「快適な雪稜、のつもりだったのに。」
北アルプス 明神岳II峰東稜
2004年4月24日(土)〜25日(日)
メンバー:清野(沼田山岳会)、神谷(記)
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<左が頂上岩壁のバットレス>
「明神東稜」と言えば、普通、主峰の東稜を指す。 隣にある二峰の東稜など気付きも、見向きもしないだろう。 主峰と二峰の東稜は、アプローチは同じ。取付も20分ほどしか違わない。 しかし、主峰東稜の登攀記録はたくさんあるが、二峰の記録は、情報としての「日本登山大系」くらいしか見当たらない。 今回のパートナーの清野さんは、かつて主峰東稜を登ったときに、すぐ横の美しい尾根に目をつけたという。 登山大系には、「快適なクラックやナイフ・エッジが現れて非常に楽しい登りが……」と書いてある。 グレードも主峰東稜が「IV+」なのに対して、二峰東稜は「IV」。 これはきっと、主峰東稜に負けないくらい立派で、しかもそれほど難しくなく、気持ちの良い雪稜に違いない、と期待に胸を膨らませて、現地に向かった。 しかし、現実はそれほど甘くはない。マイナーなルートというのは、それなりに理由がある、ということを後に思い知ることになるのだった。 4月24日 曇り空の下、養魚場からアプローチを開始する。 目指す明神の峰々は、残雪が少なく、黒々とそびえている。 最初は雪のない砂利道。標高を上げるにつれ、雪も増えてきたが、雪のないところには、はっきりとした踏み跡があった。 登る沢を一本間違えて、ヤブをこいだりしつつ、1時間で宮川のコルに到着。 II峰東稜の登攀に入ってしまうと、主稜線に出るまでおそらくビバークサイトは無いだろう。今日は焦らず、ヒョウタン池で泊まることにした。 雪の上には、うっすらとした足跡が見えた。ヒョウタン池には、ビバークの跡と雪のブロックで風防も残っていた。おそらく、先週あたり主峰東稜を登ったパーティがあったのだろう。ビバークサイトはありがたく使わせてもらった。<★ヒョウタン池のビバークサイト> 夕方から降雪。 4月25日 朝、雪は止んでいたが、30cmほどの積雪。ツエルトもかなり埋まって、圧迫されていた。 すっきりした晴天を期待したのだが、予想以上に雲が多い。 ヘッドランプをつけて、少し戻り気味にII峰東稜の取付へ向かう。 主峰のすぐ隣なので、取付は分かりやすい。しかし、第一ピークは、完全に岩が露出しており、遠望すると、そのピークだけ独立していた。あえてこれを登ったとしても、その先で左右のルンゼと合流するだけだ。ここで時間をかけても仕方が無いので、左のルンゼから雪壁を登り、第二ピークの取付から登攀を開始した。<★中央がII峰東稜。右は主峰東稜。左下の黒い岩が第一ピーク> ちなみに、今回は、軽量化のため、8mm×40mのロープをシングルで使用した。以下の記録でグレードの記載が無いピッチはIII〜III+級程度。 1ピッチ目【神谷リード】30m 正面は、岩壁となっているが、左側が雪の詰まったルンゼで、そこから登り始める。昨夜の新雪が積もっているが、その下は凍った草付となっており、バイルが良く効く。ところどころの灌木で中間支点を取っていく。<★この右のルンゼから取付> 2ピッチ目【清野リード】35m 灌木混じりのルンゼが続く。 3ピッチ目【神谷リード】35m 稜線に出る。傾斜もなく、ロープがいらないくらい。 4ピッチ目【清野リード】35m・IV- 雪稜から少し岩登り。先を見ると、岩稜を右から回り込むようになっている。登山大系にも「ルートはほとんど右側壁に取られている」と書いてある。先の状況が分からないので、見えるところまで行って、何もなさそうなら、コンティニュアスに切り替えようかと話し合った。<★ちょっとした岩登り> 5ピッチ目【神谷リード】25m 岩稜の右側壁に出る。雪壁を登っていくと、岩壁基部に残置ハーケンを二つ発見。どちらも錆び付いてかなり古い。片方はぐらぐらだったので、改めて打ち直す。ロープの残り15mとコールがかかるが、ここから先は岩壁になっていて、このまま進むのには不安がある。良いビレイ点でもあるし、一旦、ここでピッチを切ることにする。 6ピッチ目【神谷リード】20m・V- まずは、清野さんがリードする。雪はほとんどなく完全に岩壁。一段上がったところでナイフブレードを1枚打って支点を取る。さらにもう一段上がり、ハイマツでもうひとつ支点。 しかし、ここで行き詰まってしまう。逆層のフェースで、これ以上は難しすぎる、とロワーダウンで降りてきてしまった。 ということで、私がトップを交代。清野さんが登れないところを私が登れるのだろうか。不安は募るが、ここで私が登れなかったら、これ以上は進めないわけで、かなりのプレッシャーだ。登れない場合は、ここの残置ハーケンを使って下降するしかないだろう。 トップロープ状態で、ともかく清野さんの到達地点であるハイマツまでは登りつく。 間近で見ると、確かに嫌らしいフェースだ。オーバー手袋をつけていては、指の感覚が鈍るので、薄手の手袋だけになって登り始めた。手がかり、足がかりがないわけではないのだが、逆層の岩が嫌らしく、苦労させられる。しかも脆くて、浮石が多い。一段上がると、残置ハーケンを発見。これでほっと一息。さらにもう一歩行ったところにもハーケン。少なくともルートは間違っていないようだ。 その先がこのピッチの核心部だった。頭上にハイマツのテラスが見えていて、そこまで登れば、支点を取れそうだが、手を伸ばしてみてもあと1mくらいは足りない。アイゼンをガリガリ言わせつつ、アンダークリングを使ったりして、一歩ずつ慎重に登り、ようやくハイマツテラスへ。 ここで手持ちのギアがなくなってしまった。 そもそも、雪稜のつもりで来たので、シュリンゲもカラビナも最小限しか持っていない。ビレイ点から20mくらいしか登っていないが、一旦ここでピッチを切る。念のため、ハイマツに加えて、ロストアローを打って支点を補強する。<★6ピッチ目出だしの凹角。まるで冬壁。> 7ピッチ目【神谷リード】40m・V ここの出だしが、このルートの最大の核心。逆層の岩に頭を押さえつけられ、先が良く見えない。ハイマツテラスから左の凹角へルートを取るが、まともに行っては登れそうにないので、ザックを下ろして空身で登り、後から荷揚げすることにした。 その凹角、フットホールドはあって、アイゼンを引っ掛けられるが、そこに足をかけても次の一手がどうしても出ない。手で掴む場所がどこにもないのだ。気休めにナイフブレードを打ってシュリンゲをかけ、A0を考えてみるが、体勢が悪くて、そのハーケンもしっかり打ち込めない。行きつ戻りつもがいてみたが、どうにもならない。 結局、ビレイしている清野さんの肩(というかザック)を踏み台にさせてもらう。そこから手を伸ばしてようやく見つけた手がかりは、はがれそうなコケの塊と、クラックに引っ掛けたバイル。それで強引に身体を持ち上げて、小さなテラスに乗りあがった。 しかし、まだ安心はできない。足元のあまり効いていないハーケンでは、多分墜落を支えてはくれないだろう。見上げると、2mほど頭上にしっかりした灌木がある。あそこまで登ればどうにかなりそうだ。全神経を集中させて、一歩ずつ身体を上げていく。アンダーホールドやクラックを使って、上腕が悲鳴を上げそうになるころ、何とか灌木に手が届いた。シュリンゲを巻きつけ、カラビナをセットする。ビレイ点から約8m。無事に登りきったようだ。 その先、右にトラバースして、ブッシュを直上。相変わらず微妙なバランスを強いられるが、要所に灌木があり、支点にできるので、精神的に大分楽だ。 40mギリギリで尾根上に到着。その場にしゃがみ込み、大きく息をつく。登れてよかった。 実は、もっと大変だったのは、フォローの清野さんで、私が置いてきてしまったザックの処理に手間取り、ずいぶんと苦労をさせてしまった。結局、ロープをフィックスして、タイブロックとプルージックで、ユマーリングして登ってきた。 空身ですら苦労したこのピッチを、ザックを二つ持って登るのは、相当大変だったと思う。私にザックを持ったままリードできるほどの力があればよかったのだが、残念ながら、空身で登るのですら必死の状態では、どうにもならなかった。 結局、この2ピッチで約3時間もかかってしまった。 8ピッチ目【清野リード】35m ようやく、期待していた雪稜に出た。振り返ると、梓川の渓谷が眼下に見え、左右は切れていて気持ちが良い。こういうピッチが続くと思っていたのに、どうしてあんな壁が出てきてしまったのだろう。<★尾根に出た> 中間支点は取れないナイフリッジだが、それほど問題はない。岩壁基部まで行って、灌木でビレイ。ここで小休止する。6-7ピッチ目の壁で二人とも相当体力、精神力を消耗してしまっていた。 9ピッチ目【神谷リード】35m 正面は岩壁だが、左の雪壁から回り込む。ダブルアックスで雪壁のトラバース。途中、灌木を使って支点が取れる。35mで再び稜線上に出る。 10ピッチ目【清野リード】40m 気持ちの良いリッジ。ひたすらロープを伸ばすだけ。スタンディングアックスビレイ。 11ピッチ目【神谷リード】40m 雪壁からハイマツのブッシュ。最後は稜線に出てスタンディングアックスビレイ。こういうとき、40mロープが短く感じる。普段50mのロープに慣れてしまっているので、「あと10m」というコールがいやに早く感じる。 12ピッチ目【清野リード】40m 正面に岩壁が見えてきた。40mロープでは、岩壁基部まで行くのがようやく。灌木を使ってビレイ。<★岩壁基部。ここの岩がまた嫌らしい> 13ピッチ目【神谷リード】40m・IV+ 見た目には、傾斜も緩いし、ホールドもたくさんあって楽勝に感じたのだが、あにはからんや、これがまた難しい。何せ岩が脆い。ボロボロだ。掴んだホールドがことごとく剥がれ落ちる。ビレイヤーが真下にいるので、ますます怖い。砂利にバイルを打ち込んだりして、なるべく岩を掴まないようにして登る。 40mで岩場を抜け、稜線に出られた。ここで20分ほど小休止。 14ピッチ目【清野リード】35m 稜線上には岩が立ちふさがっているが、これを左から巻いて、再び雪稜。 15ピッチ目【神谷リード】40m リッジが続く。ロープの残りがすぐなくなってしまう。 16ピッチ目【清野リード】40m さらにリッジ。右は雪庇になっているので、なるべく左をトラバース。<★左の岩壁がバットレス。右の雪壁を登る> 17ピッチ目【神谷リード】35m 雪稜から雪壁へ。頂上稜線が間近で、終わりが近づいてきたことを感じさせる。 正面にはバットレスが立ちはだかっているが、登る気は全くない。登山大系には、左から巻く、と書いてあるが、左はかなりの急傾斜。右からの方が明らかに楽そうだ。 バットレス基部でピッチを切る。露出している岩に残置物(リングボルトみたいな変なもの)があったが、全く効いていなかったので、無視して岩を支点にしてビレイする。この岩付近はシュルントがあるので、注意。<★こういう気持ちの良い雪稜が続くと思っていた> 18ピッチ目【清野リード】40m+10m バットレスを右から巻く。急斜面の雪壁をダブルアックスで右上トラバース。さらにそこからリッジに出る。あと少しで稜線に出られるところだったが、微妙にロープが足りない。一部コンティニュアス的に登り、主稜線へ。<★スカイラインの向こうは主稜線> 12時45分。長い登攀が終了。本当に長かった。 充実した登攀を振り返りつつ、健闘をたたえてお互い握手。 広い稜線。西穂方面の稜線が青空に美しく映える。 まだ、安全地帯とはいえないが、ともかくも、II峰東稜の登攀には成功したのだ。 昨日の夜は、まさか(主稜線に出るのが)12時を過ぎることはないだろう、と笑いあっていたのだが、予想外の岩壁に苦労させられ、あっさり12時を回ってしまった。 20分ほど休んで、主稜線の縦走に向かう。 III峰の登りに残置ロープがあったが、あえて登ることもなく、右側をトラバースして巻いてしまう。 IV峰とV峰の間のコルから前明神沢を下る。 出だしは岩稜だが、すぐに雪渓になる。急な雪渓をシリセードで一気に下って、岳沢へ。 コルから1時間20分ほどで上高地の岳沢登山口に到着。 快適な雪稜を登るつもりだった。北アルプスの峰々を見ながら、ナイフリッジで少しスリルを味わったり、多少は岩稜も出てくるかな、というイメージだった。 たしかに、後半はそんな感じだったが、6-7ピッチ目のあの岩壁は、まるで冬壁を登っているかのようだった。逆層で、しかも岩が脆いので、夏にフラットソールで登っても怖いだろうと思えるピッチだった。 すぐ隣にメジャーで快適な主峰の東稜があれば、普通は、そっちに行くよなと思う。 わざわざここまで来て、II峰を登ろうというのも、物好きな話だ。 でも、それだからこその面白さや充実感があった。最後に主稜線に飛び出したときには、言葉にできないほどの喜びが溢れてきた。情報の多い主峰東稜をただ登るのとは違う満足感が味わえた。これこそが、ある意味、本来の登攀の醍醐味なのかもしれない。 誰もいなくて静かである、というのも大きな魅力。この週は、主峰東稜にも登山者はいなかった。北アルプスの壮大なパノラマをバックに、たった二人の世界で必死になって岩を攀っている、というのもなかなか良いものだ、と思える。 このルート、我々の前に何年登られていないのかは分からないが、この先もまた何年も登る者はいないだろうな、と思った。 |
4月24日(土) 曇りのち雪
13:00 養魚場発(8℃)
14:10 宮川のコル(5℃)
15:35 ヒョウタン池
4月25日(日) 曇りときどき晴れ
2:30 起床
4:25 出発(-10℃)
4:45 第一ピーク取付(-9℃)
5:10 第二ピーク取付(-10℃)
5:20 登攀開始
-5:40 1ピッチ目(-9℃)
-5:55 2ピッチ目(-9℃)
-6:10 3ピッチ目(-8℃)
-6:30 4ピッチ目(-10℃)
-6:45 5ピッチ目(-9℃)
-7:45 6ピッチ目(-4℃)
-9:45 7ピッチ目(-2℃)
-10:00 8ピッチ目(-1℃)
-10:25 9ピッチ目(1℃)
-10:35 10ピッチ目(5℃)
-10:40 11ピッチ目(0℃)
-10:55 12ピッチ目(0℃)
-11:25 13ピッチ目(1℃)
-11:55 14ピッチ目(2℃)
-12:10 15ピッチ目(1℃)
-12:20 16ピッチ目(3℃)
-12:30 17ピッチ目(2℃)
-12:45 18ピッチ目終了点(3℃)
-13:05 Rest
13:50 前明神沢下降点(2℃)
15:10 上高地岳沢登山道入口(12℃)
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