アイスクライミングの愉しみ


千葉大学徒歩旅行部OB会会報「さるをがせNo.129」
2002年3月3日

 アイスクライミング(以下、アイス)は、両手のバイル(ピッケル)と両足のアイゼンを使って、凍った滝や氷柱などを登る登攀。私が今一番面白いと思っていることでもあります。
アイスの魅力は、「自分の力で登っている感覚」にあると思っています。登る対象が氷であるだけに、実際に見てみないと分からない部分が大きく、その場の状況判断を試されます。氷の発達具合は毎年違うし、登る時期によっても、氷の状態は変わってきます。そもそも、基本的には氷にバイルを打ち込んで(ある意味、氷を壊しながら)登るため、最初に登る場合と、2番目3番目に登る場合で、氷の状態が変わってしまうのです。つまり、通常の岩登りのように決められたルートを登るのとは違う、自分の力を存分に出しての登攀が要求されるのです。
 そんな自由なクライミング、そこに私は楽しさを見つけました。

 2002年も年が明けて、1月13日。三連休を利用して、南アルプスの戸台へ向かいました。戸台は、アイスのゲレンデとしては知られており、多くの人が訪れます。その中でも人気ルートとして知られるのが、「舞姫ノ滝」と呼ばれる氷瀑です。
 私がアイスを始めたのは、3年前。最初は八ヶ岳のジョーゴ沢で氷に触れ、次に戸台にやってきました。そのときは、クライミングそのものを始めて間もない時期で、何も分からずともかく先輩について、しゃにむに登っていました。それでも、「舞姫ノ滝」は印象的で、下から見たときの巨大さ、そして美しさは圧倒的でした。またそれを登る、ということが下から見ている限りでは自分の中で認識できず、先に登る先輩を見て、果たしてあれを自分もできるのだろうか、と思ったことを覚えています。

 あれから3年。少しは自分に自信がついた今、再びこの滝を登るチャンスが来ました。3年前はフォローで、上からロープで支えられている状態で登りましたが、今回はリード(先頭)です。同じように見えても、緊張感は全く違います。
 舞姫ノ滝は、3年前と同じく美しく蒼く輝いて見えました。全長数百mのルンゼですが、核心部となるのは約35mの氷の滝。その氷瀑の袂に着いた瞬間、「この氷を登りたい」という意識が、心の奥から湧き出てきました。その衝動は、言葉では言い表せませんが、無性にどうしても登りたい、と思ったのです。
 さっそく滝の下部に立ち、右手のバイルを氷に打ち込むと、その感覚が心地よく感じられました。そっと右手に体重をかけてみます。大丈夫だ、落ちることはない。大きな安心感を持って、さらに左手を打ち込みます。そして右足左足のアイゼンを蹴りこみます。基本的にはその繰り返しで高度を上げていきます。
 ただ登ればいいのなら、何も考えずに上を目指せばよいのですが、リードで登るには、安全のため、途中で支点をセットしていかなければなりません。片手で、バイルにぶら下がり、もう片方の手でアイススクリュー(ねじ込み式アンカー)を氷にねじこみます。これが難しいのです。しかし、ちゃんとセットしておかないと、もしも墜落したときに命に係わります。だんだん、腕が棒のように感じられ、体を支える力もなくなってくる、そんな状態で、支点をセットしつつ、あと一歩あと一歩と、少しずつ登っていくのです。
 バイルと身体をシュリンゲ(細引き紐)で結んで休んだり、スクリューに身体を預けたりして休むこともできます。しかし、それは(暗黙のルールとして)反則技とされています。できれば、休むことなく(フリーで)抜けたい、そんな気持ちがありました。
 35mほどの舞姫ノ滝ですが、中間部5mの傾斜が強く、ほとんど垂直のように感じられます。たかが5mですが、登っていると果てしなく長く思えるのです。油断して、打ち込みが弱くなると、バイルで体重を支えきれず、即フォール(墜落)に繋がるので、常に緊張の連続。休んでしまおうか、という弱い自分の心との闘いでもあります。
 それでも、一歩一歩進むことで、いつかは終わりがやってきます。滝の上の平らでゆっくり休めるところに到着。セルフビレイ(自己確保)をとって、ほっと一息。

 登りきったときには、全身に言い知れぬ充実感と疲労感がありました。疲れて身体はフラフラな状態なのに、心の中には一つのことをやり遂げたという満足感でいっぱいでした。腕と足をはじめ、全身を目一杯使って登るアイスクライミングは、終わったときに、他では味わえないような充実感をもたらしてくれます。今回、フリーでリードできたことで、3年前よりは、多少は成長したかな、と思いました。
 アイスの世界は、まだまだ果てしなく広いものです。行きたいルートのことを考えると、思いは果てません。難点はシーズンが短いこと。氷の発達する時季を見計らって、ルートを決めなくてはなりません。次はどこに行くか、来シーズンはどうするか、考えているうちからわくわくしてくるものなのです。まだまだ登りたいところはたくさんあります。





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