「岩へ、再び。」
谷川岳 幽ノ沢 V字状岩壁左ルート
2005年9月10日(土)
メンバー:石原、柴田、神谷(記)
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〈ぬるぬるの核心部〉
久しぶりの夏岩クライミングとなった。 乾いた岩は、明星山での事故以来となる。 雪山や沢や縦走は行っていたものの、クライミングからは、インドアを含めてすっかり遠ざかってしまっていた。自分ではそれほど意識はしていなかったつもりだが、あの事故のことは、心の奥に残り、岩を避けてしまう気持ちがあったのかもしれない。 なんとなく、モチベーションのわかない日々が続いていた。 しかし、暑い夏が過ぎ、秋の気配が漂ってくると、ふとまた無性に「登りたい」という気分がわき上がってきた。ここで行くなら、谷川しかないだろうと思い、前々から登りたかった幽ノ沢V字状岩壁左ルートにねらいを定めた。 このルート、実は、7月にも計画をしていたのだが、関東地方を中心に起きたM6.0の地震(7月23日)により電車が動かず、やむなく断念したものだった。 一ノ倉沢には雪渓がかなり残っていた。駐車場では多くのクライマーがギアの準備をしているが、幽ノ沢に向かうパーティはないようだ。指導センターで見た計画書でも、やはり一ノ倉沢、それも南稜や中央稜の人気が高い。 まだまだ緑の濃い幽ノ沢を登ってゆく。 幽ノ沢には雪渓は残っていなかったが、楽なアプローチではなかった。濡れた岩を微妙なバランスで通過する箇所がいくつも出てくる。落ちても死ぬことはないだろうが、滑って滝壺に飛び込むのは避けたい。<★微妙なバランスで> 朝は快晴だった空には、少しずつ雲が増えてきた。ただ、それは低い雲だったようで、幽ノ沢を詰めているうちに雲を抜け、カールボーデンの上からは、遠くの山まで見通せるほどになった。 予報によると、午後から天気が崩れるようだ。なるべく早く壁を抜けてしまいたいと思いつつ、先を急ぐ。<★壁へ向かう> 中央壁を見ると、岩が白くはがれたような痕跡がある。去年の地震の爪あとか。中央壁のルートは崩壊してしまっているのだろうか。<★中央壁> カールボーデンを抜け、傾斜が強くなったところでロープをつける。 1-3ピッチ目【神谷リード】 III級程度の岩場。中間支点はあまり取れず、ランナウトになる箇所もある。久しぶりのクライミングなので、慎重に行く。 1ピッチ目は50mロープでビレイ点までギリギリ。以前登ったときも、こんなに長かっただろうか。あまり記憶がない。<★登り出し><★3ピッチ目> 4ピッチ目【石原リード】 右俣リンネを渡ってトラバース。トラバースして、いったん下るところは、(前も怖かったが)やはり怖い。スラブをシューズのフリクションでトラバース。<★このトラバースが> リードよりもフォローの方が怖いような気がする。 スラブに出たところで、少し登ってビレイ点へ。 5ピッチ目【石原リード】 右ルートとの分岐を過ぎ、40m近く登る。<★この上くらいが分岐点> 難しくはないが、支点が少なく、ビレイ点が見つからない。岩に巻き付けたスリングと新たに打ったピトンでビレイ点とする。<★眼下に広がるカールボーデン> 6ピッチ目【柴田リード】 少し登ると、ビレイ点の残骸らしきものがあった。支点は一つで、ボルトの折れた跡が残っている。 見た目はそれほど難しそうではないのだが、ハング気味のトラバースが少し悪く感じた。<★このあたりがIV級か> ハングを越えたところにビレイ点があったので、少し早いがそこでピッチを切る。 7ピッチ目【柴田リード】 易しめの岩場にロープをのばし、核心部となる水流の下まで。ピトンでビレイ点を補強する。<★この上が核心部> 下から別のパーティが登ってくるのが見える。右ルートへ行くようだ。今日の幽ノ沢は、我々と彼らの2パーティのみ。 8ピッチ目【神谷リード】 核心部。ルート図では、左右二つのルートがあるようだが、登るとしたら左だろう。ただ、その左ルートは見るからに水が滴っている。そうは言っても、過去の記録を読む限り、楽々フリーで越えているようなので、あの濡れているところをうまく避けて登れるのだろう、と思っていた。<★見るからに悪い> しかし、それは大間違い。 5mくらい登ったところで、あっさり行き詰まる。手を置きたい場所がぬるぬるで、全然つかめない。しかも、足を置く箇所もない。<★果敢にチャレンジしてみるが> ザックを残置することにして、空身になってみた。<★無惨に残置されたザック> せめてA0で抜けられないか、ともがいてみるが、足がツルツルでどうにもならない。次の支点が見あたらないのも、さらに恐怖感を高める。 結局、アブミを取り出してしまった。 その先もホールドはあるものの、すべて濡れていて、ぬるぬる。しかも、頭上から水が降ってくるし。A0の連続になってしまった。 情けない……。 緊張に次ぐ緊張。上部は支点が多いのが幸いか。これでランナウトになるとかなりきつい。 水流から右に避けたところにビレイ点があったので、そこでいったん切る。<★残置したザックを持ってもらってしまいました> 9ピッチ目【神谷リード】 水流の右側を登り、緩傾斜になったところで、左にトラバース。<★トラバースして直上> そこから上は、III級程度と見えたので、20mほどでピッチを切る。 その先、ロープをつけて、50mくらい登ったところで、もう必要ないだろうと、ロープをしまう。<★ほとんど登攀終了> 稜線を目指してヤブをこいでいると、雨が降り出した。 かなり強くなってきたので、雨具を着る。 踏み跡をはずしたのか、腕の力をふんだんに必要とする濃いヤブだった。 稜線に着く頃には雨もやんでいた。登攀中に雨とならなかったことを喜びつつ、堅炭尾根を下る。 芝倉沢に降りたあたりで、ゴロゴロと雷が鳴り始めた。 遠くの方だから大丈夫だろう、と考えていたが、一気に雷雲が近づき、頭上で盛大に光り始めた。 沢筋なので、稜線よりはましなのだろうが、それでも間近で光っているのは、恐ろしい。しばらく様子を見て、雷雲が過ぎ去るのを待つ。 雷は止まったものの、雨の降りは激しくなった。一時は、大粒のヒョウが降ってきた。まさにバケツをひっくり返したような雨。雷は怖いが、あんまりのんびりしていると、水かさが増して沢が下れなくなるかもしれない。雷を気にしつつも、急いで駆け下りていった。 芝倉沢の出合まで降りてひと安心したが、この出合から幽ノ沢までの林道が一部崩落していた。沢を横切るところで、完全に道が寸断され、幽ノ沢へ向かうには、崖をよじ登らなければならない状態になっていた。 3mほどの土の崖で、草をつかんで身体を引き上げたが、土砂降りの雨で地盤がゆるんでいたのだろう、周りの岩ごと草が引き抜けて、そのまま滑落してしまう。 落ちたのは1mくらいだったが、周りの岩がはがれ、ドカドカと身体にぶつかってくる。たいしたケガはしなかったが、全身ドロドロになってしまった。 幽ノ沢の出合から見上げると、そこかしこの岩壁に水流が滝となって流れていた。<★幽ノ沢は滝となった><★出合も水があふれている> 本当に登攀中にこの雨に出くわさなくて良かった。 今回、ほとんどのパーティがフリーで登っているようなところでアブミを使ってしまったのは、恥ずかしい限り。 普段もあんなに濡れているのだろうか。 それとも今回の条件が悪かっただけだろうか。 あの核心を登るのは、フリーのグレードの問題というよりは、アルパイン的要素がかなり高いと感じた。 ただ濡れているだけではなく、ぬるぬるのホールドを持って、信用できるかどうかわからない足場にフリクションを効かせて登るのは、非常に厳しい。 とは言え、やはりトレーニング不足、力不足だったのは否定できない。 再び初心に戻ってやり直そうと思う。 状態は悪く、緊張を強いられたが、その緊張感そのものが、久しぶりに味わう種類のものであり、振り返ってみれば、心地よいものであった。 もちろん、その瞬間は、緊張感を楽しむ余裕は全くなかった。 このホールドは信用できるのか。ぬめっているけど、手を置くとしたらここしかない。乾いていれば、ガバと言えるようなホールドなのに。頼むから滑ってくれるなよ。次の支点に手が届くまで。ちょっと立ち込む、その瞬間だけでよいから。持つと言うより、押さえ込むように。…………。 様々な思いが頭をよぎるなか、とにかく落ちないように、と集中して登る緊張感は、日常では味わえない、クライミング独特のものだ。 久々となる夏のアルパインルート。やっぱり岩登りはいいなあ、とあらためて思った。 |
9月10日(土) 晴れのち雷雨
6:20 一ノ倉沢出合
6:35 幽ノ沢出合(19℃)
7:50 取付着(27℃)
8:10 登攀開始(27℃)
-8:30 1ピッチ目(24℃)
-8:45 2ピッチ目(24℃)
-8:55 3ピッチ目(24℃)
-9:35 4ピッチ目(23℃)
-10:05 5ピッチ目(24℃)
-10:30 6ピッチ目(25℃)
-11:00 7ピッチ目(24℃)
-12:15 8ピッチ目(31℃)
-12:45 9ピッチ目(24℃)
12:55 登攀終了(24℃)
13:45 堅炭尾根(24℃)
15:35 芝倉沢出合(23℃)
16:10 幽ノ沢出合
16:30 一ノ倉沢出合(20℃)
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