「トラバース、嫌い。」
明星山 P6南壁 左岩稜、フリー・スピリッツ(11ピッチ目まで)
2002年9月21日(土)〜22日(日)
メンバー:村野(同流山岳会) 、神谷(記)
報告内の★マークは、写真へのリンクです。
<中央バンドから上部壁を望む>
ちょうど一年前にフリー・スピリッツを登りにここ明星山にやってきた。 しかし、結果は満足のいくものではなかった。 6ピッチ目でルートを間違え、トラバースを戻る途中で滑落。 意気消沈して、そこから無念の退却。 あれから一年。 ずっと心に残っていたルート。 フリーの力も持久力もあのときよりはついているはずだ。 今回は間違いなく登れるだろうという自信があった。 しかし……。 9月21日(土) 初日は、とりあえず肩慣らし。 左岩稜へ向かう。 昨年は、先行パーティが多くて登れなかったルートだ。 今回は、まだ誰も取り付いていない。 我々が南壁に来たときにはフリー・スピリッツを登る1パーティがあったのみ。 クライマーの少なさに少し拍子抜け。 三連休であるし、最新の「Rock&Snow(017)」に取り上げられたばかりなので、もっと大勢登っているのかと思っていた。 左岩稜 1ピッチ目【神谷リード】 左ルンゼの右の草付から取り付く。垂壁を直上しようとしたが、意外に悪かったので、左から巻き気味に登る。 2ピッチ目【村野リード】 オリジナルラインである、一段下のテラスでビレイ。ペツルボルトのあるテラスまでのトラバースは悪くて、そこに行く前で一旦ピッチをきる。<★2ピッチ目の出だし> 3ピッチ目【神谷リード】 ペツルボルトまでは、足元が崩れてボロボロ。A0どころかA1で登る。 テラスに着き、ボルトラダーを見て絶句。 ほとんどのリングボルトのリングがない。リングの代わりにねじがセットされている。単純なアブミの架けかえだと思っていたので、驚いた。<★リングのないボルトラダー> 一つ一つにタイオフしながらなので、時間がかかる。ボルト間隔は遠くないけれど、作業しながらになるので結構怖い。 どの資料にもこんなことは書いてなかった。タイオフ用のスリングをたくさん持っていたからいいが、もしもそれがなかったら登れないだろう。まあ、隣にフリー用のペツルボルトが連打されているので、そっちを行けばいいのかもしれないが。<★人工の出口> 4ピッチ目【村野リード】 ぜひともフリーで、と思っていたが、これは難しい。5.9くらいなら登れるだろう、と思ってみるが、やっぱり難しい。A0がはいってしまう。<★フリーだと難しい> ここから5ピッチで大岩へ。さらに1ピッチ分ロープを伸ばす。 この辺あまり覚えていない。たぶん、たいしたことはなかったと思う。 左岩稜はさすがに人気ルートだけに、快適な気持ちの良いルートだった。 しかし、あの3ピッチ目には驚いた。あまり人が登らないようなルートなら、まあこういうのもあるかな、と思うけれど、初級者も登る左岩稜でリングなしボルトの連続が出てくるとは。打ち替えろとは言わないけれど、最新の「Rock&Snow(017)」の紹介でも全く触れられていない。こうなったのは最近のことなのだろうか。それとも隣のペツルボルトを登るのが現在は一般的なのだろうか。 9月22日(日) 4時起床。いよいよこの日が来た。 あまり気負わずに、と思うものの、やっぱり今回こそは登りたい、とどうしても緊張してしまう。 まだ誰もいない取付に、今回も一番で到着。 去年とはリードの順番を入れ替えて登り始める。 フリー・スピリッツ 1ピッチ目【神谷リード】 草付の岩場は、III級というには悪い。残置支点も少ない。 20mくらいのところにビレイ点があるが、それは無視して、40m分ロープを伸ばす。 2ピッチ目【村野リード】 出だしの垂壁は、前回苦労したような記憶があるが、今回は楽に登れた。その先、左にトラバース。 3ピッチ目【神谷リード】 フレークをアンダーで豪快に越えていく。残置支点が少ないので、カム類を多用。 ぐいぐい行けるので気持ちがよい。<★フレークを使って高度を上げる> 4ピッチ目【村野リード】 5mくらい登ってから下りトラバース。トラバースの部分に、去年はなかったお助け用の長いスリングが掛かっていて、これを使っちゃったらインチキだなあ、と思う。 5ピッチ目【神谷リード】 さて、ここが問題のピッチ。去年は、この「うめぼし岩」の凹角で力を使い果たし、その後が大変だった。今回はなるべくパワーをセーブしながら行きたいと考えていた。 出だしのトラバースも結構怖いが、最初はなるべく下よりにルートを取ると楽である。うめぼし岩直下で少しレスト。深呼吸して気合を入れて登る。支点が取れないのが怖いが、ホールドはしっかりしているので、大胆に行くと、意外にすんなり越えていた。 さらに下りトラバースして、前回通過してしまった凹角下の支点まで進む。<★うめぼし岩からのトラバース> 目の前には、去年落としてしまった岩のはがれた跡が生々しく残っている。あのときの恐怖心を乗り越えて、さあ、ここからが本当のスタートだ。 6ピッチ目【村野リード】 凹角からカンテを右に越えて、直上。ホールドスタンスも探せばちゃんと見つかり、徐々に高度が上がっていくのが分かる気持ちのよいピッチ。<★カンテを右に越える> 途中のビレイポイントを無視して(気づかずに)、2ピッチ分進む。 7ピッチ目【神谷リード】 今回二番目に怖かったピッチ。ムーブのグレードとしてはたいしたことがないのだが、何せ岩がボロボロで、手も足も不用意に置くと崩れる。慎重に慎重に歩を進める。非常に神経を使った。いつ岩ごとはがされて、フォールするんじゃないかとひやひやした。 中央バンドのテラスまで。 8ピッチ目【村野リード】 ガラガラのバンドを横切って、残置支点のあるテラスまで。やさしいが、中間支点はないので注意。<★一段上のテラスまで> 前半が終わったということで、水と行動食を食べて少し休む。 現在9時30分。ここまではまずまず順調だ。だいぶゴールが見えてきたが、油断せずに最後まで気を入れていこうと思う。<★テラスそして、上部壁> 9ピッチ目【神谷リード】 このピッチは資料によって、ルートの取り方が違う。正規ルートはランペの途中から一段上のビレイ点に上がるもののようで、「日本の岩場(1991年版)」や「岳人2002年5月(659)号」はこちらで書かれている。ところが、「改訂日本の岩場(2001年版)」や「日本のクラシックルート(山と溪谷社)」では、ランペを最後まで登る様に書かれている。 我々はランペを最後まで登った。50mロープギリギリでようやく届く地点にビレイポイントがある。 易しいが、残置支点が少ないので、カムや灌木を利用する。 ビレイポイント付近には、冬の登攀用なのか古いFIXロープが張ってあった。 10ピッチ目【村野リード】 ビレイ点から右の凹角を登る。ボロボロの壁。油断すると落石しそうな嫌なピッチ。ここでマニフェストと合流してしまったのか?よく分からない。<★FIXロープのある凹角> 11ピッチ目【神谷リード】 ビレイ点から、左へ。カンテを越えて一段降りたところに3つの支点があって、ビレイポイントとなっている。そこから左にバンドが伸びている。ここが「パノラマトラバース」か、と思う。 『スタンスやホールドはあるが、足元には圧倒的な空間が広がり、高度感のあるピッチ』と資料には書いてあった。 確かにそのとおり。ホールドはありそうで、行けなくはないだろう。 しかし、気になるのは、中間支点が全く見当たらないことだ。 完全にナチュプロなのか、灌木を利用するのか。見えないだけで、進むと見つかるのか。今までのピッチもそれほど残置支点が多かったわけではない。だとしたら、今見えなくても、単に支点が少ないだけであるという可能性は十分に考えられる。 それでも、やはり気になる。 10ピッチ目のビレイポイントから左上にリングボルトが見えた。もしかしたら、一段上にトラバースルートがあるかもしれない。 「日本のクラシックルート」のトポにはトラバースの写真が出ている。コピーなので不鮮明だが、目の前の地形と比較してみる。角度の違いも感じるが、なんとなく合っているように見える。(実は、この写真はうめぼし岩へのトラバースだったことがあとで判明) 不安もあるが、行こう、と決める。 ここで、上部の状態を少しだけでも見ていれば。とりあえず、このビレイポイントに村野さんを迎えて相談していれば……。 状況は、明らかに去年と酷似していた。 通過してしまったビレイポイント。先の中間支点が見えないルート。そしてトラバース。 またしても同じ轍を踏んでいるとは、このときは考えていなかった。 一歩踏み出してしまうと、あとは進むしかない。 ここが今回一番怖いピッチとなった。 確かにホールドスタンスは豊富だ、高度感もある、これがパノラマトラバースか、さすがに恐ろしい場所だ、と自分自身を納得させながら進む。 長い長いピッチだった。カムと灌木で必死に支点を取っていった。 ところどころにあるレストポイントで何度も躊躇しつつ、それでも先に進んだ。 約30mほど進んだろうか、行く手にリングボルト三本が見えた。 何とかかんとかそこまでたどり着く。 真新しいリングボルト。なんだかよく分からないが、とにかく助かった。 もう、ここまで来たら、ルートが違っているのは明らかだった。この先に凹角なんてありはしない。またしても「やってしまった」のだ。正規ルートは、おそらく一段上にあるのだろう。<★これは「パノラマトラバース」ではありませんでした> さあ、これからどうしよう、と思案に暮れていた、そのときだった。 わあぁぁぁぁぁぁぁという悲鳴。 真下だ。 振り返ると、中央バンドを転がっていく身体があった。 何度かバウンドしたあと、左肩から地面に叩きつけられていった。 息を呑む。声も出ない。墜ちたのか、と思った。 と、墜ちた人が少し動いた。何かうめいている。 よかった、とりあえず生きてはいるようだ。 パートナーが近づいていくのが見えるが、墜落者が痛がるのか、動かすことはできないようだ。 こちらにも救助を要請された。ともかく、パートナー一人だけでは何もできないだろう。 村野さんを迎えて、下降することに決める。 明星山は、対岸の道路からクライマーが良く見えるという特殊な事情がある。今回はそれが幸運に働いた。声を張り上げ、対岸にいる観光客に救急車の要請が出来た。 我々が降りようとしていたとき、隣のクイーンズ・ウェイを登っていたパーティも、救助のために下降して行った。 墜ちた地点は、フリー・スピリッツの中央バンドを横断する場所(我々の8ピッチ目)。技術的には何の問題もないところではあるが、その分、残置支点は全くなかった。途中、灌木で支点を取っていたようだが、10m以上は墜ちたように見えた。 そこは、中央バンドの真ん中で、落石の多発する地点。しかし、人が近づくのは容易で、傾いてはいるがわりと広い場所だ。少しでも動かすと左肩に激痛が走るようで、それなら無理に動かす必要はなさそうだと感じ、墜ちた地点でそのまま様子を見た。 しばらくして、救急車、警察が到着。 スピーカーでの会話で、救助ヘリがこちらに来るので、それまで待つように。と、同時に下からも救助隊が登っていく、とのこと。 負傷者をなるべく動かさないように指示があったので、ビレイだけは取って、ただヘリを待つ。 負傷者の意識ははっきりしており、自分が墜ちたことも理解していた。 ただ、左腕が全く動かず少しでも動かすと非常に痛がった。また寒気をさかんに訴えていた。 13時10分。予定通り新潟県警のヘリが到着。 救助隊の隊員を一人下ろし、ヘリは一旦離れて行った。 隊員の持ってきた全身を包むようなハーネスを負傷者に装着。 13時45分。再び、ヘリを迎えて、隊員と負傷者はピックアップされていった。 さあ、それじゃあ登りなおそうか、という気にもなれず、それにもう時間もなく、中央バンドから、左岩稜に出て、下降した。 もし、後続パーティの事故という事情がなかったら、あの後どうしていただろうか。 一旦下降して、中央バンドに降り、再び登り返し、という可能性が一番高いだろう。 時間的にはまだ余裕があったし、パノラマトラバースの手前までは結構楽に到達できる。あらためて、正しいルートを登っていただろうと思う。 しかし、それは言っても仕方のないことだ。 いつだって、こういうことは起こりうるし、自分たちが当事者になる確率も決して低くない。 我々はまた登りに来ればいいんだから。 次は来年か。 わずか一年、また課題が残っただけだ。 フリー・スピリッツ。ますます思い入れのあるルートになってきた。 あの、最後にあったボルトはきっと同じように間違えたパーティがあって、下降用に打ったものではないだろうか。それとも、全く別のルートの支点だったのか。はっきりしたことは良く分からないが、あのボルトがなかったら、ちょっと悲惨なことになっていただろうと想像できる。 帰ってきて、「岳人2002年5月(659)号」を読み返した。 『途中で左にパノラマトラバースのようなバンドがのびているが、これに入らずあくまで顕著な肌色垂壁を目指す。』 ……読んだはずなのに、読んだときには、ああ気をつけなくちゃな、と思ったのに。忘れてちゃ意味ないですね。反省。 【ギア】(来年また登る自分のためのメモ) エイリアン1セット。 キャメロット#0.75-#3.0を1セット(#1.0のみ2個) ヌンチャク10本。 カラビナ10枚。 スリング適。 |
9月20日(金) 曇り
22:00 立川発
9月21日(土) 晴れ
3:00 ヒスイ峡着
7:00 起床
8:05 駐車場発
8:25 取付
8:50 登攀開始【左岩稜】
〜9:25 1ピッチ目(25.3℃)
〜10:10 2ピッチ目(22.5℃)
〜10:40 3ピッチ目(24.7℃)
〜10:55 4ピッチ目(25.3℃)
12:10 大岩(26.6℃)
12:30 終了点(25.8℃)
13:20 沢(23.6℃)
13:40 駐車場着(23.8℃)
9月20日(金) 晴れのち曇り
4:00 起床
5:25 駐車場発
5:40 登攀開始【フリー・スピリッツ】
〜6:05 1ピッチ目(19.2℃)
〜6:20 2ピッチ目(19.9℃)
〜6:40 3ピッチ目(20.3℃)
〜7:05 4ピッチ目(20.5℃)
〜8:00 5ピッチ目(うめぼし岩・19.6℃)
〜8:30 6ピッチ目(20.1℃)
〜9:10 7ピッチ目(20.3℃)
〜9:20 8ピッチ目(20.3℃)
〜9:35 小休止(中央バンド・24.8℃)
〜10:10 9ピッチ目(24.7℃)
〜10:40 10ピッチ目(24.5℃)
〜11:50 11ピッチ目(21.5℃)
12:05 下降開始(22.1℃)
12:25 現場着(21.0℃)
12:35 救急車到着(20.9℃)
13:10 ヘリ到着(20.2℃)
13:45 ピックアップ(19.9℃)
15:00 終了点(大岩から1ピッチ・20.8℃)
15:50 駐車場着(20.8℃)
この記録に関するお問い合わせなどはこちらから。