雲の上の八十七日〜五竜山荘〜

”#”は日記につけられたコメント
<★>はデジカメ写真へのリンク


2004-06-03(0日目/木曜/晴れ)
 しばらくの間、ブックニュースの更新をお休みします。代わりに山小屋便りをお伝えできたら、と思います。
 まずは、白馬駅からの五竜方面の写真を。

携帯電話からウェブ日記を更新するに当たって、今まで「クライミング・ブック・ニュース プラス」として、本の紹介をしていたサイト(はてなダイアリー)を代用した。
ちなみに、五竜山荘、キレット小屋ともに、小屋の中からは携帯は入りにくかった。五竜山荘は玄関先ならなんとか入る。キレット小屋は客室はほぼ圏外。外に出て、長野の街が見える場所まで移動すれば、通じるようになる。
稜線上も(すべて確認したわけではないが)長野側に開けた場所なら通じた。五竜から鹿島槍の主稜線なら、通じにくいと思っても、少し動けば、たいてい通じる場所に出る。
また、写真を送る「iショット」は、完全に開けた場所に出ないと通じなかった。キャリアで言えば、ドコモ以外はかなり入りにくい。ドコモでもFOMAは圏外。

2004-06-04(1日目/金曜/晴れ)
 今日は八方尾根から五竜へ。丸山への登りと五竜への縦走路には残雪あり。ストックくらいあったほうがいい。雲一つない快晴で気持ちいい。
 五竜山荘到着。着いてすぐ従業員用風呂に入れるというのが幸せ。今日はまだ宿泊客はいない模様。明日土曜から本格始動か。

リフトを降りて、1時間半で唐松頂上山荘。小屋の主任ともう一人のバイトが遅れているので、1時間半待つ。
頂上山荘から五竜山荘までは1時間15分で到着。
この時点で、五竜山荘は、社員2名、バイト4名の6人体制。
ちなみに、風呂は従業員専用ですので、お客さんは入れません。念のため。

2004-06-05(2日目/土曜/晴れ一時曇り)
 昨日の宿泊客5名。今日7名。
 午後一時ガスが出たが、夜また快晴。
 ガスの流れゆく様を見ているのもまた楽し。

今日から、小屋の仕事を始める。食事作りや掃除など。覚えることがたくさんあるが、お客さんが少ないのでまだ余裕。
写真は、白岳から唐松岳方面。<★唐松岳方面>

2004-06-06(3日目/日曜/曇り時々雨)
 梅雨入り。こちらも10時頃から雨で、降ったり止んだり。
 今日たまたまTVで「山小屋の食卓」というのを見た。西穂山荘の話で、ここと規模は違うが、やっていることはあまり変わらないと思った。

五竜山荘ではTVが映り、夕食時はお客さんも見ることができた。ただし、電波受信の関係で、2-3局しか入らない(キレット小屋には従業員部屋のみにTVがあったが、あまりにも画像が悪く、ほとんど見なかった。映るチャンネルも1局だけ)。
このときの番組は、TV朝日系「いまどき!ごはん」の6月6日放送分「西穂山荘での食卓風景」(一億人の食卓→BackNumber2004.06.06)だった。
水を節約するために洗いの水を溜めておくとか、圧力釜でご飯を炊くとか、食事の出し方とか、そういうのは、同じように見えた。
ちなみに、五竜山荘およびキレット小屋での食器洗いの方法は、以下の通り。
大きなたらい二つにお湯を張っておき、ひとつは洗い用、もうひとつがすすぎ用とする。洗い用には洗剤を入れ、同じ水で何枚も何十枚も食器を洗う。洗った食器はすすぎ用たらいに入れてすすぐ。すすぎ用のお湯は、なるべく熱くしておき、熱湯消毒もかねる。洗い水が汚れてきたら、その水は捨てて、すすぎ用に使っていた水を洗い用に移す。お湯は湯煎釜で常に確保しておく。
この日、近畿〜関東で梅雨入り。翌日は、北陸・東北が梅雨入り。

2004-06-07(4日目/月曜/曇り時々雨)
 一日ガス。時々雨。
 そもそも遠見尾根のテレキャビンが25日まで運休していて五竜を訪れる人は少ないというのに、この天気では誰も来ないのも当然か。
 逆に静かな山を楽しむには今が狙い目の時期かもしれない。

テレキャビンの運行は、基本的には通年営業だが、5/24〜6/25、10/25〜11/19の間が運休となる(2004年)。
もちろん、テレキャビンを使わずに歩いて登ることも可能だが、スキー場のゲレンデを登ることになるので、結構大変。特に、下りは膝への負担が大きい。
そのため、この時期に五竜に来る人は、八方尾根を登り、唐松経由で五竜岳、そしてまた八方に下山するパターンが多い。
白馬五竜テレキャビン運行のご案内

2004-06-08(5日目/火曜/雨)
 日中ずっと雨。風も強い。しかし18時頃になり一気に雲が切れた。
 今日はヘリ荷揚げの予定だったが明日以降に延期となった。
 明日は晴れそう。

もしヘリが飛ぶとしたら、4時半天候確認、5時作業開始となるため、4時起きして待機する。この日は最初から飛びそうにもなかったので、一旦起きたが、途中で部屋に戻って寝なおし。
写真は、小屋付近にいたライチョウ。<★ライチョウ>

2004-06-09(6日目/水曜/曇り)
 上層と眼下に雲。山はいい感じなのだが、街から見ると雲が多くて、ヘリは飛べないらしい。
 黒部側は晴れていて、信州側は曇っている。後立の稜線が丁度境界。
 朝4時から待機していたが結局飛ばず、また順延。

今日も4時から起きてヘリのために待機。しかし、飛ばない。
厨房に無線があって、そこに連絡が入るので、ひたすら厨房で待たなければならない。お客さんが来ればそれなりにやることもあるのだが、それもないので、読書をしつつ無線を待つ。合間に窓枠拭きなどをする。

2004-06-10(7日目/木曜/曇り時々晴れ)
 小屋にとってヘリ荷揚げは一大イベントである。今日も朝4時に起きるが、昨日と同じく信州側はガス。
 今日もダメかと思い、7時頃朝食の準備をしていると、無線が入った。今から飛ぶ、とのこと。作業中断して出迎え。約1時間で5往復して、食糧や布団などを置いていった。
 久々(初めて?)の慌ただしい時だった。その後、全面的にガスって来たので、まさに一瞬の晴れ間を縫っての作業だった。

ヘリが荷を下ろしたら、総がかりで小屋の中に急いで運ばなければならない。5便連続で来るので、次の便が来るまでにヘリポートのスペースを空けなくてはならないからだ。
荷が着いたら、食糧などの入ったダンボールを持って走り回る。5便すべてが終了してから、揚がってきた荷を仕分けして、所定の場所に運ぶ。

2004-06-11(8日目/金曜/雨)
 10時頃から雨。シトシト降り続ける。台風と前線の影響らしい。風雨はこれから強くなりそう。
 山小屋に来て一週間。未だ、目の前にある五竜岳に登っていない…。
 往復1時間半くらいだが、なかなかチャンスがない。

五竜山荘では、従業員用夕食は、バイトが一人一品何か作ることになっている。幸い、厨房には料理のレシピ本が何冊かあるので、それを見ながら、なんとかしている。
天気も悪いし、お客さんもほとんど来ないので、今一番頭を悩ませているのが、この夕食のメニュー。ある程度食材が決まっているので、どうしても作れるものが限られてきてしまうのだ。

2004-06-12(9日目/土曜/雨)
 朝から霧雨で視界が悪い。雨のピークは昨晩で、かなり激しく降っていた。
 水源が乏しく、雨水に頼っているこの小屋は、普段は、節水節水、と言われている。しかし、今回のような雨が降れば、タンクの水は溢れる程溜まる。そういうときは、2日に一度の風呂でも、遠慮なく水を使えることになる。まさに恵みの雨、である。

もちろん、宿泊客用の風呂はない。それほど水に余裕はないのだ。従業員は風呂に入れるが、それでも2日に一回。水がなくなれば、3日、4日に一回ということにもなってくる。「遠慮なく」と言っても、今後のことも考えると、水の使い方には注意しなくてはならない。

2004-06-13(10日目/日曜/晴れ時々曇り)
 久々に陽光降り注ぐ清々しい朝。ただ風が強く、気温が低い(朝2℃くらい)。
 夕方、雲一つない快晴となる。ここに来て初めての日本海を見た。
 太陽は剱岳の向こうの海に沈む。空は赤く染まり、眼下の稜線を低い雲が流れていった。あまりにも美しい世界。ここに来て良かった、と思った。涙が出そうだった。

小屋付近は、ちょうど風の通り道となっているようで、夕陽を見るためにじっとしていると非常に寒い。わずか5分登ったところにある白岳に行くと、風はおさまり、じっくり夕陽を楽しめる。<★夕陽(左は毛勝三山)>

2004-06-14(11日目/月曜/快晴)
 夕方一時ガスがかかるが、ほぼ一日快晴。風がないので昨日より穏やかに感じる。
 朝、学生ワンゲルの時の友人が小屋来訪。千葉からわざわざ来てくれた。感激。彼のサイト「藤田錦一ギャラリー」はClimbing Libraryメインサイトのリンクからどうぞ。きっとそのうち、唐松・五竜周辺の素敵な絵が飾られることになるでしょう。
 その後、五竜岳山頂に初めて登ったのだが、その時の話はまた明日。

藤田錦一ギャラリー
(8月15日付で、このときのモチーフによる「唐松岳・朝」という作品が掲載されています。)

2004-06-15(12日目/火曜/曇りのち晴れ)
 雲が多く、風が強い。そして寒い。
 昨日、初めて五竜岳山頂に登った。小屋に入って11日目にしてようやくチャンスがきた。一部鎖場があったりして、岩っぽく、登っていて楽しい山だった。一ヶ所残雪と岩の境を歩くような所があった。
 約25分で登頂。上まで行くと視界が広がり、今まで見えなかった北アの稜線が目に飛び込んできた。八峰キレットから鹿島槍、そして遠くに槍ケ岳の尖峰が見える。東に目を向けると、八ケ岳、南ア、富士山も見える。西はもちろん、剱岳、立山が大きくそびえている。
 北アの稜線を眺めていると、このまま槍ケ岳まで歩いて行きたい衝動にかられる。五竜の岩壁を観察して、来春はぜひこの岩に挑戦してみたいと思った。
 ずっと小屋内で待機か、付近の散歩がせいぜいだったので、こんな絶好の天気の日に山頂に登れたのは、いい気分転換になった。

朝食後、乾燥室の整理と空き缶袋作りを行う。空き缶袋は針金ネットを縫うようにして自作。小屋で出た空き缶はすべてヘリで荷下げして、下界で処理される。
写真は、白岳から五竜山荘と五竜岳方面。<★五竜山頂から鹿島槍方面><★五竜山荘と唐松岳方面>

2004-06-16(13日目/水曜/快晴)
 朝から雲一つない快晴。ただ風が強いので、寒く感じる。風のない所では、ぽかぽかと暖かい。
 雨が降り、気温も上がると、小屋周辺の残雪が日に日に融けていく。それとともに多くの花が咲き始めた。外を歩くと、昨日見た時にはなかったのに、という花がいくつも見つかる。今後、不定期でいくつか紹介していきたい。

《小屋周辺で今見られる花-1-》
・ハクサンシャクナゲ
 白いツツジのような花。ハイマツ周辺に群生していて、今、一番よく目立つ。日毎に咲く数が増えている。

#フジタ 『あったねえ。ハクサンシャクナゲ。僕は今回初めて見ましたよ。』(2004/06/16 22:31)

自炊室の整理を行う。冬の間は、窓から雪が侵入していたらしく、ひどく湿っている。床の一部は腐って抜けそう。掃除をして、何とか使えるようにした。

2004-06-17(14日目/木曜/晴れのち曇り)
 多少雲が多いがほぼ快晴で、風も弱く穏やかな朝。が、午後から雲が増え、14時過ぎ、一面のガスに包まれる。
《山小屋でペットボトルを売るということ-1-》
 今日、北アの縦走中という人が小屋に立ち寄った。水をペットボトル(PB)で買おうとしたので、容器があるなら、水だけで買えますよ、と教えてあげた。その人は水だけで買えることを知らなかったらしく、PBをやめて水だけ買っていった。
 そうしたら後で小屋の人に怒られた。余計なことは言うな、小屋で水を買えることを知らないのが悪い、ということらしい。[つづく]

2004-06-18(15日目/金曜/曇り時々雨)
 朝から曇り。ときどき雨がぱらつく。
《山小屋でペットボトルを売るということ-2-》
[前日のつづき]確かに、商売を考えると高い物を売った方が利益になるのは分かる(PB500ml:200円、水1リットル:100円)。でも、選択肢として、知らないことを教えるのもいけないことなのだろうか。それに、環境面から考えて、PBはいいことがない。空容器はゴミになるし、補充のためにはヘリを飛ばさなくてはならない。水があるのを知っていて、PBを買うのなら仕方がないとは思うが…。
 ここでネパールのことを持ち出しても意味がないかもしれないが、あっちでは環境団体とかロッジが、PBのミネラルウォーターは(ゴミになるから)なるべく売らないようにしていた。それは日本には当てはまらないのだろうか。
 自分が客の立場だったら教えてもらいたい、小屋の主人だったら教えてあげると思う。それが親切なのではないか。山小屋で商売するのは難しい、と思った。

《山小屋でペットボトルを売るということ-補足-》
この後、約3ヶ月山小屋で生活して感じたことを補足しておく。
商売の問題以外でも、ペットボトル入りのミネラルウォーターを売る必要に迫られる場合がある。雨が長期間降らないなどで、天水が不足気味のときだ。こういうときは、売って下さいと言っても売りようがないので、ペットボトルの水を買ってもらうしかない。宿泊客を優先させるため、特に通過のお客さんには水を売れなくなることがある。
また、夏の暑い時期に感じたのは、「冷たい水が欲しい」ということで、冷蔵庫で冷やされたミネラルウォーターを買っていくお客さんが結構いる、ということ。確かに、ほかのジュースが350mlで400円することを考えると、500mlの200円(キレット小屋では250円)のミネラルウォーターを買いたくなる気も分かる。
あと、小屋に泊まって、天水は無料でもらえるのに、あえてミネラルウォーターを買っていく人もいる。気持ちの問題だろうが、普段からミネラルウォーターを飲みなれている人にとっては、雨水、もしくは雪渓の水というのに抵抗があるのかもしれない。
ともかく、日記で書いているように、ペットボトルの水が必ずしも悪だ、と言うわけではないことは分かった。でも、ミネラルウォーターもあるけど、天水もありますよ、という選択肢を与えるのは今でも間違っていないと思う。

2004-06-19(16日目/土曜/曇り時々晴れ)
 曇っていたが、夕方になり晴れ間がのぞく。
 毎日、小屋の外に出るたびに、何かしらの発見がある。今はとくに花だ。毎日新しい種類の花が咲き、前からある花もその数を増やしている。現在小屋周辺で咲いている花を列挙しておく(ただし、個体の判別には自信がないので間違っている可能性もある)。個々の詳細は後日。
 キジムシロ、イワカガミ、ミネズオウ、シナノキンバイ、イワウメ、ミヤマハタザオ、ウラシマツツジ、ショウジョウバカマ、ハクサンイチゲ、ミヤマガラシ、ミヤマタネツケバナ、ミツバオウレン、クロユリ、タカネスミレ。

この日、2回目となる五竜登頂。前回は急いで登ってしまったので、今回はゆっくり味わいながら登る。

2004-06-20(17日目/日曜/曇り)
 台風6号が近づいている。午前中、信州側はガスで、黒部側は海まで見渡せた。15時頃から2時間程雨。その後は陽も射す。黒部側は天気がいいので、夕日がきれい。条件がそろい、ブロッケンも見えた。
 今日も新たに咲いている花を3種発見。ジムカデ、イワツメクサ、タカネバラ。
 これで五竜山荘周辺で見られる花は全18種類となった。

《小屋周辺で今見られる花-2-》
・キジムシロ
黄色い花。ミヤマキンポウゲかもしれない。図鑑を見ても同じような花が多くて区別がはっきりしない。今目立つ黄色い花と言えば、これかシナノキンバイのどちらか。鮮やかな黄色が一面に広がっている。

ブロッケン現象が見られたのは、結局この一回のみだった。五竜山荘は地形的に雲と夕陽の位置関係が良いので、見られる可能性が高いかな、と思う。特に、山荘のすぐ裏の白岳に登ると見えやすいだろう。キレット小屋では、地形的に見えにくい。
ブロッケン現象とグリーンフラッシュ
この写真の花は、もう、確認のしようがないのだが、ミヤマキンバイだった気もする。でもウラジロキンバイかもしれず、結局良く分からない。

2004-06-21(18日目/月曜/雨)
 台風6号来る。朝から暴風雨。打ち付ける雨風で、山小屋全体が唸り声をあげている。
 午後になり、ますます激しさを増す。とくに2階にいると、床も壁も揺れ、まるで地震のように感じる。
 当然、外に出られる状態ではなく、お客さんが来るはずもない。テントだったら吹き飛ばされているだろうな、などと思いながら、一日過ごす。
 18時になると、風向きが変わり、風雨もおさまってきた。

台風6号は四国に上陸後、日本海へ。
あまりの風雨で、1階廊下の東側の窓から水漏れ発生。雑巾などを置いて対処する。
過去の台風の情報については、以下のリンクを参考に。
TRMM台風データベース
気象庁
気象人(過去の天気図など)


雲の上の八十七日〜キレット小屋 前編〜へつづく
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