雲の上の八十七日〜キレット小屋 後編〜

”#”は日記につけられたコメント
<★>はデジカメ写真へのリンク


2004-08-07(62日目/土曜/晴れのち曇り一時雨)
 再上山の日。
 遠見尾根から五竜経由でキレットへ。
 8時20分テレキャビン下車。10時50分〜11時20分五竜山荘。13時50分キレット小屋。
 歩きだしは天気が良くて暑いくらいだったが、五竜を出た頃から雨が降りだした。北尾根あたりでは雷も鳴りだす。この辺は完全に稜線上で、雷に対する逃げ場がない。ハイマツにもぐってしばらく待って、走り、岩陰に隠れてはまた走り、という感じ。音が結構近かったので、いつ落ちてくるか、気が気じゃなかった。
 五竜岳への登りは残雪が消えて随分変わっていた。夏道の方が迷いやすく感じた。

雷に遭って、ハイマツや岩陰にただ隠れていたが、この対応はあまりよくなかったようだ。稜線上に落ちた場合、電流が流れてきて、結局やられてしまうらしい。
では、具体的にどうすればいいのか。
稜線から離れて、足元にザックなどを敷いて、しゃがんでじっとしているのがいいらしいが、本によっていろいろ違うことが書かれているのでよく分からない。
共通しているのは、雷が来そうなときに山に行くな、ということなのだが……。

2004-08-08(63日目/日曜/晴れのち曇り一時雨)
 朝、すっきり晴れるが、次第に雲が増える。13時30分から断続的に夕立。時折雷も。
 結局、下山中も雨は降らなかったようで、水は不足気味。少々の夕立程度では、足しにはならず。19時頃にはまた晴れる。
 昨日は私が到着する前にヘリ荷揚げがあった。今回は一便のみ。食料と燃料が中心。
 街でヤマケイJOYを見た。北アルプス北部特集だったので買ってきたのだが、八峰キレットはきれいに紹介コースから外されていた。まあ、初級者には少し厳しいコースだとは思うが、何か寂しい気もする。

ヤマケイJOY2004夏増刊。第一特集「ノース★ノース★アルプス」。
2泊3日・猿倉〜白馬岳〜唐松岳〜五竜岳〜とおみ/1泊2日・とおみ〜五竜岳〜唐松岳〜八方/1泊2日・大谷原〜鹿島槍ガ岳〜爺ガ岳〜扇沢、として、五竜と鹿島槍はコースが紹介されているが、その間の八峰キレットは、すっかり抜けている。
山小屋の紹介と紀行文みたいなのには出てきたが。

2004-08-09(64日目/月曜/曇り一時雨)
 朝、一時晴れたが、一日雲が多い。
 白馬の街は、昨日も今日もどしゃぶりだったそうだ。下界はいいから、山で降ってほしい。と、思ったら、16時頃からまとまった雨。かなり強い降りとなる。ここまでちゃんと降るのは、約2週間ぶりか。
 2時間程で雨は止むが、水は1t以上溜まった。これで、多少だが水不足も解消。
 世間はそろそろお盆休みに入るのだろうか。今日は昨日の日曜より宿泊が多くなる。朝から曇っていたので、計画の行程を途中でやめて、キレット小屋泊まりにした人も多いのかもしれない。

「遅着は遅出」という法則がある。
前日、小屋に遅く着いた人は、翌日出発も遅い、ということ。17時とか18時とか、小屋の到着があんまり遅いと、途中で何か事故でもあったのではないか、と思うのだが、翌日の出発の遅さを見ていると、これでは仕方がないか、と思う。
早めに出発して、小屋に早めに到着しよう、という意識そのものがないらしい。今日もそんなお客さんがいた。

2004-08-10(65日目/火曜/曇り時々雨)
 朝から雲が多い。ときどき、霧雨程度の雨も降る。
 寒冷前線通過のため、今日は寒い一日。フリースが欲しいくらい。
 天気のせいか、通過も宿泊も少ない。昨日の多さは何だったのか、という感じ。明日は晴れそうだが、週末は微妙な天気。今週末が忙しさのピークになる、はずなのだが…。

《小屋周辺で今見られる花-6-》
・ミヤマアキノキリンソウ
トウヤクリンドウとならび、これも秋の花なのだが、7月末には咲いていて、今が盛り。もう、夏は終わったのか。

# フジタ 『秋の気配ですね。しもやけに注意!』(2004/08/11 08:52)

日々の基本スケジュール。
4:00起床 5:00朝食出し 5:30-6:30後片付け、掃除 6:30-7:00朝食 7:30-8:30布団干し、水移動、その他作業 9:00-9:30天気図 9:30-10:30受付 11:30-12:00 昼食 15:30-17:00夕食準備 17:00夕食出し 17:30-18:00後片付け 18:30夕食 19:00-20:00売店 21:00消灯
昼食後、夕食準備までが長い休憩を取れる。

2004-08-11(66日目/水曜/晴れ時々曇り)
 気持ちの良い、快晴の朝。じっくり布団を干す。これだけすっきり晴れるのは久しぶり。
 午後から鹿島槍北峰へ。花を探しながらのんびり歩く。しかし、見られるのは秋の花がほとんど。朝晩も冷え込むようになってきたし、天気図上でも太平洋高気圧が見えなくなった。陽射しが強くても、以前のように汗だくになることはない。東京は真夏日が続いているらしいが、山には確実に秋が迫っている。
 夕方、雲海の向こうにきれいな夕陽が落ちた。お客さんと一緒に、じっと見つめていた。穏やかに山の一日は過ぎていった。

天気がいい日の傾向。
・頂上などでゆっくり休んでくるのか、通過客の出足が遅い。
・まだまだ行けると思うのか、遅着が多い。
今日はその通りだった。

2004-08-12(67日目/木曜/晴れ)
 今日も朝から晴れ。
 キレット小屋に入って初めての日の出を見る。この小屋は、日の入りは正面に見ることが出来るのだが、日の出は裏側に当たるため、登山道を少し歩くか、ヘリポートに登らないと見られない。
 今までチャンスがなかったのだが、今日は準備を整えて、日の出を待った。
 風が冷たく寒い中、30分待って5時に太陽が顔を出す。日の入りもいいけど、日の出はまた違った良さがある。
 写真はヘリポートからの日の出。

日の出の時間は、ちょうど朝食を作っている時間にも当たり、なかなか外でゆっくり日の出を待つ、ということができなかった。今日は遅番で、朝食当番から外れたので、初めて見ることができた。
夕陽もいいけど、冷たい空気の中、いつ出るかいつ出るかと待って、ようやく出てくる御来光は、また格別なものがある。<★日の出1><★日の出2>

2004-08-13(68日目/金曜/晴れのち曇り)
 朝は晴れるが、午後になり黒部側からガスが出た。最近、信州側からガスになることが多かったが、今日は信州側は晴れていた。
 今日は今シーズン最多宿泊数となった。客室の定員を考えると、まさにギリギリの人数。これ以上増えたら、食堂や廊下を使ってもらうしかない状態。
 それにしても、昨日はこの3分の1以下だったのに、どうしてこう急に増えるのか。
 お客さんには相当窮屈な思いをさせて申し訳ないと思うけど、たまたま混雑する日に泊まることになったのをあきらめてもらうしかない。残念ながら、スペースは限られているのだから。

結局、この日が、シーズン通しての最多宿泊数だったのだが、それにしても例年と比較すると少ないらしい。例年なら、食堂や廊下を使うことも2-3回はあるとか。
夕食は三回戦。食堂に入れるスペースには限界があるので、食べ終わるごとに入れ替えて、次を出していく。それを三回繰り返す。キレット小屋の場合、ほとんど一回戦で終わることが多い。

2004-08-14(69日目/土曜/曇りのち雨)
 前線の南下にともない、一日ガス。ときどき霧雨。夜になり激しく降る。気温は低く、息が白くなるくらい。
 午前中、通過客が続々と来るが、宿泊はさっぱり。昨日と比較すると、あまりの違いに愕然とする。
 宿泊数は約5分の1。半分が素泊まりなので、夕食数は8分の1。朝食にいたっては、たった2食のみ。
 昨日のあの混雑と忙しさは、いったい何だったのだろうと思ってしまう。
 今日ってお盆の中日で、土曜のはずなのだけど…。雨は降っているし、寒いのも確かなのだけど…。

集中日にとことん集中する、という傾向。あいかわらず、休みを取れる日が集中してしまうのだろうか。昨日のお客さんも一日前後どちらかにずらすだけで、全然違っていたのに……。
この日はおそらく、冷池、五竜に前日宿泊のお客さんは、ほとんどが通過。種池、唐松宿泊のお客さんは、途中から降り出した雨で、冷池、五竜泊まりに変更してしまったのではないかと思う。
東京の連続真夏日は、この日まで40日続いたそうだ。山小屋にいると、下界の暑さは想像できない。こんな夏に東京にいなかったのは、幸いだったと思う。

2004-08-15(70日目/日曜/雨のち晴れ)
 雨は夜中激しく降ったが、朝7時頃から雲が切れ、雨も止んだ。
 この雨が空気中のチリを吹き飛ばしてくれたのか、その後一気に視界が広がった。毛勝三山の向こうに能登半島がくっきり見える。キレット小屋に入って50日以上が経つが、ここまで見えるのは初めてのことである。双眼鏡でのぞくと、富山湾に浮かぶ舟まで見えた。
 山小屋で毎日同じような生活をしているが、まだまだ新しい発見はあるものだ、と思った。
 阿曽原温泉の煙らしきものさえ見えた。後半天気が回復したこともあり、宿泊数もまずまず。何かほっとした。

能登半島は、今まで毛勝三山の右側だけだと思っていたのだが、実際にはさらに右側まで延びていて、先端は見えなかった。おそらく鹿島槍の頂上に登ればちゃんと見えるのだろうと思う。展望図も慌てて書き直す。<★能登半島>
夕陽もきれいに見えた。キレット小屋は、位置的に朝陽より夕陽がきれいに見える。しかし、日没のころに雲が切れていることはあまりなく、夕陽が見られるのは、1-2週に1回くらい。だから、小屋から夕陽が見られたお客さんは運がいい。

2004-08-16(71日目/月曜/晴れ時々曇り)
 昨晩、長野の街の方に花火が見えた。遠くて小さかったけど、上から見る花火というのも新鮮に感じた。
 今日は、雲が多いが概ね晴れ。しかし、空は完全に秋の空で、風は冷たい。多くの登山者が防寒具として雨具を着ていた。
 朝、浅間山から噴煙があがっているのが見えた。いつもはガスっぽくて、噴煙か雲か分からないことが多いが、今日ははっきり見えた。これも昨日言った“新しい発見”の一つ。
 お盆過ぎて、通過客も減る。山小屋の忙しさのピークは越えた感じである。

まさかこの浅間山が9月1日に噴火するとは思わなかった。ちょうど噴火した日には下山してしまっていたが、小屋からも噴煙は大きく見えたのではないだろうか。
写真がキレット小屋から見える浅間山。<★浅間山>
ちなみに、このときの花火は、「諏訪湖祭湖上花火大会」だったらしい。

2004-08-17(72日目/火曜/雨)
 朝7時頃から雨。一日激しく降り続く。
 通過客もほとんどなく、宿泊もわずか1名のみ。これほど静かなのは6月以来か。
 昨日から某登山地図の執筆者がご宿泊。常駐隊の人と、地図の修正箇所などについて話をしている。多くの人がその記述を信頼して、利用しているものだけに、細かいところまで相当神経を使わなければならず、とても大変な作業だなと思った。
 台風が接近しつつあるし、荒天はしばらく続きそう。

キレット小屋宿泊料金。
1泊2食:8700円、素泊まり:6000円、1泊朝食:7300円、1泊夕食:7750円、弁当:宿泊料金+1300円。

2004-08-18(73日目/水曜/雨のち晴れ)
 前線と台風15号の影響で、一日、雨が降ったり止んだり。時折、かなり強く降ることがある。風は一日中強い。
 昨日宿泊したお客さんは、朝出発したが、あまりの風雨により、途中で引き返してきた。
 今日は、通過客もいないか、と思っていたが、五竜方面から続々と歩いてきた。中には10人くらいのグループも。少ないながら、宿泊客も数人あった。
 夕方には雨風ともにおさまり、なぜか静かになる。

今日の宿泊客の中には、台湾からのお客さんがいた。会話はほとんど英語のみだったので大変。白馬岳から縦走してきたらしいが、この先、天候を考えるとほとんど無理な計画を考えていた。台風が来ていることとか、コースタイムとかいろいろ説明して、今後の予定を一緒に考える。
16時ころ、五竜山荘から頂上へ向かったお客さんが帰ってこないとの連絡が入った。五竜の常駐隊が捜索。どうやら、山頂から下るときに、間違えてキレット方面に降りてしまったらしい。北尾根の頭付近まで行ったようだが、22時ころ無事山荘に戻る。

2004-08-19(74日目/木曜/晴れのち曇り夜雨)
 台風が近づいてきているはずなのに、午前中は異様なほど天気が良かった。ほぼ快晴の空、まるで夏が戻ってきたかのような暑さ。風も暖かく穏やか。
 ただ、雲の動きの速さだけが、何かが迫っていることを暗示させていた。
 午後になり、徐々に信州側から雲があがってきた。
 台風は今夜日本海に入るらしい。強風を警戒して、富山(西)側の雨戸を閉める。小屋の前にあるベンチも飛ばないようにひっくり返しておく。
 18時30分、雨が降り出してきた。剱方面の視界は開けているが、雲は猛烈なスピードで流れていく。夕陽が雲を不気味に照らす。

朝の雲の流れは、まるで生き物のようだった。何かに追われて逃げている虫の大群のようであり、持ちあがり、のし上がり、うねうねしながら、何かを求めて伸びてくる、触手のようであった。
テレビで見る、早回しの気象衛星画像をライブで見ているかのようでもあり、空の色は美しく、かつ不気味な感じがした。
夕方になり、上空の雲のスピードが恐ろしいほどになった。この雲の姿を形に残すことはできないだろうか。写真でもビデオでも迫力は伝わらないだろう。この迫り来る恐怖、不安、恐ろしさ、みたいなものを表現する方法はないのだろうか。<★伸び上がる雲>

2004-08-20(75日目/金曜/曇りのち晴れ)
 朝になっても強風が続いている。夜中もかなり激しい風が吹き、2階の床が揺れているように感じた。
 台風はすでに通過してしまっているが、吹き返しの西風が強い。
 雨はそれほど降らなかったのか、信州側の水タンクの水量はあまり増えていなかった。
 昼になると風は弱まってきた。夕方には一時陽も射し、夜は星空になった。
 昨日宿泊のお客さんも、朝食は摂ったものの出発の気配がなく、今日は通過客すらないかな、と思っていた。
 しかし、午後風がおさまったためか、宿泊数は意外に多くなった。

台風15号は朝鮮半島から日本海へ。20日午前6時に青森県上陸。
今日の気象通報は、台風3つと低気圧1つと霧の情報だけ言って終わってしまった。せめて基準線くらい言って欲しい。その他の高気圧や低気圧も言ってくれないだなんて。明日の天気はどうなる、とお客さんも待っているときにこれでは困る。仕方がないから、携帯の天気図を見ながら適当に書いてみる。

『大体台風が来ているのに山へ登るというのは、山の掟に反しているのじゃあないかな』『台風接近中は、いかなる理由があっても山へ登ってはならないという山の掟は結果的には正しかった』(「偽りの快晴」新田次郎著)

2004-08-21(76日目/土曜/曇り)
 台風一過の青空、とはならず、一日雲の多い天気。午後からはすっかりガスに包まれた。
 台風の風で飛ばされた一斗缶を拾いに、小屋の前の沢を下る。登山道のすぐ下だったのだが、ふと見ると、ボルダリングができそうな恰好の岩を発見。岩は硬くてホールドもあるのだが、問題はその場所。落ちたら沢を下まで滑落しそうだし、他の登山者からもまる見え。もうちょっといい場所にあれば、毎日でも登るのに…。

《小屋周辺で今見られる花-7-》
・タカネマツムシソウ
紫色の大きな花はよく目立つ。キレットから鹿島槍へ向かう途中の崖にたくさん咲いている。近寄れない場所にあるというのがまた良い。

キレット小屋は、軽油による発電機で電気をまかなっている。24時間つけっ放しではなく、4:30-6:30、9:00-11:00、16:00-21:00の最低限の時間だけ電気がつく。
調理用に電子レンジはないから、冷凍食品の解凍は自然解凍がメイン。夕飯に使うものがあったら、昼過ぎには冷凍庫から出しておくことになる。

2004-08-22(77日目/日曜/曇りのち雨)
 朝から曇り。13時頃から雨となる。しかし、視界は晴れており、剱方面の展望は広がっていた。
 陽射しがなく、雨も降っているため寒い。すっかり秋山である。ニュースでも「秋雨前線が停滞し」と言っている。8月とはいえ、防寒具は必須の状況。
 今日は意外に通過、宿泊ともに多かった。しかし、寒いためジュース、ビール類はほとんど売れず、コーヒーやカップラーメンが飛ぶように出ていく。こういうところを見ても、夏は終わったな、と感じる。

この日から、客室の布団数も減らす。7月12日以来、1畳1人体制に戻した。夏山シーズンもほとんど終わったような感じ。

2004-08-23(78日目/月曜/曇り時々雨)
 雨が降ったり止んだりの繰り返し。時折激しく降ったり、ガスが切れて視界が広がったりする。風はそれほど強くはない。
 夏山常駐隊が任務終了。今年は、幸い死亡につながるような大事故はなかったものの、体調不良や遭難未遂はいくつかあった。また、登山道の整備も行われ、古いクサリや支点が新しいものに交換された。
こういう地元の人の力に支えられて山の安全が保たれていることを知った。
 台風17号が接近しつつあるが、それより気になるのが16号。今朝の時点で920hPa。「猛烈な」強さ。こんな強力な台風は近年記憶にない。

# フジタ 『16号くれぐれも気を付けて。』(2004/08/24 08:30)

キレット小屋はこの日終了で、この後、五竜山荘や唐松頂上山荘などを回って、27日に大町で解隊式。
「夏の役目終え解隊式 大町県山岳遭難防対協の常駐隊」(山のニュース@岳人)
『式では、北部の吉田末則隊長と南部の山口孝副隊長がそれぞれ今夏の状況について「落雷事故が多数あった」「疲労や下山中のつまずき、転倒が目立った」などと報告した。県警によると、北アルプスの遭難は七月一日から八月二十五日現在で四十三件発生、六人が死亡した。』
「近年記憶にない」と書いた台風16号だが、最低気圧は、910hPaまで下がった。しかし、その勢力を保ったまま上陸することは、(当然ながら)なかった。調べてみると、最低気圧920hPa以下の台風は、毎年1-2個は発生しているので、それほど珍しくはないことも分かった。→デジタル台風

2004-08-24(79日目/火曜/曇り時々雨)
 今日も朝から曇り。ときどき雨。11時頃一時明るくなったが、13時頃から寒冷前線の通過により、強風と大雨。雨は夜まで続く。
 通過客はたった1名のみ。10時半頃、五竜山荘から2名宿泊のお客さんがキレットに向かった、と無線が入った。17時半頃到着したこの2名が、今日の宿泊客の全て。遅くはなったが、この嵐の中、無事小屋まで来てくれたので、ほっとした。
 山小屋生活も残り一週間となった。ぐずついた天気が続き、外にも出られない毎日だが、残りの一日一日を大切にしていきたい。

キレット小屋の物価。
ビール(サッポロ黒ラベル)500ml:800円、同350ml:600円、ジュース350ml:400円、ポカリスエット500mlペットボトル:550円、ミネラルウォーター500mlペットボトル:250円、インスタントコーヒー:250円、カップヌードル300円など。

2004-08-25(80日目/水曜/曇りのち晴れ)
 移動性高気圧に覆われるが、予想外に雲が多い空。時折、青空がのぞくも、またすぐにガスに包まれてしまう。
 夜になるときれいに晴れて、鹿島槍北峰の真上に月が浮かんでいた。しばらく見ていると、月は頂上付近に沈んでいった。日没はよく見るけれど、月が山の頂上に沈むのを見るのは初めてかもしれない。月のまわりには大きな笠が出来ていた。
 月の残照、頂上を取り囲む巨大な半円。それが徐々に沈んでいく様は、まさに幻想的な光景だった。写真に撮れないのが残念。
 キレット生活も残り6日。あと何回こんな感動を味わえるだろうか。

キレット小屋宿泊者の傾向。
前日宿泊地(または上山ルート)は、唐松35%、五竜21%、扇沢14%、種池、冷池……の順。
翌日宿泊予定地(または下山ルート)は、種池28%、扇沢18%、冷池13%、唐松、五竜……の順。
これからも分かるが、五竜方面→冷池方面が70%近い割合となり、逆コースとは大きく差がついている。コースタイム的にも難易度的にも、五竜→冷池と冷池→五竜でそれほど差があるわけではない。ただし、今年は、冷池山荘が改築オープンという特殊事情があったため、本来扇沢から五竜方面へ縦走するはずだった人も冷池で宿泊してしまい、キレットまで来なかった、ということも考えられる。例年は、だいたい同じくらいという話であった。
なお、特殊な例として、八方尾根から登って、キレット泊。翌日また八方尾根を下山。というものや扇沢上山、キレット泊、扇沢下山というパターンもあった。これは車をどちらかに置いているためかと思われる。
ちなみにコース取りでは、唐松→キレット→種池が最多(17%)。続いて五竜→キレット→種池、唐松→キレット→扇沢など。(2004年宿泊分からの抜粋)

2004-08-26(81日目/木曜/晴れのち曇り)
 朝は晴れ。月曜から悪天のため順延になっていたヘリが、今朝になりようやく飛んだ。食糧と燃料で1便のみ。布団も14日ぶりに干す。しかし、すぐに雲が増えて日が陰ってしまった。
 午後は鹿島槍南峰へ。この先天気が悪くなりそうなので、ラストチャンスと思いダッシュ。3ヵ月の高所トレーニング(?)の成果を試してみる。
 キレット小屋から南峰まで28分。往復58分。目標だった1時間は切れたが、下りに予想以上の時間がかかってしまった。
 これで、下界に降りたら、軽快に走れるようになるのだろうか(少し疑問…)。

ダッシュ、と言っても本当に走ったら、クサリ場は危ないし、落石の危険もあるので、実際には速歩き程度。それにしても、登りよりも時間がかかるとは思わなかった。下りのときは、すれ違いでの待ち時間があるから、とは言え。
結局、鹿島槍には、期間中に6回登ったことになる。2ヵ月半いても、晴れていて、時間に余裕があるとき、というとそれほどチャンスはないものだ。

2004-08-27(82日目/金曜/晴れのち曇り)
 昨夜、雨が少しパラついた。朝は晴れるが、黒くて嫌な雲が少しずつ増えていった。
 午前中には信州側がガスに包まれ、南東風に変わった風が、黒部側に雲を運んでいった。
 毎日、ラジオの気象通報で天気図を取っているのだが、昨日から富士山の情報が気温のみになり、風向風力を言わなくなった。観測方法の一部変更がその理由。しかし、富士山の風向風力というのは、低気圧の接近を判断したりする上で、非常に重要な情報だと思う。他はともかく、富士山の情報は減らして欲しくなかった。

「富士山測候所、70年間続けた目視を打ち切り」(asahi.com)
『気象庁は26日、70年間にわたって続けてきた富士山頂(3776メートル)の富士山測候所での風と目視による天気の観測を打ち切った。9月末で無人化されるためで、今後の観測は気温、気圧などが自動観測機器によって続けられる。現在常駐している職員4人は、9月30日に下山予定。
 測候所は1932年、当時の中央気象台が臨時観測所として設立した。65年には富士山レーダーが完成して太平洋の台風を監視してきたが、気象衛星などの充実により、99年にレーダーの運用も終了した。』

そういうことなら仕方がないなと思う。長い間おつかれさまでした。

2004-08-28(83日目/土曜/曇り時々晴れ)
 ガスったり、晴れたりの繰り返し。ガスは湿気が多く、包まれると霧雨のようになった。
 そんなキレット小屋を少し高いところから見てみた。信州側は雲海で真っ白。黒部側は雲がない。信州側の雲海は、少しずつ高度を上げてきて、北アの主稜線を乗り越えようとしてくる。それはまるでコップの水が溢れだすときのよう。高度の低いキレット周辺でこぼれた雲は、滝の様に黒部の谷に流れていった。台風の雲が押し寄せてくるのをこの目で見ているようであり、圧巻で壮観な眺めだった。
 写真は滝雲。奥が五竜岳。

キレット小屋は、五竜、鹿島槍のどちらに行くにしても時間がかかるので、お客さんの朝の出発は早い。晴れていれば、6時くらいにはみんな出払ってしまう。朝食を頼まないで、前日のうちに弁当をもらい、5時には出てしまう人も多い。
五竜山荘などでは、日の出を頂上で見て、降りてきてから朝食。あとは下山するだけだから小屋でもゆっくり、という人も多いらしく、その点、キレットは小屋の側から見ると(後片付けや掃除などが)楽だなあと思う。<★滝雲1><★滝雲2>

2004-08-29(84日目/日曜/曇り時々晴れ)
 昨夜、雲が切れて晴れ間が出た。外に出ると満月に近い月がまばゆく光っていた。月明かりに照らされる鹿島槍とキレットの岩壁、そして眼下に広がる雲海。昼間と見えているものは同じはずなのに、全く異なる印象を受けた。
今日もガスったり、晴れたりの一日。南東よりの風は強い。歩けないほどの荒天ではなかったのだが、台風を警戒してか、 今日は宿泊客なし。
 夕方ガスは切れ、夕陽がきれい。久しぶりの夕陽。6月と比べると、沈む位置がだいぶ南に移動してきた。
時は流れ、季節は移っていく…。

# ウラタ 『下山したようですね。お疲れさま。毎日のキレット便りは自分までもがキレット小屋の辺りにいるような気持ちになり周辺の風景が頭に描かれてとても癒されました。有り難う。』(2004/09/02 09:05)

<★月とキレットの岩壁>(撮ってはみたが、やっぱり真っ暗で何も分からない)

2004-08-30(85日目/月曜/曇りのち雨)
 朝、起きると意外なほど天気が良かった。日の出こそ微妙な雲加減で見られなかったが、青空が広がっていた。
 しかし、8時頃からはガスが増えはじめ、昼過ぎにはすっかり視界は閉ざされてしまった。
 午前中に急いで通過してしまおう、という登山者が何人か通り過ぎていった。ただ、宿泊客は今日もなし。
 動きが遅く、じわじわと接近してくる台風。少しずつ雲が増え、風が強まり、雨が降りだすにつれ、何故かわくわくしてくる。こんな台風を山でやり過ごすのは、初めての体験。
 18時頃から雨。いよいよか。ほぼ全ての雨戸を閉め、完全防御態勢で臨む。

今日、キレット小屋で泊まってしまうと、明日はどちらに行くにしても動きようがないだろう。嵐が来る前に通過してしまうのは、賢明と言える。
台風16号は、9時半ごろ鹿児島県上陸。日本列島を縦断するように進んだ。
写真は、雨戸とシャッターを閉め、完全防御体制のキレット小屋の様子。<★机を返して><★窓に板を>

2004-08-31(86日目/火曜/雨のち晴れ)
台風は去り、青空が戻った。
キレット小屋最後の夜。
最後の夕陽。

# フジタ 『お疲れ様 下山は気を付けて』(2004/08/31 23:21)
# えり 『こんにちは。初めまして。「キレット便り」楽しく読ませていただきました。お疲れさまでした。』(2004/09/01 00:03)

夜中、ずっと雨は降っていたが、4時になり急に強まった。二階は揺れ、風は轟々とうなり、雨戸は震えていた。ちょうどこの時間、台風は能登半島に最接近していたようだ。
この山域の特徴として、台風は近づいてくるときよりも、過ぎた後の吹き返しの風のほうが怖い、ということがあげられる。台風本体は通過しても、台風一過の青空となるまでに、少なくとも半日はかかるのだ。
実際、この日も風がおさまったのは、14時過ぎてから。午前中は雨戸も開けられず、真っ暗な中でひたすら嵐が過ぎ去るのを待っていた。<★最後の夕陽>
8月の天気。
晴天8日、曇天16日(うち6日は一時雨)、雨天7日。
→一時雨を含めると、雨の日が42%。

2004-09-01(87日目/水曜/晴れ)
下山の朝。
新しい一日のはじまり。
新しい生活のはじまり。

# たかぎ 『希望に満ちた3行の言葉に、こちらまでわくわくした気持ちになりました。新たなチャレンジ頑張ってください。』(2004/09/01 12:59)
# k-nako 『透明な山の空気に触れるようなキレット便り。毎日ありがとうございました。これからの山もどうぞお気を付けて。』(2004/09/01 13:18)
# 朝岡 『仕事の邪魔をしに行けなかったのが残念。この夏に新しい出会いはありましたか?私は無かったよ。』(2004/09/01 17:32)
# きのぽん 『私も新生活はじめました。詳しくは個人メールで。』(2004/09/01 19:02)
# えのきど。 『3ヶ月間お疲れ様でした。』(2004/09/01 23:21)
# カミヤ 『無事下山しました。多くの方にコメントいただき、ありがとうございます。下界での生活に早く復帰しなくては、と思っています。』(2004/09/02 19:02)

<★下山の朝1><★下山の朝2>


「雲の上の八十七日」の表紙へ