「枯れ葉舞い散るアイスクライミング」
西上州 湯の沢渓谷 「脳軟化症を自負する男(行者返しの滝)」 アイスクライミング

2006年2月12日(日)
メンバー:清野、神谷(記)
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<「行者返しの滝」三段目を登る>

「行者返し」と呼ばれる滝がある。
『岳人』1999年11月号(629号)には、
86年2月に初登されたが、暖冬が続き、続登の話は聞いていない、
とある。
『アイスクライミング 全国版』(白山書房)によると、
氷質が悪く厳しいクライミング「脳軟化症を自負する男」と仮称されている、
らしい。
※後日追記:「岩と雪」116号を確認したところ、「脳軟化症を自負する男」がルート名で確定のようです。

今年は、例年にない冷え込みが続いている。日本海側では記録的な豪雪となり、大変なことになっているようだが、太平洋側の雪は少ない。
通常は氷結しない、という「行者返しの滝」。
今年なら、ひょっとして、という気持ちで、とりあえず様子を見に行くことにした。

現地に着いて驚いた。
車道からいきなり氷が始まる。
見上げれば、立派な氷瀑がそそり立っている。
これはすごい!
こんな氷が、アプローチゼロの場所にあるとは!

出合を少し通り過ぎたところの待避所に車を置く。このあたりからだと、氷瀑の全景を見渡せる。三段に連なる氷がよく判る。その迫力は、ここからでも伝わってくる。<★車道から遠望>
待避所には、すでに車が1台、駐車されていたが、遠望してみても、登っている様子はない。クライマーの車ではないのだろうか、と思っていた。
が、こちらがいそいそと準備しているときに、彼らは戻ってきた。
曰く、ツララが壊れていて、一段目はハングしている。とても登れないので、引き返した。狭岩に転進する、とのこと。
いきなり、意欲をそがれる。
そうですか。登れませんか。
たしかに、ツララが大きく切れ落ちているのはよく見える。
さらにその上の乗越部分は、かなり氷が薄そうにも見える。
でも、ここまで来て、何にもしないで引き返すのは、あまりにもつまらない。
見るだけでもいいから、行ってみよう。
彼らの車を見送りつつ、滝へ向かった。

車道の出合でアイゼンを着ける。ロープを出すほどではないので、適当に歩く。緩傾斜を過ぎ、小さい堰堤をダブルアックスで越える。<★緩傾斜から堰堤へ>

そこに、氷が立ちはだかっていた。<★一段目を見上げる>
立派に氷結している。<★上部まで連なる>
が、やはり中央部左側のツララが折れている。<★折れたツララ>
滝の下には、折れたツララの巨大な破片が、ゴロゴロ転がっている。自然に折れものだろうか。それとも、最近、登ったパーティが落としたものだろうか。
ただ、ツララが折れているといっても、そこで分断されているわけではなく、ハングしているだけで、氷そのものはつながっている。まともに登れば、ハングに突き当たる、というだけだ。
上手く回り込むことができれば……。

たぶん、登れなくはない……だろう。
そう判断して取り付くことにした。

1ピッチ目【神谷リード】30m V+(?)
ビレイは、氷柱の右の灌木で取り、回り込んで、左から登り始めた。
緩い傾斜を登ってから、最初のスクリューをセット。
凹角を攻めていくが、やはりツララで行き詰まった。
直上できないので、右から回り込もうと、トラバース気味に右上してみる。
しかし、折れたツララの右下で動きが止まる。
ハング気味で、体勢が上手く取れない。
とくに、足が決まらない。
氷は中空になっているので、あまり強くバイルをたたき込むわけにもいかない。
少し登っては、行き詰まってまた降りる、を数回繰り返す。
氷瀑の右に目を向けると、すぐに地面があって、懸垂下降にはおあつらえ向きの灌木が生えている。
ここから下降も可能だ。木がこっちへ来い、と誘っている。誘惑に負けて、降りてしまおうか。一段目を回り込んで二段目に上がる巻き道もあるらしいし。
行きつ戻りつ、降りるか登るか、何度も考えてる間に、腕がパンプしてきた。
このままでは力尽きて落ちてしまう。
仕方がない。スクリューにフィフィを引っかけて休む。
そのままの体勢で、左側にもう一つスクリューをセット。
これで、思い切って登れる、と思いきや、やっぱり登れない。
左のスクリューにフィフィ。
何やってんだか。
完全に人工登攀になってしまった。
そこの2手を越えれば、あとは普通に直上できる。
落ち口は、ベルグラ。
手前でスクリューを決めるが、タイオフにしかならない。
薄い氷にだましだましバイルを引っかけて、そっと歩く。
ここまで来たら、中間支点の取りようがなく、一歩滑ったら、さっきのタイオフまで落ちる。あのタイオフが墜落荷重に耐えられるとは思えない。傾斜は緩いが、そっとそっと進んでいく。
なんとか、テラスに立ち、左側の灌木でビレイ。

2ピッチ目【清野リード】30m IV+
清野さんは、昨日もゲレンデでアイスクライミングのトレーニングをしており、すでにかなりおつかれ気味。最初は、このピッチも任せるからトップで行ってくれ、と言っていたが、実際取り付こうとすると、やっぱり、ここで登らないとトップできるところなさそうだなあ、と言い出した。で、結局、このピッチを譲ることにした。

見た目の傾斜は緩い。階段状に見えるので、らくらくか、と思った。
が、やはりそれは甘かった。
意外に手強い。上部の傾斜は、下から見ているよりもきつかった。<★二段目を登る>
それに、最上部のベルグラがやはり厳しい。
バイルを岩にぶつけるのを覚悟のうえで、思い切って行くしかない。
ここのテラスにも、落氷がゴロゴロしているが、その氷の下の見えないところに、一部分だけ、バイルが上手く刺さるところがある。
それを探しながら、じんわり登る。
歩き回れるほど広いテラスに出た。テラス右側の灌木でビレイ。

3ピッチ目【神谷リード】40m V
見た目は一段目よりも傾斜は緩そうだった。<★三段目を見上げる>
これなら力をあまり使わずに登れるかに思えたが、このピッチのポイントは、その長さにあった。<★左から取り付く>
同じような傾斜で、ずっと続く。氷の状態はよいものの、スクリューセットしていると、足がミシンを踏んで止まらない。この辺は、トレーニング不足なんだろうなと思う。<★三段目上部>
最後はやっぱりベルグラ。<★氷が薄い><★慎重に行く>
目の前に5mほどの滝が見えたが、残りロープが少なくなっていたので、左側の灌木でピッチを切る。(今回、45mロープだった)
ここからの高度感はものすごい。まるで車道まで一直線に落ちているかのように見える。<★真下に車道が>

4ピッチ目【神谷リード】40m
小さな滝だが、氷は下部だけ。とりあえず、スクリューを一本決めてみるが、その先は氷がつながっておらず、沢通しには登れない。やむなく、左のブッシュへ。<★上部は氷がない>
灌木で中間支点を取って、泥にバイルを突き刺す。
乗っ越したところの左側にビレイ点となる灌木があったので、それで終了にしても良かったが、目の前にまっすぐ伸びるルンゼが見えた。
「あの向こうが広場のようになっている。どんな風だろう」
と単純な好奇心で、先に進んでしまった。
もう、氷はなさそうだ。傾斜もほとんどないようなルンゼ。
ただ歩いていくだけ、のはずだったのに。

枯れ葉の覆い被さったルンゼ。<★単なるルンゼかと思いきや>
じつは、その枯れ葉の下は、凍っていた。
つるっと滑りそうになる。
手をつくところもない。
周囲の岩はボロボロで、掴もうとすると、崩れてくる。
当然支点は取れやしない。
何度か転びかけた。
アイゼンを蹴り込むほどの氷の厚さはないが、何の気なしに歩いてしまうと、滑る。転ぶ。
転んだあとのことは考えたくない。
最後の支点は、滝の途中の灌木なので、テラスまで転がり落ちるだろう。
ロープいっぱいまで延ばしても、ビレイ点となるような灌木はなかった。
こんなときのために、と用意していたエイリアンを岩の割れ目に無理やりセット。
フォローを迎える。

広場で行動食など摂ってひと休み。<★広場>
午後になり、風が強まり、気温が下がってきた。
寒気が降りてきているのだろう。
ルンゼ沿いに風が吹き抜ける。
枯れ葉が舞い散る。
ふつう、アイスクライミングで、風が吹いたら、積もった雪が舞い上がるのだろう。
でも、西上州は、雪がなくて、いきなり氷が現れる。
だから、舞い散るのは、枯れ葉だけ。
一種独特の雰囲気だ。

4回の懸垂下降で、取付に戻る。懸垂はすべて灌木で行なった。
徐々に陽が当たり始めたためか、氷からミシミシと自然崩壊しそうな音がしている。
この状況では、もう登る気にならない。
取り付くなら、なるべく朝早い時間がいいだろうと思った。


「行者返し」は予想外に素晴らしい滝だった。
アプローチなしで、いきなり巨大な滝がそびえているし、ピッチごとに安定したテラスがある。
車道から状態を確認できるので、悪そうなら一見しただけで転進を決めることもできる。
三段ある滝のすべてが、登りがいのあるものだった。
一段目が一番難しいが、三段目も長いので、ペース配分を考えなくてはならない。
どの滝も出口の氷が薄いので、そこが一番の核心部だったりする。

これで、3週連続で西上州でのアイスクライミングとなった。
西上州の氷は、バリエーションに富んでいて、何が飛び出すかわからないおもしろさがある。
アプローチも短いし、雪がないので、当然ラッセルの必要もない。
枯れ葉の道を歩いていると、突如として目の前に氷が出現する。
これがすごい。
単純に困難度を追求するなら、各地にいろいろなアイスクライミングエリアがあるが、西上州のそれは、他とは違う情緒を感じる。
妙にアルパインチックだったりするのも良い。登れば登るほど、西上州の奥の深さを思い知らされる。

冒頭に書いたように「行者返しの滝」は毎年凍るわけではない。
今年も、この翌週には暖気が入り込み、雨が降ったようなので、我々が最後だったのかもしれない。

3日前に登ったパーティの記録は、こちらから。このときは、かなり水が流れていたようだが、今回は、そこまでのことはなかった。

※初登者の方からの指摘があり、ルート名を「脳軟化症を自負する男」に修正しました。滝の名称としては「行者返し」ということで、そのままにしてあります。なお、初登の記録は、「岩と雪」116号を参照してください。(2006年3月23日)


2月12日(日) 晴れ
9:30 駐車場
10:10 登攀開始(2℃)
-11:30 1ピッチ目
-12:40 2ピッチ目
-14:05 3ピッチ目
-14:40 4ピッチ目(-1℃)
16:15 取付(-1℃)
16:30 駐車場



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