「巨人の左足〜左足は草付スラブで出来ている」
丸山東壁 右岩稜(フランケ?)
2004年10月25日(月)
メンバー:青山、神谷(記)
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〈“黒部の巨人”の左足〉
昨日登った左岩稜では日の出から日の入りまでフルに動き、相当疲れていたので、今日はコースタイムが3-4時間と短い(らしい)右岩稜に行くことにした。 「日本の岩場」を見ると、1ピッチ目IV/40m、2ピッチ目IV・A1/35m、3ピッチ目IV/35m、4ピッチ目以降はII〜III級なので、実質3ピッチであとはロープを引きずっていくくらいか、と考えていた。 ――しかし。 10月25日 コースタイムも短いことだし、昨日より少し出発を遅らせた。 1ルンゼ押し出しの途中からガレをたどり、中央壁の下部を通過して、右岩壁方面に向かう。そのままちょっとヤブを漕いで岩の基部へ。どうやらここが“展望台”のようだ。「日本の岩場」のルート図では、2ルンゼ側から取り付いて、1ピッチ目は展望台までIV級となっているが、それを飛ばしてしまったのか。 ということは、実質的には残り2ピッチ。7時半から登り始めたら、午前中にも終わってしまうかな、と思っていた。 ――だが。 1ピッチ目【神谷リード】IV・A1/30m 左上バンドをフリーで少し登ると、フェースにボルトを発見し、そこから人工登攀となる。チップが見えているようなボルトもあるが、まずまず順調に進む。しかし、一箇所どうしても遠いところがある。アブミの最上段に乗っても全く届かず、おそらく一手フリーが交じるのではないかと思われた。何度か踏み出そうとするが、その一歩が出せず、チョンボ棒を使ってしまう。 一旦凹角に出るところでフリーになり、その先再び人工。さらにバンドを進み、30m。まだ人工が続くようだったが、手持ちのギアがなくなってしまったので、ピッチを切る。 岩が脆く、ピトンを打つとボロボロ崩れてくるような状態だったが、浅打ちながら何とか一本決めて、タイオフ。残置のボルトと合わせてビレイをする。<★展望台から左のフェースへ><★凹角からまた人工> 2ピッチ目【青山リード】A1/10m ボルトを人工で順調にたどっていくが、5mほど登ったところに左上するバンドがあった。バンド側にもリングボルトが2本あり、また、カンテを右に回りこんだ側にもボルトラダーが続いていた。 一旦カンテ方面に回り込もうとするが、バンドも気になる。下からでは状況が分からないので、様子を見るためにピッチを切ってもらう。灌木を掴みつつ微妙なフリーでバンドに降り、そこの灌木を使ってビレイ。<★カンテに出るが、このバンドでピッチを切る> 3ピッチ目【神谷リード】IV+・A1/25m ビレイ点まで登ってみると、たしかに変な場所に比較的新しいリングボルトがあって、ルートが良く分からない。左上バンドも気になるが、カンテのボルト連打は明らかに続いているので、そちらをたどることにする。 ボルトが抜けているのか、フリーが交じるのか、やはりボルト間隔が遠い部分があり、またも一箇所チョンボ棒を使ってしまう。 ハングを右の切れ目から抜けると、さらにフェースにボルトが続いている。フェースを横切るように幅10cmほどの狭いバンドが何本かあった。バンドへの乗りあがりはフリーとなり、少々難しい。 ビレイポイントではなかったが、ボルトがいくつか隣接していたので、ロープの流れも考え、2本目のバンドでピッチを切る。<★ハングからフェースへ> 4ピッチ目【青山リード】IV・A1/40m 5mほどフェースを登り、左の凹角に出ると、残置スリングなどがかかったビレイポイントがあった。それが分かっていれば、3ピッチ目をそこまで伸ばしていたのだが、仕方がない。 ビレイポイントは通過して、凹角から右のフェースに出る。草付となり、ロープを伸ばしていくと、開けた場所に出た。 このときのビレイでは気付かなかったが、少し進んだ平らなところにボルト2本のビレイポイントがあった。<★フェースから凹角へ。このあたりにビレイポイントあり> 5ピッチ目【神谷リード】III+/30m 正面はフェース。右奥はヤブの凹角。右はカンテとなっていた。フェース手前に残置ボルトがあったので、そちらに引き寄せられたが、フェース自体は結構難しそう。カンテ方面に行くのが“砂付バンド”かと思うものの、スラブに細かい砂利が乗っていて、非常に滑るし、支点もない。そこで、ヤブの凹角を強行突破することにした。大変な木登りで、ロープの流れも悪くなったが、支点は灌木でいくらでも取れるので、よっぽど安心。 ヤブを右に抜けると、2ルンゼらしき場所に出た。<★4ピッチ目のビレイ点を上から見る> 6ピッチ目【青山リード】IV-/40m ところどころに残置支点があるスラブ。どこでも行けそうなだけにルートファインディングに迷ってしまう。残置支点の間隔は遠いので、エイリアンでも支点を取りつつ登っていく。 左上を目指しつつ40m登ると、ちゃんとしたビレイポイントがあった。新しいスリングがかかっており、ここ最近のうちに懸垂下降で利用したのでは、と思われた。ここまで、残置スリングと言えば、古くて腐りかけているものばかりだったので、逆に戸惑ってしまう。ここから下降するとなると、2ルンゼだろうか。<★2ルンゼのスラブを行く> 7ピッチ目【神谷リード】IV/45m ルート図では、2ルンゼに出てしまえば、III級80mでバルコニーに到達すると書いてある。しかし、見上げてみても先ははるかに遠そうだ。そろそろ14時を過ぎた。最悪15時には下降開始しないと、明るいうちに下に着けないだろう。バルコニーまで行ってしまえば、ホテル丸山経由緑ルートで懸垂下降できるが、時間的に間に合うかどうか。2ルンゼからも下降できるようだが、あまり登られている風はないので、支点に不安がある。いざとなったら同ルート下降しかないか、と思っていた。 しかし、ともかく今はバルコニーを目指し、上に向かって進むのみだ。 ビレイ点から、左寄りの凹角に向かうと、スラブの上部に残置ピトンがあった。左隣の凹角にも同じく残置ピトン。ところが、この残置から先は何も見当たらない。ホールドも少なく、フリーのレベルはとてもIII級程度ではないように感じる。ピトンがあるということは、ここがルートなのだろうと思い、行きつ戻りつしてみるが、どうしても登る勇気が出ず、一旦引き返す(たぶん、このボルトは冬期登攀用のものだったと思われる)。 支点がないのは同じだが、右寄りの凹角のほうが、傾斜も緩くずっと易しそうに見えた。どこが正解なのかは分からないが、登るならこっちのほうがましだと思い、右の凹角を進む。 見た通り、たしかにこちらの凹角はIII〜IV級程度だったが、困ったことに、支点が全く取れない。草付のスラブが続き、灌木もなければリスもない。カムも使えずひたすらランナウト。泥の草付に手を突っ込んで、根っこを掴んでそっと登りつつ、15mほど行くと、ようやく残置ボルトを発見。支点が取れた嬉しさと、ルートが正しかったという喜びで、ほっと一息つく。 しかし、そこからまたもランナウト。落ちないことだけ考えて、あとは無心で登るしかない。引き返すことも立ち止まることも出来ない。さっきのボルトから20mほど行った所で再び残置ボルト。 さらに進むと、ピトン2つのビレイポイント到着。しかし、まだバルコニーではない。 8ピッチ目【神谷リード】IV/45m 時計が気になりだしてきた。14時半を回り、残り時間はカウントダウンに入っている。15時になったら、バルコニーに着いていなくても下降を開始すべきだろう。あと30分ほどか。果たして間に合うのか。気持ちも焦ってきている。 天気予報では明日は雨。寒気も入って雪になるかもしれない、と言っていた。予報を裏付けるかのように午後になって少しずつ雲が増えてきた。ビバークは避けたい。 視線を上げると、なんとなくテラスになっている部分が見えるのだが、あれがバルコニーであると言う確信は全くない。 このピッチもまた超ランナウトのスラブが続く。立ち止まり、逡巡する時間的余裕はない。落ちない、落ちない、と自分に言い聞かせ、ただ進むのみ。思い出したように残置支点が出てくるが、その間隔は気が遠くなるほど長い。 30mほどでテラス状の場所に出た。正面にチムニー。チムニーの足元に2本並んだピトンがある。このチムニーを登れば、バルコニーっぽい。支点の取れないチムニーを慎重に登る。 7mほど登って出口へ。 さあ、バルコニーだ!終了点だ!下降だ! ――と思ったのだが。 目に入ってきたのは、正面を2ルンゼの断崖に阻まれ、そこからの落石と思われる大岩がゴロゴロしている荒涼とした光景。 イメージしていた“バルコニー”とかけ離れた場所だった。 終了点の開放感も達成感もなく、そして、支点すらなかった。 浮き石ばかりでカム等も決められない。ロープの長さもギリギリだったので、仕方なく腰がらみでビレイする。<★2ルンゼ上部壁> 9ピッチ目【青山リード】III/40m ここがバルコニーだと思いたい。でも、下降点がないのでは意味がない。さらにタイムリミットの15時になってしまい、時間までがない。 どこかにきっと下降点があるはずだ、と信じて、テラスから左手のバンドを見てきてもらう。 これで、もし何もなかったら……。 灌木で支点を取りつつ、リードがバンドの陰に姿を消した。 そして数分後。 「ビレイ点ありまーす。」 そのコールの嬉しかったこと! ああこれでビバークしなくてすむ。降りられる、と思った。 ビレイしてもらって、後に続いて左にトラバースすると、確かにあった。立派な下降点が。これは間違いないだろう。<★この向こうに下降点が> ここから懸垂下降を開始する。中央壁の中央バンドが見えてきた。ホテル丸山の眼の前に降り立った。 そこから緑ルートを下降。初見だったが、ほぼまっすぐであったし(中央バンドからの出だしだけ左寄りに振る)、間違えることはなかった。 少しずつ、しかし確実に地面が近づいてくる。 そして、数ピッチの懸垂を終え、16時15分、緑ルートの取付到着。 なんと嬉しかったことか。 終了点では全く余裕がなかったので、ここに来てようやく終わった、と思えた。 本当に無事降りられて良かった。 あとから振りかえり、取付の場所、人工ピッチの長さ、2ルンゼとの合流地点、などを考えてみると、我々が登ったのは、どうも右岩稜ではないように思う。 可能性があるのは、右岩稜フランケ。右岩稜の中央壁側にある、四ピッチほどのフランケルートであり、砂付バンド付近で合流するらしい。 以下は、「岩と雪」79号の初登時の記録から抜粋。 1ピッチ目:小さなブッシュからカンテを人工で登り、左へトラバース。草付を直上した後ボルト連打で大テラスへ。(40m) 2ピッチ目:スラブにボルトを連打、小ハングを右へ回り込んで直上しレッジへ。(40m) 3ピッチ目:カンテ左のブッシュから緩傾斜帯へ出てビバーク。(20m) 4ピッチ目:ブッシュのチムニーを右岩稜のカンテラインへ出る。(35m) (以降省略) 我々の1ピッチ目終了点は、ビレイポイントにはなっていなかったが、テラスというかバンドにはなっていた。 2−4ピッチ目(前半)は、ハングを右から回りこんで、レッジに出た。 4ピッチ目(後半)でビバークの出来そうな緩傾斜帯へ。 5ピッチ目は確かにブッシュのチムニーからカンテラインだ。 照らし合わせていくと、確かにそれっぽい。「岩と雪」129号の右岩稜フランケのルート紹介では、『一部ハーケンを打つので薄刃、厚刃とりまぜ計五枚ほどもつとよいだろう』とある。これもチョンボ棒を使ってしまった箇所のことを指しているようにも思える。 とは言え、「日本の岩場」のルート図や前出「岩と雪」129号の概念図を見ると、右岩稜フランケは展望台のかなり左からスタートしているので、何かすっきりしない気分も残る。 もう一つ考えられるのが、右岩稜のバリエーション。前出「岩と雪」129号の右岩稜には、『この右岩稜の下部は三ピッチほどの垂壁になっていてボルト連打のルートもある』という記述がある。ピッチスケールも、ボルト連打というところも、ちょうどぴったり来るように感じられる。ただ、このバリエーション部分の詳細が不明なため、はっきりとは分からない。 ともかく、今回のルートが右岩稜の正規ルートではないのは間違いなさそうだ。おそらく本来の右岩稜は、もっと右の2ルンゼ寄りを登るのではないかと思える。右岩稜フランケかバリエーションを登り、5ピッチ目あたりで右岩稜(というか2ルンゼだが)と合流したような気がする。 そもそも1ピッチ目で展望台からいきなり左上バンドに向かってしまったのが間違っていた、という可能性が強い。(つまり一番最初から違っていたようだ……。) それにしても、2ルンゼに入ってからの草付スラブのランナウトには参った。時間がなくて気持ちは焦ってくるし、一歩も足を滑らせられないという緊張感も強かった。支点さえ取れれば、決して難しいとは感じないレベルだと思うが、絶対落ちられないというプレッシャーはきつかった。 しかもルート図のスケールよりずっとずっと長く続く。 「日本の岩場」ではIII/80mなのだが、「岩と雪」129号のルート図では2ルンゼに出てから、III+/40m、III+/30m、IV-/30m、III/40mと4ピッチでバルコニーのテラスとなっており、こちらのほうが納得できる。 変なルートに入り込んでしまったが、無事登れてよかった。登っているときには、手元にその資料しかないこともあり、おかしいとは思いつつも、自分たちが登っているのは右岩稜だと信じていた。ルート図が違っている、というのはそれほど珍しいことではないし、だいたい、上部で合流してからも全然一致しなかったわけだし。 ルートファインディングなど考えるべきことの多いルートであっただけに、その分楽しめたように思う。ただ、グレードだけでは表せない悪さがあると感じた。あと、もっと余裕を持って登ることが大事だと思った。 |
10月25日(日) 晴れ
6:20 テント発
6:55 取付着(13℃)
7:25 登攀開始(13℃)
-9:20 1ピッチ目(20℃)
-10:25 2ピッチ目(19℃)
-11:40 3ピッチ目(19℃)
-12:50 4ピッチ目(19℃)
-13:35 5ピッチ目(13℃)
-14:00 6ピッチ目(13℃)
-14:30 7ピッチ目(11℃)
-14:55 8ピッチ目・バルコニー(13℃)
-15:05 9ピッチ目・下降開始(13℃)
16:15 取付着(13℃)
16:50 テント着(13℃)
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