「裏山のアルパインアイス」
西上州 立岩西面 3ルンゼ アイスクライミング

2005年2月5日(土)
メンバー:清野、神谷(記)
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<F5“オクトパス”>


今年は、今のところ氷の状態が良いそうだ。雨が多かったり、その後寒気が入ったりで、場所によっては、普段あまり凍らないような氷も、登れるようになっている、と耳にした。

そんな中、西上州へ向かった。
ルートは、立岩西面3ルンゼ。「アイスクライミング 全国版(白山書房)」にちらっとだけ紹介されている。『登り応えのあるアルパインアイスルートとして3ルンゼは価値ある一本』らしい。期待が高まる。
パートナーの清野さんは、このルートに過去何回か来ているそうだ。しかし、いつも氷結状態が悪く、F3以降は登ったことがないとか。今年は果たして凍っているのか。

アプローチとなる道場に向け、車を走らせる。このあたりの街並みは、なぜかネパールを思い出させる。川沿いのせまい道沿いに立ち並ぶ、ちょっと年季の入った家々。トレッキング中のバッティ(茶屋)の感じだ。物陰からヤクが出てきそう。軒下にヒエが干してありそう。懐かしいような、心が温まるような、そんな街並みだ。

バッティをすり抜けて、山に近づく。が、街に雪が積もっているわけでもなく、ただ見ているだけでは、この山に氷瀑があるとはとても思えない。<★この山にアルパインアイスがあるとは思えないが>
車を止めて、準備をしていると、散歩をしていたおじさんが、
「氷登るンかい。そんなモン凍ってねえよ。」
などと志気を落とすようなことを言ってくれる。
確かに、ただの裏山にしか見えないが、はるか遠くに一応氷らしきものが見える。それを信じて、とりあえず、様子見だけでも行ってみるか。

沢沿いに作業道を歩いていく。雪は10cmくらい。トレースが付いているので、迷うこともない。先週あたりのトレースか、と思ったが、あとで先行パーティがいることが分かった。

40分ほどでF1に到着。<★F1が見えてきた>
思ったよりしっかりした氷瀑で驚いた。しかし、近づいてみると水の流れる音がする。表面も水が流れている。この分では、上部の氷結状態もあまり良くないかもしれないな、と不安がよぎる。
取付にザックが残置してあり、先行パーティがいることに初めて気付いた。
行動食やヘッドランプ等を持ち、ザックを一つにまとめて登攀開始。<★F1全景>

F1(神谷リード)
F1はツララの集合体だが、登れそうなのは、右寄りの二箇所。そのうちの左側は水が流れていて嫌だったのだが、右側から行くと、上で岩場のトラバースとなってしまう。濡れるのを我慢して、左を行くことにした。<★このあたりを登った>
先週の大谷不動ではリードをしなかったので、これが久々のアイスのリード。少々緊張するが、順調に登り、緩傾斜帯に出る。その上の2段目もさくっと越えて、灌木でビレイする。<★2段目あたり>

F2(清野リード)
F1の落ち口からしばらくロープを引きずって、F2の取付へ。<★F2、そしてF3が見える>
傾斜はないが、落ち口の“ノド”の部分の岩が露出している。トップもなかなか支点が取れないので、大変そうだ。フォローで登ってみても、最後は悪い。氷よりも両側の岩をうまく使って登る。
氷の状態が悪いのか、と思いきや、清野さんによると、これでも氷結状態は今までになく良いそうだ。普段はもっと岩っぽいらしい。<★F2全景><★最後の“ノド”>

F3(神谷リード)
F2から繋がるように約40mの立派な氷瀑が立ちはだかった。
氷結状態は抜群に良い。気合をいれてリードする。
氷は硬く、バイルがはね返されるかのようだ。スクリューもなかなか入ってくれずに苦労する。
とにかく長いので、疲れる。でもガンガン登れるので楽しい。
スクリューは、7-8本使った。<★F3を登る>
F3を登るときに、ヌンチャクをF2の下まで落としてしまった。あとで回収しなくては、と心に留めておく。

F4(清野リード)
F3落ち口からしばらく歩くと、本流の右側壁のカーテン状の氷が現れた。
本流からは外れている様にも感じるが、これがF4のようだ。
取付で小休止していると、先行パーティが降りてきてすれ違う。もう一番上まで登ってきたらしい。氷結状態は上部も良い、とのこと。
さっそく、F4に取り付くが、雪も付いているし、階段状で傾斜もない。ロープなしでも登れそうなくらいな感じだ。<★傾斜の緩いF4>

F5(神谷リード)
通称“オクトパス(タコの足)”。見事なツララ状の氷瀑。<★びっくりするほど見事なツララ>
遠くから見ると、こんなの登れるのか、と思えたが、近寄ってみると、意外に垂直部分は短く、すぐに傾斜は緩くなりそうだ。氷も叩いてすぐ壊れるほどにはもろくはなく、十分登れると感じた。<★近くで見ると、意外に登れそう>
それにしても、このルートは、次から次にいろいろな種類の氷が出てくるものだ。次は何だろう、とわくわくさせてくれる。
気合を入れなおして登りはじめる。
1ピッチ目
垂直部分は、6mほど。氷の状態は良く、バイルもアイゼンも良く決まるので、多少ランナウトになっても、さっさと登って、緩傾斜帯に入ってしまったほうが楽だ。<★ツララ部分の登攀><★緩傾斜帯に入る>
傾斜が緩くなり、さてこれで終わりか、と思っていたら、その上に3mほどの薄い氷柱があった。
幅1.5mほどのルンゼ状。氷が薄いので、あんまり叩くと壊れそうに見える。なるべく引っ掛けるだけにして、両側の岩をうまく利用しつつ登った。
さらにこの上に6mほどの氷柱があったが、これがまた薄い。このまま登るかどうしようか、少し迷ってしまう。氷柱ごと崩壊してしまったら怖そうなので、やはり一旦ピッチを切ることにした。うまい具合に、ビレイ用の灌木もあった。
2ピッチ目
下部はともかく、上部は見るからに氷が薄い。氷ごとはがれそうな感じもするが、ここまで来たら登るしかない。
中間部で、最後の支点を取り、あとは思いきって登るだけ。あんまり叩くと、氷がはがれそうだし、そもそも落ち口付近は、ほとんど岩だ。戻るわけにも、立ち止まるわけにもいかないので、そっとそっと登る。最後は、バイルを離して、手で岩を掴んでよじ登る。
登ってみれば、氷柱ごと崩壊してしまうほどもろい、とは思えなかった。<★短いけれど悪い氷柱>
(翌日、別のパーティが登り、ここの氷は崩壊してしまったらしい)

F6(神谷リード)
F5を登った後、その先は何も見えなかったので、ああこれで終わりか、とほっとしていたが、なんとF6もあるらしい。
落ち口から少し歩いたところに確かにF6はあった。
20mくらいで、傾斜も緩いが、おまけと言うには、ちゃんとした氷瀑だ。
すでに6ピッチ分登った腕は、疲労がかなり溜まっている。難しくはなさそうだが、果たして登りきれるのか。パンプした腕を最後の力で持ち上げる。
バイルを振るう腕も、スクリューをセットする指も、蹴り込む足も、徐々に力が入らなくなってくる。しかも、氷が硬くて苦労させられた。<★もう疲れている>
それでも何とか登りきり、ようやく終了。

そのまま、稜線まで登る。
頂上に出るわけではないが、尾根の上に出て視界が開ける。<★尾根に出るぞ!>
とても気持ちがいいし、充実した気分だ。
少し休んで、下降に入る。下降は同ルートの懸垂下降。
この時点で、16時半だし、暗くなる前には余裕で降りられる、と思っていた。
……のだが。
まさか、このあとあんなことになるとは……。


F6〜F4は順調に降りる。灌木もあるし、残置スリングがかかっているところもある。
問題はF3。ここは、ロープの流れが悪くなるようで、カルパッチョの記録でも苦労したと書いてあるところだ(この記録にある残置カラビナは、我々が登ったときにはすでになくなっていた)。朝、すれ違った先行パーティも、ここの下降では苦労しているように見えた。
F3からF2方面へ登ったところを忠実に降りようとすると、途中でL字型に曲がることになり、それが引っかかる原因となるらしい。
だから、一旦短くピッチ切り、F2方面ではなく、F3直下の岩壁をまっすぐ下へ降りることにした。

1ピッチ目は問題なし。降りたところに、残置スリングがあった。残置ピトンに付いているスリングと、灌木に巻きつけてあるスリング、全部で2本。
その残置スリングをそのまま使って、清野さんが先に懸垂した。
ほぼ垂直の岩壁で、すぐ空中懸垂気味になるのだが、清野さんの姿が見えなくなった途端に、ピトンがバチンという音とともに飛んだ!
「外れた!」と、思わず声に出たが、清野さんには聞こえていないようだ。
残っているのは、直径5cmほどの細い灌木に巻きついたスリングのみ。
清野さんに状況を説明しようと思ったが、ここで時間をかけるよりも、さっさと降りてもらったほうがいい。「ピトンが外れました」と言ったところで、すぐに補強ができるわけではないし。
ドキドキしながら、じっと残された支点を見つめる。見ていれば大丈夫と言うものではないが、だからといってどうにもしようがない。無事、地面に着くのを祈るだけだ。
ふと、自分のセルフビレイを見ると、それも同じ懸垂支点の灌木で取っていることに気付いた。この支点が飛んだら、自分も引きずられてしまう。広く平らなテラスで、セルフビレイなしでは立っていられない、という場所ではなかったのも幸い。慌てて、少し離れたところで支点を取り直す。
もし、ピトンのほうでセルフビレイを取っていたら、バランスを崩して、そのまま墜ちていたかもしれない。そう考えると改めて震えが来る。

長い長い間に感じたが、たぶん、それほど時間は経ってはいなかっただろう。ロープが緩み、結び目が引かれ、無事下に着いたことがわかった。
心の底からほっとした。
もしかして、意外にこの灌木は丈夫なのかも、と試しにさわってみると、触れた瞬間にポキリと根元から折れてしまった。
サァーっと血の気が引いていった。
まさにギリギリだったのだ。残置スリングのわずか数センチ上で折れた。スリング自体は古いものだが、根元にしっかり縛られており、なんとか支えられていたのだ。
灌木が折れたことで、いろんなことを想像してしまい、震えが止まらない。
それでも、今度は自分が降りなくてはならない。
当然、この支点は使えない。使いたくない。使うものか。絶対に。
ロープを落としてしまわないようにしながら、別の灌木を使って、改めて支点を作り直す。
手が震えて、スリングがうまく結べない。何度も失敗してはやり直しているうちに、あたりが暗くなってきて、ますます気持ちが焦り始めた。

どうにか、降りられそうな支点ができ、何度もチェックしてみて、下に無事降り立ったときには、ほとんど真っ暗になっていた。

ヘッドランプをつけて、朝来たトレースを追いつつ急いで下る。歩きながらも、何度もあのピトンが飛んだ瞬間を思い出し、何かひとつでも間違っていたら、大変なことになっていただろうと、改めて思う。
そんな状態だから、F2の取付に、ヌンチャクを落としてしまったことも忘れていた。
まあ仕方ないか、とF1取付まで戻ってみると、残置した荷物のところにそのヌンチャクが置かれていた。
先行パーティの人が拾ってくれたらしい。ありがたいことだ。感謝感謝。

暗いなか歩いて、18時半に車に到着。

ルートそのものは、非常に楽しめるものだった。
ひとつひとつの滝が、バリエーションに富んでいた。水氷、ナメ、ツララ、ミックスなど、さまざまな様相を見せ、次々に現れてきた。
今年は氷結状態が良かったようだ。F1こそ水が流れていたものの、その先は十分凍っていた。F5は、普段あんなにしっかり凍らないらしい。今回は、ツララとは言え、氷は硬く、それほど不安なく登ることができた。2段目3段目は、岩とのミックスのような状態で怖かったが、チムニー状で両側の岩を逆に足場として利用して何とか登れた。
技術的には、それほど難しいわけではない。それより、こんなところに、こんなすばらしいルートが!というのが驚きだった。これは十二分に立派なアルパインアイスルートだといえる。
ゲレンデで練習するのも楽しいが、ひとつずつ滝を登って、頂上(今回は尾根だったが)に立つ、というのはまた、充実感が違う。

ちなみに、アプローチなどに関しては、カルパッチョの記録が非常に詳しいので、そちらをどうぞ。
ルート図などは「岳人」629号『西上州の氷瀑ガイド』を。


F3での懸垂下降失敗未遂は十分反省しなければならない。
残置スリングがあって、支点も二箇所から取られていたので、つい、しっかり確認するのを怠ってしまった。灌木は触っただけで折れてしまったのだし、ピトンもチェックすればおそらく手で抜けてしまうほどだっただろうから、ちょっと確認するだけで、この支点は使えない、というのがわかったはずだ。
早く降りることにばかり気が向いていて、頭が回っていなかった。
残置支点、残置スリングがあって、何パーティも使っているのだから、大丈夫だろう、と勝手に思っていた。
もし、墜ちていたら、下は20mくらいの断崖で、多少雪が積もっていたとは言え、下降者は致命的なケガを負っただろう。また、同じ支点でセルフビレイを取っていた私も、一緒に引きずられた可能性が高い。
致命的な事故になった可能性が非常に大きかったが、今回何事もなかったのは、単に運が良かっただけに過ぎない。今後、十分気をつけたいところだ。

もう一点。
今回、支点のうちのひとつが飛んだ時点で、下降者に対して、現状を説明しなかった。説明に時間をかけるより、早く降りてしまってもらったほうがいい、と思ったからだ。
しかし、状況によっては、たとえ時間をかけても(空中懸垂中に止まってもらっても)、「懸垂支点が危ない状態だ」と説明して、どこかで(下降者に)セルフビレイを取ってもらって、支点を作り直す、ということもしなければならないだろう。
どっちの方法が良いかは、あくまで状況次第だと思う。
下降者の状態が見えていれば、より適切な判断ができるだろうが、今回は、ビレイポイントから下降者は全く見えず、ロープの引かれ具合で、「だいぶ体重がかかっているな」とわかる程度だったため、判断に迷った。
また、下降中でも支点を補強しようかと考えたが、近くに手ごろな支点が取れそうになかったことと、わずかな衝撃で最後の支点が外れる可能性もあったので、下手に触ることができなかった。ただただ、緊張しながら、支点を見つめていることしかできなかった。





2月5日(土) 晴れ
9:55 駐車場発
10:35 F1取付(1℃)
11:00 登攀開始(0℃)
-11:50 F1(0℃)
-12:35 F2(0℃)
-13:50 F3(1℃)
-14:25 F4(0℃)
-15:45 F5(4℃)
-16:10 F6(2℃)
16:20 登攀終了・稜線(1℃)
17:55 取付(1℃)
18:35 駐車場(3℃)



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