「偉大な古典ルート」
谷川岳 一ノ倉沢 3ルンゼ

2004年10月2日(土)
メンバー:青山、神谷(記)
報告内の★マークは、写真へのリンクです。



〈3ルンゼ上部から出合方面〉

「白く見え隠れして流れる湯檜曽川の森林帯から、今迄登ってきた沢や雪渓が足下迄上って居る。左右の懸崖は六十度程の角度を以って落込み、自分たちは僅かに前面を打ち開かれた大きな鉄の箱の底に居る様な感さえする。三四十羽と群れなす岩燕は、この巌の大伽藍を守護する小さな精霊達のように、見なれない自分たちを巡って目前の空中を飛び交う。

『市ノ倉沢正面の登攀』小川登喜男(日本の名山4『谷川岳』博品社より)


一ノ倉沢3ルンゼは1930(昭和5)年7月、小川登喜男らにより初登された。今から70年以上も前の話だ。当然鋲靴で、ピトンも一本も打たずに登ったという。記録文を読むと、自分の登ったルートと今ひとつ合致せず、どの地点のことを言っているのか分からない部分もあるが、美麗な文体からは、当時の雰囲気、緊張感が十二分に伝わってくる。
上記の引用文は、初登時、(おそらく)3ルンゼの取付からみた一ノ倉沢の様子。時代は移り、クライミングのスタイルは変化しても、見える風景は変わらない。願わくば、このまま後世にまでこの風景を残していければ、と思う。


2ルンゼを登ったときに思った。次は、3ルンゼだと。それは2の次は3だからとかいう単純な問題ではなく、クラシックルートとして、谷川の岩場を登る上で、3ルンゼは一度は登っておかなくてはならないルートだと思ったからだ。

今日も朝から快晴。土曜日だけに出合には大勢のクライマーのテントが並んでいる。ヒョングリの滝付近で渋滞するのも嫌だったので、暗いうちに出合を出発。中央稜取付についたとき、ちょうど正面から陽が昇ってきた。
まだ誰も来てはいないが、今日はここも大混雑になるだろう。
南稜取付からロープを出す。
最初のルンゼにビレイ点があったので、疑いもせず、そこから登り出す。
が、残置ピンは続いているものの、どう考えてもルート図と違う。しばらく登ると、左のほうに大きなルンゼが見えた。
そう、ここは6ルンゼだった。すごすごとクライムダウンして、仕切り直し。

気持ちを入れ替えて、3ルンゼの登攀開始。

1ピッチ目【神谷リード】
水の流れる本谷のF滝から登り始める。〈★3ルンゼ取付
滝の左からロープを伸ばしていく。支点はあまり取れないが、傾斜も緩いので、不安はない。

2ピッチ目【青山リード】
4ルンゼF1を右から登ったつもりだったが、どうもこれが間違っていたらしい。〈★このルンゼは左から行くべきだったか
登り切ったところにビレイ点はあった。

3ピッチ目【神谷リード】
右壁をトラバースしながらロープを伸ばしていく。残置ピンも2−3本あった。河原のような場所に出ると、ロープがいっぱいになってしまったので、岩にスリングをまきつけてビレイをとる。しかし、この場所は4ルンゼ側に入り込んでしまっていた模様。
98年、99年ころに目立ったという「赤ペンキ」(そういえば、02年の2ルンゼにもあった。ルートを示すものらしい)があった。だいぶ薄れていたが、3ルンゼ内にところどころ見受けられた。〈★消えかけた赤ペンキ

4ピッチ目【神谷リード】
草付岩壁をトラバースして左へ。すると、3ルンゼF1の右上に出た。眼下のF1右壁には残置ピンも見える。あのあたりが本来の登攀ラインか。貧弱なビレイ点があったので、ピッチを切る。

5ピッチ目【青山リード】
ルート図で言うところの3ルンゼ1ピッチ目の終了点に到着。4ピッチ目のビレイ点からは10mくらいだったが、その先のスラブが長そうなので、一旦ピッチを切る。

6ピッチ目【神谷リード】
スラブを適当に登っていくと、どんどん左寄りに行ってしまい、F2を外れてしまいそうになった。難しくはないが、中間支点は全くなし。ふと右を見ると、水流寄りに残置スリングが見えた。仕方がないので、10mくらいクライムダウン。かなり緊張した。ルンゼの右側をいくと、残置支点が続いており、ちゃんとしたビレイ点もあった。〈★F2に向かう

7ピッチ目【青山リード】
F2の登攀。ここがこのルートの核心だった。「左のフェースからクラックを登るラインがピトンも安定していて快適(by『チャレンジ!アルパインクライミング』)」と書いてあるが、そのクラックがどこを指すのか良く分からない。ピトンも下部にはポツポツあるが、中間部以降だいぶランナウトになり、リードはかなり苦労しているように見える。ピトンを3本打ち足し、さらにエイリアンを1つ使い、中間支点を取っていた。しかし、岩質が悪く、ピトンの方はほとんど利いていなかった。ホールドはそれほど細かいと言うわけではないが、支点が取れないので緊張する。水流沿いにも残置支点が見えるが、水流が多く滑りやすそうなので、とてもそちら側には近寄りたくない。最上部付近にようやく一本安定して決まっている残置ピトンがあった。
IV級となっているが、体感グレードはIV+〜V-級くらいに感じた。〈★F2の登攀

8ピッチ目【神谷リード】
F3まで60mのスラブと言うことだが、50mロープでF3下のビレイ点まで届いた。
どこでも適当に歩けるようなスラブ。〈★F3は間近

9ピッチ目【神谷リード】
一昨日の台風の雨のせいか、F3はかなり水流があり、チムニーの直登はとても無理。右のクラックを登る。残置ピンは非常に多い。今までのピッチのことを考えると、ありすぎるくらいたくさんある。右のクラックに移るときはシャワークライミング気味に水を浴びながらの登攀。岩は濡れているが、ホールドはしっかりしているので、それほど不安はない。ぐいぐい登れて面白い。
上部の本流凹角は水が少なかったので直登してみる。バックアンドフットのチムニー登り。ここも支点は多い。ただ、下部から継続して登ると、ロープの流れが悪くなってしまうので注意が必要。
難易度で言うと、F2の方が高いが、興味度で言うと、F3の方が面白い。支点が多くて、純粋にクライミングを楽しめる、というところがいいのかも。乾いていれば、下部のチムニー登りも面白そう。
F3の上にはしっかりしたビレイ点がある。〈★F3内部

10ピッチ目【青山リード】
スラブと言うか、岩がゴロゴロしているようなところを登る。
実質的には登攀は終了なので、ここで少し休憩。振り返ると、一ノ倉の出合が真正面に見える。自分たちのテントのオレンジ色が良く目立っている。天気も良く、とても快適。〈★出合が良く見える

11ピッチ目【神谷リード】
スラブをひたすら登る。幅が広いのでどこでも行けそう。「ぽつぽつ、そこそこ(by『チャレンジ!〜』)」残置ピトンはある。1ピッチ50mで2−3本くらい。傾斜はないので、ランナウトになってもそれほど不安はないが、カムを決められるような場所も限られるので、目を皿のようにして残置ピンを探しながら登る。
ビレイ点はなかったので、テラスで肩がらみ確保。

12ピッチ目【青山リード】
13ピッチ目【神谷リード】

なるべく50m目いっぱいになるように2ピッチ分伸ばす。傾斜も緩いし、もうロープはいらないかな、と思っていると、濡れていて滑りやすい場所が出てきたりして、なかなか気が抜けない。〈★草付スラブを登る1〉〈★草付スラブを登る2

14ピッチ目【青山リード】
上部岩壁を左に回りこむと、尾根のような場所に出た。

ここで、クライミングシューズからアプローチシューズに履き替える。ロープもシングルにして、念のためにコンティニュアスで登ることにする。「しっかりとした踏跡をたどる(by『改訂日本の岩場』)」らしいのだが、踏み跡はどこにも見当たらない。
草付と岩の嫌らしい箇所を抜けると、ぽつんと残置ピトンを発見。この先どこでも行けそうなだけにどこに向かって良いのか分からなくなる。
いつの間にか笹ヤブに突入。こうなると、とにかく上を目指すしかない。嫌らしい草付よりは、笹ヤブの方が、掴むところがあって、ずっと楽だ。しかし、背丈以上の笹ヤブが続き、傾斜も急で、足元は滑って仕方がない。ほとんど腕の力で強引に身体を引き上げながら登っていく。
見上げると、オキの耳の方からこっちを眺めている人たちがいる。「あんな笹の中で何やってるんだろ」とでも思っているのか。国境稜線は、もうすぐのようにも思えるのに、なかなかヤブの終わりはやってこない。
クライミングの最後のこの猛烈なヤブは身体に応える。
そして、ようやく、眼の前のヤブがなくなり、視界が広がった。
国境稜線!登山道だ!

もう、疲れ果てた、という感じ。
でも、充実していた。
最後まで気の抜けないルートだった。
内容も濃く、フェース、チムニー、スラブ、草付、笹ヤブとバリエーションに富んでいた。
谷川を代表する古典ルート」という名に嘘偽りはなかった。

本日、3ルンゼは我々の独占。2ルンゼには1パーティ入っているようだった。南稜は鈴なり状態。



「ロープから開放されて、長い闘争の後の限りない安易に浸りながら、固くこわばったロープを巻き収めつつ、じっと沈んでゆく夕陽を見つめて居ると、激しい疲れと同時に何かしら淡い哀愁を覚える。」

(前掲『市ノ倉沢正面の登攀』より)



10月2日(土) 晴れ
4:25 一ノ倉沢出合発(18℃)
5:45 中央稜取付(16℃)
6:05 南稜取付(19℃)
6:25 6ルンゼ取付(間違い)
6:35 3ルンゼ取付(24℃)
-7:00 1ピッチ目(20℃)
-7:25 2ピッチ目(21℃)
-7:45 3ピッチ目(22℃)
-8:05 4ピッチ目(21℃)
-8:25 5ピッチ目(22℃)
-9:10 6ピッチ目(23℃)
-10:10 7ピッチ目(F2・19℃)
-10:25 8ピッチ目(18℃)
-11:15 9ピッチ目(F3・18℃)
-11:35 10ピッチ目(18℃)
-11:55 11ピッチ目(17℃)
-12:10 12ピッチ目(17℃)
-12:35 13ピッチ目(18℃)
-12:55 14ピッチ目(18℃)
14:00 国境稜線(19℃)
16:50 マチガ沢出合(19℃)
17:25 一ノ倉沢出合着(19℃)



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