「三スラ神話」
谷川岳 一ノ倉沢 滝沢第三スラブ
2006年2月25日(土)
メンバー:清野、神谷(記)
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<F4を登る>
谷川岳一ノ倉沢滝沢第三スラブ。 冬の滝沢スラブは、困難よりもむしろ危険の色が濃過ぎて、 「時代は間違いなく変わった。新しい時代がはじまったのだ。」 国内の冬期登攀を目指す者にとって、 しかし冬期の滝沢スラブの登攀。 このスラブ群の中でも、最も美しく長大で、困難な第三スラブ。 F4を越すとまず下ることはできないし、高度感もありすぎる。 前の日、天気がよくて、カンカン照って落ちるものが全部落ちて、 何しろ、岩壁の雪崩という雪崩が 滝沢スラブ登攀に必要なのは、 おまえ、何のために生きてるんだ。 |
もともと、今回は、三スラを登ろうと思っていたわけではない、ということから始めなくてはならない。 「ルンゼ状スラブ」を狙っていたのだ。 三スラの隣、滝沢リッジとのコンタクトライン。 三スラがあまりにもメジャーなために、ほとんど顧みられることのない不遇なルート。 マイナーであることに、気持ちをそそられた。 支点が取れないといわれる三スラに比べて、左壁を使えるルンゼ状スラブは精神的にも楽だろう、と思われた。 取付は三スラと同じ。 Y字河原から、左上し、滝沢リッジ方面に向かう予定だった。 それなのに。 2時30分、指導センターを出発する。 前日、ほとんど寝ていないが、気持ちは高ぶっている。 ただ、異常な気温の高さに、不安な気分が煽られる。 指導センターで、5℃くらいはある。 半袖、手袋なしで歩けてしまうほどだ。 今回は無理なのではないか。出発時は、七三であきらめ気分の方が大きかった。 予報では、寒気が来て、気温が下がるといっていた。 なのに、この暖かさ。 ルンゼルートが無理だったら、どこに行こうか。 出合までの道のりは、代替案のことばかり考えていた。 しかし、歩いている間に、明らかに気温が下がってきた。 手元の温度計の数値も、みるみる下がっていく。 一ノ倉沢出合に着いたときには、0℃。 これならば、行けるだろう。 覚悟を決めた。 頭上には満天の星空が広がっていた。 天気は問題ない。 本谷を詰めていくが、背丈以上のデブリの塊がゴロゴロしており、あまりいい気分はしない。少なくとも、昼間にここを歩くのは自殺行為だろうと思えた。 途中、堅氷になってきたので、アイゼンを着ける。 5時30分。滝沢下部到着。 現在の積雪量がどれほどであって、Y字河原がどこであるのか判然としない。 なんとなく、あの上の岩壁がY字河原ではなかろうか、とあたりをつける。 徐々に明るくなり始めてきたので、早速登攀を開始する。 1ピッチ目【神谷リード】 本谷方面には、かなり巨大なクレバスが口を開けていた。三スラ取付にもクレバスがあったが、左から回り込むようにして、最も狭い箇所をまたいで渡る。 傾斜もそれほどなく、支点も取れないので、中間支点なしで50mロープいっぱいまでのばす。 2ピッチ目【清野リード】 Y字河原と思われる岩を目指して登る。<★ひたすらロープをのばす> 支点は取れないので、ここもランナウト。三スラを登るYCCのパーティが取付付近に来ているのが見える。 3ピッチ目【神谷リード】 ここがY字河原だとしたら、三スラと別れ、左上気味に登らなくてはならない。しかし、左は岩のリッジが続いており、ルートは直上しか取れない。一部氷が混じるところをひたすらロープをのばす。<★氷で支点を取りながら> 4ピッチ目【清野リード】 左のリッジに岩の切れ目があり、左上するなら、この場所か、と思われた。トップがそちら側の様子を見に行くが、20mほど登って、戻ってきた。岩壁に阻まれ、これ以上はとても登れない、とのこと。<★左上してみるが> ならば仕方がない。まだ、左上には早いのか。現在の位置関係がまだはっきりしない。ともかく、このまま登ることにした。 そうこうするうち、YCCパーティは、ノーロープでここまで一気に登ってきて、追いつかれた。 5ピッチ目【神谷リード】 氷瀑からのスタート。どうやらここは、三スラのF4らしい。とすると、ルンゼ状スラブへのトラバース地点は、とっくに過ぎてしまったことになる。もう、いまさら下降して、登り直す気にもならないし、クライムダウンして登り返す時間もない。 YCCパーティに後ろから追い立てられているのも気になる。 こうなれば、三スラをこのまま登るしかないだろう。 初めて出てきたちゃんとした氷を、スクリューを支点にして登っていく。ただし、距離は短く、技術的にも難しくはない。<★F4を登る> 6ピッチ目【清野リード】 雪壁に一部アイスが混じる。氷の部分では、スクリューで支点を取っていく。<★スクリューで支点を> 7ピッチ目【神谷リード】 F5。傾斜は緩いが、氷が出てくるので、2箇所ほど、スクリューで支点を取ることができる。ロープいっぱい、とコールがかかるが、ビレイ点の作りようがない。雪を削ると、すぐ岩が出てくるし、氷もない。雪壁に打ち込んだバイルと、何となく雪に埋めてみたもう一本のバイルでビレイするが、衝撃荷重に耐えられるとは思えない。なるべくロープをタイトに張って、フォローが墜ちないことを祈るだけ。 8ピッチ目【清野リード】 全体に雪壁。一部氷が混じる。氷があれば、スクリューは使える。F6手前で、スクリューを2本使って、ビレイ点を作る。<★ビレイヤーの上がF6> 9ピッチ目【神谷リード】 F6。直上しようとすると、スカスカの雪壁。左から回り込んで、岩壁とのコンタクトラインを登る。F6の氷の部分で一箇所スクリューを決め、左壁と接した部分で、エイリアンを決める。左壁沿いは、傾斜の緩い雪のルンゼ状。エイリアンとスタンディングアックスでビレイする。<★左壁沿いに登る> 10ピッチ目【清野リード】 これ以上左壁沿いには進めないので、一旦スラブに出て、トラバース気味に右上する。中間支点は取れず、ロープいっぱいまでのばす。<★スラブに出る> 11ピッチ目【神谷リード】 さらに雪壁を登り、第二スラブとの間のリッジに移る。リッジへの登り出しが急だったので、念のためデッドマンで支点を取ってから登る。 リッジは、急雪壁で、雪も深く、登りにくい。ロープがいっぱいになってしまったが、ビレイ点を作ることもできない。墜ちる心配はなさそうなので、そのままコンテに切り替えて、登り続ける。 リッジが崩れそうなのがこわかった。雪庇というほどにはなっていないが、あまり第二スラブ側には寄りたくない。高度感は抜群。 しばらく登ると、岩が出始め、灌木があったので、そこで何とか支点を取る。 しかし、その岩を直上することはとてもできず、第二スラブ側にトラバースを試みる。足元は切れ落ちていて、雪壁は崩れそう。コンテのままでは恐ろしいので、再びスタカットに切り替え、ビレイしてもらう。 雪壁を何とかトラバースし、その先で直上。とにかくスカスカの雪で、支点は取れないし、踏み固めることもできない。雪を削って、押し固めて、バイルを垂直に差し込んで、マントリング気味に登る。 雪を削るうちに、下から草付が出てきた。 バイルを打ち込むと、何とか体重を支えられるくらいには、決まってくれた。ロープの残りもなく、他に方法がないので、ここでピッチを切る。<★嫌なトラバース> 12ピッチ目【清野リード】 このピッチで、先頭をYCCパーティと交代する。以降は、YCCのトレースを追うことになる。 草付を左から回り込み、再び雪壁。途中の灌木で中間支点を取り、さらに進んだところの灌木でビレイ点とする。<★灌木で支点を> あまり安定した場所ではないが、YCCパーティが進むのを待ちながら、ここで、行動食を口にする。取付からここまでほとんど休めるような場所はなかったので、とてもおなかが減っていた。 13ピッチ目【神谷リード】 YCCのトレースを追って、雪壁を登る。かなりの急傾斜。しかもスカスカ。支点は出だしの灌木で取ったが、その先はどうにもならない。トレースをたどっているので、だいぶ楽をさせてもらったが、トップだとしたら、かなりこわいだろうと思われた。 雪壁の途中で、ロープがいっぱいになってしまう。こんな急斜面で、スカスカの雪で、どうやってビレイ点を作ったらいいのだろう。 一応、スタンディングアックスしてみるが、衝撃に耐えられるだろうか。雪が崩れ、ビレイ点は崩壊し、ビレイヤーもろとも真っ逆さまになる可能性が高い。 14ピッチ目【清野リード】 さらに雪壁を登り、岩を左から回り込む。<★虹が出た> 先行するYCCパーティは、灌木でビレイしているが、2パーティ分の余裕はなく、しばらく待たされる。 待っている間に、雪をかき分け、草付にスクリューをねじ込んだ。無理やり入れると、パイプからキャベツのみじん切りのような削りカスが出て来た。その右側の雪の下からは、氷柱を掘り起こすことに成功し、それにスリングを巻き付けてビレイ点とした。 15ピッチ目【神谷リード】 ビレイ点の場所が悪く、先行パーティが動くたびに、雪が流れ落ちてきて、頭からかぶってしまう。ちょうど雪の通り道にあたっているようだ。 トップはさっさと登る。先行パーティの様子を見ているので、ビレイヤーに雪が落ちないよう、別のルートを探ってみるが、結局、どこも変な雪壁で登りようがない。 やむなく、YCCのトレースを追う。 さらさらの雪で、どう歩いても、ビレイ点に雪を落としてしまう。 しかもスカスカなので、そっと歩く、というのができず、もがいているうちに、ますます雪を落としてしまうという始末。 ところどころの灌木で支点を取る。 灌木帯は15mほどで、また雪壁が続いている。 トレースはあるのだが、その通りに進もうとしても、ぐずぐずと崩れてしまい、さっぱり進めない。踏んでも押しても固まるような雪ではなく、もがけばもがくほど、崩れ落ちてしまう。 雪壁を崩しているうちに、背丈以上の断崖となってしまい、どうしようもなくなってしまった。 少し戻って、細い細い灌木で気休めの支点を取り、右のルンゼへトラバース。 かなり急傾斜で恐ろしいが、それ以外に道はなかった。 なんとかルンゼを登り切り、途中でトレースにも合流。 ロープの流れが悪くなってきた。 もう、50mギリギリかもしれない。 しかし、ドーム壁はすぐそこに見えており、こんな中途半端なところで止まりたくない、止まれない。あと、5m。どうかロープをください。 コールをかけても、声が届かず、ロープの残りがないのか、どうなのか判らない。 無理やり登って、なんとか、ドーム壁基部に着いた。 (あとで聞いたところ、50mでギリギリ足りたそうだ) やはり支点はない。バイルを雪に埋め込む。 壁との間は、深さ3mくらいのクレバスが開いており、油断すると、落っこちそうだ。 腰を下ろしてビレイしていると、だんだん眠くなってきた。 フラフラすると、目の前の雪壁を転がり落ちてしまう。後ろもクレバス。 あぶないあぶない。 16ピッチ目【清野リード】 ドーム壁基部を右にトラバース。慰霊碑のところまで。 右側はすっぱり切れ落ちており、支点も取れず、かなり怖い。<★トラバース> 残置の支点を使って、Aルンゼへ懸垂下降。 50mシングルロープで、なんとか足りた。 Aルンゼに降りて、そこからは、緩傾斜のルンゼを歩くだけ。この先はロープを外して行く。<★Aルンゼを行く> 途中、クレバスの先の雪壁が、またもやスカスカ壁で苦労した。 崩せば崩すほど深みにはまって、どうしようもなくなってくる。 最後、国境稜線に出る瞬間は感動的。<★国境稜線へ最後の登り> ここまでずっと太陽の光は当たらなかったのに、稜線に立つと、光に満ちあふれており、視界が開けた。 陰鬱な一ノ倉沢の向こうには、光に満ちあふれた真っ白な世界が広がっていた。 なんてきれいなんだろう。 これで安全地帯。 もう大丈夫だ。 力が抜けてしまったかのように、腰を下ろす。 ボーッとしながら、水を口に運ぶ。 終わったんだ。 三スラを登ったんだ。 無事登り切れたんだ。 あの三スラを。 気持ちが胸からあふれてきて、 自然と笑みがこぼれてしまう。 記録的な価値なんかなくたっていい。 価値は自分の中にある。 これは、自分にとっては、大きな価値のある一本。 なにか、ひとつ、大きなことを成し遂げた気分になった。 大きなステップをひとつ登った気分になった。 積雪期の三スラを登った。 自分にとって、その価値は、とてもとても大きい。 |
以下、蛇足ながら、三スラメモ。 |
2月25日(土) 晴れ
2:30 指導センター発(5℃)
3:30 一ノ倉沢出合(0℃)
5:20 取付(-4℃)
5:40 登攀開始
-5:55 1ピッチ目
-6:10 2ピッチ目
-6:20 3ピッチ目
-6:45 4ピッチ目
-7:05 5ピッチ目 F4
-7:15 6ピッチ目
-7:50 7ピッチ目 F5
-8:20 8ピッチ目
-8:50 9ピッチ目 F6(-2℃)
-9:05 10ピッチ目
-10:10 11ピッチ目 第二スラブとのリッジへ
-10:35 12ピッチ目
-11:25 13ピッチ目
-12:20 14ピッチ目
-13:50 15ピッチ目 ドーム壁基部まで(-1℃)
-14:10 16ピッチ目(-2℃)
14:25 Aルンゼ
14:55 国境稜線(-3℃)
15:30 トマの耳
17:05 (西黒尾根経由)指導センター(-3℃)
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