●山小説の棚(その4-特別版-)
<<競作短編>>川に死体のある風景
「捜索者」
大倉崇裕 東京創元社「ミステリーズvol.09」収録 2005年
山小説を書かれる作家は、あまり多くはありません。だからこそ、普段他ジャンルの小説を書いている方が、山を舞台にした小説に挑戦するとなると、その心意気に打たれるし、期待してしまうのです。
基本的に、批判するだけなら紹介すらしない方がいい、と思っているので、そういう感想は書かないスタンスです。ただ、今回は、期待度が大きかっただけに、失望も高く、ちゃんとこれは突っ込んでおいた方がいいだろう、と思えました。大倉氏は、今後、山岳長篇小説の執筆も表明しておられますので、その期待も込めて。
以下、感想というよりも、ネタバレを含む内容についての突っ込みです。未読の方はご注意を。
あらすじ 12月18日早朝、下山が遅いと在京から県警に連絡が入る。遭難者は高野泰之。枕木岳(2500m)登頂を目指し、1300mにある枕木無人小屋を二日前に単独で出発したが、その後が不明とのこと。 ヘリによる捜索で2000m付近の北東斜面に人影を発見。地上から5名の警備隊が出動。偶然、枕木小屋にいた地元山岳会“緑山(りょくざん)会”のメンバー5名も捜索に加わることになった。 枕木岳への登頂ルートは、直登ルートとバースルートの二つ。警備隊と緑山会でそれぞれ分かれて、二つのルートを捜索。ただし、緑山会リーダーの白井は小屋で待機。その日は発見できず、下山。 小屋に戻る途中の枕木橋で白井の遺体を発見。捜索隊の後を追って出発したところで、足を滑らせた事故として処理された。 遭難者の高野は翌日発見。衰弱していたものの命に別状はなく、数週間の入院。 半年後、同じ枕木岳で今度は高野の遺体が発見された。 県警の松山は、前回の事故との関連を探る。 白井と高野の面識はないと思われたが、2年前に起きた戸草岳での事故報告書から接点が見つかった。この事故は、バースルートからの落石で5人が死亡、30人以上が怪我をした、というもの。その場に居合わせた白井は、この落石が人為的なものではないか、と思い、調査していたのだ。 ネタバレを含む突っ込み ・「バースルート」という表現。 固有名称の可能性もあるが、おそらく「トラバースルート」のことだと思う。 ・直登ルートとバースルートの位置関係。そして、ヘリからの発見箇所の食い違い。 直登ルートは、尾根(屋根の誤字あり)の南側を行くルート。バースルートは、西側斜面を巻くルート、と解説されている。そして、登山道の途中から左に行くと直登ルートへ、右へ行くとバースルート、という表記もある。遭難者は直登ルート2000m付近の北東斜面にいるらしい。これらを総合してみると、尾根の方向、ルートの位置関係のつじつまが合わない。 「尾根の南側を行く」のではなく、南尾根を直登する、としても、右へ行くのが西側斜面を巻くバースルート、というのは方角がおかしい。 ・捜索隊を二つに分ける。 警備隊と緑山会を別ルートに割り振って捜索。 山岳会の手伝いを受けるのはわかるが、それぞれ別ルートに割り振ることはないと思う。緑山会というは、小さな団体で、警備隊員もそんな会は「初耳」と言っている。分けるのなら、警備隊と緑山会の混成にすべきだろう。遭難者とはかかわりもなく、捜索活動にも不慣れな緑山会に片方をすべて任せてしまう、というのは、効率的ではない。 とは言え、警備隊到着時には、「ベテラン揃いであり、すでに捜索地域の検討が進められていた」という表現もあるが。 ・捜索ルートの割り振り 警備隊がバースルート、緑山会は直登ルートを捜索することになった。しかし、ヘリからの捜索で、直登ルート付近で遭難者を発見している。だとしたら、遭難者のいる可能性の高い直登ルートこそを警備隊が行くべきではないだろうか。(そうすると、後のトリックが崩れることになるが) ・インナーが濡れて動けない。 緑山会リーダーの白井の言葉「面目ない話ですが、ザックのなかで水が漏れまして、インナーシューズが濡れてしまったのです。乾くまでまだ少し時間がかかりそうなのですが」 ザックのポリタンから水漏れしたらしい。インナーシューズがプラスチックブーツのインナーだとしたら、そもそもザックに入っているのがおかしい。しかも、前日小屋泊まりしているなら、インナーだろうが、ポリタンだろうが、ザックから出しておくのが普通だろう。 そもそも彼らは、そんな状態で、この捜索活動がなかったとして、どういう行動をするつもりだったのだろう。 ・筒井の体調が悪く、ザックを解体。 白井は小屋で待機。その代わりに警備隊隊長の松山が緑山会隊に入り、直登ルートに行く。2200m付近まで登ったところで、メンバーの筒井の体調が悪くなり、ザックを解体する。ザックの中身は緑山会の立石、茨木の二人で分ける。捜索メインなので、装備はほとんど持っていないはず。にもかかわらず、体力不足で動けなくなる筒井。だったら最初から来るべきではないだろう。ベテラン、ではなかったのか。 ・立石のザックのベルトが切れる。 こんな突然ベルトが切れることは、まずありえないし、切れるまで気付かないのもおかしい。結局、この件は、犯人による作為的なものだったのだが、こんなちょうどいい場所で、ベルト切断が起こるというのがあまりにも偶然過ぎる。 また、ここでザックをデポすることになるが、立石のザックが使えなくても、筒井のザックは、解体してほとんど空になっているはずなので、荷物を移しかえれば、デポする必要はない。 ★以下、トリックと動機に触れます★ ・トリック 岩稜帯で犯人と高野が入れ代わった。 登りでは落石を起こして、岩陰に隠れた隙に入れ代わり、下りではザックのベルトが切れたドサクサで入れ代わる。 これは不可能でしょう。いくらサングラスと目だし帽で顔を隠して、服装を同じにしていたとしても、絶対気付かれると思う。 もともと高野の遭難が自作自演だったようだが、その後、衰弱し、膝を痛め、数週間入院した。そんな状態で、犯人と入れ代わって、捜索活動(の真似事でも)ができるのだろうか。しかも、途中で筒井のザック解体して、下山時には、その分の荷物も増えている。だいたい、捜索するなら声を出すだろうから、他の人が気付かないわけがない。 高野の行動を考えてみる。 初日、枕木小屋泊。 2日目、枕木岳へ登り、途中でビバーク(この日は動かずに小屋に一日いることもできるが、翌日在京が動き出すことを考えると、やはり本当にビバークしていた方がいいだろう)。 3日目、在京が動き出すのを見越し、ヘリに発見されるよう、2000mの岩稜帯付近でルートを外した場所でひたすら待機。緑山会隊が来るのを待ち、落石を起こす。その隙に入れ代わり。捜索活動を手伝いつつ2200mまで登って下降。再び2000mの岩稜帯に来たとき立石のザックがベルトが切れ、そこでまた入れ代わり。その日は近くの岩陰でビバーク。 4日目、発見。 3日目の行動がかなり綱渡り。ヘリに発見されるかどうかも運次第。捜索ルートを決めたのは警備隊なので、犯人が直登ルートでこない場合もありうる。ザックのベルトが切れるのも岩稜帯で起こるとは限らない(岩稜帯以外での入れ代わりは不可能っぽい状況)。 入れ代わりから戻った高野は、服を着替えて雪の中に隠した。たぶん、ビバーク用具も食糧もそれなりに持っていたのではないだろうか。梅雨明けを待って回収するつもりだったらしいが、のんびりした話だ。 18日早朝に県警に通報が入る。警備隊は朝から枕木岳へ。その途中で、緑山会からの協力要請が入ったらしい。緑山会は、どうしてその遭難を知り、捜索協力を申し出たのだろう(犯人はもとから知っていたとは言え、協力を言い出す口実をどうしたのか)。その日、枕木岳を登る予定だったのなら、朝から出発しているべきだし、前日登って降りてきたところなら、小屋に泊まっている必要がない。 ・犯行動機 戸草岳の事故の件で、白井に迫られたことが動機らしい。 戸草岳で立ち入り禁止区域に入り、人為的落石を起こし、5人の死者を出した。しかし、その落石は作為的なものではなく、あくまで事故だった。白井は、なぜそこまで犯人を追ったのだろうか。ただの正義感か。 犯人は、そのことを追及されたとして、白井を殺す必要まであったのだろうか。人為的落石の責任は問われるだろうが、それは殺人を犯してまで隠蔽することだろうか。 すべて、無理は承知の上、ということかもしれないが、それにしても無理が多い。動機が弱いし、犯行計画としてもずさんすぎる。やるならもうちょっとうまくやって欲しい。 白井殺害の計画を考えたのが、高野と犯人だったとしたら、高野の役割があまりにもひどい。犯人の方も登り降りで大変だとは思うが、高野は衰弱で入院するような状態で、捜索活動に参加してるんだから。それで、着替えなどの証拠は全部現場に残されたままでいつ見つかるかわからない状態。結局それを取りに行って死んでしまう、ってまるで浮かばれない。かわいそうに思えてくる。 松山のキャラクターはいいし、犯人があの人だった、というのは、驚かされたのは確かだが。 と、一応、少しはフォローもしておく。 (2005年2月19日) |