「雪また雪、そして」
北アルプス 東芦見尾根支稜〜猫又山〜ブナクラ乗越〜ブナクラ谷下降

2004年12月25日(土)〜2004年12月29日(水)
メンバー:佐野、飯泉、神谷(記)
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<白銀の世界にトレースを引く……>


剱岳北方稜線の西にはいくつかの支尾根がのびている。そのうちの一つに東芦見尾根というものがある。末端からたどれば非常に長大な尾根であり、最後は毛勝三山の南端、猫又山に突き上げている。
今回の計画は、その東芦見尾根の最終部分に支稜から乗り上げ、大猫山(2055.5m)経由で猫又山(2378.0m)から赤谷山(2265m)へ。さらには剱岳本峰(2999m)を越えて、早月尾根を下山する、というものだった。

<計画>
12月25日:馬場島〜東芦見尾根支稜〜1,400mピーク〜1,857mピーク
12月26日:〜大猫山〜猫又山
12月27日:〜ブナクラ乗越〜赤谷山
12月28日:〜白萩山〜赤ハゲ〜白ハゲ〜大窓〜大窓ノ頭〜池ノ平山〜小窓
12月29日:〜小窓ノ頭〜小窓ノ王〜三ノ窓〜池ノ谷ガリー〜池ノ谷乗越
12月30日:〜長次郎ノ頭〜長次郎ノコル〜剱岳〜早月尾根〜馬場島
12月31日〜1月6日:予備日
(12泊13日(うち予備7日))


12月24日付けで出された富山県警「冬山情報第2号」には、以下の情報が掲載されていた。
http://www.pref.toyama.jp/kenkei/sangaku/2004winter2/sangaku02.htm

>12月24日現在の積雪量は、
>○  室堂平(標高2,450m)では、1.80m(昨年4.50m)
>○  黒部湖(標高1,450m)では、0.12m(昨年1.44m)
>○  早月尾根(標高2,200m)では、1.20m(昨年3.00m)
>○  馬場島(標高750m)では、0.10(昨年1.3m)
>という状況であり、例年に比較して少なくなっています。


今年は雪が少ないようだ。剱岳だけではなく、各地の雪や氷の発達も不十分であると言う情報が入っていた。
東芦見尾根支稜の下部はヤブこぎになるかもしれない。それはそれで大変だな、と思っていた。
しかし、週間予報を見ると、年末にかけてほぼ連日雪の予報となっており、確実に晴れそうな日は一日もない。一気にドカ雪となって閉じ込められる可能性もあり、どちらにしろ予断を許さない状況の中での出発となった。


12月24日
クリスマスイブで混雑している東京の街中を、ばかでかいザックを担ぎながら、ふらふらすり抜けていく。クリスマスのイルミネーションと喧騒が目と耳に入るが、自分とは全く関係ないものとして頭の中を流れていく。今はこれから登る剱岳のことで頭がいっぱいだ。背中のザックが肩に食い込む。両腕には靴などのザックに入りきらなかった荷物を下げている。これらを全部持って10日以上も行動できるのだろうか、と思える量だ。寒いはずの街を、汗をかきながら通り抜ける。

厳冬期の剱に入るのはこれが初めて。人の話や記録を読んで、一晩で数メートル積もったとか、暴風雪で何日も閉じ込められたとか、そんなイメージばかりが先行している。考え始めれば、不安は募るばかりなのだが、ともかく行ってみるしかないだろう。そのために予備の食糧、燃料も大量に持っている。剱岳本峰まで行けなかった場合のエスケープルートとしては、赤谷山から赤谷尾根の下山を考えていた。

12月25日
高速を降りるが、ほとんど雪がない。伊折のゲート付近にも全く雪がなく、このまま馬場島まで行けてしまいそうな感じがする。しかしゲートは無情にも閉じていたので、その手前の剱青少年研修センターに車を止める(後にこれが間違いだったことを知る)。
三人分を寄せ集めて、ますます量の増えた荷物を何とか詰め込んで、8時前にゲートから歩き出した。<★ゲートに向かい歩き出す>
ゲート付近で1パーティ、馬場島までの途中で別の1パーティを追い抜いた。約1時間で馬場島到着。
25kg程度はあると思われるザックは、とても重く、馬場島まで歩いただけで肩と腰が痛くなってしまった。70リットルザックを持ってきたが、すべての装備は入りきらず、ザックの外にくっつけているものもたくさんある。他の二人は90リットルザックだったので、私ももう少し大きめのものにすればよかったか、と思う。

馬場島の登山指導センターに立ち寄り、状況を聞きつつ、ヤマタン(山岳遭難者探索用システム)を受け取る。年末登山の初日に当たるためか、テレビカメラも何台か来ていた。ここで話を聞いてわかったのだが、道路の除雪が行なわれるのは伊折の集落までで、研修センターに車を置いておくと、埋まってしまい動けなくなる可能性があるとのこと。幸い、テレビクルーの中にメンバーの知人がいたため、キーを渡して車を集落まで移動させてもらうことにした。

まずまずの天気の中、馬場島から本格的に歩き出す。このあたりは15cmくらいの積雪。去年は1mを越していたそうなので、ほとんどないといってもいいほどだ。今朝赤谷尾根に入ったパーティがあるそうで、途中までそのトレースが続いていた。
赤谷尾根のトレースをはずれ、ブナクラ谷方面へ向かう。取水口手前に赤布がぶら下がっている取付を発見。少し雪に埋もれていたが、転がっている石には↑(赤ペンキ)が付いていた。<★赤布のある取付>
ワカンの必要はなさそうだが、アイゼンだけはつけて登り始める。

ここから東芦見尾根との合流点である大猫山へは近年(2001年ごろ?)登山道が拓かれたようで、「東芦見尾根」「大猫山」で検索してみると、春から秋にかけての記録がいくつも出てくる。
実際、取付からの踏み跡はしっかりしており、赤布やフィックスロープも各所に設置されていて、迷うような場所はない。尾根を登ったり、トラバースしたりを繰り返し、高度を徐々に上げていく。背中の荷物が重く、30分に1回程度休憩を入れる。だいたいその30分で100m-150mの標高を上げている感じだった。<★雪はあまりない><★今日は天気が良く剱岳が見える>
積雪は基本的にはくるぶし程度。時々すねまでの場所があるくらい。ただ雪が湿っていて、アイゼンに団子となってまとわり付くのが嫌らしい。
幕営可能地は各所にある。1400m手前、1550m付近、1605m付近など。
今日の目標は1857mの台地であったが、荷物の重さもありペースが上がらず、結局1675m付近の平らな場所にテントを張ることにした。<★テントサイト>

12月26日
朝、テント内の気温は3.6℃とそれほど寒さは感じなかった。しかし、夜じゅう雪と風が断続的に吹き続けた。一晩での積雪は30cmくらい。昨日のトレースはすっかり消えていた。
雪の降りしきる中、今日はワカンとアイゼンをつけて歩き出した。<★雪の中の出発>
一部、ヤブっぽい木登りなどもあるが、赤布を頼りに高度を上げていく。昨日とは違いラッセルになることから、思ったようには進まない。今日中に猫又山近くまで行きたいのだが、登っても登っても東芦見尾根にすら着かない。<★雪は降り続く>
1857m付近は、広い雪原。ラッセルするのが気持ちの良い場所だ。テントもどこにでも張れそうな感じ。<★雪原を行く><★ラッセルは続くよ>
今回、私以外の二人はワカンではなくスノーシューを持ってきている。今日は朝からスノーシューをつけているのだが、どうも調子がよくないらしい。1857m付近の雪原など傾斜の緩いところでは威力を発揮するものの、傾斜が強くなったり、ヤブが混じってくると、途端にスピードが落ちる。新雪の積もった急傾斜の登りでは、スノーシューのツメが雪に刺さらず、登ろうとしても滑ってしまうとのこと。ワカンでトレースをつけていても、スノーシューで登ろうとするときには、もう一度雪を固めなおさねばならないようだ。スノーシューからアイゼン、アイゼンからスノーシューと何度も履き替えていた。
湿った雪の降る中、ひざ程度のラッセルの連続で、中からの汗、外からの雪で、全身濡れてきて、止まっていると非常に寒かった。
低気圧の通過が原因か、腕時計の高度計では、とっくに2055mの大猫山の高度を越えているというのに、稜線はまだまだ先に見えていた。<★あの先が稜線のはず>
結局、稜線に着いたときには15時近く、これ以上の行動はできず、適地を見つけてテントを張った。高度計の標高は100m以上ずれていた。
ちなみに、大猫山自体は尾根から外れたところにあるので、登頂はしていない。

12月27日
今日も朝から雪。それでも、猫又山までは平坦な場所が続くし、猫又山を越えれば下るだけなので、ブナクラ乗越までは行けると思っていた。調子がよければ、乗越を過ぎて、赤谷山への登りの途中くらいまで行けるかもしれない、と考えていた。
しかし、あいかわらずのラッセルで全然ペースが上がらない。ただ、昨日よりはスノーシューの活躍する場所が多い。平坦地だと、スノーシューの後をワカンで行くと、埋まってしまって追いつけないことがあった。だが、やはりスノーシューの苦手な急傾斜に入ると、ずるずる滑ってしまうのだった。<★今日もラッセル>
地図を見ると、猫又山からの下りは、尾根がはっきりせず、非常にわかりにくそうだ。頂上まで登ってしまうより、2200m付近をトラバースした方が良いのではないかと考えた。
雪で視界が悪く、現在地が正確につかめない。昨日のこともあり、高度計はあまり当てにならない。そろそろ猫又山への登りに入り、トラバースする場所を探ろうと偵察に行くと、途中に沢があり難しい場所に出た。だったら、もう少し登ってみようか、と歩き出すが、どうも様子がおかしい。猫又山へ登っているはずなのに、また一旦下る場所が出てきてしまった。
そこで初めて、ここがまだ2135mのコル手前であることに気付いた。思ったより全然進んでいなかったのだ!<★2135mへ下る>
ひざから腰くらいのラッセルが延々と続いた。一部クラストして歩きやすい場所もあったが、それは本当に一部のことだった。<★雪をかき分けまたラッセル>
ひたすら登り続け、猫又山に向かう急な登りが一段落した2310m付近で14時を過ぎてしまった。猫又山にたどり着くこともできず、今日はここで幕とする。
毎日だいたい14時ごろにテントサイトを決めるが、整地などに時間がかかるので、実際にテントの中に入って落ち着けるのは、16時近くになってからだった。<★テントサイト>
夜中、激しさを増して雪は降り続いた。雨のようにバタバタと音を立てて雪が降っていた。風も非常に強い。0時頃佐野さんが雪かきのためテントを出た。三分の一くらいテントが埋もれていたらしい。その後、降りは少し弱まった。

12月28日
今日は猫又山からブナクラ乗越へ降りなくてはならない。しかし、猫又山からの下りは、視界が悪いと、非常にわかりにくい。
4時半に一旦起きるが、降り続く雪で、すべてがホワイトアウトの中。視界は15m程度。とても行動できる状態ではない。明るくなるまで待機とする。
ラジオと携帯電話で天気予報を調べると、30日以降は明らかに悪そうな状況だ。31日、1日は特に悪くなりそうな感じがするし、その先も好天が期待できそうな日はない。この時点で、剱岳本峰への縦走の可能性はかなり低くなっていた。考えられるのは、赤谷山から赤谷尾根を下山すること。それにしても、今日、できるだけ進んでおきたい。この場所では、行くも戻るもどうにもならない。
7時過ぎ、明るくなってきたのを確認して外を見ると、雪は止み、視界が広がっていた。
急いで行動開始。今ここで動かなければ、悪天に閉じ込められてしまう!
テントを出る頃には視界は大きく開けていた。猫又山頂上を経由しないと、乗越まで降りられないかと考えていたが、下る尾根がはっきり確認できた。だったら、このままトラバースして尾根に取り付こう。
厚い雲が少しずつ切れていく中、だだっ広い雪原をひざくらいのラッセルでトラバースしていく。昨日までのトレースがすっかり埋まり、テント周りも真白な世界と化していたが、広がる眺望に心は軽かった。
雲の隙間から剱岳本峰が見え始めてきた。後立山の五竜岳や鹿島槍ヶ岳も見えている。入山日を除いて、雪が降り続いていたので、初めて見える白銀の世界に、心を奪われてしまった。<★ブナクラ乗越へ下る><★後立山方面><★剱岳>
我々以外、他に誰もいないこの稜線に、我々の力でラッセルしてトレースを引いていく。なんと素晴らしいことだろうか。連日の降雪の中の行動もこれで報われた気がした。<★我々のトレースだけが続く>

と、感動していられたのもそれほど長い間ではなかった。はじめこそ快調にラッセルを続けられたものの、次第にそのペースは落ちてきた。地図で見たとおり、猫又山からの下りはルートが非常にわかりにくかったのだ。尾根がいくつにも分かれていて迷う箇所があったり、尾根がはっきりしていても雪庇が怖くて尾根上を進めず、樹林帯のヤブに入らざるを得ない場所もあった。<★樹林をすり抜けながら>
樹林帯では、雪は時に胸の深さを越えることもあった。急な下りでは、スノーシューは滑りすぎてしまい、またしても役に立たなくなった。
雲も再びその厚みを増してきていた。

一気に下って、できるだけ赤谷山頂上近くへ、との思いもむなしく、今日もまた遅々として歩みは進まない。<★赤谷山は眼の前だが><★傾斜の強い下り>
そして、ブナクラ乗越への最後の下りは、懸垂下降となった。
傾斜が強くなりスノーシューを外さざるを得ない場所を通過し、雪庇の発達したリッジを過ぎ、細くなっていく尾根を下っていくと、急に落ち込んでいる箇所に出た。ザックを置いて空身で様子を見に行くが、傾斜が強く、ロープなしではとても怖い。
結局、スリングを残置して、灌木でブナクラ谷側のルンゼに下降した。15mほど降りると、傾斜は緩くなりロープは要らないほどだったが、ルンゼへの降り口は、どこから行こうとロープが必要なように見えた。今は雪の付き方が中途半端だったからなのかもしれない。もう少し雪が増えて、すべてが雪に埋まってしまえば、ロープなしでも降りられるのかもしれない。<★懸垂下降でルンゼへ>
乗越に着いたときには既に14時近かった。これ以上は進めず、ここでテントを張る。<★この乗越で幕営>

夜、ラジオを聞くと、天気は明らかに下り坂であることを伝えていた。携帯が通じないので、ラジオで天気図を取ると、南岸に前線が停滞し、そこに低気圧が発生し接近する兆候が見られた。明日の午前中の降水確率は80%。夜になると100%と予報は伝える。南岸低気圧が通過すれば、冬型が強まり、山は荒れることだろう。前日に携帯で見た予想天気図では、31日には日本海に低気圧が発生し、二つ玉となるようであった。
赤谷山まではあとひと登り。下部はラッセルだろうが、上部はクラストして歩きやすくなるだろう。とは言え、ここまでのペースを考えると、果たして一日で標高差約500mの頂上まで登りきれるだろうか。赤谷山の頂上付近は尾根がわかりにくく、赤谷尾根への下降は、視界がはっきりしないと動けないかもしれない。
明日、何とか登れたとしても、そこで荒天につかまってしまう可能性はある。この先の予報を考えると、年明けまで好天は望めない。だったら……。

眼の前に赤谷山はある。一日で登れるかもしれない。でも登れないかもしれない。赤谷尾根には他パーティのトレースがあるかもしれない。でもトレースはなくまたラッセルが続くかもしれない。明日一日は行動できる天気となるかもしれない。でもその先は全く行動できないかもしれない。
すべては可能性の問題だ。
行けるかもしれないし、行けないかもしれない。行ければ良いが、行けなかったら何日も全く動けなくなるかもしれない。

もちろん、予備日はまだ残しており、食糧、燃料ともに余裕はある。しかし、いつになるか分からない天気の回復をただ待ち続けるのは良い判断とはいえない。動けるうちに動き、降りられるうちに降りるのが、生き残る道だろう。

予定の行動の四分の一程度しか消化していないが、現状を冷静に判断して、ブナクラ谷から明日下降することを決めた。

12月29日
昨晩、テントの外に出ると、輝く星空が頭上に広がっていた。満月に近い月も眩しく光っていた。周囲の山々も月の光に照らされて、くっきりと浮かび上がっていた。
こんなにいい天気なのに、翌朝になったら下山しなくてはならないのか。
これまでの4日間、ラッセルの連続で非常に疲れ、濡れたシュラフと狭いテントで不快な思いを続けてきた。暖かい布団とおなかいっぱいの食事を夢見ていた。にもかかわらず、下山するとなると、さびしい気分になるのはなぜだろうか。一日でも多く山に残りたいと思うのはなぜだろうか。不思議なものである。

朝になると小雪が舞っていた。これで予報に反して最高の晴天だったりすると、下山する気も揺らぐのだが、厚い雲に覆われた空を見れば、気持ちも多少は納得させられると言うものだ。<★雪降るテントサイト>
未練がないといえばうそになるが、気持ちを切り替えてブナクラ谷を降りてゆく。この谷の下降だって、易しいものではない。雪崩の危険がないわけではないし、ルートの状況が分かっているわけでもない。途中渡渉があるかもしれない。

最初は順調に降りて行った。残雪期には、ルートとして使われているらしく、所々赤布もあった。昨日一日降雪がなかったおかげで、雪も締まって落ち着いているようだ。ひざ程度のラッセルで進んでいく。<★順調に降りてゆく><★振り返れば乗越はすでに遠い>
沢を左右に渡る箇所が何度も出てくるが、すべて飛び石やスノーブリッジで渡ることができた。<★沢に出た><★渡渉1><★渡渉2>
傾斜の緩くなった下部は、右岸の樹林帯に赤布が続いていた。

一時止んだ雪だったが、午後になり次第に強くなってきた。わりと早い時間には下れると思っていたが、馬場島に到着したのは15時過ぎのこと。着いたときにはもうフラフラになっていた。<★取水口は近い><★4日前に登り出した取付>
登山指導センターに下山報告。TVから、今日東京で初雪でした、と聞こえてきた。年末年始はやはり荒れそうな気配。


それにしても、今回の山行は、まるで計画通りに進めなかった。事前の計画と比較すると2日半〜3日遅れ。毎日、今日はこのあたりまで行ける、と考えた地点も、一日として予定通り進めたためしはなかった。連日の降雪、ラッセル、荷物の重さ、スノーシューが意外に使えなかったこと、など原因はいろいろあるだろうが、冬の剱がそれだけ厳しいものだということを実感した。

そんな中、28日に天気が一時的であれ回復してくれたのは、幸運だった。
猫又山からの下りは、地図を見ても分かりにくいと思ったが、実際に行動してみても、やはり分かりにくいものだった。視界がなければ、間違えて、別の尾根や谷に下りてしまう可能性も十分にあった。一番晴れて欲しいとき、晴れて欲しい場所で、視界が広がったのは、運が良かったとしか言いようがない。もし、28日に行動できなければ、その後も天気は回復せず、ひょっとしたらずっと同じ場所で閉じ込められていた可能性もある。
猫又山からでは、行くも戻るも非常に困難を極める。

今回、3人のうち私だけがワカンで、あとの2人はスノーシューを持参していた。結果から言えば、今回のこのルートでは圧倒的にワカンのほうが有用であった。
このスノーシューとワカンの比較については、Rock&Snow No.14の冬黒部横断特集が詳しい。今回の山行を終えてから読み返すと「まさにその通り」と思う部分が多いので一部引用しておく。
スノーシューの長所は深い雪では浮力があるので埋もれにくく、構造上歩きやすい。しかし、急な登り下りや堅い斜面のトラバースには弱い。(中略)急斜面が多い登攀主体のルートはワカンがよく、傾斜が緩くラッセルする時間が多いルートではスノーシューが向いていると思う
今回のルートはラッセル主体ではあったが、傾斜の強い部分が多く、結果的にワカン(+アイゼン)の方が有利なことが多かった。
今年は、雪の降り始めこそ遅かったが、年末年始で一気に積もってしまった感じだ。

結果から見れば、予定の四分の一も消化していないのだが、これが冬の剱岳のことであるので、やむを得ないかと思う。むしろ、悪天の中、連日行動して、よくここまで歩けたものだ、と思いたい。成功率は3割とも1割とも言われる冬の剱岳。初見参で、いきなり完全成功、とは行かないのは当たり前か。
天気さえ良ければ、まだまだ十分行動できたと思っているが、この先、年末年始は大荒れになりそうな感じで、しかもその前後も好天が全く見込めないのであれば、途中下山もいたしかたない。
冬の剱は何年も通い詰めて、そのうちに一回くらいは成功できるか、というものなのだろう。今回学んだことを一つのステップにして、次につなげていければ、意味のあることになると思う。

行動距離は短かったものの、他に人のいない山域で、自分たちの山登りを楽しめたのは、貴重な体験だった。厳しくても辛くても、剱に通い詰める人たちの気分が少しだけでも分かったような気がする。苦労をするだけの価値がある山だと思った。



12月25日(土) 曇り
6:00 起床
7:55 ゲート発
9:10 馬場島着
9:50 馬場島発
10:30 支稜取付(取水口)
15:55 テントサイト(1675m)着
気温-2℃〜+3℃

12月26日(日) 雪
4:00 起床
7:35 テントサイト発
12:10 1857m地点
14:10 大猫山(2055.5m)手前
14:45 テントサイト(2075m)着

12月27日(月) 雪
4:30 起床
8:00 テントサイト発
11:25 2135m地点付近(0℃)
13:55 2295m付近(-5℃)
14:20 テントサイト(2310m・-6℃)着

12月28日(火) 曇り時々晴れ
7:00 起床
9:45 テントサイト発(-9℃)
11:05 1990m付近(-3℃)
12:15 1910m地点付近(-5℃)
12:50 懸垂支点(-2℃)
13:45 ブナクラ乗越着(-3℃)/テント設営

12月29日(水) 雪
4:30 起床
7:35 テントサイト発
13:05 堰堤1(0℃)
13:20 堰堤2(0℃)
14:05 取水口(0℃)
15:20 馬場島着(0℃)

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