたので、とりあえずここで水を補給する。
このころには、現在地の認識はかなり怪しくなり、自分たちがどこにいるのか、どっちに向かえばいいのか、さっぱり分からなくなっていた。
他のクライマーのコールでも聞こえれば、だいたいの場所は分かるのだろうが、そんな声は全くしない。それがますます不安をかき立てる。

ともかく、水は確保できた。
現在14時過ぎ。
最悪、ビバークとなったとしても、ここに戻ってくれば、水があるのは分かった。これは大きな収穫だ。
でも、やはり、ビバークなんかしたくない。
食料もツエルトも何も持っていないし。
少し休んで気持ちを落ち着け、もう一度歩き出した。
周囲の状況から考えて、今度は、左に来すぎているに違いない。
ここは左方ルンゼの上部なのだろうか?

道に迷ったときは、分かるところまで戻るのが基本。
確実なのは、S字の終了点だ。最初のスタート地点に戻ってもう一度やり直せば、何か見えてくるかもしれない。
再び右へ向かい、最初の地点を探す。
登りすぎているんだろう、という認識で下への意識を強く持って歩く。
ヤブこぎによる肉体的な疲労はもちろんだが、だんだん、精神的な疲労も強くなってきた。
我々が「道に迷っている」のはもう間違いないことだ。
ふつうの登山なら、上に向かえば、頂上稜線に出て何とかなるのだろうが、ここはトラバースしなければならない。それが余計に厄介だ。もちろん、唐沢岳の頂上まで登れば道はあるのだが、そこまで行くよりは、ヤブをこいでもトラバースバンドを探した方がいい。

S字の終了点はどこだろう、と樹林帯と岩壁の境目あたりを歩いているうちに、ふと目に飛び込んできたものがあった。

赤布!

間違いない。ここがトラバースバンドだ。
踏み跡もかなりしっかりしている。
よしんば、トラバースバンドでなかったとしても、これはどこかに続く人の手が入った道には違いない。
今まで、あてもなくヤブを彷徨っていたことを考えると、これは大違いだ。
赤布、赤テープは確実に続いていた。ただそれだけのことだが、無性にうれしい。
しかし、そのうちルンゼに出て、赤布が消えた。
ルンゼを越えてさらにトラバースしようとしても、またヤブになって、赤布は見あたらない。
ここが西壁ルンゼであろう、と思い、ザレたルンゼを下ってみる。
しばらく下ると、真新しい赤テープが続いていた。
ここまでの赤布は、色が抜けて白くなったようなものばかりだったので、この真新しい赤テープは、逆に怪しく感じてしまうが、とりあえず従って降りてみる。
下りは意外に長かった。

そのうち、見覚えのある右稜ノ頭に到達。
ここは間違いない。
ようやく確実な場所に着いた。
15時45分。
あらためて完登の握手をし直す。
なんと、約4時間の彷徨。
それでも陽が落ちる前には下れそうだ。
懸垂下降は、登り返しのないよう、慎重に行った。

テント到着17時30分。
疲れ切ってしまい、食事をしたらすぐシュラフに入って寝た。


9月19日
明るくなってからゆっくり起きる。
壁を見ると、山嶺第一と畠山に1パーティずつ取り付いている。
我々はもう下るだけだ。
片付けをしていると、ぱらぱら雨が降り始めた。
本降りにはならなかったが、明らかに天気は下降線。
さっさと下山するに限る。

見ると、壁の2パーティも下降を始めたようだ。

ダム下には、ちょうど高瀬ダムへ向かうタクシーが止まっていた。
乗せてもらって、駐車場に戻る。
タクシーの運転手に言われた。
「今週は、十年に一度とかの大会でもあったの?」
それほど、今週の唐幕に入るパーティは多かったようだ。


S字の登攀自体はそれほど問題なかった。
ただ、残置の中間支点はほとんどないと言っていい。
1ピッチ40mで途中1本だけ、というところもあった。
カムを効かせられればいいのだが、クラックはほとんどなく、結局エイリアン(黄)を一回使っただけだった。キャメロットの2番まで計10個ほどカムを持って行ったが、使う機会はなかった。ピトンを打つこともなし。ほとんどは灌木を使って支点を取った。
明峰や雲峰のボルトラダーを見ると、S字がいかに弱点を突き、なるべくフリーで登れるラインをたどっているのかよく分かる。
イメージとしては、もう少しすっきりした、スラブのトラバースになるのかと思ったが、意外にブッシュの連続だった。
逆にすっきりしたスラブが続いて、しかも支点がなかったら、それはそれで怖いだろうが。ブッシュがあるからこそ登れた、という部分もある。
ルートファインディグが分からずに別のルートに迷い込んだ、という記録も多く読んだが、素直に弱点を突いていけば、自然に次のビレイ点にたどり着く、という気がした。直感的に素直に登っていくのが一番良さそうだ。

まあ、そんなことより今回は、その後のヤブこぎだ。
何やってんだか。という感じ。
もうあと2時間、道が見つからなかったら、ビバークになっていただろう。
11時には登攀終了していたのに、その後数時間迷いに迷ってビバークしていたとしたら、あまりにも情けない。
ただ、翌日も休みであったし、水場も確保できていたので、ビバークすることに関する悲壮感はなく、案外心の余裕はあった。

結局、S字の終了点からトラバースバンドに出るルートは、どこを行けば良かったのか分からずじまいだが、今度はもっとスマートに行きたいと思う。






9月17日(土) 晴れ
8:20 ダム下発(25℃) 
9:50 テントサイト着(20℃) 

9月18日(日) 晴れ
5:10 テントサイト発(19℃) 
5:20 登攀開始
-5:45 1ピッチ目(18℃) 
-6:10 2ピッチ目(18℃) 
-6:25 3ピッチ目(18℃) 
-6:50 4ピッチ目(18℃) 
-7:00 5ピッチ目(18℃) 
-7:25 6ピッチ目(19℃) 
-7:45 7ピッチ目(18℃) 
-8:05 8ピッチ目(17℃)
-8:30 9ピッチ目(18℃) 
-8:45 10ピッチ目(18℃) 
-9:10 11ピッチ目(18℃)
-9:45 12ピッチ目(19℃) 
-10:20 13ピッチ目(19℃) 
-11:05 14ピッチ目(21℃) 
-11:15 15ピッチ目・終了点(22℃) 
-11:40 Rest(22℃)
15:45 右稜ノ頭(20℃) 
17:05 右稜のコル(20℃) 
17:30 テントサイト着(20℃) 

9月19日(月) 曇りのち一時雨
8:05 テントサイト発(21℃) 
9:30 ダム下着(21℃)


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