「嗚呼、ニッポンの雪山」
中央アルプス 仙涯嶺東尾根

2003年12月28日(日)〜2004年1月1日(木)
メンバー:木下、浦田(日本山岳会青年部)、野村 、神谷(記)
報告内の★マークは、写真へのリンクです。



<尾根に向かって、ラッセルは続く……>


 仙涯嶺、それは中央アルプス南部、空木岳と越百山の間にある山。そして、その東に延びる尾根は、登ったという記録をほとんど見かけない未知の世界であった。
 もらった資料は、1995年12月29日〜1996年1月3日のもの。「Scramble Up Corp.」服部文祥さんのパーティの記録。記録を読むと、この尾根にかける熱い思いがつづられているのだが、肝心なルートの内容としては、尾根の途中に「15mの断壁」があって大変だ、ということと、営林署横沢合宿所(横沢避難小屋)がとても快適だ、ということだけしかわからない。
 それ以外の資料は一切なし。「日本登山大系」にもネットにも参考になりそうな記録はまったく見つからなかった。
 「何が出てくるかさっぱりわからない」という今までにないドキドキ感に包まれた出発。久々の長期山行となるのだが、緊張しようにも何に対して緊張してよいのかわからない、という状態だった。

(以下の報告は、2万5千分の一地形図「空木岳」を参考にしてください)


12月27日
 岳沢に行くというパーティの車に便乗させてもらい、伊那駅で京都から来た野村さんと合流。伊那北駅前でテントを張る。

12月28日
 シオジ平自然園を目指し車を走らせ、長野県企業局与田切発電所手前で車を止める。しばらくは林道歩き。途中まで車が入っており、轍が続いていた。その後も、車を降りたパーティのものと思われるトレースが続いている。この季節にこの場所にトレースがあるとはまったく考えていなかった。トレースは新しく、今朝つけられたばかりのもののように見える。
 中小川林道との分岐を過ぎてもトレースは続いており、まさかこの先行パーティも仙涯嶺東尾根に行くのではないか、と思えてきた。今日は一日中林道のラッセルになることを覚悟してきただけに、楽をさせてもらいありがたい、と思うが、もし同ルートの登攀になったら、こちらはただトレースをたどるだけになってしまい、面白さが激減してしまうのでは、という不安も感じた。

 林道から、目的の尾根が遠望できる。激しいギャップの連続が見える。果たしてあんな尾根を登れるのだろうか。<★右のスカイラインが仙涯嶺東尾根>
 林道は、30cmくらいの積雪。中小川避難小屋からわかんを着用。小麦沢を越え、尾根をオンボロ沢手前まで回り込んでから取り付く。

 トレースは、どうやら林道をさらに先に進んでおり、黒覆山方面に向かうものらしい。
 というわけで、ここから先行パーティのトレースはなく、真剣勝負のラッセルとなる。急傾斜の尾根を笹をつかみながら這い上がる。雪は腰くらいまである。笹をまとめてつかんでは身体を引き上げ、灌木を乗り越えながら先へ進む。天気が良いのはうれしいが、すぐに汗だくになってしまう。<★ラッセルの始まり>
 尾根に取り付いて1時間弱で平らな場所に出た。地形から判断して、1710m付近らしい。地図を見ると、この先しばらく急傾斜で、テントを張れるような場所はない。時間も15時であるし、今日はここまでとして整地にかかる。エスパース4−5人用テントが十分張れる広さを確保できた。
 テントを設営している間に、木下、神谷でさらに先まで空身でトレースをつけに行く。30分ほどかけて、約150m上がる。笹の上に雪が積もっている部分が多く、胸くらいまで一気に沈んでしまうところもある。途中、赤布(「伊那山仲間」と書いてあった)を発見。かなり古そうだったが、確かにこの尾根を登っている人間がいることを伝えてくれた。

12月29日
 割と暖かい朝。手袋なしでも外に出ることができる。
 昨日つけたトレースをたどって、1860m付近まで。ここは、東から来る尾根と合流する場所で、わかりやすい。平らでもあり、幕営可能地となりそうだ。
 再びラッセルの始まり。背中のザックが重くのしかかる。
とにかく雪を掻き分け、ヤブをこいで上へ上へと向かう。尾根上に岩が出てきたら、右へ左へ尾根を巻く。<★とにかくラッセル!>
 2175m地点。北東からの尾根との合流点。大岩があり、その下が絶好の幕営可能地となっている。尾根の向こうには、南駒ケ岳の稜線がよく見える。ここで一泊したいところだが、まだ11時。ここで泊まってしまっては明日の行動に差し支える。岩を左から巻いて、先を急ぐ。この先、尾根の左側は切れ落ちているので、右側をずっとトラバースしていく。<★あくまでラッセル!!>
 今日は昨日より雲が多い。朝はほぼ快晴だったのだが、徐々に雲が増え始め、この先の悪天を予感させた。

 急斜面かつ木登りになる尾根上を素直に登ろうとするが、すでにその前に全身は疲れ果てており、とてもじゃないが、直登は無理と判断。いったん下り、右から回り込むことにする。
 しかし、結局そこでも岩場に行き当たり、5mほどの岩場を空身で木登りして、ザックを後から荷揚げ。その先のコブに立つと、うわさの「15mの断壁」が見えた。標高2350m付近。古い残置ロープが風に揺れている。ロープの右側に立派なクラックが走っているが、登るのは左の壁らしい。記録を読んだときは、相当の傾斜があるものと思っていたが、実際に見てみるとそれほどでもない。しかし、アイゼンで登る冬壁には違いない。残置支点があるようには見えず、果たして大丈夫か、という不安はある。<★15mの断壁(残置ロープが見えますか?)>
 時間的に、そろそろ幕営地点を決めなくてはならない。尾根上は風が強く、狭いので、断壁から右下(北側)に80mほど下ったところを整地して、4−5人用テントが何とか張れるくらいのスペースを作る。

 と、幕営地の先をよく見ると、このまま尾根を巻いてしまえそうな感じがした。雪のバンドを通っていけば、岩場を避けてその先の尾根上に上がれるのではないかと思われた。8年前の記録によると、『非直登ルートを探った。あそこだけは登りたくないという思いで30分も……しかし(中略)一枚岩の基部に追い返された』と書いてある。この先、バンドを通っても尾根に復帰できない可能性もある。また、この15mの断壁が今回の東尾根の核心部ではあるだろうし、それを巻いてしまっていいものだろうか、という気もした。ほかのメンバーに相談してみると、それほどこの断壁の登攀にはこだわっていないようで、巻けるものなら、そっちに行ってみよう、ということになった。

 テントを設営している間に、言い出しっぺである私が空身で偵察に行く。相変わらずのラッセルと木登りが続くトラバース。右斜面が切れている場所もあり、このまま滑落したら、と考えると怖くなる。20分ほどトラバースするが、尾根への左斜面は岩が露出していて、なかなか上がらせてくれない。ワンポイント悪い岩場を通過し、草付ダブルアックスなども駆使して、ともかく尾根に上がれる目途がつくところまで行ってみる。
 スカイラインが見えてきて、もうすぐ尾根か、という場所まで着たが、最後の岩(というかやはり木登り)の5mほどがどうにも悪い。真後ろは切れ落ちた雪面で、この壁を登る途中で滑ったら、谷底まで一直線という感じだ。できれば、尾根まで確認しておきたかったのだが、その恐怖にくじけて、いったん引き返す。ロープさえあれば登れそう、とメンバーに伝える。
 これで、15mの断壁登攀はなくなった。あとは、明日実際に巻き道を行ってみるしかない。

 その後、天候が急激に悪化。大雪となる。雪は一晩中降り積もり、テントの入り口を50cmほど埋めてしまうほどだった。当然、昨日必死でつけたトレースも跡形もなくなっていた。

12月30日
 雪に埋もれたテントから這い出し、再び私が空身でトレースを付け直しに行く。昨日よりもさらに雪が深くなっていて、胸以上ある雪を少しずつ削りながら、一歩一歩上がっていく。昨日引き返した地点まで来たが、積雪が増えたせいか、このまま登れそうな気分になった。一晩休んで体力も回復したこともあるのだろう。ほとんど木登りで無理やり身体を引き上げて、岩の上に立つ。その5mを越えれば、その先は単なる雪壁で尾根まで到達することができた。
 トレースが尾根までつながったので、幕営地に戻り、ザックを背負って再び登り返す。さっきの岩壁部分は、荷を背負ったままでは厳しいので、ロープを出す。なお、この日、野村=浦田は、テントからロープをつけてずっとコンティニュアスで登っていた。<★5m木登り>
 尾根上に出るが、岩が多く尾根をそのままたどるのは難しい。右のルンゼをルートに取る。氷混じりの草付ダブルアックスになるので、ここから木下=神谷でスタカットで行く。

1ピッチ目【神谷リード】20m
ルンゼの雪を払うと、草付が出てくる。上部は氷も混じるが、そこをダブルアックスで越え、さらに右にルートを取る。岩を巻き、2mほどの断壁を木登りで。
2ピッチ目【木下リード】20m
雪壁をひたすらラッセル。そして足場のない木登り。さらに雪壁。灌木は多いので、中間支点には困らないが、ロープの流れが悪くなる。
3ピッチ目【神谷リード】30m
雪の詰まった凹角に突入。雪のついたままでは身体が埋まってしまって、さっぱり登れないので、雪を落とす。と、岩が出てきた。8mほどの岩のルンゼだが、うまい具合に、足を乗せるところに丁度草付がある。そっと乗っかって、上部の木をつかむ。雪を払いのけては、足を踏み固めて、ラッセル。そして木登り、の連続。最後は、両側が切れ落ちたリッジをハイマツを踏みつけながら登る。ここで2430m付近の小ピークに到達。全身バラバラになりそうなほど疲れた。

 小ピークでしばらくレスト。行動食などを口に入れる。
 この先はコンテで、ロープを引きずっていった。ピークを左から回り込んで、ギャップに降りる。相変わらずのラッセル。次の壁に突き当たる。野村さんが左から回りこむ。左側は切れ落ちていて、かなり怖い。ここで再びスタカットに変更。ほとんど木登りなのだが、この木が折れたらどうなるのだろうか、と思う。尾根へ戻る最後の灌木の登りは、苦労させられた。無理やり身体の力を振り絞る感じで、強引に木登り。ザックの重さが身に応える。<★尾根をラッセル!!!>
 尾根の右に出て、雪壁のトラバース。このラッセルはいつまで続くのだろうか。<★雪壁をラッセル!!!!>
 一向にペースが上がらないので、途中でわかんをつけ、一人が空身でトレースをつけて先行する作戦に切り替える。まずは私が尾根まで一気に上がる。続いて木下。そして野村さん。みんな力を振り絞って一歩一歩踏み固めるようにラッセルしていく。このあたりは、灌木もほとんどなく、とにかく胸くらいまである雪を掻き分け掻き分け登っていく。<★尾根を目指してラッセル!!!!!>

 ようやく2561m地点に到着。森林限界を越え、振り返ると長大な尾根が眼下に見える。しかし、尾根上はほとんど巻いてきているので、自分たちのトレースは確認できない。<★尾根に出た。向こうは南アルプス>
 ここまで来れば、この先はそれほど困難な場所はないはずだ。14時を過ぎ、みんな疲れ果てている。そろそろこのあたりでテントを張りたいところ。
 ハイマツを踏みつけるようにして、さらにラッセルを続ける。2620m付近の平らなところまで進む。尾根上は風が吹き付けてくる。風を避けるように尾根の南側斜面を切り開いて、テントを立てるスペースを作る。

12月31日
 朝テントから出ると、下界の街の灯りは見えるが、空は曇っている。今日は天候が崩れそうだ。i−modeの天気予報によると(なんと、仙涯嶺山頂の天気予報がわかるのだ)、朝6時から一日雪とのこと。すばやい行動を要求されそうだ。今日中に下山できれば最良なのだが、どうなることか。
 昨日と同様に空身になって交代でトレースをつける。2ピッチ分進み、その先は、荷を背負ってのラッセル。雪が降り出して、視界が悪い。中央アルプス主稜線がまったく見えないので、いつになったら頂上につくのかわからない。小ピークをいくつも越えては、まだ違う、まだ違うとがっかりさせられ続けた。

 出発から1時間強。仙涯嶺ピークに到着。稜線に出ると、とんでもない強風が待ち受けていた。二つ玉低気圧通過の影響のようだ。仙涯嶺ピーク付近は、岩の陰で何とか風をやり過ごせたものの、そこから先の主稜線は吹きさらしで、西風との真剣勝負。一瞬でも気を抜くと吹き飛ばされそうだ。雪は塊となって、顔を容赦なく直撃し、目を開けていられないほど。そもそも視界が悪くて、20m先が見えない。ゴーグルをつけてみるが、レンズの中に雪が入ってきてしまって、余計に前が見えない。とはいえ、ゴーグルなしでは目を開けていられない。寒いというより痛いくらいで、肌を露出させていると凍傷が怖い(実際、この風により野村さんと浦田さんは顔に凍傷を負ってしまった)。こんな荒天の中での行動は、過去にそう何度もない。だいたい、ここまで荒れていたら、普通は行動しないものだ。<★視界は悪いし、顔は凍りつくし>
 雪山が二回目という浦田さんは、ここまでのラッセルで十分ヒドイ目にあっているのに、さらにこんな厳しい状況に立ち向かうことになってしまった。何かもうかわいそうに思えてくる。雪山って、こんなむちゃくちゃな状態ばっかりじゃないんだよ、今回が特別なだけなんだから、と言ってあげたい。
 さりとて、その浦田さんにがんばって歩いてもらい、この稜線をさっさと抜けなくては、パーティ全体が危ない。事前の計画では、仙涯嶺から北に向かって空木岳、さらには宝剣岳まで縦走しよう!と息巻いていたが、今はそんなことはとんでもない。とにかく一刻も早く下山しなくては。
 そういうわけで下山路として選択したのが、越百山の南に位置する「南越百山東尾根」だ。夏道は、越百山と南越百山の間のコルから沢伝いに降りていくのだが、途中、はしごや滝があって、冬は使えない。南越百山東尾根は、何の情報もなかったが、尾根の形状を地図から、多分下れるに違いない、と判断した。

 主稜線の風は、時間とともにますます強さを増しているように感じられる。薄いトレースがあるものの、前が見えないので、何度か違う尾根を降りかけてしまった。赤ペンキの矢印がところどころにあるのだが、岩にへばりついたエビの尻尾で、非常に見えづらい。もちろん、途中ですれ違うパーティなどいない。視界が悪くて、すぐ後ろを歩いているはずのメンバーの姿すら見えなくなる。
 越百山の手前に一箇所だけ岩で風をよけられるところがあって、一息ついて行動食を口にできた。それ以外は、一切休んでいる余裕がない。猛烈な風のために、立っているだけで体力を消耗していく。ともかく早くこの風から逃れなくては、と思う。<★眼を開けていられない>
 南越百山には大きなケルンがあって、場所はわかりやすかった。そこから東の尾根に入ると、雪は降っているが、風は嘘のように治まった。尾根自体はわかりやすいのだが、ラッセルは相変わらず。ひざから腰くらいの深さで、たまに胸まで一気に埋まってしまうほど。
 このまま一気に下山して、避難小屋まで到達できるか、と思っていたが、降りしきる雪と、体調の悪くなったメンバーが出たことにより、2335m付近で力尽き、テントを張る。

2004年1月1日
 昨日の荒天がうそのようにすっきりと晴れた空。2004年の幕開け。しかし、昨日のトレースはすっかり消えている。暗いうちからヘッドランプで行動開始し、初日の出も歩きながら見ることができた。
 朝からうんざりするようなラッセル。地図に出てこないコブ状地形も多く、登りとなるヤブコギラッセルも頻繁に出てくる。わかんをつけていたが、シャクナゲのヤブに引っ掛かって仕方がないので、途中ではずす。<★ラッセルは終わらない>
 南越百山東尾根は、2569m→2377m→2103mコブと降りてきて、そこから南東の尾根を下り、沢に出ようというプランだった。しかし、2103mコブから南東に伸びる尾根は、途中地形がはっきりせず、どこが尾根だかわからなくなってしまった。尾根上はヤブがうるさいので沢地形を進む。
 その沢地形が、急に切れ落ちて滝になっているところで、浦田さんが足を滑らせ、うつ伏せのまま足から滑落。下が見えないほどの急傾斜の氷瀑を見る見る吹っ飛んで、50mほど滑り落ちていった。ヤバイ!と思ったが、手は出せず、落ちていくのを口を開けて見ているしかなかった。上から声をかけると、幸いにも怪我はないようだ。氷瀑の下は雪が積もっていて、ショックを吸収してくれたらしい。滝は右から巻いて降り、下部で合流。
 水流が見え隠れする沢を右岸から左岸へ渡りながら、ひたすら降りていく。10mほどの滝が何箇所かあるが、高巻きなどしてクリア。<★林道は近い。けどラッセル>
 いい加減疲れきったところで、中小川林道と合流。その先の林道も営林署横沢合宿所(横山避難小屋)までトレースはなく、わかんをつけて膝下程度のラッセルが続く。
 13時30分。発電所に置いた車に到着。精も根も尽き果てた、という感じだ。



 今までの山は、事前にできるだけ情報を集めて、その情報を元に、対策を考えてから山に向かうことがほとんどだった。全部で○ピッチ。核心部は○ピッチ目で、○ピッチ目は支点が遠い…、など。自分の力が未熟であるため、ルートの状況は事前になるべく詳しく知っておきたい、という感覚が強かったのだ。しかし、ある意味そういう山は、ルート情報の確認のために登っている、と言えなくもない。
 今回は、それがまったく違った。
 かつて登ったという記録がある以上、稜線まで出られないことはない、ということが心の拠り所。それだけだった。
 基本は、尾根上をひたすら登っていくのだが、ヤブが濃かったり、雪が深すぎたり、岩が出てきたりしたら、右へ左へ尾根を巻く。これはまさに、学生のときにやっていたヤブ山の感覚だ。あっちはどうか、こっちはどうだと考えながら登っていく。ラッセルはひたすらきつく、木登りの連続で腕も筋肉痛になるほどであったが、いまだかつてない充実感も味わった。
 南越百山からの下降も然り。こちらは本当に何の情報もなかった。単に地図を見て、この傾斜と尾根の形状なら下れそうだ、とただそれだけのことであった。最初は尾根を行ったが、ヤブが濃すぎて結局沢を下ることになった。水流があるのか滝があるのかもわからなかったが、(パーティにそれなりの力があれば)何とかなるものだ。

 久々の長期山行。連日のラッセル、ヤブこぎ、木登りで、腕も足も精神的にも疲れきってしまった。でも、逆にまだここまでできるものなのだなと、少し自信にもなった。
 個人的には、こういう泥臭い、いわゆる「ニッポンの雪山」と言った雰囲気は好きである。冬壁ほどのプレッシャーはないし(別の意味でのプレッシャーはあるが)、がんばった分だけ、登ってる(感じがする)、というのは、やりがいに通じる。

 2004年もよい山に出会えることができたら、と切に願う。



2003年12月28日(日) 晴れ
9:20 与田切発電所手前に車を置いて歩き出し
10:40 営林署横沢合宿所(−0.5℃)
11:30 中小川避難小屋(0℃)
11:55−12:15 中小川林道入口との分岐
13:05−13:45 小麦沢先の尾根の突端
13:55 尾根取付(2.9℃)
15:00 テント設営1710m(0℃)
19:00 消灯

12月29日(月) 曇りのち雪
4:00 起床
6:15 出発
10:50 2175m幕営可能地点(−1.2℃)
13:30 15mの断壁下(−3.5℃)
13:50 テント設営2310m(−4.5℃)
19:00 消灯

12月30日(火) 曇り・夜雪
4:30 起床
7:00 出発(−5℃)
8:35 尾根への岩壁(−3.5℃)
9:35− 1ピッチ目(−0.6℃)
10:05− 2ピッチ目(−2.0℃)
10:25− 3ピッチ目(−2.0℃)
11:15−11:35 2430m小ピーク(−1.3℃)
14:05−14:30 2561m地点(−5.1℃)
15:00 テント設営2620m(−3.3℃)
20:00 消灯

12月31日(水) 雪・主稜線上は猛烈な風
3:30 起床
6:35 出発(−6.2℃)
7:45−8:15 仙涯嶺ピーク(2734m・−7.5℃)
10:35 越百山ピーク(2613m・−8.2℃)
11:30 南越百山ピーク(2569m・−7.6℃)
13:00 テント設営2325m(−4.4℃)
20:00 消灯

2004年1月1日(木) 快晴
3:00 起床
5:50 出発(−8.2℃)
8:00 2103m地点(−4.9℃)
9:50 滑落地点(−0.5℃)
10:50 1650m(西南西からの沢との合流点)
11:20 中小川林道と合流
13:35 車(与田切発電所手前)

この記録に関するお問い合わせはこちらから。

[入口] [山記録]