雲の上の八十七日〜キレット小屋 後編〜
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2004-08-07(62日目/土曜/晴れのち曇り一時雨) 再上山の日。 遠見尾根から五竜経由でキレットへ。 8時20分テレキャビン下車。10時50分〜11時20分五竜山荘。13時50分キレット小屋。 歩きだしは天気が良くて暑いくらいだったが、五竜を出た頃から雨が降りだした。北尾根あたりでは雷も鳴りだす。この辺は完全に稜線上で、雷に対する逃げ場がない。ハイマツにもぐってしばらく待って、走り、岩陰に隠れてはまた走り、という感じ。音が結構近かったので、いつ落ちてくるか、気が気じゃなかった。 五竜岳への登りは残雪が消えて随分変わっていた。夏道の方が迷いやすく感じた。
2004-08-08(63日目/日曜/晴れのち曇り一時雨) 朝、すっきり晴れるが、次第に雲が増える。13時30分から断続的に夕立。時折雷も。 結局、下山中も雨は降らなかったようで、水は不足気味。少々の夕立程度では、足しにはならず。19時頃にはまた晴れる。 昨日は私が到着する前にヘリ荷揚げがあった。今回は一便のみ。食料と燃料が中心。 街でヤマケイJOYを見た。北アルプス北部特集だったので買ってきたのだが、八峰キレットはきれいに紹介コースから外されていた。まあ、初級者には少し厳しいコースだとは思うが、何か寂しい気もする。
2004-08-09(64日目/月曜/曇り一時雨) 朝、一時晴れたが、一日雲が多い。 白馬の街は、昨日も今日もどしゃぶりだったそうだ。下界はいいから、山で降ってほしい。と、思ったら、16時頃からまとまった雨。かなり強い降りとなる。ここまでちゃんと降るのは、約2週間ぶりか。 2時間程で雨は止むが、水は1t以上溜まった。これで、多少だが水不足も解消。 世間はそろそろお盆休みに入るのだろうか。今日は昨日の日曜より宿泊が多くなる。朝から曇っていたので、計画の行程を途中でやめて、キレット小屋泊まりにした人も多いのかもしれない。
2004-08-10(65日目/火曜/曇り時々雨) 朝から雲が多い。ときどき、霧雨程度の雨も降る。 寒冷前線通過のため、今日は寒い一日。フリースが欲しいくらい。 天気のせいか、通過も宿泊も少ない。昨日の多さは何だったのか、という感じ。明日は晴れそうだが、週末は微妙な天気。今週末が忙しさのピークになる、はずなのだが…。 《小屋周辺で今見られる花-6-》 ・ミヤマアキノキリンソウ トウヤクリンドウとならび、これも秋の花なのだが、7月末には咲いていて、今が盛り。もう、夏は終わったのか。 # フジタ 『秋の気配ですね。しもやけに注意!』(2004/08/11 08:52)
2004-08-11(66日目/水曜/晴れ時々曇り) 気持ちの良い、快晴の朝。じっくり布団を干す。これだけすっきり晴れるのは久しぶり。 午後から鹿島槍北峰へ。花を探しながらのんびり歩く。しかし、見られるのは秋の花がほとんど。朝晩も冷え込むようになってきたし、天気図上でも太平洋高気圧が見えなくなった。陽射しが強くても、以前のように汗だくになることはない。東京は真夏日が続いているらしいが、山には確実に秋が迫っている。 夕方、雲海の向こうにきれいな夕陽が落ちた。お客さんと一緒に、じっと見つめていた。穏やかに山の一日は過ぎていった。
2004-08-12(67日目/木曜/晴れ) 今日も朝から晴れ。 キレット小屋に入って初めての日の出を見る。この小屋は、日の入りは正面に見ることが出来るのだが、日の出は裏側に当たるため、登山道を少し歩くか、ヘリポートに登らないと見られない。 今までチャンスがなかったのだが、今日は準備を整えて、日の出を待った。 風が冷たく寒い中、30分待って5時に太陽が顔を出す。日の入りもいいけど、日の出はまた違った良さがある。 写真はヘリポートからの日の出。
2004-08-13(68日目/金曜/晴れのち曇り) 朝は晴れるが、午後になり黒部側からガスが出た。最近、信州側からガスになることが多かったが、今日は信州側は晴れていた。 今日は今シーズン最多宿泊数となった。客室の定員を考えると、まさにギリギリの人数。これ以上増えたら、食堂や廊下を使ってもらうしかない状態。 それにしても、昨日はこの3分の1以下だったのに、どうしてこう急に増えるのか。 お客さんには相当窮屈な思いをさせて申し訳ないと思うけど、たまたま混雑する日に泊まることになったのをあきらめてもらうしかない。残念ながら、スペースは限られているのだから。
2004-08-14(69日目/土曜/曇りのち雨) 前線の南下にともない、一日ガス。ときどき霧雨。夜になり激しく降る。気温は低く、息が白くなるくらい。 午前中、通過客が続々と来るが、宿泊はさっぱり。昨日と比較すると、あまりの違いに愕然とする。 宿泊数は約5分の1。半分が素泊まりなので、夕食数は8分の1。朝食にいたっては、たった2食のみ。 昨日のあの混雑と忙しさは、いったい何だったのだろうと思ってしまう。 今日ってお盆の中日で、土曜のはずなのだけど…。雨は降っているし、寒いのも確かなのだけど…。
2004-08-15(70日目/日曜/雨のち晴れ) 雨は夜中激しく降ったが、朝7時頃から雲が切れ、雨も止んだ。 この雨が空気中のチリを吹き飛ばしてくれたのか、その後一気に視界が広がった。毛勝三山の向こうに能登半島がくっきり見える。キレット小屋に入って50日以上が経つが、ここまで見えるのは初めてのことである。双眼鏡でのぞくと、富山湾に浮かぶ舟まで見えた。 山小屋で毎日同じような生活をしているが、まだまだ新しい発見はあるものだ、と思った。 阿曽原温泉の煙らしきものさえ見えた。後半天気が回復したこともあり、宿泊数もまずまず。何かほっとした。
2004-08-16(71日目/月曜/晴れ時々曇り) 昨晩、長野の街の方に花火が見えた。遠くて小さかったけど、上から見る花火というのも新鮮に感じた。 今日は、雲が多いが概ね晴れ。しかし、空は完全に秋の空で、風は冷たい。多くの登山者が防寒具として雨具を着ていた。 朝、浅間山から噴煙があがっているのが見えた。いつもはガスっぽくて、噴煙か雲か分からないことが多いが、今日ははっきり見えた。これも昨日言った“新しい発見”の一つ。 お盆過ぎて、通過客も減る。山小屋の忙しさのピークは越えた感じである。
2004-08-17(72日目/火曜/雨) 朝7時頃から雨。一日激しく降り続く。 通過客もほとんどなく、宿泊もわずか1名のみ。これほど静かなのは6月以来か。 昨日から某登山地図の執筆者がご宿泊。常駐隊の人と、地図の修正箇所などについて話をしている。多くの人がその記述を信頼して、利用しているものだけに、細かいところまで相当神経を使わなければならず、とても大変な作業だなと思った。 台風が接近しつつあるし、荒天はしばらく続きそう。
2004-08-18(73日目/水曜/雨のち晴れ) 前線と台風15号の影響で、一日、雨が降ったり止んだり。時折、かなり強く降ることがある。風は一日中強い。 昨日宿泊したお客さんは、朝出発したが、あまりの風雨により、途中で引き返してきた。 今日は、通過客もいないか、と思っていたが、五竜方面から続々と歩いてきた。中には10人くらいのグループも。少ないながら、宿泊客も数人あった。 夕方には雨風ともにおさまり、なぜか静かになる。
2004-08-19(74日目/木曜/晴れのち曇り夜雨) 台風が近づいてきているはずなのに、午前中は異様なほど天気が良かった。ほぼ快晴の空、まるで夏が戻ってきたかのような暑さ。風も暖かく穏やか。 ただ、雲の動きの速さだけが、何かが迫っていることを暗示させていた。 午後になり、徐々に信州側から雲があがってきた。 台風は今夜日本海に入るらしい。強風を警戒して、富山(西)側の雨戸を閉める。小屋の前にあるベンチも飛ばないようにひっくり返しておく。 18時30分、雨が降り出してきた。剱方面の視界は開けているが、雲は猛烈なスピードで流れていく。夕陽が雲を不気味に照らす。
2004-08-20(75日目/金曜/曇りのち晴れ) 朝になっても強風が続いている。夜中もかなり激しい風が吹き、2階の床が揺れているように感じた。 台風はすでに通過してしまっているが、吹き返しの西風が強い。 雨はそれほど降らなかったのか、信州側の水タンクの水量はあまり増えていなかった。 昼になると風は弱まってきた。夕方には一時陽も射し、夜は星空になった。 昨日宿泊のお客さんも、朝食は摂ったものの出発の気配がなく、今日は通過客すらないかな、と思っていた。 しかし、午後風がおさまったためか、宿泊数は意外に多くなった。
2004-08-21(76日目/土曜/曇り) 台風一過の青空、とはならず、一日雲の多い天気。午後からはすっかりガスに包まれた。 台風の風で飛ばされた一斗缶を拾いに、小屋の前の沢を下る。登山道のすぐ下だったのだが、ふと見ると、ボルダリングができそうな恰好の岩を発見。岩は硬くてホールドもあるのだが、問題はその場所。落ちたら沢を下まで滑落しそうだし、他の登山者からもまる見え。もうちょっといい場所にあれば、毎日でも登るのに…。 《小屋周辺で今見られる花-7-》 ・タカネマツムシソウ 紫色の大きな花はよく目立つ。キレットから鹿島槍へ向かう途中の崖にたくさん咲いている。近寄れない場所にあるというのがまた良い。
2004-08-22(77日目/日曜/曇りのち雨) 朝から曇り。13時頃から雨となる。しかし、視界は晴れており、剱方面の展望は広がっていた。 陽射しがなく、雨も降っているため寒い。すっかり秋山である。ニュースでも「秋雨前線が停滞し」と言っている。8月とはいえ、防寒具は必須の状況。 今日は意外に通過、宿泊ともに多かった。しかし、寒いためジュース、ビール類はほとんど売れず、コーヒーやカップラーメンが飛ぶように出ていく。こういうところを見ても、夏は終わったな、と感じる。
2004-08-23(78日目/月曜/曇り時々雨) 雨が降ったり止んだりの繰り返し。時折激しく降ったり、ガスが切れて視界が広がったりする。風はそれほど強くはない。 夏山常駐隊が任務終了。今年は、幸い死亡につながるような大事故はなかったものの、体調不良や遭難未遂はいくつかあった。また、登山道の整備も行われ、古いクサリや支点が新しいものに交換された。 こういう地元の人の力に支えられて山の安全が保たれていることを知った。 台風17号が接近しつつあるが、それより気になるのが16号。今朝の時点で920hPa。「猛烈な」強さ。こんな強力な台風は近年記憶にない。 # フジタ 『16号くれぐれも気を付けて。』(2004/08/24 08:30)
2004-08-24(79日目/火曜/曇り時々雨) 今日も朝から曇り。ときどき雨。11時頃一時明るくなったが、13時頃から寒冷前線の通過により、強風と大雨。雨は夜まで続く。 通過客はたった1名のみ。10時半頃、五竜山荘から2名宿泊のお客さんがキレットに向かった、と無線が入った。17時半頃到着したこの2名が、今日の宿泊客の全て。遅くはなったが、この嵐の中、無事小屋まで来てくれたので、ほっとした。 山小屋生活も残り一週間となった。ぐずついた天気が続き、外にも出られない毎日だが、残りの一日一日を大切にしていきたい。
2004-08-25(80日目/水曜/曇りのち晴れ) 移動性高気圧に覆われるが、予想外に雲が多い空。時折、青空がのぞくも、またすぐにガスに包まれてしまう。 夜になるときれいに晴れて、鹿島槍北峰の真上に月が浮かんでいた。しばらく見ていると、月は頂上付近に沈んでいった。日没はよく見るけれど、月が山の頂上に沈むのを見るのは初めてかもしれない。月のまわりには大きな笠が出来ていた。 月の残照、頂上を取り囲む巨大な半円。それが徐々に沈んでいく様は、まさに幻想的な光景だった。写真に撮れないのが残念。 キレット生活も残り6日。あと何回こんな感動を味わえるだろうか。
2004-08-26(81日目/木曜/晴れのち曇り) 朝は晴れ。月曜から悪天のため順延になっていたヘリが、今朝になりようやく飛んだ。食糧と燃料で1便のみ。布団も14日ぶりに干す。しかし、すぐに雲が増えて日が陰ってしまった。 午後は鹿島槍南峰へ。この先天気が悪くなりそうなので、ラストチャンスと思いダッシュ。3ヵ月の高所トレーニング(?)の成果を試してみる。 キレット小屋から南峰まで28分。往復58分。目標だった1時間は切れたが、下りに予想以上の時間がかかってしまった。 これで、下界に降りたら、軽快に走れるようになるのだろうか(少し疑問…)。
2004-08-27(82日目/金曜/晴れのち曇り) 昨夜、雨が少しパラついた。朝は晴れるが、黒くて嫌な雲が少しずつ増えていった。 午前中には信州側がガスに包まれ、南東風に変わった風が、黒部側に雲を運んでいった。 毎日、ラジオの気象通報で天気図を取っているのだが、昨日から富士山の情報が気温のみになり、風向風力を言わなくなった。観測方法の一部変更がその理由。しかし、富士山の風向風力というのは、低気圧の接近を判断したりする上で、非常に重要な情報だと思う。他はともかく、富士山の情報は減らして欲しくなかった。
2004-08-28(83日目/土曜/曇り時々晴れ) ガスったり、晴れたりの繰り返し。ガスは湿気が多く、包まれると霧雨のようになった。 そんなキレット小屋を少し高いところから見てみた。信州側は雲海で真っ白。黒部側は雲がない。信州側の雲海は、少しずつ高度を上げてきて、北アの主稜線を乗り越えようとしてくる。それはまるでコップの水が溢れだすときのよう。高度の低いキレット周辺でこぼれた雲は、滝の様に黒部の谷に流れていった。台風の雲が押し寄せてくるのをこの目で見ているようであり、圧巻で壮観な眺めだった。 写真は滝雲。奥が五竜岳。
2004-08-29(84日目/日曜/曇り時々晴れ) 昨夜、雲が切れて晴れ間が出た。外に出ると満月に近い月がまばゆく光っていた。月明かりに照らされる鹿島槍とキレットの岩壁、そして眼下に広がる雲海。昼間と見えているものは同じはずなのに、全く異なる印象を受けた。 今日もガスったり、晴れたりの一日。南東よりの風は強い。歩けないほどの荒天ではなかったのだが、台風を警戒してか、 今日は宿泊客なし。 夕方ガスは切れ、夕陽がきれい。久しぶりの夕陽。6月と比べると、沈む位置がだいぶ南に移動してきた。 時は流れ、季節は移っていく…。 # ウラタ 『下山したようですね。お疲れさま。毎日のキレット便りは自分までもがキレット小屋の辺りにいるような気持ちになり周辺の風景が頭に描かれてとても癒されました。有り難う。』(2004/09/02 09:05)
2004-08-30(85日目/月曜/曇りのち雨) 朝、起きると意外なほど天気が良かった。日の出こそ微妙な雲加減で見られなかったが、青空が広がっていた。 しかし、8時頃からはガスが増えはじめ、昼過ぎにはすっかり視界は閉ざされてしまった。 午前中に急いで通過してしまおう、という登山者が何人か通り過ぎていった。ただ、宿泊客は今日もなし。 動きが遅く、じわじわと接近してくる台風。少しずつ雲が増え、風が強まり、雨が降りだすにつれ、何故かわくわくしてくる。こんな台風を山でやり過ごすのは、初めての体験。 18時頃から雨。いよいよか。ほぼ全ての雨戸を閉め、完全防御態勢で臨む。
2004-08-31(86日目/火曜/雨のち晴れ) 台風は去り、青空が戻った。 キレット小屋最後の夜。 最後の夕陽。 # フジタ 『お疲れ様 下山は気を付けて』(2004/08/31 23:21) # えり 『こんにちは。初めまして。「キレット便り」楽しく読ませていただきました。お疲れさまでした。』(2004/09/01 00:03)
2004-09-01(87日目/水曜/晴れ) 下山の朝。 新しい一日のはじまり。 新しい生活のはじまり。 # たかぎ 『希望に満ちた3行の言葉に、こちらまでわくわくした気持ちになりました。新たなチャレンジ頑張ってください。』(2004/09/01 12:59) # k-nako 『透明な山の空気に触れるようなキレット便り。毎日ありがとうございました。これからの山もどうぞお気を付けて。』(2004/09/01 13:18) # 朝岡 『仕事の邪魔をしに行けなかったのが残念。この夏に新しい出会いはありましたか?私は無かったよ。』(2004/09/01 17:32) # きのぽん 『私も新生活はじめました。詳しくは個人メールで。』(2004/09/01 19:02) # えのきど。 『3ヶ月間お疲れ様でした。』(2004/09/01 23:21) # カミヤ 『無事下山しました。多くの方にコメントいただき、ありがとうございます。下界での生活に早く復帰しなくては、と思っています。』(2004/09/02 19:02)
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