「目的は、ラッセル。…と言うものの。」
八ヶ岳 杣添尾根〜横岳(三叉峰)

2001年2月3日(土)〜4日(日)
メンバー:大西、中村、武藤、大竹、藤田、神谷(記)

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 目的は、ラッセルと決めていた。八ヶ岳東面杣添尾根。冬にこの尾根に入る人がそうそういるとは思えない。トレースがないのは確実。問題は、ラッセルの程度である。
 今年は雪が多い。東京でもすでに三回の積雪を見た。特に先週末は、八ヶ岳でも大雪になったと聞く。「南沢大滝で、胸までのラッセルになった。」とか「赤岳鉱泉から美濃戸口まで7時間かかった。」とか、そんな情報も聞こえてきた。ラッセルが胸以上であったら、進行はほぼ不可能だろう。その時は諦めて西面に回り、赤岳鉱泉から赤岳(阿弥陀岳)を狙おう、と考えていた。そして、その可能性は非常に高いと思っていた。それでも、とにかくラッセルがしたかった。体がボロボロになるまで、ひたすら雪の中を進み続けるラッセル。言葉では著せないが、そこに非常な魅力を感じていた。

2月3日(土)
 八ヶ岳高原ロッジ方面から車で入る。ノーマルタイヤ、チェーンなしだったので、いきなり立ち往生。道路の真ん中で、チェーンを着用する。このあたりは別荘地になっていて、除雪車が入っているようだ。登山口にある「登山者用駐車場」に車を停める。
 別荘の裏手からラッセルスタート。わかんを装着。冬山を始めて約5年になるが、ラッセルのためにわかんを使うのは初めてである。学生のときの春山合宿で、美濃戸中山から中山展望台まで「わかん競争」なるサバイバルレースをしたことがある。わかんを着けて、体力の限界までひたすら走るというものだが、そんなイベントでしかわかんを使ったことはなかった。少々の不安と、大きな期待感。さあラッセルだ、と思うとわくわくしてくる。
 最初は膝下のラッセル。いきなり、胸以上だったらどうしようかと思ったが、これなら進めないことはない。ちょっと安心するが、体が慣れていないのでつらい部分もある<Photo膝下だけどつらいラッセル>。気力体力は十分だが、歩みは遅々として進まない。やる気を萎えさせるのは、別荘の存在だ。すぐ目の前に別荘が立ち並んでおり、まるで人の家の裏庭でラッセルして、もがき苦しんでいるようなものだ。傍から見たら、シュールで滑稽な眺めなのだろうと思う。別荘の窓からのぞいている人の姿が見えないだけまだましだ。少なくとも、今日中に別荘地だけは抜けたい、と真に思う。こんなところで幕営だけは、絶対に避けたい。
 苦しみつつも、全員でラッセルを交代しながら、何とか別荘地は突破。「南八ヶ岳林道」に出る。ここからが本番だ。斜度のある山道に入る。それでもラッセルの深さは、膝下程度<Photo膝下ラッセルは続く>。吹き溜まりでは、胸までくることもあるが、長くは続かない。先週末の雪は、締まって固まり、二日前に降った新雪の分だけラッセルになっているような感じだ。ともかく進めないことはない。稜線まで出られるかは、まだまだ分からないが。
 ラッセルは、先頭がひたすらつらく、セカンド以降は、ほとんどただ歩いているだけだ<Photoただ歩いているだけのセカンド以降>。後ろを歩いていると、「何でこんなにスピードが上がらないんだ」と思うけれど、いざトップになると、もがくばかりでぜんぜん進めない。トップは大変だけど、セカンド以降では、面白みがない。かといって、ずっとトップをやり続けるほどの体力はない。難しいところである。
 林道から、山道に入ってすぐのところで、沢を渡る。小さな橋があるが、分かりにくい<Photo分かりにくい橋>。我々は気づかずに迷ってしまった。赤テープは頻繁にあるので、よく探しながら進む必要がある。
 橋を渡ってすぐのところに「稜線まで3:30」の道標。夏ならば、今日中に余裕で上がれる時間だが、このラッセルで果たしてどれだけ進めるのだろうか、と考える。
 天気は、まずまず。冬型が強まっているので、からっと晴れるという予報だったが、それほどでもない。どんよりと曇った空。時折、日差しがのぞく程度。ラッセル日和といえるのかもしれない。
 さっきの道標から、3時間くらい歩いた。そこに再び道標。「稜線まで3:00」。…!?。夏ならここまで30分しかかからないのか?3時間かけて、30分ぶん。6時間かかって、ようやく1時間分進むという計算になる。あと3時間ということは、3時間×2×3=18時間…。それは無理だろう。目的は、ラッセル、というものの、できれば稜線までは上がりたかった。しかし……。
 時間も遅いので、ここらで幕営とする。登山道の真ん中になるが、四人用テントと三人用テントを並べて張れる平らな場所があった<Photo樹林の中のテント>。人が来ることはないから、問題はなかろう。幕営後、武藤さんと神谷で、先のルートを30分ほど偵察かつラッセルをかけておく。

2月4日(日)
 4時起床。朝起きると、藤田さんが熱があると言う。初めてのテント泊山行ということなので、緊張していたのかもしれない。行動は不能のようなので、薬を飲んで一人でテントに残ってもらう。
 気を取り直して、ほかのメンバーでアタックをかける。ピストン装備のみを持ち、11:30になったら、どこにいたとしても引き返す、ということを決め、出発する。
 昨日よりも荷が圧倒的に軽くなったので、快調にペースが上がる。ラッセルは昨日同様膝下程度である。2262mを越え、尾根まで上がると、赤テープなどの数は少なくなってきた。下りのために木に赤ペンキがついているところもあるが、下からでは見えにくい。尾根上を行けば問題ないのだが、下手なルートを選択すると、深みにはまってしまう。ルートファインディングは慎重に行わなくてはならない。
 2550m付近で森林限界Photoようやく森林限界へ>。一気に視界が広がる。赤岳、そして横岳の稜線が間近に見える。この角度から見る赤岳は初めてだ。行者小屋から見るのよりも、大きく立派に感じられる。時刻は8:30。これなら稜線までは行けそうな感じだ。希望が見えてきた。振り返ると富士山も見える。昨日と同じくどんよりとした曇り空だが、風もなく、寒さは感じない。いくら同じラッセルとは言え、樹林帯の中を黙々と歩くよりも、視界が広がり、展望のある尾根上を歩くほうが、気分的にも楽になる。目標が見えたことで、やる気もペースもぐんと上がる。尾根上は、雪庇になっているところもあるので、注意しながら進む。
 2700m付近でわかんをはずす。ちょうど潅木がなくなるあたり。この先は、風で雪が飛ばされて、岩場に近い。替わりにアイゼンを着用する。わかんは、その場にデポ。いよいよラストスパート。どれほどの岩場か分からないので、雪山経験の少ない大竹さんは、大西さんとザイルをつないでコンティニュアス<Photoラストスパート>。
 10:00稜線到着。岩場はそれほどの困難度ではなかった。横岳三叉峰を踏む。振り返ると、杣添尾根には、我々の歩いてきたトレースが一筋ずっと続いている。パーティ全員でラッセルして、ここまで繋いできた道である<Photoみんなでつないだトレース>。ほかの人から見たら、単なるトレースなのかもしれないが、我々にとってみると、努力と苦労の結晶である。一人一人が踏みしめ、踏み固めて、ひとつの道を作る。苦労は多かったが、その積み重ねで、この三叉峰(2825m)まで道が繋がったのだ。充実度は大きい。もしもこの尾根にあらかじめトレースがついていたとしたら、きっとつまらないものになっただろう。全行程ラッセル。この意味は大きい。
 下りながらも思う。「ここは赤テープがなくて迷った場所だ」「ここは、右に行こうとしたらはまってしまった場所だ」…。単に歩いて登るときよりも、個々の場所への思い入れが大きい。瞬間瞬間を思い出す。一歩一歩真剣に登っていた証である。こんなこともラッセル山行ならではといえるだろう。
 下りはトレースをたどるだけなので、あっけないほどすぐに降りてきてしまう。藤田さんの体調もだいぶ復活したようだ。テントを撤収して下降。6時間かけて登ってきた道を1時間ちょっとで下ってしまう。なんだかさびしい気もするが、下りもラッセルだったとしたらたまったものではない。

 今回は、雪の状態がよかったと思う。これ以上のラッセルだったら、稜線まで行くことはとてもできなかっただろう。また、雪が少なかったら、あっさり登ってしまって、物足りないものになったに違いない。ほぼ新雪だったのも幸運だった。表面だけ凍って、内部に新雪があるような雪だったら、ラッセルはもっとつらいものになっていたと思われる。
 「稜線まで3:30」というのは、何か間違っているのではないかと思う。いくら夏でも、あの距離を30分では登れないのではないか。翌日は、空身に近かったので、ペースも上がった。すべての装備をもった初日のペースでは、やはり登り切れなかったとは思うが。
 こういう山行は、頻繁にやりたいとは思わないが、そのうちまた無性にラッセルしたくなるかもしれない。もちろん、自分の意思とは関係なく、ラッセルせざるを得ない状況になることは、すぐにでも訪れるかもしれないが。



2月2日(金)

23:10 新宿駅 車発

2月3日(土) 晴れのち曇り

2:00 JR野辺山駅着
2:30 ステーションビバーク消灯
6:00 起床
7:10 出発
8:20 登山者駐車場着
8:40 出発
9:00 取り付き
10:30 南八ヶ岳林道
11:05−11:20 R1
14:05−14:15 R2
14:50 テントサイト着(2150m付近)
14:50−15:20 テント設営
15:20−16:00 偵察&ラッセル
19:40 消灯

2月4日(日) 曇り

4:00 起床
6:10 出発
8:30 森林限界(2550m付近)
9:25 わかん脱アイゼン着(2700m)
10:00−10:30 稜線(三叉峰)着(2825m)
12:20 テント着
12:20−13:35 テント撤収
13:35 出発
14:25 南八ヶ岳林道
15:00 取り付き
15:15 登山者駐車場着


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