「冬壁は大凹角から始めよ。(と誰かが言っていた)
唐沢岳幕岩 大凹角ルート

2003年2月8日(土)〜9日(日)
メンバー:松林(YCC) 、神谷(記)
報告内の★マークは、写真へのリンクです。



<ボサテラスへ向かう3ピッチ目>


いきなり、屏風ディレッティシマ、そして、Bフランケ赤蜘蛛、と順番が入れ替わってしまったが、やはり冬壁は、唐沢岳幕岩大凹角ルートから始めるのが、筋かと思った。
今回は、お互いに冬壁経験の少ないもの同士のパーティ。大凹角は、夏は登っているけれど、冬は二人とも初めて。そうは言っても、標準所要時間は5時間ということだし、9時から取り付けば、いくら何でも18時には上に抜けられるだろうと考えていた。
下降は暗くなってからでもなんとかなるだろう。さっさと抜けて、大町の宿で快適な一泊にしよう、と思っていた。天気予報では、土曜の夜から日曜の朝にかけて天気が崩れると言っていたし、降りだす前にぜひとも抜けてしまおう、と思っていた。

気になったのは、「岩と雪」128号の記事。それは、YCCの小柳さんが冬壁一年生で大凹角に登ったという報告だった。
その記録では、初日は大町の宿まで。翌日は、ボサテラスでビバーク。三日目の16時40分に終了点。大町の宿には21時で、三泊四日をかけて大凹角を登っていた。
5時間と三泊四日では大きな違いがある。果たして我々は、どれほどの速さで登れるのだろうか。

2月8日(土)
葛温泉でゲートが閉まっていたので、そこから歩き出し。4月末まで通行止めらしいが、ダムの車は入っているようで、車道は、しっかり除雪されている。

ダム下からの道は、トレースはあるが、膝下程度の軽いラッセル。金時の滝の左ルンゼは、完全に埋まっているが、夏のことを考えると逆に登りやすい。2時間45分で大町の宿に到着。ほぼ予定通りだ。早速ギアを身につけて、大凹角ルートの取付へと急ぐ。<★大凹角全景>

1ピッチ目【松林リード】
凹角内は雪が詰まっているので、それを落として登るが、かなり悪い。ピンがないので、フリーで行かなくてはならないが、とても行く気になれない。トップは早々にチョンボ棒を取り出している。ピンを掘り起こしながらの人工は、非常に時間がかかる。<★雪を落としながらの人工>

基本的に、セカンドはフォローでちゃんと登ろうと思っていた。しかし、いきなり行き詰まる。がんばってフリーで登ることに時間をかけている場合ではないので、あっさりユマーリングに変更。さっさと登る。

2ピッチ目【神谷リード】
洞穴テラスまでは雪壁なので、アックスバイルですんなりと登る。そのまま洞穴を左から越える。洞穴は表面が雪に覆われているが、ちょっと雪を崩すと中の空間が顔を出す。洞穴内は雪がなくて快適そう。
洞穴先の凹角は一手二手は人工で行けるが、凹角の灌木を越えるところがどうにもならない。夏ならあっさり登った場所のはずなのだが、手が出ない。草付バイルも効かず、足もどこに置けばいいのか分からない。思い切ってフリーで、と気持ちでは分かっているが、次の支点が全く見あたらないので、踏ん切りが付かない。
やむなく、ザックを残置する事にした。これでだいぶ違う。多少無理なムーブでも、身体が軽いと、安心して動ける。
そこを抜ければ、あとはそれほど苦労なし。ボサテラス手前の、ハング沿いに行く手前でピッチを切る。
ザックは、セカンドに持ってきてもらった。ユマーリングとはいえ、申し訳ないことをした。

3ピッチ目【松林リード】
フェースもだいぶ悪そう。
薄くベルグラが張っていて、そこをそっと叩いてバイルを引っかける。凹角沿いは氷が薄いので、途中のボルトにかけたスリングで身体を振って、右側の氷の厚い方へ移る。トップの動きを見ていると、すいすい登っているが、中間支点は、ほとんど取れていないので、いくらバイルアイゼンが決まっても、精神的にきつそう。<★ボサテラスへのフェース>
ボサテラスからそのままロープをのばす。
ビレイ点からトップの動きは見えないので、少し流し気味でロープを出していた。しばらく、進んだり止まったりを繰り返していたが、突然、一気に引かれた!
トップのフォール!
ロープが流し気味だったせいで、墜落距離は大きかったが、トップには特に負傷箇所もないようだ。
とりあえず、ボサテラスでピッチを切って、そこまでフォロー。

4ピッチ目【神谷リード】
テラスから凹角を5m位のところで中間支点を一本取り、その先5mくらいフリーで登って落ちたようだ。草付に刺したアックスが抜けたとのこと。凹角が二本並んでいるが、確かに右を直上すると厳しそう。
トップを代わり登ってみると、凹角内にさっきは見落としたボルトを発見。そのボルトに支点を取って、左の凹角に乗り移る。
乗り移るときのトラバースが嫌らしかったが、その先は草付ダブルアックスで行ける。草付があったり、雪壁にバイルが決まれば、多少ランナウトしてもなんとかなる。
中央バンドに出る手前で、再びジェードルで岩に突き当たる。残置支点は見当たらないので、カムを決めてアブミに足をかけて登る。その先も支点はなく、灌木でようやく取れたときには、アブミを回収するには登りすぎており、やむなく残置。セカンドに回収してもらう。
夏の記憶では、中央バンドに出て左の方にビレイ点があった気がしたが、一面雪に覆われており、探す気にもなれない。
適当に灌木でピッチを切ってビレイ。

5ピッチ目【松林リード】
ほとんど雪に覆われているスラブを直上。
バイルもアイゼンも良く決まるので、支点はほとんどない(見つからない)が、それほど不安はない。登るに連れ、だんだんふくらはぎが張ってくるのが辛い。<★中央バンドは雪の中>
ここは、ユマーリングするまでもないので、フォローで登る。ロープ一杯のばして、樹林帯の中でビレイ。
樹林帯の中は、膝から腰くらいのラッセル。

6ピッチ目【神谷リード】
一旦上部壁の末端まで直上。そこで小休止。
すでに15時。
当初の予定を大幅にオーバーし、このペースでは今日中に抜けられそうにない。
方法として、ザックをこの場に残置して、残り3ピッチを空身でさっさと登り、同ルート下降する事を考えた。ザックがなければ身軽になるので、スピードも上がるだろうと思った。
通常は、右稜を下降するのだが、大凹角ルート自体の同ルート下降も、今まで登ってきた感じでも十分できそうだ。
よし、これで行こう、ということになり、ザックを、下降しやすそうな灌木付近に残置。

7ピッチ目【神谷リード】
一旦下降して、カンテを回り込み、大凹角内に入る。胸くらいまで雪が詰まったルンゼで、ラッセルが大変。
チムニー下のビレイ点でピッチを切る。

8ピッチ目【神谷リード】
チムニーを人工で登って、凹角を直上。
夏は、そこから左のチムニーに入って苦労したことは覚えていた。その時は、右壁にボルトラダーに気付かなかったのだが、今見ると、確かにボルトラダーがある。しかし、ボルトラダーの最初のピンまで手が届かない。足下は雪が詰まった凹角で、踏み固めようとすると崩れてしまって、不安定。並んだボルトも見るからに古い。
本当に、こっちが正しいルートなのだろうかと不安になってくる。
チョンボ棒を使って、最初のピンに取り付いても良かったが、一度登ったことがあるという安心感で、結局左の凹角へ。
雪を払いのけつつ、人工で登る。夏ならフリーだよなあ、と思いつつも、なかなかフリーで行く踏ん切りが付かない。右のバンドに移るところでまた苦労。全く支点が見つからず、動きが止まってしまう。カムを決めようにも、上手いクラックがない。一手進めば、何か見つかるかも、と思い切ってフリーで身体を上げるが、何もなくて、余計に窮地に陥る。チムニーの奥にカムで支点を取って、テンション。ロープを張った状態で、右に身体を振って、雪の下に埋もれた支点を発見。
さらにチョンボ棒で、ようやくそっちに身体を移す。
一旦右下に下って、記憶を頼りに、ビレイ点を掘り起こす。
この辺、夏に登って支点があることが分かってなかったら、行き詰まっていたかもしれない。

結局このピッチで予想以上に時間がかかってしまった。ザックがない分、確かに身軽ではあったが、トップに時間がかかるのは、ザックが問題であるだけではなかったようだ。ユマーリングでフォローを迎えるころには薄暗くなってきており、支点を探すことも困難で、これ以上は進めなくなっていた。
天気を考えると、このまま撤退して下降してしまうことも考えられたが、ビバーク用具もビバークサイトもあるので、今日はここにFIXロープを張って、明日登り返すことに決める。

上部壁の末端から、一段降りたところを整地してツエルトを張る。
二人が寝るには十分な広さを確保できた。

予報通り、夜中になって雪が降り出した。
気温が高いのか、雨のような雪。
時折、ツエルトを内側から叩いて、天井の雪を落としてやる。

2月8日(土)
朝起きると、30cmほど新雪が積もっていて、昨日のラッセルの跡は、ほとんど消えていた。降雪自体は止んでおり、空には青空のかけらが見えていた。

FIXをユマーリングで登り返し、登攀再開。
ユマーリングをしながら、昨日登らなかった右壁直上のボルトラダーを追っていったが、ボルト3本の先が何もない。この先をフリーで行くのはかなり厳しそう。左の凹角を登ったのは、正しかったかも、と思う。

9ピッチ目【松林リード】
チムニーをチョンボ棒混じりの人工で登って、ボルトラダー手前でピッチを切る。
普通はフリーで行く場所なので、ボルト間隔は遠く、普通に手を伸ばしただけでは全く届かない。

10ピッチ目【神谷リード】
チムニー右壁のボルトラダーをたどるが、ザックが重くて思うように動けない。ボルト二本登ったところで、ザックを降ろして、後で荷揚げすることにした。
ボルトラダー自体は、夏と変わらないが、問題はさらにその先だった。人工からフリーに移るところが悪かった、という夏の印象はあるのだが、その先は、それほど苦労した記憶がなかったので、印象が薄い。易しいフリーかと高をくくっていたが、全然そんなことはなく、またしてもギリギリのムーブを強いられる。残置支点はそもそもないのか、見つからないだけなのか、雪を必死でかき落とすが、さっぱり分からない。
灌木やカムや岩角を駆使して、とにかく、ランニングビレイは取れるだけ取っていく。

傾斜が緩くなって、ようやく一安心。
最後の雪壁を崩して、右稜の頭に出たときの感動は、言葉では言い表せない。
朝から曇り気味だった空にも今は青空が広がり、光り輝いていた。
空気は澄んでどこまでも清々しく、昨晩の新雪を纏った山々は、厳粛な姿で佇んでいた。
大凹角を登り切ったんだ、という達成感が、一気に心に溢れた。



やはり冬壁は全く甘くなかった。
行動中の天候には恵まれ、寒かったり吹雪いたりしていなかったにも関わらず、非常に時間がかかってしまった。

所要時間5時間なんてとんでもなく、足かけ二日で実質10時間半。ほぼ倍の時間がかかっている。

だいたい、普通フリーで行くところをなんとか人工で行こうと苦労するから時間がかかるのだ、というのは自分でも分かっている。分かってはいるのだが、それができない。
ちょっとしたワンムーブでも、岩を掴んで、アイゼンのツァッケを岩角に引っかけて、というのが、無性に怖く感じる。やはり、もっとゲレンデでトレーニングしなければならないのか。トレーニングしたら、こういうのが怖くなくなるのだろうか。

それはそれとして、ある意味、こういう登攀は面白いと感じた。
ありとあらゆる手を使ってでも、とにかく先に進むための方策を考えていくのは、まさに頭脳戦だと思った。
自分の持つ"チョンボ"テクニックを駆使しての登攀。
アブミ、フィフィ、チョンボ棒、テンション、振り子……。
フリーにこだわる、というのとは全く違った方向性。
とにかく何でもいいから先に進まないことには、話にならない。次の支点が見えていれば、あそこまでがんばってフリーで行けば、と気持ちが楽になるのだが、先が見えないと、怖くて仕方がない。すいすい登れればいいのだが、一手登っては、雪を払い落としたり、氷を叩いたりしながら、支点を探しつつ登るのは、非常に神経を使う。一歩が必死なんだから、それを支点も取らずに二歩三歩と繋げていくのは、とてもじゃないが厳しすぎる。
夏のイメージで行くと、たぶん大したことのないフリーのムーブだったのだろう、というところが、冬には全く表情を変えて、もの凄く恐ろしいムーブを要求されているように感じる。基本的には、アイゼン手袋があるかないかだけなのに、この違いは大きい。

ディレッティシマは、人工登攀主体。
Bフランケ赤蜘蛛は、草付ダブルアックスが使える。
完全に、岩と雪のフリー登攀は、これが初めて。
予想以上の厳しさで、最初から最後まで全力出しっぱなしで、気の休まる暇もなかった。

冬壁を始める前は、冬壁なんて、厳しくて怖くて寒いだけかと思っていたが、それだけではなかった。もちろん、厳しくて怖くて寒いけれど、それ以上に何かがあると感じた。
今年登った冬壁は三本とも心に残っている。
どれも、苦労した分だけ、達成感は大きい。何事も経験してみなければ分からない。

でも、やっぱりトレーニングはしなくちゃなあ…。

なお、下山時は、前夜の降雪のため、ダム下まで膝程度のラッセル。気温が高いため、湿った雪で、非常に歩きにくい。まるで春山のようであった。




2月8日(土) 曇り夜雪
5:25 葛温泉発
8:10 大町の宿到着
9:00 大町の宿出発
9:25 取付
9:35 登攀開始(-2.4℃)
-10:45 1ピッチ目(0.4℃)
-12:30 2ピッチ目(-0.3℃)
-13:15 3ピッチ目(2.6℃)
-14:15 4ピッチ目(2.5℃)
-15:00 6ピッチ目(中央バンド、-0.2℃)
-15:35 7ピッチ目(-0.1℃)
-17:35 8ピッチ目(0℃)
18:00 下降開始
18:25 ビバーク地着(0.1℃)

2月9日(日) 曇りときどき晴れ
6:00 起床
8:00 ビバーク地出発
8:40 昨日最終到達点(4.5℃)
-9:25 9ピッチ目(3.2℃)
-11:15 10ピッチ目(終了点、1.3℃)
12:35 下降開始(0.9℃)
12:50 大町の宿到着(1.6℃)
13:10 大町の宿出発(3.7℃)
16:00 葛温泉到着





この記録に関するお問い合わせはこちらから。

[入口] [山記録]