「蜘蛛の糸」
穂高岳 屏風岩東壁 ディレッティシマルート

2002年12月28日(土)〜2003年1月1日(水)
メンバー:船山、朝岡(YCC) 、神谷(記)
報告内の★マークは、写真へのリンクです。



<天上へと伸びる蜘蛛の糸>


 ところがある時の事でございます。何気(なにげ)なくカンダタが頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い遠い天上から、銀色の蜘蛛(くも)の糸が、まるで人目にかかるのを恐れるように、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。カンダタはこれを見ると、思わず手を拍(う)って喜びました。この糸に縋(すが)りついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえも出来ましょう。そうすれば、もう針の山へ追い上げられる事もなくなれば、血の池に沈められる事もある筈はございません。

※カンダタ(牛へんに建、陀多)
(「蜘蛛の糸」芥川龍之介 青空文庫で全文を読むことが出来ます。)


それは全く、天へと伸びる"蜘蛛の糸"であった。
ビバークサイトからまっすぐ上に向かう一本のロープは、まっすぐ天上に向かって伸びていた。
はるかに、はるかに、まっすぐ。時に風に揺られながらも。

横断バンド付近から、第三ハング(青白ハング)直下まで、9mm×50mロープを2本連結し、ほぼ100m。
そのルート名のとおり、ディレッティシマ(ダイレクト)にロープが繋がっている。
壁が全体的に前傾しているため、そのほとんどが空中ユマーリングとなる。

ビバークサイトから青白ハングはあまりにも遠く、ロープの先端は、まるで霞んでいるかのように見える。
これを登らなくてはならない。
もちろん、こんなユマーリングは初めての経験だ。
登り切れるかどうかは、全く分からないが、一度登りだしたら、もう進み続けるしかない。
この一本のロープにすべてを託し。切れないことをただ信じて。

登っても登っても果ては見えない。
左手のユマールを上げる。
アブミを踏み込むと同時に、右手のユマールを上げる。
ただその繰り返し。
1ストロークで上がるのは、50cmくらいだろうか。
その50cmを積み重ねて、100m繋げていく。

その果てしない道のり。

しかし、途中であきらめるわけにはいかない。
この場から脱出する方法は、この"蜘蛛の糸"を登り、上に抜ける方法しかないのだ!



本格的な冬壁は今回が初めてである。
一度、唐沢岳幕岩の大凹角ルートに12月に行ったことがあるが、
そのときは、3ピッチ登って下降。
しかも、ほぼユマーリングフォローだったので、あまり実感がなかった。
それだけに、今回、冬の屏風に行くというのには、行く前からだいぶ緊張していた。

計画時のルートは、東壁ルンゼ。
ともかく、天気が肝心だと思っていた。
天気さえ安定すれば、中1日で抜けられると考えていた。



12月28日(土)
入山時の天気は最高。
雲ひとつない快晴で、横尾避難小屋への足取りも軽いものだった。

しかし、昼過ぎから雲が増えだし、16時ころからはとうとう小雪がちらつき始めた。
すぐに止むだろう、と見ていたが、予想に反して、その雪は一晩中降り続いた。

12月29日(日)

2時半起床。
避難小屋から外に出ると、いまだ降り止まぬ雪のため、小屋前のトレースさえ分からなくなっていた。空を見ても、雪はすぐに止むという感じではない。
東壁ルンゼは、文字通りルンゼルートであり、特に下部は、降雪直後雪崩の危険が高い。これだけ降ってしまっては、東壁ルンゼは無理だろうな、と思いながらも、とりあえず、朝食を作りながら、外の様子を見守る。

朝食を食べ終わる時間になっても、雪の状態は変わらない。
東壁ルンゼが無理となると、次の候補として、ディレッティシマが挙げられた。人工登攀主体で、かぶった壁が続くので、雪も付きにくい。人工主体ということは、いやらしいフリーがないので、冬は逆に登りやすい、ということだ。

どちらにしても東壁ルンゼに行かないのならば、日程的には余裕が出てくる。今日、この降雪の中、無理に壁に取り付く必要はない。予報では、今日が一番悪く、明日以降は多少は回復するとのことだ。避難小屋のほかのパーティは、出発準備をしているところもあるが、彼らには彼らの事情があるのだろう。小屋には5-6パーティいたが、そのうち2-3パーティが出かけたようだった。それに惑わされることはない、と早々に二度寝を決め込む。

8時ころ起きると、雪は小降りになり、これなら行けそうな感じになった。そろそろと出発準備をして、FIXロープを張りに行く。岩小屋まではトレースがあったが、そこからルンゼを詰めていくと全くのラッセル。

朝登って行ったパーティのトレースは、すでに消えていた。部分的に腰くらいのラッセルを越えて、T4尾根の取付へ。T4尾根は1ピッチ目がまるまる雪で埋まっているような感じだ。ディレッティシマはT4尾根の左から取り付くので、T4尾根で苦労しているパーティを尻目に、またもラッセル。深いところでは、頭くらいまである雪をバイルで削りながら、ひたすら進む。<★T4尾根の状態>

ディレッティシマも1ピッチ目はほとんど埋まっていた。雪の下のリングボルトを掘り出して、何とかビレイ点を作る。

1ピッチ目【船山リード】
ベルグラを叩き割りながら、支点を掘り出す。
下から吹き上げるような強風で、じっとしていると雪まみれになる。
非常に寒い。
フォローは、ユマーリング。<★ユマーリングで登る>

2ピッチ目【船山リード】
ベルグラは1ピッチ目よりも多い。氷の壁を一歩一歩登っていく。吹き上がってくる風がない分、1ピッチ目よりはビレイが楽。今日はFIXのみのため、このピッチは、フォローせず。<★ベルグラを叩き割りながら>

2ピッチ分FIXを張って、横尾避難小屋まで戻る。
登ってきたときのトレースは、雪で埋まって、すでなくなっていた。<★下りもラッセル>

12月30日(月)
2時前に起きて、3時避難小屋出発。
天気は良い。
トレースもある程度残っており、雪も締まっていたので、昨日よりは登りやすい。
T4取付でギアをつけ、FIXロープの末端へ。

3ピッチ目【船山リード】
2ピッチ目終了点は、ちゃんとしたビレイ点ではなく、中間支点を幾つか集めた場所で取っていたので、本来のビレイ点まで15mほど伸ばす。これで、夏の3ピッチ目終了点の位置に来る。<★ユマーリングその2>

4ピッチ目【神谷リード】
右から来ている緑ルートと合流する場所。
出だしでバンドをトラバースするのだが、雪壁になっていて怖い。ビレイ点からすぐのところの、5mくらいのトラバースが、途中支点を取れず、非常に神経を使った。
そこから左上気味のA1。一本目のボルトはわかるのだが、次がやけに遠い。右にあるクラックにカムを決めてみるがちゃんと利いてくれない。ここは迷わずチョンボ棒。その先は、単純なA1。
アイゼン手袋の冬壁とは言え、人工になれば、やることは夏と変わらない。ただ、アイゼンがいちいちアブミに引っ掛かるのが鬱陶しいと思えるだけ。
順調に高度を稼ぐが、二段テラスのビレイ点までの最後の部分で、動きが止まる。傾斜が緩くなり、壁から草付に移るところで、どう雪を掘り起こしても支点が見つからない。散々探しても、全く見当たらず、フリーで行くしかなさそう。ホールド、スタンスともに十分で、どういうムーブをすればいいのかは分かる。しかし、そのイメージは夏の岩のもので、実際に手袋をつけて、ホールドをつかんでみると、何か不確か。それほど寒くはなかったので、思い切って、素手になってみるが、氷が融けて余計に滑ってしまう。何度か行きつ戻りつ逡巡しながら、心を決め、やっぱり手袋はつけて、一気に登る。
ビレイ点まで8mくらい。そのうち、核心となる部分は2-3m。高々それくらいのことなのに、途中支点が取れないというのは、やはりまだまだ怖い。
この二段テラスは、十分ビバークできそうな良い場所だった。

5ピッチ目【神谷リード】
左にトラバースしていく小倉ルートの「これでもか」と連打されたRCCボルトを横に見ながら、第一ハングに向けて直上。
ある意味、単純なアブミの架けかえ。A2となるハングの乗越も、夏の身軽な身体なら、問題なく越えられるだろうと思う。アイゼンはあるし、身体も重いので、ずいぶん時間がかかったが、フィフィの連続で何とかクリア。
ハング下は、ユマーリングすると、ロープがこすれて危ないので、このピッチは、セカンド以降もフォローで登る。トップもザックを背負っているが、フォローのほうが圧倒的に重く、その分、こういうピッチはフォローのほうが大変だと思う。<★ハングを越えたあたり>

6ピッチ目【朝岡リード】
第二ハングは、第一ハングよりは張り出しの規模が小さい。とは言え、楽ではないことは確かだ。<★第二ハングを越える>
トップが登ったあと、セカンド以降は最初からユマーリングで行く。しかし、驚くほどザックが重かった。トップのときは、軽いザックを背負っていたので、今日このザックを背負うのは初めて。足が壁に着くのならともかく、空中ユマーリングで身体を持ち上げるのには、とてもじゃないが重過ぎる。
途中まで行ったところで、あまりの重さに音を上げる。ザックをロープの末端に吊り下げて、ユマーリングは空身で行い、後で荷揚げするという方法にチェンジ。
全身疲れきったような状態でようやく第三ハング下のビレイ点に到着。

7ピッチ目【朝岡リード】

しかし、すでに16時近い。ほとんどタイムリミットを過ぎている。
トップにも疲労の色は濃く、あまりスピードが上がらず、第三ハング(青白ハング)の乗越で苦労している。
これ以上は無理と判断し、トップには引き返してもらって、退却を決める。



そうは言うものの、この場所から果たして退却できるものなのか、全く不明だ。
ビレイ点から右にトラバースしたところに、緑ルートの支点があり、そこには下降用と思われる支点が多くぶら下がっている。しかし、下を見ると、ずっとハング帯。懸垂下降したとして、うまく支点にたどり着けるだろうか。
ともかく、やってみるしかない。
50mロープをダブルにしての懸垂では、明らかに届かないだろう。最大限伸ばせるだけ伸ばすとしたら、50mロープを二本連結して100mシングルで空中懸垂するしかない。
それでも届かない可能性はある。
でも、ほかには方法がない。
この方法で降りると、ロープの回収が出来ないため、翌日は登り返さなくてはならない。

もし、連結部の50m地点で何らかの支点に届けば、そこからロープを引き上げて、改めてダブルで降り直せば良い。ともかく最初に降りてみて、様子を見るしかない。
17時を過ぎ、すでに暗くなり始め、上から見ただけではロープが壁に着いているのかどうかまったく分からない。

船山さんがトップで決死の下降を試みる。
ヘッドランプの灯りが、壁を照らしながら、スルスルと降りていく。
50mでも100mでもとにかく壁に着いていて欲しい。
壁に着かなかったら、ここでハンギングビバークか、夜間登攀か。
午後から降り始めた雪は、止む気配を見せない。
本降りではないが、ちらちらと断続的に降り続いている。

徐々に高度を下げていく光を見ながら、ただ祈り続ける。
壁は暗闇に包まれ、船山さんの位置は、ヘッドランプの光でしか把握できない。
その光の動きが止まった。
たぶん連結部だ。
そしてまた動き出した。
やはり50mでは、壁に着かなかったか。
またしばらく後、その光が雪を捉えた。
何とか、壁には到達できたようだ。
しかし、ビバークできる場所があるのかどうか。
「いいよー」と声がかかるまで、ずいぶん長い時間がかかった。

私も降り始める。
暗闇の中の空中懸垂下降。
シングルロープで滑りやすいので、レッグループにカラビナをかけ、そこで一旦折り返してスピードを殺しながら降りた。
下が見えないので、どこまで降りれば連結部なのか、全然分からない。
奈落の底へ延々と降り続けているのではないか。
果てしない闇の底へ、ただ身体が落ち続けた。

緊張の時間は、とてもとても長く感じたが、しばらくしてそれも終わりを迎えた。
レッグループのカラビナに連結部が届いた。
ここからの手順は、さっきシミュレーションしたばかり。

1)エイト環の上にユマールをセット。
2)体重をユマールに移動させ、エイト環の加重を抜く
3)エイト環をはずす
4)エイト環を連結部の下にセット
5)そのエイト環の下にもう一つのユマールとアブミをセット
6)下のアブミに体重を移動させ、上のユマールをはずす
7)エイト環に荷重をかけ、下のユマールとアブミをはずす

これで連結部を通過できるはずだった。
しかし……。

ユマールをセットしたものの、レッグループのカラビナに連結部が噛んでしまって、体重移動がうまく出来ない。
何とかそれに対処できたが、ユマールとエイト環が引っ張り合って、エイト環をはずすことが出来ない。
全然関係ないカラビナが、ユマールと絡まって、訳分からない状態になっている。
フィフィを使ったら、それもまた絡まる。

何がどうなっているんだか、まったく分からない。
パニックにはならないように、落ち着け、落ち着け、と思うのだが、事態はまるで好転しない。
ここをはずせば、こうなるから、それでこっちが動いて、と努めて冷静になろうとするが、一つ一つの動作が繋がらない。

これが、明るい場所ならなんてことはないのだろう。
これで、足が地面に着いていればなんてことはないのだろう。
これで、身体が疲れていなければなんてことはないのだろう。

ザックを背負った身体は重く、一つの動作をするごとに息が切れ、しばらく休まなければ次の動作に移れない。
しかも休めば回復するというわけではなく、時間が経つにつれ、動きはだんだん鈍くなってくる。
身体を持ち上げる腕の力はますます弱くなり、休んでいる時間のほうが多くなってきた。
ハーネスにぶら下がった身体は、力を抜くとサバ折り状態になってしまうので、完全に力を抜くことは出来ない。ロープに抱きつくようにして、腕を休めるのみ。

時折吹き付ける風が、私の身体をくるくると回転させる。
ヘッドランプで照らされている範囲しか見えない、私の限られた視界は、壁、空、壁、空、とめまぐるしく入れ替わっていく。
ハーネスに締め付けられた腰が悲鳴を上げ、痺れや吐き気さえ感じるようになってきた。

この異常な状況。
狂ったシチュエーション。
思わずうめき声がもれる。

北尾根で、登攀中に墜落し、ハングで宙吊りになり、一晩動けず死んでしまった人がいた、という話を思い出した。

私もこのまま、一晩中動けなくなるかもしれない、と思い始めた。
小雪の舞うこの天候の中、ここで一晩過ごしたら……。
結果は明白だ。

私に残された時間はあまりないと思う。
このままでは力尽きて、全く身動きが取れなくなってしまう。
その前に何らかの手を打たなければ。
生きて帰るために。

まず、とにかくこの状況から脱出することを考えよう。
上でごちゃごちゃしているユマールとかエイト環とかはすべて残置することに決める。
回収している余裕はない。
連結部の下に、確保器(ルベルソ)をセット。
とにかくこれで降りてしまおうと思った。
そして、その下にユマールをセット。
上のものをすべて身体から離して、さあ降りるぞ、
と思ったが、そのユマールが確保器と噛んでしまい、またしても身動きとれず。

ほとんど絶望的だ。
今の動作でまた力を使ってしまった。
タイムリミットはますます近づく。
今なら、声が届くから、遺言でも言おうかとさえ考えた。

そんな時、下にいる船山さんから声がかかる。
「ザックのビレイのカラビナをザイルにかけて、ザックを落とせ!」

そうか、それは考えなかった。
下でロープを固定していれば、ザックを落としても、行方不明になることはない。
この重たいザックがなくなれば、もっと動けるようになるだろう。
言われたとおり、カラビナをロープにかけて、ザックを落下させる。

ザックは音もなく落下し、しばらくして、爆音とともに壁に激突した。
瞬間、背筋が震えた。
ああはなりたくない。
あんなふうに落ちるのは嫌だ。
何とかして、自力で下降しなくては。
身軽になった身体を奮い立たせ、フィフィなどを利用して、噛んでいたユマールをはずす。
これで降りられる。

身体が下に向かって動き出した。
ここで力を抜いてはいけない、と下降スピードをセーブする。
徐々に、下にいる船山さんの光が近づいてきた。
そこには、雪壁を削って小さなテラスが出来ていた。
崩れるように、そこに降り立つ。
地面の感触。生きている感触。
帰ってこられた喜び。
これで、宙吊りビバークからは解放された。
座りビバークだってかまわない。
とにかく地面があるだけでありがたい。

朝岡さんを待ち、ツエルトを張る。
雪を削って、意外に広いビバークサイトとなり、折り重なるようではあったが、3人何とか横になることさえ出来た。

落ち着いてから、沸かしたお茶のうまかったこと……。
生きている味がした。


12月31日(火)
狭いビバークサイトではあったが、わりと眠ることも出来た。<★こんなビバークサイト>
外は快晴。

昨日の段階では、ここを再び登り返すなんて、考えたくもなかったが、新しい朝を迎え、気力がまた戻ってきた。
100mの空中ユマーリングなんて、全く経験がないが、とことんまでやってみるか、という気分だ。

狭いテラスで出発準備を整え、船山さんから順にユマーリングを開始する。
首が痛くなるほど垂直にそびえる岩壁の中、ゆっくりとではあるが、着実にその姿は小さくなっていく。<★時折、上部から雪崩が>
30分ほどして到着。「登っていいよ」のコール。

続いて私が行く。
今回はみんな空身にして、あとから荷揚げをする作戦。
そうでなければ、100mも身体がもたない。
最初の10mくらいはまだ壁に足が着く。
壁を蹴ることが出来れば、だいぶ楽に身体を引き上げられるのだが、その状態もすぐに終わり、完全に空中ユマーリングとなる。

いつ果てるとも知れない単調な動作の繰り返し。
この一本の細いロープにすべてを託し、一心に上を目指す。
下降のときに苦労した、連結部の通過も、登りでは問題なし。
ユマーリングとアブミを使って、順調にクリア。

全くこれは"蜘蛛の糸"だ。
カンダタの苦労が身に沁みる。
我々はユマーリングなどという文明の利器を使っているが、彼は腕の力だけで何万里もの距離を登っていこうとしたのだから、恐れ入る。
下からほかの人が登ってきているのを不安に思うのも仕方がないだろう。
この場で、この"蜘蛛の糸"が「ぷつりと音を立てて断(き)れ」たとしたら、なんと恐ろしいことだろうか。
風に揺れる身体を、ロープにもたれさせながら、そんなことを考える。

果てしないかと思われたユマーリングも徐々にゴールが見えてきた。
あと一歩あと一歩と、少しずつ身体を引き上げ、ようやく青白ハング下のビレイ点へ。
時計を見ると、登り始めてから1時間が過ぎていた。

今日の行動は実質的にはこれからだというのに、なんだか大きなことを一つやり遂げたような満足感を味わった。<★"蜘蛛の糸"上から><★"蜘蛛の糸"下から>

その後、朝岡さんを迎え、ザック三つを荷揚げした。

7ピッチ目【船山リード】
ようやくこれからスタートな訳だが、第三ハングを時間をかけて越えていられるほどの余裕はない。スピード重視を考え、ハング部分は右の切れ間から登る緑ルートで行くことにする。なんとしても今日は、下まで降りていたい。

セカンドは、ハングを越えるまではフォローで、その後ユマーリング。ハングの乗越部分でフリーが混じるのか、やけに次の支点が遠い。フリーにチャレンジしている場合じゃないので、あっさりユマーリングに切り替えて、一気に登る。
ハングの上は、左上していく緑ルートから再び離れて、ディレッティシマに戻る。

8ピッチ目【船山リード】
箱状テラスから3-4手の人工の後、草付帯に入る。雪がついていて結構いやらしい。灌木などを使いながら強引に登る。フォローはユマーリングだが、傾斜が緩くて、登りにくい。
ほとんどブッシュ登りになり、あとは屏風ノ頭まで単調な登りになりそうなので、ここで終了とする。

すでに15時近くて、時間の余裕はあまりない。
屏風ノ頭から慶応尾根を経由して降りると、もう一泊ビバークになってしまう。
東稜までの道のりもこの先暗くなってきたら、分かりにくいかもしれない。
そういうわけで鵬翔ルートを下降することに決める。

鵬翔ルート自体が、左上気味に登ってくるものなので、下降はちょっと大変だった。
振り子気味に右に身体を振っていかないと、次の下降支点に届かない。
終了点から3ピッチで大テラス。そこから1ピッチでT4。

渡渉を終えたころ暗くなってきた。
横尾避難小屋で年を越し、翌日下山。



何という波乱に満ちた山行だっただろう!
さすが冬壁は甘くなかった。
クライミングを始めて4年が経つが、冬壁は今までとは全く違っていた。
新しい経験、学ぶべきことが非常にたくさんあった。
また、その危険性も十分に感じた。

本当にあのまま宙吊りで一晩動けなかったら、どうなっていただろうか。
今、ここで報告を書いている自分がまだ信じられない。
危ない目にもあったけれど、また同じ状況が来たら、今度はもっとスムーズに行動できるだろうと思う。
しかし、大事なのは、ああいう状況になる前に、何らかの対策を打っておく事だと思う。
今回は、たまたまうまくいって、無事完登できたが、反省すべき点も多々ある。
本来なら、もっと前の段階で、撤収を考えていれば、もっと違った結果になっていたかもしれない。

ともかく、今回は大きな経験をしたことは確かだ。
これを今後に生かしていかなければならない。



12月29日(日) 朝のうち雪、のち晴れときどき雪
2:30 起床
9:40 横尾避難小屋出発
11:00 T4取付
12:15 ディレッティシマ取付(登攀開始)-10℃
15:00 2ピッチFIX終了
15:15 ディレッティシマ取付発
16:30 横尾避難小屋

12月30日(月) 晴れときどき雪
1:45 起床
3:00 横尾避難小屋出発
4:10 T4取付
4:45 ディレッティシマ取付(登攀開始)
-6:00 3ピッチ目(-8.1℃)
-8:50 4ピッチ目(-4.9℃)
-12:00 5ピッチ目(-5.6℃)
-15:50 6ピッチ目(-6.7℃)
-16:20 7ピッチ目(途中で下降、-6.4℃)
17:30 下降開始(-6.0℃)
19:00 ビバークポイント着(-7.1℃)
20:00 BP全員集合

12月31日(火) 晴れときどき雪
6:00 起床
8:30 ユマーリング開始
10:45 ユマーリング終了
-11:45 7ピッチ目(緑ルートから登り直し、-3.6℃)
-13:30 8ピッチ目(-3.7℃)
-14:50 9ピッチ目(鵬翔ルートから下降開始、-5.6℃)
16:20 大テラス(-2.7℃)
16:55 T4取付(-5.0℃)
17:45 横尾避難小屋着(-5.0℃)

1月1日(水) 晴れ
10:00 横尾避難小屋出発
13:30 中の湯着




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