久々の快晴の朝。心地よい目覚めを迎えた。
ロブジェからゴラクシェプまでは意外に遠かった。途中、雲が出たり、切れたりして、はっきりしない天気。
ロブジェを出ると、もう周りは山ばかりである。いや、山がある、というよりも、山しかないというべきか。前を向いても、後ろを向いても、山山山山山山……。その中に、小さな自分が、息を切らせて、歩いている。
昨日、一昨日に降り積もった雪で、山々の白さは増している。世界最高峰エヴェレストから流れ落ちる巨大な氷河の縁を、小さな人間が列になって歩いている。<★アブレーションバレー(氷河側谷)を歩いていく>
今までとは、全く違う世界がここにあった。人の入れない、神々の領域のほんの入口を垣間見ることができているように思える。
ゴラクシェプで軽く食事をして、早速、カラ・パタールに登ることにする。当初の予定では、カラ・パタールは明朝、日の出の刻に登ることになっていたが、この調子では、明日の天気も分からない。今、晴れているうちに登ってしまおう、ということになった。
さすがに苦しい。このトレッキング、最高所となる歩行。ゆっくり、休みながら歩を進める。頂はなかなか見えてこない。足元も、雪が多く滑りやすい。トレースのついていないところでは、30cmほども積雪があろうか。膝くらいまでは埋まってしまう。
そして、11時45分。カラ・パタールの丘に立った。
空が蒼い、青さが濃い。群青というか、濃紺というか、黒さに近い空。
ここが、神々の世界か。
これが、ヒマラヤの山々か。
タウチェが大きい。
プモ・リ(Pumo Ri・7165m)は、このままリッジ通しに登っていけそうだ。
そして、エヴェレスト、ローツェ。数え切れないほどの白い山々。
雪が降った分、白さと輝きが増し、美しさを際立たせている。
氷河、アイスフォール、ヒマラヤ襞(ひだ)の一つ一つが大きく、美しい。
私が登ってきたときにたくさんいた人たちは、みんな降りてしまった。
今は、誰もいない。
静かな世界。
まさに、静寂が、耳に痛く感じるほど、何もない。
時折、タルチョーが風になびく音が響く。
たまに、ゴトゴトゴトっという音が遠くから聞こえてくるが、これは、どこかの氷河が崩れた音か。
陽が当たり、穏やかで暖かい。5550mとは思えない。
世界に目を奪われて、動くことができない。膝が震えて、立ってもいられない。
雲が次々に流れる。
静かで、美しく、気高く、静謐な世界。
白い雪、濃い青の空、茶色い岩。氷河から顔をのぞかせる蒼い氷。
空の色も、一定ではない。天頂は紺で、スカイラインは青みが増して見える。
眼の前に見える山は全て美しく、登りたくなる山は数え切れないほどだ。
世界は美しい。まだ登りたい山、登らなくてはいけない山がある。そう思えているうちは幸せだと思う。自分には、やるべきことがあると思えるから。
しかし、こんなにたくさん山があったら、一生かけても登りきれないじゃないか。
でもいいか。少しずつ登っていこう。
ただ見ているだけで、これほど心が動かされるというのに、あの山の頂に立ったら、一体どれほど素晴らしい気分になれるだろうか。
6000mの山、7000mの山、そして8000mの山。
名前のある山も、名前のない山もある。
見渡す限りの山々。もう、山しかない。白い山脈(やまなみ)。
そのなかに、ちっぽけな自分がいる。
ちょっと目が潤む。
世界は広く、そして美しい、と思った。
約1時間30分留まって、降りた。
17時頭痛。山頂に長く居すぎたか。身体もだるい。明らかに高所障害の症状に思える。ここまでは、ほとんど問題がなかったのに。
確かに、今回初めての高度ではあるが、ロブジェ(4910m)〜カラ・パタール(5550m)〜ゴラクシェプ(5140m)と、一日に上げる標高差は、500m以内で、一旦高度を上げて、宿泊地は低いところ、というセオリーは守っているはずなのだが。
夕食は、ダルバートとモモを食べる。食欲はあまりなかったが、案外食べられた。
ところで、ここは、個室が一泊Rs1000。ここまでのロッジは、たいていRs100-150だったのに、あまりにも極端すぎやしませんか。<★ゴラクシェプのロッジと夕日に輝くヌプチェ>
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