「ノーロープ&時限爆弾」
唐沢岳幕岩 左方ルンゼ

2001年3月24日(土)
メンバー:羽矢(山岳同人カルパッチョ)、神谷(記)



 谷川岳に行こうと思っていた。最初は、中央稜&凹状岩壁。計画変更の後、一の倉尾根。しかし、22日(木)になって、24日からの「入山禁止」命令が出てしまった。先週末に滝沢リッジで雪崩が発生し、負傷者が出たことで、例年よりも早めの「入山禁止」となったようだ。やむを得ないだろう。最近急に暖かくなってきた。桜のつぼみも一気にふくらみ始めた。これだけ気温が上がれば、雪崩がいつ起こってもおかしくはない。結局今冬は谷川には入れなかった。課題がまたひとつ増えた。

 谷川に入れなかったことにより、20日にアプローチ敗退した唐沢岳幕岩左方ルンゼへの再チャレンジが、現実味を帯びてきた。あの時は、翌日が平日でワンデイアタックが必須であったが、今回は、たとえビバークになっても、翌日は休日なので心にゆとりがもてる。チャンスだ。行こう。
 都合により、前回メンバーの碓井さんは参加できなくなったので、羽矢さんと二人でいざ、ラストアイスに出発。

 とはいっても、この気温の高さである。果たして氷が残っているのだろうか。何よりもそれが心配。
 葛温泉から七倉までは意外に近かった。約30分。そこからさらに45分で高瀬ダム下に到着。ここまでの林道はジョギングシューズで歩き、ここでプラ靴に履き替える。
 この先のアプローチは雪崩の巣。デブリの山。今は、まだ陽が当たらず、気温が低いが、午後になったら…。考えるのは恐ろしい。危険箇所をチェックしつつ、歩を進める。

 B沢出合を越え、しばらく行くと、右手に左方ルンゼF2の氷が見えた。凍っていることで一安心。ともかく登れそうだ…(と見えたのだが)。
 F1の凹角状は、ほとんど雪に埋まっているが、さくさくと乗り越える。F2下部まで30m位のところで、ハーネス等をセット。ここまで来ても、氷は立派に発達しているように見えた。結構立ってはいるが、何とか行けるのではないか、と思った。ただ、水の流れる音が微かに聞こえるのが少し気になってはいたが…。
 ロープを出して、まず私が下部まで接近する。近づくほど、水音は大きくなった。身体に飛沫がかかる。遠目には立派な氷柱だったのが…。
 右側は全く不可能。完全に水が流れている。真ん中の凹角部は、水こそ流れていないが、ボロボロ。左側はの垂直氷柱が、一番可能性がありそうに見えるが、それでもかなり悪い。見るからにスカスカで、蹴り込んだら、水流までアイゼンが届いてしまいそうだ。慎重に行かないと、表面の氷がすべて壁からはがれてしまうかもしれない。何より怖いのは、スクリューが全く効きそうにないことだ。F2下部で支点を取るが、そこですら場所を選ばないとスカスカである。ましてや、氷柱内では言わずもがなで…。
 あとから登って来た羽矢さんは、早々に撤退を決める。私は、何とか方法はないか、と考えるものの、やはりどうにもならない。とてもじゃないがリードする気にはなれない。
 少しずつクライムダウンしつつ、B沢の取付きまで戻る。

 ルート図によると、F1F2を巻いて、左のスラブからF3に上がれるとあったので、とりあえず、そっちに行ってみることにする。いくらなんでも、これで帰るのは、あまりにもさびしい。
 左のスラブに古いトレースがあった。先行者もやっぱりあのF2は、登らなかったのか。何故かほっとする。F3は、非常に短い。ロープを出してあえて登ろう、というほどでもなかったので、左の階段状のところを登る。左壁にハーケンが2本あり、新しいシュリンゲがたれていた。先行者は、ここで降りたのかもしれない。その先は明確なトレースはなくなっていた。我々はさらに先に進むことにした。
 F4ナメ滝、F520m滝も斜度はあまりなく、雪に埋もれているような状態だったので、ロープなしで、さくっと進む。と言っても、足を滑らせたら、200−300mくらいは滑って、B沢取付きまで逆戻りなのは確実だろう。振り返ると、何もない雪面が切れ落ちている。
 緊張したF6。出だしは結構斜度を感じる。ここまで一気に登ってきていたので、疲労もある。左右のバイルを慎重に決めていく。氷は意外と硬い。右手はすんなり決まるのに、左手はボコボコと氷を壊すだけになってしまうのは、やはりバイル(ピック)の性能(質)の違いが大きいのかもしれない。来年は、バイルを買い換えよう、と思う。
 多分、リードであれフォローであれ、ロープがあればなんてことはない場所なんだろう。でも、今はそれがない。全く保障のない状態でのクライミング。一瞬の間違いも許されない。千波の滝では、体が宙に浮きかけた。あの時は、幸運にも助かったが、今度も同じように出来るとは限らない。「落ちちゃいましたー」では、すまないだろう。喉がカラカラだ。羽矢さんは、さっさと先に行ってしまい、姿は見えない。いや、今は人のことなど関係ない。見えるところにいたとしても、落ちるときには一人だ。一手一手を確かめながら、ぐっぐっと身体を引き上げていく。落ちない落ちない、大丈夫だ、と自分に言い聞かせながら。
 だんだん傾斜が緩くなってきた。足元も、氷ではなくて、雪になってきた。ようやくほっとできる。終了点と思しきところで、一本立てる。振り返ると高瀬ダムが碧色の水を湛えていた。遠景の山は真白に耀いていた。快晴の蒼い空。なんともいえない充実感だ。

少し休んで、左に見える小尾根を越える。1本目の沢は、明らかに今登ってきた沢と合流しそうだったので、2本目を降りる。が、5分ほど降りると切れ落ちており、先に進めないので、登り返し。結局3本目の沢が正解。急な斜面は、クライムダウンしつつ、懸垂下降なしB沢まで一気に駆け下りる。

 10時を過ぎた。壁に陽が当たり始める時間。雪が融けだす時間。ここから先は、時間との勝負だ。ゆっくり休んではいられない。いつ雪崩が起こるか分からない。まさに時限爆弾。自然と歩みが速くなる。ほとんど走るようにして下る。横目で斜面の様子をちらちらと見ながら。
 雪崩れる前にサイレンでも鳴って、こちらが逃げる余裕があればよいのだが、そうもいかない。ただただ急いで下るのみ。
 もしも、登攀に時間がかかって、この雪崩地帯を昼過ぎに下るような状況になったら、ビバークして、朝を待ったほうが良いだろう。地雷原に突っ込むようなものだから。

 金時の滝は、1ピッチだけ懸垂下降。高瀬ダム下に到着して、一安心。雪崩の恐怖からは抜け出せた。無事帰ってこられた喜びを二人でかみしめる。

 左方ルンゼは、ちょっと時期的に遅かったようだ。F2はボロボロだし、雪崩は怖いし。一月くらい早ければ、F2もバーチカルが楽しめそうだ。
 この時期は、やはり雪崩が怖い。幕岩へのアプローチは本当に雪崩の巣だった。新しそうなトレースの上に、大量のデブリがかかっていた。つまりこの辺りで最近大規模な雪崩が発生したという事だ。それを考えると背筋が寒くなる。雪の状態を見極め、地形を見極め、気温を見極め、慎重に、それでいて一気に駆け抜けることが必要だ。
 今回はノーロープフリーソロで、かなり時間を短縮できたことが、勝因だっただろう。左のスラブに移動してからは、実質登攀時間は約1時間で、終了点に到着。ザイル操作に手間取っていたら、雪崩待ちのビバークということも十分考えられた。
 今後は、種々の条件を考慮して、行くかどうかを慎重に判断する必要がある。


3月23日(金)

20:20 国分寺車発
23:50 葛温泉着

3月24日(土) 晴れ

4:00 起床
5:00 出発
5:30 七倉ゲート着
6:15−6:30 R1(高瀬ダム下)靴を履き替える
7:00 金時の滝(アイゼン着)
7:40−7:45 R2(B沢出合)
8:10 左方ルンゼF2取付き(1.5℃)
8:40 ルンゼ状スラブ取付き
9:40 終了点(0℃)
10:10 下降点
11:10 左方ルンゼ取付き
11:50 金時の滝(懸垂下降)
12:05−12:50 R3(高瀬ダム下)
13:35 七倉ゲート
14:00 葛温泉着(14℃)


この記録に関するお問い合わせはこちらから。

[入口] [山記録]