「星屑の劇場」
谷川岳 幽ノ沢左俣 三ルンゼ
2002年3月10日(日)
メンバー:木下(JAC青年部)、神谷(記)
報告内の<★>マークは、写真へのリンクです。
<三ルンゼ上部を登る>
水上駅着最終電車。 単独の縦走者とともに指導センターまでタクシーに乗る。 計画書を提出し、足回りを整える。 腰を落ち着ける間もなく、センターを後にする。 0時半。 先週の荒沢山のときは、月明かりだったのだが、今日は全く暗い。 トレースのしっかり着いた道を黙々と歩く。 この時期の谷川は初めてである。 雪上訓練をしたり、残雪期の西黒尾根を登ったことがあるが、それ以上はない。 雪崩を避けるために、寝ないでの登る、というのも初めての経験。 先週は、1時間の仮眠だったが、途中で眠くなる、ということはなかった。 ずっと緊張のしっぱなしだったからだろう。 その経験があるから、その点に関しては、今回もまあ大丈夫だろう、と思えた。 しかし、谷川と言う言葉の重みは大きく、緊張感は荒沢山のときとは比較にならないものであった。 今回は壁ではないとは言え、雪の谷川に足を踏み入れることには違いない。 ガイドブックには三ルンゼについて、 「中級者向けといえども完璧なアイスクライミング技術が要求されるルンゼ登攀のルートである」 とある。 完璧とはいえないが、自分の技術を信じて登るしかない。 そう考えつつ、幽ノ沢への道を一歩ずつ歩いていた。 タクシー運転手の話では、木曜日の朝に雪が降ったという。 下界ではそのときの雪は完全に融けていた。 それから天気が安定し、落ちる雪は落ち、残った雪が締まっていてくれれば、コンディションは問題ないだろうと思った。 幽ノ沢にもトレースは続いていた。かなり踏みしめられている感じがするので、これまでに多くの人が入っていると予想された。目を上げると、高い位置にヘッドランプの明かりが見えた。あれはノコ沢に向かっているのだろうか。 トレースは、すべて右俣に続いていた。我々が向かう三ルンゼは、左俣の最も左寄りに進まなくてはならない。途中でトレースと分かれるが、ラッセルと言うほどのものはない。アイゼンをつけて、さくさくと雪を踏みしめる。念のため持ってきたワカンが、背中で単なる重石と化している。<★真っ暗な中をひたすらに> 一服するために腰を落ち着けると、周りの光景の素晴らしさに呆然としてしまう。降るような星空、銀幕のような岩壁。雪に埋まった幽ノ沢は、夏とは全く異なる美しさを見せていた。星屑のステージを前に立つ自分。この世界に存在している不思議さに、思わず涙が出そうになってしまった。 雪は安定しているが、時折さらさらと流れていくスノーシャワーが気になる。歩いていると汗ばむくらいで気温も高いように思える。引き返したほうがいいのかもしれないと思いだす。いや、もう少しだけ進もう。まだ何も始まってはいない。 左に注意しながら、ひたすら高度を上げていくと、シュルントが大きく口を開けていた。底は見えない。右を見ると、ブリッジのかかっている部分があった。慎重にそちらに回りこみ、ロープをつけて乗越すことにした。しかし、これを越えたら、退却はできないだろう。「シュルントがあって、越えられませんでした」。うん、言い訳にはなるな、と考えるが、言い訳を見つけるためにここまで来たわけじゃない。やれることはやっておかないと、後で後悔するのは目に見えている。 シュルントの底は深いが、幅は1mくらい。ブリッジに慎重に乗っかって、ステップを切る。突き立てたバイルに思い切って体重を乗せて、飛び越える。スノーバーで支点を取って、左寄りに戻る。 スタンディングアックスビレイで、木下を迎えるが、なんだかやばそうな悲鳴が聞こえた。「ロープ張って!ロープ張って!」。私が越えたブリッジが崩れてしまったらしい。青ざめた顔をして、木下がビレイ点までやってきた。落ちはしなかったようで安心したが、これで退路を断たれてしまったという気もした。 そこからはロープをつけてつるべで5-6ピッチ。いつの間にかだいぶ右寄りに来てしまっていたようで、ルンゼ本流までトラバースしつつの左上を続けた。すね位のラッセルになることもあり、さらさら流れてくる雪の量も増え、これは引き返したほうが無難なのでは、と何度も思った。後から聞くと、私が帰ろうと言えば帰っていた、と木下が言っていた。もちろん、ここで帰れば何事もなく無事終わるのだろう。しかし、それでは何もできない。突っ込むべきか引き返すべきか、結局これは永遠の課題である。 このときは、進むことを選択した。 それでも、暗くて地形が良く分からないのが困る。ともかく取付の40mの大滝を見つけなくてはならない。左のほうにルンゼ地形が見えるが、そこに降り立つまでかなりの傾斜がある。一度降りたら、間違えていたとしても戻ることはできなさそうだ。薄暗い中、目を凝らすが、はっきりした氷が分からない。もしかすると、右に寄りすぎたせいで、すでに大滝の高度を越えてしまったのかもしれないと思う。三ルンゼは、取付の大滝が最初で最後。あとはずっとルンゼを詰めるルートだ。大滝を巻いてしまったら、何も残らない。 時刻は5時15分。予定では大滝は暗いうちに越えて、7時には稜線に抜けようと言う計画だった。予定よりだいぶ遅れているが、この暗さのままルンゼに降りるのは危険すぎる。少し離れた場所から灌木で支点を取り、(灌木付近は不安定なため)バケツを掘ってツエルト被って待機。 30分ほど様子を見ると、かなり状況が分かるようになった。そこで改めて回りを見渡すと、右手に立派な氷瀑がある。もしかしたら、と思いつつも、先ほど見定めた左のルンゼをもう一度偵察する。やはり氷はない。しかも、そのルンゼは、すぐそばで一ノ倉尾根に突き上げて終わっている。間違いない、あの右の氷瀑が三ルンゼの大滝だ。あのまま左のルンゼに降りていたら、大変なことになっていたかもしれないと思い、ぞっとする。 ようやく取付スタート。6時20分。 ところが、大滝からはスノーシャワーが定期的に降り注いでいた。すでにあたりは明るくなり始めている。時間的に遅かったのか、と思うが、シャワーの量はそれほどでもない。一気に行けば登れる、と判断。私がリードで登りだす。<★薄明かりの大滝> 1ピッチ目【神谷リード】20m IV- 傾斜のゆるい右から取り付く。ビレイ点にスクリュー2本。氷は安定しており、バイルの刺さりは良い。快調に高度を稼ぐ。テラス状の部分を越え、右手に岩、左手に立っている氷が現れたところでピッチを切る。しかし、そこはスカスカの氷で、ビレイのスクリューがなかなか決まらない。バイルでいくら叩いても、硬い氷が出てこない。右の岩と氷の境目付近はスノーシャワーの通り道になっていて、あまり使いたくなかったのだが、ほかに良い場所がないので、そこに2本支点を取る。 この場所では、ビレイヤーが雪に埋まるので、ちょっと大変だった。 2ピッチ目【神谷リード】35m IV スカスカ氷になっている左側を登るのはちょっと怖かったので、スノーシャワーを浴びながら、岩と氷のルンゼ状の部分を登る。表面はスカスカ氷だが、バイルで削っていけば、硬い氷が現れる。背中の岩も利用しつつ、チムニーっぽく登る。ここの部分が核心だった。 一段上がると、傾斜がゆるくなる。トポには、左寄りに進んでリッジの灌木でビレイすると書いてあるが、左はかなり立っている。しかも、氷が薄くちょっと叩いただけで岩が露出してきて、スクリューを決める余裕がない。さらに、左に進むと大滝の落ち口からのスノーシャワーをまともに喰らうことになり、あまり歓迎できない。ゲレンデならともかく、この状況下で冒険しようと言う気にはならず、右へ逃げる。右は灌木の多いルンゼ。氷ではなく、堅雪壁となる。右端の太い灌木でビレイ。 3ピッチ目【木下リード】40m 氷は終わり、雪壁へ。右に寄り過ぎてしまったので、左にトラバースしてルンゼ本流へ戻る。このトラバースが悪かった。目の前のかぶり気味の雪壁を見ながら、じりじりと身体をずらしていく。足を滑らせることは許されないので、ゆっくりゆっくり。 そこから先は、左のルンゼを気にしつつ、雪壁の直上。灌木、スノーバー、たまにスクリューを支点にしながら、コンティニュアスで登り続ける。日が当たりだしているが、ルンゼ上はさらさらと軽く雪が流れている程度。もう、ここまで来たら戻ることはない。とにかく上を目指して登るのみ。 傾斜は50-60度くらい。すね程度のラッセルが続く。縦爪アイゼンだったからか、ふくらはぎへの負担が大きい。 灌木は右手に多いが、それにつられると、ルンゼをはずしてしまう。しかし、ルンゼのど真ん中を行く気にもなれないので、境目あたりを登り続ける。<★最初のうちは灌木帯><★あとは雪壁><★さらに雪壁> ルンゼが一番狭くなった”のど”の部分は日が当たらず、雪が硬く締まっていて、スクリューを決めることもできる。 ”のど”を越えると、左手にトレースが見えた。一ノ倉尾根登攀者のトレースのようだ。なんだかずいぶんほっとできた。トレースに合流すると、歩きやすさがぜんぜん違う。階段状のトレースを踏みしめながら進む。<★トレースとの合流間近、稜線は近い> 10時過ぎ。5ルンゼの上部に着いて、ロープをはずす。一ノ倉岳までは一般稜線のような道。 一つのルートをちゃんと完登したのは、久しぶりのように感じる。先週の荒沢山はマイナーリッジを登れなかったわけだし、アイスのシーズンはほとんどゲレンデだった。こうして登ってみると、やはりルートを完結させると充実感が違うことを再認識する。 三ルンゼは、アイスのルートとしては物足りないだろうが、幽ノ沢の一つのルートとしては、十分満足に値するものだと思った。 この日は、周りの沢でも雪崩らしいものは見当たらなかった。前日の土曜は、多く雪崩れていたようなので、そこで一通り落ちてしまったのかもしれない。また、三ルンゼは、北東面を向いていることもあり、比較的安定しているように感じられた。もちろん、夜中から取り付いたというのも良かったのだと思う。ただ、結局取付着が遅くなり、大滝がスノーシャワーだったので、本来はもっと早くあそこを抜けるべきだとは思った。 初めての冬の谷川は、やっぱり怖かったけど、楽しむことができました。登ってしまえば、あそこで帰らなくてよかった、と思うものです。 装備:スノーバー2、アイススクリュー8、ダブルバイル、ワカン(使用せず) |
3月10日(日) 快晴
0:30 指導センター発
1:20 一ノ倉出合 0℃
1:50 幽ノ沢出合 0℃
5:15-5:45 待機(1430m)-2.4℃
6:20 大滝取付 -2.3℃
-6:50 2ピッチ目
-7:30 3ピッチ目
9:30 一ノ倉尾根トレース合流 -2.5℃
10:15-10:40 一ノ倉尾根5ルンゼの頭
11:00 一ノ倉岳
11:55 谷川岳(トマの耳) 7℃
13:20 指導センター
この記録に関するお問い合わせなどはこちらから。