"Escape from darkness"
Yosemite National Parkの日々

2003年4月26日(土)〜5月5日(月)
報告内の<★>マークは、写真へのリンクです。



<Happy IslesのFen(湿原)>

※クライミングルート情報のみ必要な場合のショートカット
Manure Pile Buttress"After Six"(5.7)
Manure Pile Buttress"Nutcracker"(5.8)

写真のみ

◆プロローグ
ある日、世界は突然闇に包まれた。
めまい、嘔吐、発熱、頭痛……。
何が起こったのか分からない。体調はひたすらに悪かった。
病院に行き、血液検査をするが、原因は判明しない。

めまいや熱は、おさまったが、頭痛だけは、ずっと続いていた。
無気力、倦怠感、脱力感、疲労感…などは増すばかり。
山へのモチベーションは、すっかり影を潜めてしまった。

果てのない暗い道のりを歩いている様な感じだった。
いつ果てるともしれないその道は、
どこまでもどこまでも続いているかのように感じられた。

ただ、時だけが流れていく日々が続いた。
夜になっても眠ることができず、精神安定剤と睡眠薬を常用する日々……。

漆黒の闇。
そこには何もなかった。
全てはマイナスに彩られ、
世界は悲しみに満ちていた。

時は、あっという間に過ぎていった。
ひと月が過ぎ、ふた月が過ぎた。
何もない日々は、何も残さず過ぎてゆき、
思い返しても、心には何も残っていない。
世界は全く閉ざされていた。




ヨセミテへの計画は、半年以上前から立てられていた。
もともとは、BigWallをやろうと言う話だった。
しかし、この体調ではBigWallなど目指せるはずもない。
航空券を手配してもらうが、キャンセルしようかと何度も考えた。

BigWallメンバーからははずしてもらい、
それでもともかくヨセミテ行だけは実行することにした。
無気力な身体を無理矢理に引きずり起こし、準備だけを何とか整える。
ヨセミテへ。
それが、閉塞されたこの日常における唯一の灯火であった。



4月26日(晴れ)
UA852 成田−サンフランシスコ   17:50-10:55
UA6592 サンフランシスコ−フレズノ 12:55-13:56

サンフランシスコからフレズノに入り、そこからレンタカー。
初日は、フレズノ市内のモーテル泊。
フレズノのBlackStoneAve.沿いには、SnowPeakのカートリッジが購入できるmountainshopがある($4.89)。ヨセミテ内のmountainshopでもガスカートリッジは買えるが、ここのほうが$1くらい安い。その他、スーパーなどで買出し。

4月27日(晴れのち雨)
3時に起きて、朝ヨセミテに入る。
El Capitain(Tangerin Trip)に行くA岡(YCC)、F山(YCC)の二人と別れ、留守番のためのテントを設営。先行してCamp4に来ていた、M田(ARI)、N原(YCC)パーティと合流。
二人は、Church Bowlでクライミングの予定だそうだが、私は全く気分が乗らず、一人Mirror Lakeへトレッキング。一周約2時間のトレイルを3-4時間かけてゆっくり回る。
久しぶりの運動のため、それだけでどっと疲れてしまい、湖を前にしばらく昼寝。
Half Domeが正面に見えて素晴らしいが、登りたい、という意欲は湧いてこない。
空は晴れているが、Half Domeの上部に積もっている雪が降ってくるのか、パラパラと顔に水滴がかかる。<★Yosemite Fall><★Half Dome1><★Half Dome2>

テントに戻るころには雨。
意外にもEl Capitanパーティは、すでにテントに戻ってきていた。聞いてみると、壁からの水の浸みだしがひどく、登る気になれず撤退した、とのこと。Visitor Centerの天気予報によると、明日以降、あまりパッとしない状況。二人は、BigWallをスッパリあきらめ、RedRocksへ移動して、フリーに切り替えることを決めたようだ。
それなら私はどうしようかと、一晩考える。
この先ずっと雨だとしたらどうしようもないが、RedRocksは沙漠の真ん中。クライミングの出来ないこの身体では、何もすることはないだろう。そう考え、天気が悪いのは承知でヨセミテに残留することにした。

4月28日(雪のち晴れ)
夜半から雨。朝には雪。テントに降り積もるほどの雪で、フレズノまでの道路にはチェーン規制がかけられていた。
RedRocksへ行く二人と別れて、M田、N原、神谷はヨセミテに残ることに。
この雪では、何も出来ず。mountainshop、cafeなどで時間を潰し、天気が回復してきたところで、El Capitan Baseなどを見学。双眼鏡をのぞくが、壁に取り付いているパーティは見受けられない。<★Cathedral Rocks><★El Capitan南東壁><★The Nose>
午後から、Swan Slabで軽くクライミング。
5.7-5.9くらいのクラックを3本トップロープで登らせてもらう。クラッククライミングは、インスボン以来かもしれない。久しぶりの岩の感触。身体がまだうまく動かない。

4月29日(雨のち晴れときどきにわか雨)
昨日の、Swan Slabで、クライミングの感覚を少し取り戻したので、今日は、Manure Pile Buttressへ。"After Six"(5.7・6ピッチ)を登るという計画に混ぜてもらう。

9時ごろ取付に着くと、目指す凹角はびしょびしょに濡れていた。しかも朝は快晴だった空にも急に雲が増え、雨まで降りだした。
やむを得ず、一時撤退。
Visitor Centerの天気予報を見ると、「曇りで時々雨か雪が降るかも」とのこと。明日も「Windy Cloudy」。
cafeでお茶を飲みつつ、天気の回復を待ち、11時再び取付に戻る。
アプローチが車から10分というのは、こういうとき便利だ。

Manure Pile Buttress"After Six"(5.7)

ちょっと寒くて、風も強かったけど、久々の一本で充実していた。
クライミングの感覚をなんとなく思い出してきた感じだ。

もう少しで復活できそうだが、やっぱりまだ頭痛は治らない。
それでも、久々のクライミングの疲労感からか、心地よい眠りに着く。

4月30日(快晴)
昨日の勢いを借りて、1グレード上の"Nutcracker"(5.8・5ピッチ)へ。
ちなみに、Nutcrackerとは鳥の名前。日本語ではホシガラス。ヨセミテに住む黒い鳥だ。一般的には、Nutcrackerといえば"くるみ割り人形"をさすことが多いが。
Nutcrackerは5ピッチあり、After Sixより1ピッチ分少ないが、グレードは高く、登攀時間もかかることが予想された。
朝起きると、快晴。気持ちの良い青空だ。
そのまま、朝早くから取り付きたかったのだが、取付に着くと1ピッチ目の凹角は明らかに濡れていた。しかし、陽の当たっているところから徐々に乾き始めていたので、しばらく様子を見て、待つことにする。
30分ほど待機した後、意を決して登り始めることになった。

Manure Pile Buttress"Nutcracker"(5.8)

一日快晴で、暑いくらい。思い切り陽に焼けてしまった。
その絶好の天気の中のクライミングは、非常に充実しており、クライミングの喜びを確かに思い出した。
特に自分がリードした4ピッチは、素晴らしかった。涙が出そうだった。
クライミングとはなんて素晴らしいのだろう!
この充実感、この感動。
ジャミングを決めて身体を持ち上げ、クラックの幅を考えながらカムをセットするあの感覚。落ちそうで怖いんだけど、そこをぐっと我慢して一歩踏み出すあの緊張感。決して、高いグレードだったわけではない。でも、そこではクライミング本来の楽しみを確かに感じることが出来た。
ナッツなんて、日本では全く使ったことがなかった。しかし、あれほど安心して決められるものだとは、思わなかった。
濡れてて嫌なピッチもあったけど、あのピッチも乾いていたら、とても快適なクラッククライミングが楽しめそうだ。
この手に、クライミングの感触が戻ってきたことを実感した。

5月1日(晴れ)
昨日の充実したクライミングを胸にしまいこんで、今日は休養日とした。
とにかく、ここ2-3ヶ月ほとんどクライミングをしていなかったので、あまり無理をしても仕方がないだろう。
Swan Slabに行くという二人と別れて、Vernal Fall Trailへ。シャトルバスに乗って、Happy Islesから歩き出し。今日は、メーデーでアメリカも休みなのか、子供の姿が目立つ。John Muir TrailからVernal Fallへ。そしてMist Trailを使って下山。のんびりと楽しむ。Happy Islesは、静かで落ち着いた場所。何もないけど、そこがいい感じだった。Fen(湿原)は、心が洗われるようで、ずっととどまっていたくなる。<★Vernal Fall><★Fen>

5月2日(雨のち晴れ)
明日フレズノへ移動するため、今日は実質最終日。Five Open Booksでクライミングをする予定だったが、朝からあいにくの雨。Visitor Centerで天気予報を見ると"Winter Storm WARNING"となっており、回復する気配なし。
午後から車でTuolumneのクライミングエリアを見に行こうとするが、Tioga Roadが冬季閉鎖中で通行不可。Mariposa Groveグリズリージャイアント(ジャイアントセコイア)を見に行く。巨木の森は、それはそれで感動的な場所だった。

5月3日(雨のち晴れ)
最終日、午前中ボルダリングぐらいは出来るかな、と思っていたが、結局雨。
降ったり止んだりの合間を見て、テント撤収。フレズノへ戻る。<★Camp4>
フレズノで、RedRocksから戻ってきたA岡、F山パーティ、そして、これからヨセミテに向かうN岡、D家パーティと合流(結局この二人も天気を見てRedRocksへ転進したらしい)。夜、宴会。

5月4日-5日
UA6598 フレズノ-サンフランシスコ  10:40-11:32
UA853 サンフランシスコ-成田    13:20-16:20

なお……
往復航空券:173,000円
アメリカ出入国税: 7,150円
成田空港施設使用料: 2,040円
UA航空保険料: 1,500円
でした。

この時期のヨセミテは、天候が不安定のようだった。一日中すっきり晴れた日は、4月30日の一日だけ。あとは、一日のうち必ずどこかで雨が降っていた。ちょうどWinter Stormが来ていたようで、初日は降雪も見られた。Camp4には、BigWallの装備を持っているパーティもいたが、El Capitanの壁を見ると、取り付いているパーティは、一つも見受けられなかった。
太陽さえ姿を見せれば、濡れた壁もすぐ乾くので、ボルダリングやショートルートを登るにはいいかもしれない。夏には順番待ち必至の人気ルートでもほとんど人のいない状況であった。
気温は結構下がった。Visitor Centerによると、最低気温が0℃になる日もあった。夜になればダウンジャケット必須、という感じ。陽が当たる昼間なら、Tシャツでも大丈夫だが。
我々が滞在していた時期はずっとkioskは無人で、テント料は自己申告制だった。
天候が悪化すると、フレズノへの道はチェーン規制が敷かれ、検問でチェーンかスノータイヤでない車は通行不可になる可能性があるので注意。


◆エピローグ
しばらく休んでいたクライミングだったが、ようやく復帰の糸口を見つけた感じがする。暗闇が完全に消え去ったとはいえないが、少なくともクライミングをしている間は、闇を感じることはなかった。ヨセミテで過ごした7日間は、薬もほとんど飲むことなく生活できた。
山に対する情熱が、自分の中から消え去ったわけではないことを確認できた。それだけでも大きな成果があったと思う。
いきなり、以前のような生活には復帰できないだろうが、ゆっくりと少しずつまたクライミングを始めて行きたいと思う。

Nutcrackerの4ピッチ目。あの感覚を忘れないようにしたい。クライミングを純粋に楽しむことを忘れないようにしたい。

やっぱり、自分はクライミングが好きなのだと思うから。





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