「甘く見てました。ごめんなさい。」
穂高岳 屏風岩東壁 「蒼稜ルート」

2002年7月20日(土)
メンバー:木下(JAC青年部) 、神谷(記)
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<意外に手ごわい3ピッチ目>

翌日「アウトロー」を登るための肩慣らしとして、東稜ルートでも行こうと思っていたが、
先行パーティが2つあったので、難しくなくて、短時間で終わるルートを、と考えたのが、蒼稜ルートだった。
ルートグレード4級下だし、「ほとんどアブミのかけ替えに終始する」「ルートの興味は低い」とトポに書いてあったので、
それほど時間をかけずに登れるだろうと思っていた。

しかし。
蒼稜は甘くなかった。
確かに、「アブミのかけ替えに終始」はしたのだが。
終了点到着18:30。
暗闇の中の懸垂下降。
月明かりの膝上渡渉。
横尾着22:20……。
遙かに長い道のりだった。



 そもそもは、「下又白本谷」へ行く予定だった。
 しかし、対岸から様子を見る限り、雪渓が未だ豊富に残っており、今、本谷に行ったところで、雪渓登りで終わってしまいそうだった。もちろん、こうなる可能性は十分承知していたので、予備として「アウトロー」用のネイリング装備も準備していた。
 そこで、下又白は早々に諦めて、屏風岩への転進を考えた。

 が、屏風に行くなら行くで、別の問題があった。
 渡渉である。
 先日通過した台風の影響で、梓川の水量は、私がかつて見たことのないほどの多さだった。大正池の下流では、堤防が決壊したという話を聞いた。上高地から歩く道すがら、川の様子を眺めてみるが、とても渡渉できるようには見えない。
 渡渉できなければ、屏風に取り付くこともできず、すごすごと帰るしかない。

 とにかく渡渉ポイントを見て、それから考えよう。
 と思うが、下流における水量を見る限り半ば絶望的で、渡れなかったらどうするかも考慮に入れつつ、横尾への道を急いだ。

 天気予報では今夜雨が降ることが予想されていた。時間的に、(我々の力では)今日取り付いても「アウトロー」の完登は不可能。装備のみ取付に持っていくことも考えられたが、天気のことと、渡渉の不安を考えて、とりあえず横尾を拠点として、今日は、別のルートを軽く一本登り、様子を見ることにした。

 岩小屋に着いたのは9時すぎ
 いつもの渡渉ポイントからの渡渉は、全く不可能に見えた。
 白波の立つ急流は、腰以上の深さがあるようだ。<★白波立つ>
 水の冷たさを考えると、足を滑らせたが最後、命はないだろう。
 やはり無理か……、
 と諦めかけたとき、なんと対岸にクライマーの姿が!
 どうやら、ずいぶん下流で渡渉をしたようだ。

 我々も、川に沿って流れを見ながら下ってみた。10−15分くらい下ったところの、流れが二つに分かれている箇所ならなんとかなりそうだった。<★かなり下ってようやく渡渉>

 たまたま下又白本谷用に持っていた沢靴に履き替えて、渡渉をする。
 水の流れは冷たく、長く浸かっていると足先が痺れてくるが、何とか渡渉成功。

 T4目指して登り始める。

 T4尾根といえば、2年前、初めて屏風に来たときのことを思い出す。
 あのときは、2ピッチ目凹角でのワンムーブがどうしてもできず、フォローでプルージックを使って登った。
 それで力を使い果たし、取付敗退か、と本気で考えたものだ。
 あれから2年。あのときとは違う、と思いたかったが、やはり不安は拭えない。果たしてあの2ピッチ目を登れるのだろうか。

T4尾根1ピッチ目【木下リード】
先行パーティがなんだかとても苦労していて、時間がかかっていた。
確かに最初の一歩が悪くてA0になってしまうし、小石でジャリジャリしているトラバースは嫌らしい。でも、ホールドは探せばあるので、それほど難しくは感じられなかった。

T4尾根2ピッチ目【神谷リード】
問題の2ピッチ目だ。不安もあるが、あえてリードすることにした。
しかし、前回苦労した凹角とは別に右にルートがあり、そちらを進むと、それほど苦もなく登れてしまった。
なんだか拍子抜けだ。
あれほど苦労した前回はいったい何だったのだろうかと思う。
確かに、前回登った直登ルートは見るからに厳しそうな感じがする。あっちに行ったら、今でも登れないかもしれないな、と思わないでもないが、まあそれは考えないことにする。

ともかく、問題のT4尾根2ピッチ目を越え、ザレザレの踏み跡をたどって、チムニーでもう1ピッチロープを出して、取付に立つ。

すでに13時を過ぎている。
先行パーティが順調に進んでいたら東稜、
先行が手間取っていて、さらに登り出しが12時前なら、鵬翔、
時間がない場合は蒼稜と考えていた。
蒼稜は三番目の選択肢だった。
どれも行けないから仕方なく蒼稜、という感じだった。
……その考えが甘かったのだろう。
ともかく、この時点で蒼稜に行くことに決めた。

T4尾根末端の分かりやすい取付から蒼稜は始まる。
雲稜ルートのすぐとなり。
ボルトラダーが並んでいる。

1ピッチ目【木下リード】
ちょっと遠いかな、という感じはあるが、まだ元気なので、フィフィもあまり使うことなく、さくっと登る。ピンが遠い部分もあるが、フリーでも5.10+というだけあって、ホールドが豊富。ただのアブミの掛け替えではない、人工を味わえる。<★順調にロープが伸びる>

2ピッチ目【神谷リード】
前半は、単なるアブミの掛け替え。
ロープをのばしていく。

人工が終わって、最後に右に出るところがちょっと嫌。右壁が濡れていたので、怖かった。
右に乗り移ったすぐのところに確保支点があり、そこで一旦ピッチを切ろうとするが、ルート図を見ると、テラスまで上がる感じだったので、そこまでフリーで左上。
大テラスの確保支点を利用したのだが、ルート図を更によく見ると、人工が終わってから直上している。確かに直上するチムニーもあったのだが、木やら草やら生えていて、登る気がせず敬遠したのだ。
正規ルートはそっちなのだろうか。あまり登られていないようだったが。

まあ、ここまでは順調だったといえよう。

3ピッチ目【木下リード】
大テラスから扇岩テラスの中間点までトラバースして、そこから人工で直上。
リードのペースがガクッと落ちて、どうなったのかと思った。動いているのが見えるのだけれど、なかなか上にあがらない。
フォローで登ってみると、遅い原因が分かった。
ピンが遠いのだ。
ほとんどのピンで、アブミの最上段に乗らないと、次のピンに届かない。フォローのくせにフィフィの連続。一手一手に時間がかかってしまう。<★意外に手ごわい>

天気が不安定だ。
大テラスに着いたころから、雨が降ったり止んだりを繰り返している。
いつ本格的に降り出すか、不安になりながら登る。本格的に降り出したらすぐ下降するつもりだが、なるべくならあと2-3時間保って欲しい。

4ピッチ目【神谷リード】
前傾壁A2ということだが、ビレイ点から見た感じ、それほど被っているようではない。
3ピッチ目の終了点としたところから、ほんの10mほど登ったところにテラスがあり、ビレイポイントがあった。
ルート図では3ピッチ目は30mということだったが、今切ったところでも明らかに30mは越えている。更に登ったこの地点が3ピッチ目の終了点とは思えない。ましてや4ピッチ目がここで終わりとも思えない。
ルート図では4ピッチ目は30m。だとすると、この先までのばしても大丈夫だと思い、このビレイポイントを無視して、先に進むことにする。

このビレイポイントの先は、全体的には寝ているスラブ状だが、ところどころハングになっている部分が何ヶ所かある感じ。「前傾壁」というのともちょっと違うと思った。

しかし、ピンが遠い。
最上段に乗って、壁のホールドを使い、手を伸ばしてようやく届くくらい。一手一手フィフィを使うので、非常に時間がかかる。
17時を過ぎた。
そろそろ下降を考えなくてはならない時間だ。
ともかくこのピッチを登り切らなくてはどうにもできない。なるべく動作を素早くなめらかにするように気を付けつつ、先を急ぐ。
気持ちとは裏腹に身体はなかなかついてこない。徐々に疲労も蓄積され、勢いに任せて突き進むこともできなくなってきた。
更に、予想以上に先が長く、手持ちのギアと支点の数をうまく計算しないと、ビレイ点までたどり着けないかもしれない可能性が出てきた。

全体にリングボルトと、ペラペラハンガーボルト(自作?)がほとんどだった。ボルトは浅撃ちのものもいくつかあり、タイオフスリングも多用した。
フリーが混じるのか、ボルトが抜けたのか良く分からないくらい遠い支点もある。
お助けスリングがぶら下がっているのだが、それがあまりにも古い。チョンボ棒でも次のボルトまでは届かないような距離なので、泣きそうになりながら、半分切れてる腐ったスリングにアブミをかけるような場所もあった。

序盤は最上段でがんばってきたのだが、このままでは時間がかかって仕方がない。とてもじゃないが、明るいうちに終わりそうもないと思い、後半はチョンボ棒を多用することにした。
アブミの2段目に乗って、30cmくらいのチョンボ棒でギリギリ、という感じだ。

ひたすらアブミの掛け替えを続けていく。一つのハングを越えると、視界が開けて、先が見える。しかし、いくら登ってもビレイ点が見えてこない。
ロープの残りが少なくなってきた。このままでは、とても上に抜けられそうにない。
たまたま2本並んだボルトがあったので、そこでピッチを切る。<★フォローを迎える>
ハンギングビレイだし、あまり安定した場所ではないので、フォローが、3ピッチ目終了点から10m先のテラスまで登ったところで、一旦止まって改めてビレイを取ってもらい、トップが更に先に進むことにする。

2本並んだリングボルトの上は、今までと比べものにならないくらいボルト間隔が近い。
何なんだろうか、と思う。
壁から灌木帯に入り、立木でビレイ。

もうすぐ18時。
まともに登っていたら、時間がかかりそうだったので、フォローはユマーリング。

全て終わったのが18時半。
すでに時間との勝負。
せめて明るいうちに壁の下降は終わりたい。
渡渉も明るいうちに何とかしたかったのだが、それはちょっと無理そうだ。

T4に降り立ったのが19時半。
すでに暗く、ヘッドランプをつけて、その先を懸垂下降する。
T4取付が20時半。
1ルンゼの押し出しまで下るが、渡渉点が良く分からない。
暗いと時間の間隔まで不明になってきて、今どこまで下ったのか良く分からなくなってくる。
すでに通り過ぎたような気もするし、まだまだ先のような気もする。

仄かに月明かりはあるが、水の深さはヘッドランプだけでははっきりとは分からない。
行きに渡渉した地点は確定できない。
やむなく、白波の立つ部分は避け、それらしいところを思い切って渡る。
二人でスクラムを組んでの渡渉。
私は膝上で済んだが、木下は腰まで浸かった。

何とか横尾に戻ってきたのが22時20分。
ともかく無事であることを歓ぶ。

雨も降ったり止んだりしていたが、本格的な降りにならなかったのが幸い。

その夜半3時くらいから強く雨が降る。5時くらいにはあがったが、壁は濡れているだろう。我々が降りてきたとき、大テラスに1パーティ、T4に2パーティがビバークしていた。彼らは大変だな、と同情する。

さすがにこの状況でアウトローへ行く気にはならず、結局、そのまま下山することにした。

元々の計画が大きかっただけに、物足りなさも残ったが、蒼稜を甘く見ていた自分が悪かった。

行きの渡渉が不可能で、何もできずに帰るとか、
壁の途中(または下降中)に大雨になってずぶぬれになるとか、
まだまだ最悪の可能性はあったので、それ考えれば、一本登って無事下山できて、良かったのだろう。

「日本の岩場」における、4ピッチ目30mA2というのも5ピッチ目30mA1というのも良く分からなかった。どこかでルートを間違えた可能性もある。
ルート図では5ピッチ目は右上しているのだが、実際登ったルートは直上だった。
しかし、右上ルートなどあっただろうか。
それでは、我々が登ったこのルートは何だというのだ。
一体、あれは蒼稜ではなかったのだろうか。釈然としない部分もまだ残っている。

数年後、また登ることもあるかもしれない。そのときは油断することなく、じっくり見ながら登って考えよう。



7月20日(土) 曇り時々雨
4:20 起床
5:05 沢渡発(タクシー)
5:35 上高地着
5:55 上高地発
8:00 横尾着
8:45 横尾発
10:30 1ルンゼ押し出し(18.5℃)
11:40 T4尾根登攀開始(18.5℃)
13:05 取付着(22.4℃)
13:15 登攀開始(21.7℃)
14:55 大テラス(20.5℃)
18:30 下降開始(18.1℃)
20:40 T4尾根取付(15.2℃)
22:20 横尾着(17.4℃)

7月21日(日) 曇りのち晴れ(明け方大雨)
9:00 横尾発
11:00 上高地着

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