雲の上の八十七日〜キレット小屋 前編2、番外編〜
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2004-07-14(41日目/水曜/曇りのち雨) 朝、雨はあがるが雲は多く、風も強い。信州側の街は晴れているのが見える。 スッキリしない天気とはいえ、久々に外に出られるだけで気分は違う。 9時30分頃ヘリが来る。野菜、ジュース、冷食、ボンベなど2便。海の日を含めた今月いっぱいの食糧が届いた。野菜倉庫を確認すると、以前のヘリで届いたレタスやキュウリなどが、かなり痛んでいた。雨が続いて湿気が多いせいだろう。新しいものと入れ換える。 午後になるとまた雨。梅雨全線、早く消えてくれないかな。
2004-07-15(42日目/木曜/曇りのち雨) 昨夜から朝にかけては、雨もあがっていたのだが、8時頃からまた強風と霧雨。 携帯で18日の予想天気図を見ると、まだまだ前線は消えそうにない。しかし、多少の悪天でも日曜は40人位の宿泊はあるだろう。雨で濡れて疲れた40人より、晴れて山をエンジョイする90人の方が、(混雑するにしても)小屋にとっても、宿泊する側にとっても、気分が良いと思うのだが…。さてどうなるか。 一時下山していたスタッフがROCK&SNOWを買ってきてくれた。1ヵ月半遅れでやっと読める。グレーディングとマーズの話が面白かった。
2004-07-16(43日目/金曜/雨) 朝から雨。 東京は11日連続で真夏日らしいが、こっちは10日間スッキリ晴れた日がなく、7日連続の雨である。しかも、この雨は日曜まで続きそう。 水曜に一時の晴れ間を突いてヘリが飛べたのはラッキーだった。あれ以降ヘリのチャンスはなく、あの時飛べなかったら、連休以降の食糧を確保出来ていたかどうか…。 週末の天気は明らかに悪そうです。宿泊予約数をもとに食事の仕込みなどを行うので、もし予約をキャンセルされる場合は、早めに事務所あてにご連絡下さい。 2004-07-17(44日目/土曜/雨) 昨夜から強風と大雨。朝になっても変わらず。雨は降ったり止んだりだが、風が断続的に強い。小屋の前でも、まともに歩けないほど。 約40人の予約が入っていたが、結局全員キャンセル。 で、予約なしの宿泊客がちらほら。明日も雨だし、天気を見れば仕方ないかと思う。 明日は20人近くの予約が入っているが、どうなるだろうか。 8月31日までの山小屋生活も、今日で折り返し地点。しかし、本格的な勝負は、この海の日連休からお盆までの一ヵ月間。今一度気合いを入れ直したい。
2004-07-18(45日目/日曜/ガス) 朝からガス。雨ではないが、風が強いので、霧雨っぽい。 海の日連休の中日。キレット小屋を利用するお客さんは、2泊3日または3泊4日の2泊目に宿泊することが多い。そのため、こういう3連休だと、2日目が一番混雑する。今日も、悪天の中、続々と通過客が来る。午後になると宿泊客も増え始め、最終的に38人。 通過客を含めると、約100人の人がキレットに来たことになる。山小屋に入って以来、こんなに多くの人間を見たのは初めて。何だか、頭がクラクラしてきた。 それにしても、この強風の中歩いている人が多いのには驚いた。
2004-07-19(46日目/月曜/曇り時々雨) 朝からガスだったが、午後、一時雨となる。 連続10日も雨で、ほとんど外に出られない状態が続くと、身体もなまってくる。筋トレとか懸垂とかしてみるが、何か物足りない。今は、輝く太陽の下、思いっきり稜線を走り回りたい気分。それと、2週間以上干していない布団を、一気に処理したい。 昨日はあれだけ多くの人がいたのに、朝6時には全員出発してしまい、今日は通過客さえほんのわずか。結局、また宿泊客数は一桁代に逆戻り。 そういえば、五竜山荘は昨日250人近く泊まったそうだ。私がいた頃の数十倍。どんな状態か想像もつかない。
2004-07-20(47日目/火曜/雨のちガス) 今日は霧雨ではなく、はっきり雨が降っている。 連休前の予報だと日曜の午後には天気回復すると言っていたのに、今では回復は木曜以降という話になっている。太陽は一体いつ姿を見せてくれることやら。 それにしても、明らかに全行程が悪天になると分かっているこんな日も、風雨の中、歩いている人がいるのはすごいと思う。視界も何もなく、身体は濡れながらも、歩き続けるあの意欲はどこから湧いてくるのだろうか。 一昨日から常駐隊が、キレット小屋に滞在している。8月中旬までいて、登山者へのアドバイス、登山道の補修や遭難救助をする予定。
2004-07-21(48日目/水曜/ガスのち雨) 朝、ガス。午後から前線の通過により強い雨。これで12日連続の雨。 小屋にこもっているのに限界を感じ、ガスの中、雨具を着て、口ノ沢ノコル付近迄、往復1時間程歩く。視界は全くないけれど、歩いて、汗をかいて、岩を掴んで登って、風に煽られて…。それが何だか心地よく感じられた。雨が続いてうんざりしていた気分も大分スッキリした。 雨だ、雨だと小屋に閉じこもらず、雨の山を楽しむことを考えた方が有益であると、今頃気付いた。せっかく山にいるんだし。周りには山しかないんだし。 …でも、明日は晴れて欲しい。(切実な願い)
2004-07-22(49日目/木曜/晴れ) 晴れたーーーーっ! 実に7月6日以来の晴天の一日。 午前中は布団干しで大忙し。午後から自由時間をもらって鹿島槍方面へ向かう。爽やかな風が吹き抜ける絶好の縦走日和。快調に飛ばして30分で鹿島槍南峰。そのまま冷池山荘まで行く。改装間もない冷池は、とてもきれいで居心地が良さそう。 1泊していきたいところだが、15分程休憩して引き返す。それにしても、冷池付近は花は多いし、暖かいし、まるで楽園のよう。岩ばかりのキレットとは随分違うと思った。 往復ほとんど走って3時間。今日は心地よい疲労感の中、ぐっすり眠れそう。 キレット小屋前から毛勝三山方面へ沈む今日の夕日。雲海が素晴らしい。
2004-07-23(50日目/金曜/晴れのち曇り) 今日も朝から晴れ。ただし、午後から雲が出て、夕方には一面曇り。 今日は某高校のワンゲルが宿泊。白馬岳から扇沢まで5泊6日だそうだが、その全てが小屋泊まり。しかも、夕食・朝食・弁当付き。なんと贅沢な…。ザックも小さく、元気一杯。高校ワンゲルと言うと、山岳競技のイメージがあるが、今はそうでもないのか?でも、ワンゲルだったら、せめて自炊くらいしろよ、と言いたい。 晴れ始めたこともあり、お客さんは続々とやってくる。しかし、宿泊より通過が多いのは、やはり冷池目当ての人が多いからだろうか。
2004-07-24(51日目/土曜/晴れのち曇り一時雨) 今日は朝から陽射しが強く、暑い。そんな中、小屋裏のヘリポートで、ごろりと横になる。鹿島槍と剱岳を間近に見ながら昼寝が出来る、この幸せと言ったら! しかし、午後になると雲が増え、14時頃には一時雨も降る。30分程で止んだが、この雨を境に気温はぐっと下がった。そういえば、長雨のときずっとつけてきたストーブも、ようやくしまうことが出来た。朝晩は多少冷えるが、以前ほどではない。やっと夏が来た感じ。 夜になると雷雨。これもまた夏らしい。今考えると、朝の暑さはこの雷雨の前兆だったのかも。
2004-07-25(52日目/日曜/曇りのち雷雨) 今日は梅雨明け後最初の日曜ということで、今期最高の宿泊数になることが予想された。そのため、朝から態勢を整えていた。通常、1畳に1人計算で50人態勢(7畳間×4室+5畳×2室+3畳×4室)だったのを、9-7-4シフトとした。つまり、7畳に9人分の布団をセットして、66人の宿泊用にした。さあ、来るなら来い!という気合いで待ち構えていたのだが…。 結局、いつもと変わらない宿泊数で拍子抜け。これなら、布団の配置を変える必要はなかった…。 通過客は多かったのだが、一体何故? 15時頃から雷雨。かなり激しい雨と雷。後立山周辺でも落雷による負傷者が出た模様。
2004-07-26(53日目/月曜/曇り一時雨) 一日曇り。ガスも多く、一時雨も降る。 昨夜から体調の悪いお客さんがいた。今朝になっても回復せず、ここから歩いて下山するのは難しそうな状態。 たまたま、今日はキレット小屋のヘリの日で、荷揚げのためにヘリが来る予定。各所との交渉の結果、そのヘリを使って、病人を降ろすことになった。 7時過ぎに1便目が来て食糧等を降ろし、空ボンベ等を荷下げ。 2便目は燃料が揚がってきて、その帰りに病人を降ろしてもらった。山で病気になったのは不幸だったけど、偶然ヘリが来る日に小屋にいたのは幸運だったと言えるかも。 写真は、荷揚げヘリ(東邦航空)。
2004-07-27(54日目/火曜/晴れのち曇り) 朝は晴れるが、すぐ曇りとなる、最近のパターン。 今日は信州側の雲が多く、南東風が吹き続けていた。台風10号の影響が出てきているのかもしれない。 黒部側は雲少なく、久々の夕陽も見られた。 毎日、お客さんのゴミが大量に出る。行動食や弁当のカスなど、いらなくなったものは何でも置いていく感じ。 ここにはゴミ回収車は来ません。 自分のゴミは持ち帰って下さい。 あまりにもゴミが多いので、客室のゴミ箱を撤去し、従業員の目の届くところのものだけにした。とりあえず、試験的にやってみるが、どういう結果となるか。
2004-07-28(55日目/水曜/快晴のち曇り一時雨) 朝は快晴だったが、信州側から黒い雲が増え、17時頃には一時夕立。南東風も強くなる。 自由時間に五竜方面へ偵察。 1時間15分で五竜岳到着。2時間半で小屋に戻って来た。 キレット小屋に入って一月以上が経つが、ようやく五竜山荘から冷池山荘までのルートを繋げることが出来た。 歩いて初めて分かったが、ここの稜線は面白い!(何を今更…)岩場は多いし、道が分かりにくい部分もあるので、初級者には厳しいと思うが、ある程度の経験者には楽しめるコースだと思う。単なる稜線漫歩ではなく、頭を使って考えながら歩けるコースだ。
2004-07-29(56日目/木曜/曇り時々雨) 早朝は晴れていたが、間もなく信州側から雲が増え、ガスに包まれた。風は強く、気温も低い。16時頃から雨も混じる。 台風の速度が遅いので、しばらくこんな状態が続くだろう。 今日、保健所が小屋の厨房などの衛生状態のチェックのためにやって来た。そのため、昨日から厨房の大掃除。床を磨いたり、ものを整理したり…。見違えるほどきれいになり、無事検査は終了した。 強風の中、親子連れがキレット小屋宿泊。こどもは8歳。よくこの岩場の多い稜線を頑張って歩いて来たなあ、と思う。こどもは元気で、夜まで食堂でトランプ。ただ、お父さんはお疲れ気味のご様子。
2004-07-30(57日目/金曜/曇り一時雨) 台風の影響で朝から曇り。 通常、天気が悪くなると、西寄りの風が強くなる(西から低気圧が近づく)のだが、今回は南から台風が来ているので、南東風が強い。信州側は曇っているが、黒部側は晴れ。ガスの切れ間に時折、陽が当たっている剱岳が見える。 歩けないほどの天気ではないのだが、通過を含めて、訪れる人が少ない。台風を警戒して、家を出ることを控えているのだろうか。 今日、新しいバイトが到着。去年もこの小屋で働いていたらしい。これで従業員は5人となった。人が増えて、多少仕事の負担が減るかな。
2004-07-31(58日目/土曜/曇り一時晴れ) 昨日よりは青空がのぞく時間が多いが、基本的に今日も雲の多い一日。 冷池山荘、五竜山荘からキレット小屋までは、どちらからも4-5時間程度かかる。そのため、9時から11時くらいまでが通過客のピークとなる。しかし、12時を過ぎると客足はぱったりと途絶え、今度は14時くらいから来始める宿泊客を待つことになる。 今日は通過客が多かったので、宿泊客も相当数になるだろうと思われた。 が、予想外に数は伸びず。また、素泊まりが多かったため、食数が少なく、食事を作る方としては何か物足りなく感じた。
2004-08-01(59日目/日曜/晴れのち曇り) 久々のすっきり爽やかな朝。 喜んで布団を干すが、9時頃にはガスが増えてきて、慌てて取り込む。その後は、晴れたりガスったり。 今日の通過客には水が良く売れた。 日によって、水が売れる日、お茶やコーヒーが売れる日、ジュースが売れる日、と変わってくる。たぶん、天気や気温に何か因果関係があるんだろうな、と思う。 7月の天気を調べてみた。一時雨も併せると、31日の内19日で雨が降った。晴天は7日。やはり、全体的に雨が多い月だったようだ。通過客は昨日より少なかったが宿泊数は伸び、今期最高となった。 《小屋周辺で今見られる花-5-》 ・トウヤクリンドウ 長雨の後、一気に咲き始めた。本来、夏に終わりを告げる初秋の花なのだが。今年は花の移り変りが早いらしい。
2004-08-02(60日目/月曜/晴れのち曇り) 昨日よりさらに天気が良く、朝から暑いくらい。 天気が良いので、鹿島槍南峰へ行く。 「ちょっと散歩してきます。」と言って、1.5時間くらいで鹿島槍の頂上まで往復出来てしまうという、この素晴らしさは山小屋ならでは! 縦走路は、まさに夏山、といった感じ。頂上まですっきり伸びた稜線をのんびり歩いていると、心の底からいい知れぬ喜びが沸き上がってくる。ただただ山を歩くことが純粋に楽しいのだ。 本当に自分自身、山が好きなんだなあ、と改めて思う。何かもう、無性にうれしくなってしまうのだ。 午後からは、またガスとなる。 # フジタ 『いいなあ。感動が伝わってきます。』(2004/08/03 11:52) # カミヤ 『一時下山して,松本にいます。携帯で送っていた文章を初めてPCで見ています。ああ、こういう風だったのか,という感じ。 コメントありがとう。町に降りてはみたけれど,一日で山が恋しくなってきました。だって、下界は暑いし,息苦しいんだもの。』(2004/08/05 16:54)
2004-08-03(61日目/火曜/晴れ時々曇り) 朝から天気が良いが、昨日とは違い、秋空の様相。風も冷たく感じる。 午後、一時曇ったが、夕方には雲が切れ、夕陽が見られた。 ここ数日、お客さんが増えてきている。今日はようやく50人を越えた。しかし、例年と比べれば、まだまだ。 最近、パンに飢えている。普段はあまり意識していなかったが、山小屋に来て全くパンのない生活をしていると、何故か無性に食べたくなってくる。特にお客さんが行動食で食べていることが多く、見ているとうらやましくなってくる。 パンのために(じゃないけど)、明日から3日間一時下山。
2004-08-04(水曜/番外編) 朝4時に起きると小雨が降っていたが、6時頃には止む。 朝食出し、客室掃除など一通りの仕事をして、7時35分に小屋を出た。鹿島槍、爺ガ岳を越え、扇沢に11時45分下山。 天気は回復し、快適な稜線歩き。雲海の向こうには富士山や南アが見えていた。鹿島槍から冷池付近は花が多いが、爺ガ岳のコマクサはすでに終わっていた。全体的に爺ガ岳周辺は花が少なく感じた。種池周辺に来ると急に花が増えるのだが。 先日の雨で、一時通行止めになった柏原新道は、完全に復旧していた。ただ崩壊のあった上部の2ヶ所は見ればすぐ分かる状態だった。 62日ぶりの下界。
2004-08-05(木曜/番外編) 2ヵ月ぶりに街(松本)に出てみるが、とりたててやることもなし。 本屋をざっと見回るが、山に関しては、大きな(本の)動きはなさそう。「続・生と死の分岐点」は購入。山に持っていって読むつもり。小説現代の真保裕一の山小説「灰色の北壁」もチェック。「天空の回廊」文庫版はハードカバーを持っているので、今回はスルー。 台風11号が通過していったが、松本は雨降らず。山はどうだっただろうか? 8月3日から、今まで無制限だった宿泊客に対する無料の水提供を、1人1リットルまでに制限した。雨が降って、水が補給出来ていれば良いのだが。
2004-08-06(金曜/番外編) 7月23日にオープンしたカモシカ松本店に行ってみた。 松本店というから、松本駅近くかと思ったが、松本電鉄に乗り換えて新村駅下車。さらに2.5km先。炎天下の中、早足で30分。これは、とても歩いて行く場所じゃない。 建物は大きくて、スペースがゆったりしている。特に目新しいものはないが、だいたいのものは揃ってる。個人的には、本のコーナーが充実していたのでうれしかった。車で通るなら、一度寄ってみる価値はあると思った。 *山小説 小説現代2004年8月号「灰色の北壁」 〜感想〜 真保裕一が、またやってくれた。「黒部の羆」に続く山小説の登場。小説家を主人公とし、ヒマラヤの架空の山をめぐるノンフィクションと、現在を織り交ぜて描く手法は見事。山岳ミステリでまだこんなやり方があったんだ、と驚かされた。殺人事件を持ち出さなくても、ミステリ的要素を山で用いることが出来るのを証明した。黒部〜、灰色〜、そしてまた別の山小説を追加して短篇集が編まれた時、日本の山岳小説界に新たな1ページが刻まれることになるのは間違いない。
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