「四日間--4days--」
剱尾根(小窓尾根から下山)
明星山P6南壁左岩稜、マニフェスト(事故)
2004年11月20日(土)〜23日(火)
T、K、神谷(記)
※内容を鑑みて匿名としてあります。
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第四日目--The forth day-- 11月23日(火) 昨日、左岩稜が順調に登れたことを受け、今日はマニフェストへ向かう。Kさんが、2週間前に登ってルートは分かっていることと、残置ピンが多く、ある程度人工でも登れる、ということが決め手となる。 今日は祝日ということもあり、南壁には別ルートにすでに2パーティが取り付いていた。ただ、マニフェストを登るパーティはなさそうだ。 マニフェストの取付に到着すると、幸運なことにルート図のコピーが落ちていた。以前のパーティが登攀中に落としたものだろうか。雨に濡れて読みにくい部分はあるが、ルート取りはこれで十分わかる。 昨日の左岩稜には、ピトンとハンマーを持って行ったのだが、今日はハンマーをテントに置いてきてしまった。そもそも雪稜を想定した装備できているので、ハンマーと言ってもロックハンマーではなくアイスバイルである。大きくて邪魔になるのは間違いない。ジャンピングセットを取付まで持ってきていたのだが、ハンマーがなければ意味を持たないので、そこに置いていく。 ザックは3人で1つとし、行動食と水くらいを持って登ることにした。 8時ちょうど登攀開始。 1ピッチ目【Tリード】 ハング下を目指してロープを伸ばす。III級程度だが、なにしろ運動靴なので、慎重に灌木で支点を取っていく。 2ピッチ目【T&神谷&Kリード】 まずTさんが取り付く。 一本目の残置ピトンはとても遠い。まず、左壁のクラックに一本カムを決めるが、運動靴では思い切ったムーブができず、Tさんはここでリタイア。神谷が交代。 カムでA0をしながら、少し高い位置にもう一つカムを決める。それでも残置支点までは手が届かない。いっそこのまま左壁を登ってしまったほうが楽そうに見えたので、残置は無視して左に乗りあがる。そこからは傾斜が落ち、灌木で支点が取れるようになる。 10mほど登ると、クイーンズ・ウェイとの分岐に来た。ボルトとピトンが一つずつあり、古いスリングが垂れ下がっていた。ハング下を右にトラバースしていくのがマニフェストらしいが、その部分には残置支点は全く見当たらない。壁はぬめり気味で、運動靴のフリクションを利かせて登るなんて、とてもできない話だ。一旦テンションをかけて振り子気味に右に行ってみるが、支点が取れないので、それ以上進めない。神谷もここでリタイア。Kさんに交代。 トップロープ状態でクイーンズ・ウェイとの分岐まで登り、そこから、微妙なバランスでうまい具合にハング下のクラックにカムを決め、右に回りこんでいった。小テラスまで登ったところでピッチを切る。〈★このあたりのトラバースが悪くて悪くて〉 トップは登っていったが、トラバースが怖いのはむしろフォローで登るほうだ。セカンドのTさんはサードのロープをフィックスさせて、それを手でつたうようにしてトラバース部分はクリアして行った。 残されたサードの私はどうすればいいのだろうか。テンションをかけてしまうと、大きく右に振られてしまう。考えた末、左の残置支点に手持ちのスリングを連結させたものを掛け、それを持ちながら少しずつ右に移動していく、という方法をやってみた。スリングは、単に折り返してあるだけなので、片方を引っぱれば、するっと手の中に抜けるはずだった。 しかし、そう簡単に話は進まない。右にトラバースしたのはいいものの、スリング連結部のコブの部分が引っかかってしまって、手元に戻ってきてくれない。右からも左からも引っぱられて、身動きが取れなくなってしまった。大馬鹿者。 左のスリングをぶんぶん振り回して、何とか回収成功。多少振られるのは我慢して、メインロープのほうでテンションを掛ける。そこから、マッシャーとアブミで自己吊り上げして強引に登る。長いことかかって、ようやくハングを回り込むことに成功。 ビレイ点までは、最後にまた嫌らしいトラバースがあるのだが、そこは、セカンドのロープを出してもらって、それを掴みながら何とかクリア。 この時点で10時。登攀開始から2時間が経過。予想以上に時間がかかってしまった。この先は、ボルトラダーとなっていて、人工で何とかなりそうだが、時間的に完登は難しいだろう。下部城塞を越えるくらいはできるだろうか、と思っていた。 3ピッチ目【Kリード】 前半は単純なボルトラダー。マニフェストの本来のラインは当然ここをフリーで登るものだが、何の躊躇もなくアブミを取り出して、A1で越えていく。 しかし、単純なアブミのかけかえではなく、一部フリーが混じってくるのが嫌らしい。ボルトを追っていくと、突然次の一手がなくなってしまうのだ。どうやら、右の草付部分に移って、そこからはフリーで登れ、と言うことらしい。フラットソールなら何ということもないIII級程度のムーブなのだが、何しろ運動靴では……。 ここは、2ピッチ分伸ばし、下部城塞の直下まで一気に登った。〈★人工で下部城塞の下まで〉 4ピッチ目【Kリード】 左へトラバースして広いテラスへ。15mほどだったが、この先、直上するためロープの流れを考え、一旦ピッチを切る。〈★トラバース〉 フォローのために灌木などで支点を多めに取ってくれているのがありがたい。 5ピッチ目【Tリード】 ここは出だしの凹角が難しいが、そこを抜けてしまえば、緩傾斜帯に入り、III級程度になる。さらにもう1ピッチ伸ばすと中央バンドに出られる。時間的には、上部城塞はあきらめて、中央バンド経由で下降しようと思っていた。ここまでのピッチでも十分難しく、充実感があったので、それで問題ないと考えていた。 このままでは、Kさんがずっとリードしていくことになってしまうので、Tさんに「ここからリードしますか」と聞いてみた。やる気は十分で、二つ返事で、行きます、とのこと。このテラスなら広いのでロープの受け渡しも余裕で出来る。ビレイ用の残置支点もボルトとピトン合わせて5−6個はあり、古いが太い残置スリングも大量にかかっていた。 ギアなどをTさんに渡し、早速リードしてもらう。ビレイは神谷が行い、ここまでずっとリードしてきたKさんは水や行動食などを補給していた。 凹角部分のクラックに二つカムを決め、7mくらい上のテラス部分まで登ったのは確認したが、そこから先はビレイヤーからは死角に入り、トップの姿は見えなくなった。凹角の核心部は越え、傾斜も緩くなっているはずであり、ロープも少しずつ伸びていっていることから、順調に進んでいるものと思われた。時折パラパラと小石が落ちてきて、それがちょうど凹角沿いにビレイヤーの真上に降ってくるので、少し身体を寄せて、岩陰に入るようにした。〈★この凹角を越えた後で……〉 15mほどロープが伸びたところで、「ラク」というTさんの声が聞こえた。 同時に、ものすごい轟音とともに何かが落ちてくるのを感じた。 とっさに、壁に身体を寄せ、ビレイしていたロープをぐっと掴んだ。 (このとき、私は壁側に頭を寄せていたので何も見えていなかったのだが、すべてを見ていたKさんによると、人身大の大岩がまず落ちてきて、そのすぐ後に頭を下にしたTさんが墜ちてきたのがはっきり見えた、とのこと) 最初はそれほど衝撃が来なかったのだが、突然、猛烈な勢いで手の中のロープが流れ始めた。悪いことに素手でビレイしたので、指が引きちぎられるような傷みを感じ、いくら止めようと掴んでも、ロープの流れを止めることはできなかった。 何が起こったか分からない。手は焼けるように痛いが、ロープを離すわけにはいかない。流れゆくロープをどうしようもないのか。そのうち身体も壁から引き剥がされ、セルフビレイが張り詰め、下方向に伸びていくロープに、引きずられるような形になった。 そのとき、何とかロープの流れが止まってくれた。ボディビレイしていた確保器が下に引っぱられることでちょうど、ロックがかかったような状態になり、流れていくスピードが殺されたのではないかと思う。 一瞬何が起こったのかがわからなかったが、下をのぞいて見ると、Tさんが、ロープにぶら下がっている姿が確認できた。 「Tさーん、大丈夫ですか!」 とにかく声を掛けてみる。 「Tさーん」 何度か呼ぶと、小さな声だが反応があった。自力で動いているのも見える。 生きている、意識がある、それだけは間違いないようだ。 しかし、ヘルメットは飛ばされ、靴も片方脱げている。顔にも血の跡が見え、負傷の具合がどれほどなのかは、近くに行かないと分からない。 自力で登り返せるような状態でないのは明らかだったので、こちらから降りて様子を見に行くことにする。 この時点で、対岸から「大丈夫ですか」「救急車呼びますか」と声がかかる。観光客の方が、事故の様子を目撃していて、気を利かせてくれたらしい。 この時点では、Tさんには意識があるし、動けそうに見えたので、自分たちだけで何とかできると判断し、このときは「大丈夫です!」と返事をして、申し出はお断りした。 まずはビレイヤーの自己脱出。マッシャーを使い、ビレイ点と連結。ロープを固定して、確保器をはずすことで、ビレイヤーは自由に行動できるようになった。時計を確認すると12時26分。おそらく事故発生は12時20分くらいのことだっただろう。 神谷の手を改めて確認すると、ロープの擦過によって火傷や裂傷になっている。両手の親指を除くすべての指に何らかの傷がある。痛くてしっかり物を掴むことも出来ない状態。とりあえず、テーピングを傷口に巻いておく。この傷では懸垂のときが不安だが、マッシャーを使ってゆっくり降りれば、何とかなるだろうと思った。 Kさん、神谷の両方のメインロープをはずし、懸垂下降をセット。Tさんとフィックスされている長さがあるので、実際に懸垂で下降出来るのは、ロープスケールの三分の一程度だが、ギリギリ届くだろうと判断した。(右図参照、クリックすると拡大) Kさんが、先行して懸垂下降する。先週の救助訓練で行なったとおり、エイト環の下にマッシャーでバックアップを取り、いつでも止まれるようにしておく。 実際に下降してみると1mほどTの地点には届かなかった。強引にTさんの身体を持ち上げるようにして、KさんとTさんの身体をスリングで連結した。 Tさんに話しかけると「ここはどこ?」「リードしていて落ちたの?」など記憶に混乱がみられた。また「目が見えにくい」などとも言っていたが、次第に状況を把握し、意識もはっきりしてきた。左半身、特に腰部の痛みを訴え、自力で懸垂下降することはできないようだ。 この時点で、対岸の観光客に改めて大声で救助要請をお願いした。対岸の観光客に向かって、「救急車お願いします」と叫ぶ。今日は祝日だということもあり、多くの見物客がその場にいた。何度か声を出していると、「呼んだぞー」との返事が返ってきた。(このあたりは携帯電話が通じないので、ヒスイ峡のお土産物屋の電話をお借りした、と後から聞いた) TさんをKさんの背に担ぎ上げるのは、Tさんの腰に負担がかかるため、股下に吊り下げた状態で、二人一緒に懸垂することにした。二人の連結は、ハーネスのメインループで二箇所取った。Tのメインロープを解除しようとしたが、墜落の衝撃で固く締まったエイトノットをはずすことが出来ない。やむを得ずロープ末端をナイフでカット。 ロープ末端がフリーの状態になったため、マッシャーで上からフィックスしていた部分を神谷が解除。ロープを流して、50mロープをダブルで懸垂下降に使えるようにした。 二人繋がった状態で懸垂しつつ、次の下降点を探すが、なかなか見つからないようだ。Kさんも、Tさんを気遣いながらの懸垂なので、あまり大きく動けず、苦労している。〈★懸垂下降1〉〈★懸垂下降2〉 ようやく数本の残置支点があるビレイポイントを見つけるが、二人同時の懸垂に耐えられる強度には見えなかった。 残置するつもりでカムで補強してみるが、どのクラックも岩が脆く、しっかり決まらない。 次の支点を探すため、一旦Tさんを神谷に預け、身軽になったKさんがもう少し下ることにした。 そのため、私は先ほどのビレイ点から懸垂して、Tさんのところに向かい、エイト環およびマッシャーで上の支点とも連結したまま、その「仮ビレイ点」でもセルフビレイを取り、またKさんからTさんのビレイを受け継いだ。 Kさんは、懸垂に耐えられそうな支点を探すため、壁に向かって右寄りに下降して行った。 数分後、下降点が見つかったとのコールがかかったので、神谷とTさんはそこへ向かう。 Tさんを股下に挟んだ状態で懸垂下降していく。エイト環につけたデイジーチェーンからもTさんと連結し、三箇所で繋がっている状態にした。メインで荷重がかかっている部分は、なるべく短くなるようにして、股下のすぐの部分に身体が入るようになった。 Tさん自身も腕は動かせるようで、自分の力で腰に抱きついてくれたので、かなり安定した状態で下降することができた。 腰の痛みがひどいらしく、少しでも腰に負担のかかるような動きをすると、猛烈に痛がっていた。意識は鮮明、寒気を訴えることもなく、とにかく痛い、という状態らしい。 懸垂中は、それほど負担がかからないのか、静かにしがみついてくれていた。時折、「大丈夫ですか」「痛くないですか」などと声を掛けていた。 Kさんがいた地点はだいぶ右寄りだったので、少しロープを引っぱってもらうようなかたちでビレイポイントに到着。 ロープを引き抜き、もう1ピッチの下降の準備をする。50mダブルでロープを流してみるが、壁の途中で引っかかってしまい、下まで届くかは微妙な感じであった。もし届かなかった場合は、また新たに1ピッチ分の時間がかかってしまうので、なるべく早く降ろすために、50mロープを連結して末端をフィックス。100m分一気に降りることにした。 とすると、問題は、連結部分のコブの通過だ。一人で通過する方法は、救助訓練で繰り返し練習したので問題ないと思うが、二人分の荷重がかかった状態で果たして出来るだろうか。エイト環に要救の荷重を掛けて、背負った状態での通過は難しい、と先週の訓練では確認した。今回は、急救の身体に直接荷重がかかっているので、方法としては一人のときと変わらないはず。頭の中でシミュレーションしてみる。 もしも、どうしても身動きが取れなくなったら、近くの支点でビレイをとり、上に残るKさんが降りてきて、そこで交代して、Tさんの受け渡しを行なおう、と最悪のケースも打ち合わせしておいた。 下降用のビレイ点は何重にもバックアップを取り、万一にも外れないようにする。 この頃、対岸には救急車などが到着。こちらに対して何か言っているようだが、沢の音がうるさくよく分からない。ともかく、我々としては、一刻も早く地面にTさんを降ろしてあげることが先決である。 早速、神谷がTさんと下降していく。 途中空中懸垂になる場所があり、その出口(空中に出る直前)で、Tさんに衝撃がかかってしまうところが怖かったが、空中に出てしまえば、むしろ楽になった。 壁の途中で引っ掛かっていたロープを徐々に下に降ろしていくと、どうやら50mで取付の地面まで届きそうだ。連結部の通過がなくて一安心。しかし油断しないように最後までゆっくり降ろす。 13時55分取付着。 地面に到着した。少し傾斜のある場所だったが、Tさんの身体を横たえ、Kさんの下降を待つ。 落石が怖い場所だったので、スリングをTさんの肩に掛け、背負って平らな場所に移動させようとした。しかし、身体を横にするだけで猛烈な痛みを訴えるため、全く動かせられない。 Kさんが降りてきて、ザックを使って背負子搬送しようとするが、やはり横になった身体を持ち上げることは全く出来なかった。我々の力だけでは、この場から動かすことは出来ないと判断し、担架を使うために、Kさんが救急隊を呼びに向かった。 Tさんがのどの渇きを訴えたので、水を少し飲ませる。 Kさんが呼びに向かった直後、ちょうど救急隊の方々が担架を持ってこちらに向かってきた。 その後の動きは、彼らの指示に従った。 斜面に担架を水平になるようにセットし、Tさんの身体を5−6人で持ち上げ、担架に乗せて固定。 上からロープで担架自体を確保しながら(ムンターヒッチを使っていた)、少しずつ平らな場所まで移動させる。 救急隊の判断で、ヘリを呼んだほうがいいだろう、ということになり、川の中州まで運び、そこでヘリを待つことにした。〈★中州へ搬送1〉〈★中州へ搬送2〉 今日は天気も良いし、時間もまだ早いので、ヘリでのピックアップは十分可能だろう、とのこと。 Kさんは、救急隊とともに、その場で処置および待機するが、神谷はギア等を片付けて、先にテントに戻り、荷物を撤収することにした。ロープがフィックスされたままだが、これはもうどうしようもないので残置。 テント撤収などを終え、展望台に戻ってくると、ちょうどヘリが来て、ピックアップするところだった。展望台付近には、20−30人くらいの観光客がその様子を見ている。〈★対岸から見た中州〉 15時35分ごろヘリによるピックアップ成功。〈★ヘリでピックアップ〉 その後、警察による事情聴取、報道機関の取材などを受け、車で糸魚川総合病院へ向かった。 その後の状況、そして につづく |
11月23日(火) 晴れ
8:00 登攀開始【マニフェスト】
-10:00 2ピッチ目(11℃)
-11:35 3ピッチ目(16℃)
12:20ごろ 事故発生
14:00 取付着
15:15 ヘリによるピックアップ
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