「蒼龍の涙」
週刊タニガワ日記〜積雪期編〜(第5回)
蓬沢檜又谷 大滝沢支流 アイスクライミング
2004年3月11日(木)
メンバー:矢吹(東北大学山岳部)、木下(日本山岳会青年部) 、神谷(記)
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<F1の登攀>
※このときの記録が、 「岳人」2004年7月号(No.685)のクロニクル欄に掲載されています。 あわせてご覧ください。 |
蓬沢檜又谷は、谷川岳の北西面。武能岳と茂倉岳を結ぶ上越国境稜線に端を発して西下する谷である。この山域は、「日本登山大系」に掲載されており、無雪期の沢登りやスラブ登攀では、そこそこ登られている場所でもある。また、積雪期のリッジ登攀の記録もいくつか見受けられる。ただ、アイスクライミングの対象としては捉えられていなかったようで、氷瀑登攀の記録はほとんどない。(このあたり日本山岳会青年部会報「きりぎりす」vol.9の『マイナーピークハンターズ』に詳しい。) そんな中、大滝沢本流が2003年3月に登られた。そのときの記録は、「山と溪谷」2003年5月号と「きりぎりす」vol.9に掲載されている。そのときのメンバーだった木下が、本流登攀中に目をつけたのが、今回の大滝沢支流の氷柱である。 日本山岳会青年部の記録にある「滝沢出合よりよく見える氷柱」というのがそれであり、そのときもかなり立派そうに見え、次はあれを登ってみたい、と考えていたそうである。過去に登ったという記録は見受けられず、今回登れば、初登、ということになる。 土樽パーキングエリアに車を置き、下り線と登り線の連絡道路を歩くと、檜又谷の沢に出る。高速道路のPAからアプローチするとは、変な感じがする。 沢に出たところでワカンをつけて歩く。部分的に深くなる箇所もあるが、ほぼすね程度の積雪。 3回ほど沢を飛び石で渡渉しながら、樹林帯を歩く。<★アプローチの様子> しばらく行くと、遠くに氷瀑が見えてきた。あれこそが目指す大滝沢支流の氷瀑らしい。左右二本見えているが、どちらも立派そうに見える。今回登るのは、右の氷瀑。ただ、下部がツララ状になっていて、果たして繋がっているのかがはっきりとは分からない。 進むにしたがい、湿った雪は深くなり、ところどころ、腰くらいまで埋まるような場所もある。 大滝沢に入ると、傾斜もきつくなり、ラッセル、登高に苦労させられる。 大滝沢に入ってしまうと、支流の氷瀑は視界から消えるが、正面に本流上部の氷瀑が見えてくる。あっちも立派そうに見え、木下の記録にある「(大雪の中でも)はるか上に見える蒼氷を見た途端に、2人の頭の中には氷を登って帰る事しかなかった。」という気持ちになるのも分かる。 目指す支流の下部まで来ると、立派なF1の氷柱が目に入ってきた。 これは素晴らしい!予想以上の大きさがある。 わくわくしながら、本流にある灌木の下で準備をするが、時折スノーシャワーが本流に向かってあちこちから流れてきて、少し嫌なムードになる。雲は多いものの、予想に反して気温は高い。「去年より氷の発達状態は良い」と木下は言うが、スノーシャワーの中での登攀は、気分の良いものではない。 ザック等は、その灌木の下に置いて、F1まで雪壁を登る。 立派に見えたF1だが、近づいてみて愕然とした。 幅広い滝の全体に水が流れている。 やはり、気温が高すぎるのか。北西面とは言え、融け出すのも仕方がないことか。 しかし、氷結状態は悪くはない。登れなくはないだろう。 状態を見ながら、準備をする。 下から見えた上部の滝は、ここからでは見えない。せめて繋がっているのかどうか、それだけでも確認したかった。そのためには、このF1を登るほかない。<★見た目は立派なのだが> そうは言っても、濡れるのはいやだなあと考えていた。 と、突然、滝の上部からバラバラと氷塊と黒い小枝が大量に降ってきた。 これはまずいだろうと思った。 上部に雪田はないはずだが、このまま気温が上がり、木とか石とか落ちてきたら、たまったものではない。 急激にやる気が失せていった。 やむを得ない、せっかくの初登のチャンスだが、ここはあきらめて帰るとしよう、と思った。 しかし、矢吹は登る気十分。 リードしたいと言う目で訴えてきた。 私も木下も登る気が失せていたので、変なものが落ちてこないことを祈りながら、矢吹に任せることにした。 F1【矢吹リード】30m・IV+ 2-3m登っただけで、彼の雨具の背中はびしょびしょだ。 ビレイする木下もロープを伝って流れてくる水で凍えている。 私は写真を撮るために少し離れた場所に逃げる。そのうちにガスが出てきて、視界が悪くなってきた。 矢吹は、最上部のチムニー状のツララの登攀に入っていた。 薄そうに見えたツララを登る矢吹を見ていたところ、「雨降ってますか?」という声がかかった。 確かにガスが出てきてはいるが、雨は降っていない。それは、ツララから水が垂れているだけだ、と苦笑する。<★F1中間部。すでに全身びしょ濡れ> ツララも無事登りきり、登ってよい、とのコールが来た。 セカンドに私が登り、ラストを木下が行くことになった。 が、数手登っただけで分かった。 これは登れない。 水が滴っているわけではない。まさにこの場所に雨が降っているのだ。 氷の表面をちょろちょろ水が流れていて、バイルから手に水が伝わってくるという状態は良くあることだ。 しかし、これは違う。上部がツララ状でハングしているので、真上からザーザーと水滴が落ちてくる。 ちょうどガスも濃くなってきたので、下にいる木下に聞いてみた。 「今、雨降ってる?」 降っているわけがない。矢吹と同じ事を聞いてしまった。 でも、本当にそう思えるほど、水が落ちてきて、全身が濡れてきた。 もう、正直、降りたくなった。誰も登っていない氷というのにも惹かれたし、上部の氷を見てみたいという気もあった。 しかし、そんなことはもうどうでも良くなった。こんな冷たい"雨"の中、登るなんて馬鹿げている。 ラストで登り始めた木下だったが2mも上がらないで、やめる、と言って降りてしまった。 こうなると、スクリューを回収するためにも、私が何とか登らざるを得ない。 心を無にして、なるべく"雨"を感じないように登る。矢吹は良くこんなところをリードしたものだ。技術的な問題ではなく、精神的にこれは耐えられない。 幸い、氷の状態は良い。バイルが面白いほどに決まるので、さくさく登れる。 猛スピードで、スクリューを回収して、滝上に出る。 全身びしょ濡れ。寒くて仕方がない。 -----矢吹による記録----- 滝の表面を水が流れており、びしょ濡れになるのは目に見えていたが、ここまで登って来てあっさり敗退するのも悔しいので取り付く。垂直部では雨が降っているのかと勘違いしてしまう程のシャワーだがさほど氷質に不安は無く、最後はチムニー状を越えてスクリュー2本でビレイする。上流を見上げるがガスが濃くなってきていてF2は見えなかった。 ---------------------- ここまで登れば、上部の滝が見えるかと思ったが、ガスが濃くて良く分からない。 眼の前には、ただ、雪壁が続いている。 すぐにでも降りたい気分だったが、ともかく見るだけでもいいから、上の氷のところまで行くことにした。それで、もし、上の滝も、"雨"が降っているようだったら、登らずに降りてこよう。(後から知ったが、私が「見に行く」と言わなければ、この時点で、矢吹は降りるつもりだったらしい。) 「ちょっと見てくる」と木下に伝えて、ロープに必要なギアをぶら下げてもらい、引き上げた。上部がどうなっているのか分からないため、カムやスノーバーやハーケンなど大量のギアを念のために持っていく。 雪壁をそのまま40mほど登るが、滝は見えてこない。 支点は取れないので、スタンディングアックスビレイで、矢吹を迎える。 さらに矢吹がロープを伸ばすが、まだ見えない。 もう1ピッチ分私が登ると、稜線に出てしまった。これ以上は、どう見ても氷がありそうではない。 どこかで間違えたのだと思い、懸垂で2ピッチ下る。 すると、下から見て右手に大きな氷柱がかかっているのが見えた。 さっき、F1から1ピッチ雪壁を登ったところのすぐ右だった。なぜ見落としたのだろう。ガスが濃くて見えなかったのかもしれない。 F2下の灌木まで1ピッチ。灌木を使ってビレイをする。 想像以上に立派な滝だった。下部も右側は繋がっている。水流もない。技術的にも不可能なほど難しそうには感じない。 これなら登れる。 矢吹を迎えて、そのままリードしてもらう。<★F2全景> F2-1段目【矢吹リード】20m・V- 出だしが立っていて、70-80度くらい。しかし、段差があるので、要所で休める。 フィフィテンションをかけながら、慎重にリードしていく矢吹。<★F2下部を登る> F2は、2段に分かれていて、中間部が広いテラス状になっている。 その出口が悪そうだった。 スカスカの雪が詰まっていて、バイルがうまく効かない。 それでも、何とか無事登りきり、スクリューでビレイ点を作る。 フォローで登るが、氷の状態が良く、傾斜は急だが、面白いようにバイルが刺さる。 これはいい氷だ。 F2-2段目【神谷リード】20m・V 2段目はツララ状になっていた。ルートを選べば、かなり難しいラインも取れるが、一番登りやすそうな所を行く。<★F2上部のツララ> 傾斜は70-80度くらい。腕の負担も大きく、スクリューセット時にフィフィテンションをしてしまった。 しかし、バイルは良く効くので、安心感がある。<★凹角状のツララを登る> 8mほど登って、一段休める。 さらに上部に5mほどの氷。傾斜は上部のほうが強い。 最後は、やはりスカスカの雪に出て、苦労した。 太い木があったので、そこでビレイ。 木を使って、懸垂下降。50mダブルロープで下まで届いた。 さらに下部から雪壁を懸垂下降。F1の上部へ。 F1は、下から見て左側は岩壁になっているので、右の木を使って懸垂。 これも1ピッチで降りることができた。 降りると、木下がツエルトに包まって震えていた。 濡れたままで3時間近く待たせてしまった。申し訳ない。 しかも、この氷を見つけて、狙っていた本人を置きっぱなしにして、我々だけで登ってしまった。 ほんと、申し訳ないと思う。 F1を登ったときには、もうやめようと思った。 "雨"に濡れてあまりにも寒かった。 でも、F2まで行って良かった。 F2は立派な氷だった。幅も広く、ライン取りを選べば、高難度のルートも取れそうだ。 F1、F2と登っても、時間はそれほどかからないので、F2は、ラインを変えて、何度も登ってみるのも面白いかもしれない。 F1も条件がよければ、登り甲斐のあるルートになると思う。特に最上部のツララは、短いながらも傾斜が強い。 隠れたルートの隠れた氷。 遠目で見たときは、どんなものかと不安になったが、 登ってみれば、印象的な立派な氷。 アプローチはスキーを使えばもっと楽で、時間もかからないだろう。 一ノ倉や幽ノ沢のルートを狙ってきたけど、ちょっと条件が悪そうだ、というときの転進ルートとしても面白い。 なお、本流の氷は「谷川に潜む竜」という名前が付けられたようだ。 その本流の龍の右目に位置し、そして、降りしきる"雨"にちなみ、ここを「蒼龍の涙」と名付けたい。 |
3月11日(木) 晴れのち曇り(日中0℃〜3℃くらい)
6:30 土樽PA発
9:00 登攀準備
9:55 登攀開始
-11:45 F1
12:35 雪壁3ピッチで稜線に出てしまったため下降
13:10 F2登攀開始
-13:40 F2-1段目
-14:25 F2-2段目:登攀終了(懸垂下降開始)
15:15 取付着
15:30 下山開始
17:15 土樽PA着
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