「月光の幻惑」
北穂高岳 滝谷 D沢E沢中間稜(名称不明)

2005年4月23日(土)〜24日(日)
メンバー:清野、神谷(記)
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<滝谷>

※第二尾根(北山稜)を登るつもりで、滝谷に行きました。
北穂高岳に直接乗り上げるはずの第二尾根でしたが、尾根を登って到着したのは涸沢岳。何がどうなったのか、【報告編】と【検証編】に分けて書いてみます。


【報告編】(第二尾根を登っているつもりですが、実は別の場所にいます)
文中の【※1】〜【※6】は検証編の図版と対応しています。

滝谷第二尾根を登る計画だった。この時期の第二尾根は、資料も記録もほとんどなかったが、北穂高岳の北峰、南峰の真ん中に突き上げる、と言うルートは合理的で、かつすっきりしているところが魅力的に思えた。
ほとんど唯一の資料は、「現代登山全集 槍・穂高・上高地」(昭和36年初版/東京創元社)。
ルート図を見ると、ポイントとなるのは、上部P1の「水野クラック」で、それ以外は容易な雪稜、または岩稜となるだろうと思っていた。

しかし、問題は天気だった。
榎戸氏がちょうど金曜から滝谷に入っており、そのときの新穂高温泉の様子がサイトにアップされていた。(現在その写真は削除済み)
しんしんと雪が降る新穂高温泉を撮した一枚の写真。
冬型となり、木曜から金曜にかけて、降雪となっているようだ。
土日が晴れるのは間違いなさそうだが、前日まで雪が降っているとなると、ちょっと気持ちが萎えてくる。
行くべきか、行かざるべきか。
さんざん検討してみたが、結局行ってみることにした。


安房トンネルの出口付近に多少雪が残っていたものの、新穂高にはほとんど雪はない。しかし、見上げる北アルプスの峰々はまるで冬山のようで、全く春らしくない。

4月23日(土)
7時前に新穂高の駐車場を出る。最初は少なかった雪も、登山道を行くにつれ増えてきた。ワカン無しでときどきスネまで潜る。
途中で、榎戸パーティとすれ違う。
話によると、昨日の夜は一晩中降り続き、30-40cmは積もった。出合からは腰くらいのラッセルになる。雄滝までも行けずに引き返してきた。
とのこと。
「腰くらいのラッセル」というのには、かなり気持ちが揺らいだ。
そんな状態では、絶対登れない。
さりとて、じゃあここから引き返すか、と言っても、気分的に納得できない。
ジャンダルム飛騨尾根、と言う選択肢もあったが、やはり滝谷をひと目でも見てみたい。

本当にだめなら仕方がない、という気持ちで、どもかく出合までは行くことにした。
榎戸パーティとすれ違ってからは、彼らのトレースが続いていて楽になったが、ワカンは履いていくことにした。20-30cmくらいのラッセルが続く。<★出合までのアプローチ>

10:30滝谷出合の避難小屋到着。
榎戸パーティのトレースは、出合の入り口までついていたが、その先は全くなかった。
荷物を置いて、様子を見に行く。ワカンをつけている、と言うこともあるだろうが、それでも腰までのラッセル、と言うほどではなかった。せいぜい膝くらい。
計画としては、今日は第二尾根末端のビバークポイントまで行って、そこで泊まるつもりだった。
しかし、すでに12時近く。気温も急激に上昇して、出合付近の両側の尾根からはひっきりなしに雪崩が起きている。<★両側の尾根からは常に雪崩れて>
雄滝までの部分では、全層が雪崩れることはなさそうだが、その上は、デブリの巣になっているのが、出合からでもよく見えた。
この時間に、滝谷に入るのは自殺行為だろう。
今日は、避難小屋に泊まり、明日の夜中から歩き出し、午前中には戻ってくる、という戦略に切り替えることにした。

明日のために偵察をかねて、雄滝までトレースをつけに行く。<★雄滝に向かって>
雄滝中央部は口が開き、水が流れていたが、右側が埋まっており、そのまま登れそうに見えた。<★雄滝>
が、実際に足を踏み入れると、単に雪がのっているだけで、すぐに踏み抜きそうな状態だった。そのため、ロープをつけ、右側の雪壁を登る。
灌木で2箇所中間支点を取りながら、ダブルアックスで登る。
滝の落ち口付近は、アイスクライミング。7-8mほどだが、支点が取れず、岩混じりの氷となり、緊張した。
滝上には、良い支点がなかったので、そのままロープを延ばし、40mほど登ったところにある右手の灌木まで。ここにロープをフィックス。<★左岸にフィックス>
この先はデブリで危険なので、ここまでで降りる。

12時くらいから雲が増え始め、フィックスロープを張る頃には雪も降り出した。
今日は晴れるはずなのに、と思いながら天気図をチェックすると、高気圧と高気圧の間の低圧部に入ってしまっているようだ。
陽が陰って、雪崩もおさまった。しかし、今日、ちゃんと気温が上がって、雪が落ちてくれないと、明日が大変だ。このまま、また積もってしまうようなら、明日は下山するしかないだろう。

避難小屋にて、単独のカメラマンと同宿。
17時にはシュラフに入る。

4月24日(日)
23時起床。
雲一つない空。まぶしいくらいの月光。天は我らに味方した。
カメラマン氏のじゃまをしないように、静かに起きて準備をする。

1時前に出発。外に出ると、ヘッドランプが要らないくらいの明るさだ。
静かな滝谷にサクサクと我々の歩く音が響く。
せっかくの月明かりだったが、谷に入ると、月は尾根の陰に隠れ、明るさも薄らいだ。
フィックスを張った雄滝を越え、さらに1ピッチ分左にトラバース。
そこでロープをいったん解く。ここまでアイゼンで来たが、雪が深くなってきたので、ワカンもつける。
ほんのりと明るい滝谷を行く。
このあたりは、完全に雪崩の通り道となっているようだ。
月影のラピーネンツーク。
昼間は恐ろしそうだが、この時間なら、雪崩れる気配はないだろう。<★月影のアプローチ>

しばらく行くと二俣に着いた。ここがA沢との合流点だと思った。
右の沢に入り、順調に高度を稼ぐ。
さらに進むとまた二俣。
ここがB沢とC沢の合流点だと思った。
第二尾根に取り付くためには、C沢に入らなくてはならない。
清野さんは、左じゃないか、と言ったが、ルート図を見せて、今ここだから、たぶん右だと思う、と伝える。
清野さんもルート図を見て納得。
右の沢に入る。【※1(検証編参照)】
これがすべての間違いのもとだったのだが、そのときは、そんなことは露ほども思わなかった。

第二尾根は、P2で二つに分かれている。下から見て右側が主稜。左側が北山稜。今回目指すのは、北山稜。これは、主稜のP6からトラバースして、北山稜のPA(Peakの下からABCの順に名前が付いている)に取り付くことになる。

C沢に入り、傾斜が急になった雪壁を登る。ルート図には、C沢の滝を越えたところで左のルンゼに入り、主稜に取り付くことになっている。この雪壁が滝なのだろうと思った。
雪壁は、ときにカリカリのクラスト、ときに新雪のラッセル、と場所によって状態が違っていた。私は、アイゼン+ワカンでどちらにもそのまま対応できたのだが、清野さんのワカンはアイゼンと兼用できないタイプで、アイゼンのみで歩いていたため、雪が深いところでは苦労していたようだった。

雪壁を越えたあたりで、左のルンゼに入る。
正面に見える尾根が第二尾根だと信じて疑わなかった。【※2】
ルンゼに入ると、雪が深くなった。
足元で、「ゴッ」といういやーな音がした。雪崩の前兆か。
用心のため、ここでロープをつける。
中間支点はほとんど取れないが、3ピッチ分登ると尾根に出た。
尾根は、切れるようなナイフリッジだった。
アイゼン+ワカンでは、とても進めないので、灌木でピッチを切り、ワカンをはずす。
さらに1ピッチ尾根を登る。<★ナイフリッジから灌木の尾根へ>
このあたりで、左の北山稜にトラバースしなくてはならない。
このまま尾根を忠実に登ることもできるし、確かに、左側にも尾根が見える。
正面に岩壁があり、それがよく分からなかったので、ルート図を確認。<★左が尾根、右が岩壁>
P3から出る支尾根の末端ではないか、と言うことで二人とも納得した。【※3】
そう言う目で見ると、周りの状況は、すべてルート図通りに見えてくる。

少し下りながら、左の尾根へトラバース。<★トラバース>
1ピッチは、スタカットで降り、その先はコンテに切り替える。
左のリッジに上がっても登れそうだったが、このまま二つの尾根の間のルンゼを行く方が楽そうだ。
清野さんが先行して、そのままコンテでルンゼを詰める。<★このまま右のルンゼを行く>
途中でトップ交代。最後は、急雪壁。フラフラになりながら、雪壁を登る。どん詰まりは岩壁。基部は、ビバークできそうな平らな場所になっていた。
正面の岩壁はとても登れない。
左側の雪壁をさらに登れば、尾根に出られそう。
右側は、アイスクライミング。7-8mほどの氷瀑。スクリューがないと、登るのは怖い。
改めてルート図を確認する。
主稜のP3と北山稜のPCの間にトラバースするようなラインが引かれていた。ここがその場所か、と思う。確かに、右にも左にも行けそうな場所である。【※4】

ひと休みの後、左の尾根に向かい、コンテで雪壁を登る。<★左の雪壁>
尾根に出たところは、滝谷の岩壁を正面に見られる素晴らしい場所だった。【※5】<★滝谷の岩壁の上に太陽が昇る>

その先は、またコンテで登る。<★リッジに出たところ><★さらにリッジを行くが>
PCを越えて、P2で第二尾根と合流するはずだが、尾根がだんだんはっきりしなくなってきた。
右側の尾根は明らかなのだが、今いる場所は、尾根らしくない。<★尾根はどこへ?>
ともかく、右の尾根を目指して登る。【※6】<★右の尾根>
最後は岩が出てきたので、清野さんがリードして1ピッチ分スタカット。<★岩を登って尾根へ>

さあ、P2に出て、この先が核心部の水野クラックか、そしてその先が北穂の頂上か、と思っていた。
が。
ビレイしている清野さんのところに着いたとたんに一言告げられた。
「ここ涸沢岳だ」

えっ!?

意味が分からなかった。
頭の中が白くなった。
その言葉が理解できなかった。
からさわだけ……
えっと、第二尾根を登ると、北穂に出るんじゃなかったか。
涸沢岳って、全然違う場所なのではないか。
まさか、そんなことは、と思ったが。
尾根に出てその向こうに見えたのは、明らかにジャンダルム。
ジャンダルムが、あんな近く見えると言うことは……。
地図を取り出す。
いや、取り出すまでもない。
今、我々がいるのは、涸沢岳西尾根だ。
そして、左手正面に立派にそびえているのが滝谷の岩壁。<★滝谷は遠い>
我々が登っていたはずの第二尾根もはっきり分かる。<★そして第二尾根>

何がどうなっているのか分からないが、確実なのは、ルートを間違って、今、自分は、涸沢岳西尾根に立っている、と言うことだ。

しばらく呆然と立ちつくす。だが、今更どうしようもない。
ともかく、涸沢岳の頂上までは行くことにした。

荷物を置いて歩くこと約1時間。<★涸沢岳西尾根を行く>
9時半。山頂に立つ。穂高岳山荘は除雪の真っ最中。屋根の上に登って、懸命に作業中の様子が見えた。<★穂高岳山荘>
北穂もその先の槍ヶ岳もよく見える。去年の同じ時期に登った明神岳も見える。<★槍ヶ岳方面>

美しい光景に目を奪われてしまったが、あまり時間はない。これ以上気温が上がる前に一気に降りなくてはならないのだ。
涸沢岳西尾根を引き返し、F沢を下降する。<★F沢下降>
雪崩に気をつけながら、シリセードで一気に下る。
ときどき、目の前を大きな雪崩が過ぎていった。
どっちから来るか、いつ来るか、と集中しながら、駆け抜けた。
朝つけたトレースもすっかりデブリの下に埋まっている。<★デブリがいっぱい>
途中、雄滝は左岸を懸垂下降1ピッチ。
下降点から約1時間で小屋まで戻れた。

ともかく、無事に戻ってこられたことをまずは喜ぼう。

しかし、今回の山行はこれで終わるわけにはいかない。
いったい何をどう間違えて、こういう結果になったのか、それを検証しなくては、この報告も意味のないものになってしまう。

続きは、【検証編】にて。



4月23日(土) 晴れのち曇り一時雪
6:40 新穂高温泉発(6℃)
10:30 滝谷避難小屋着(10℃)
11:25 滝谷避難小屋発(6℃)
12:10 雄滝登攀(6℃)
12:35 FIX終了(0℃)
12:55 滝谷避難小屋着(3℃)

4月24日(日) 快晴
0:45 滝谷避難小屋発(-1℃) 1745m
1:15 雄滝着(-3℃) 1955m
1:35 雄滝上(-4℃) 1980m
2:35 最初の二俣(-2℃) 2210m
3:55 ナイフリッジに出る(-3℃) 2460m
4:45 トラバース開始(-5℃) 2540m
5:15 コンテに切り替えルンゼに入る(-4℃) 2560m
6:25 ルンゼを詰めて岩壁に突き当たった場所(-5℃) 2735m
6:55 左の尾根に出る(-4℃) 2755m
8:45 涸沢岳西尾根(3℃) 2930m
9:35-9:55 涸沢岳(4℃) 3075m(3103m)
11:10 F沢下降点(7℃) 2720m
12:15 滝谷避難小屋着(5℃) 1710m(1750m)
12:55 滝谷避難小屋発(2℃)
15:45 新穂高温泉着(20℃)

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