「霧の中」
谷川岳烏帽子奥壁ディレッティシマ(1P目のみ)〜
変形チムニー〜中央カンテ

2000年10月22日(日)
メンバー:菅原、石川、神谷(記)
(村野、武藤、三堀は変形チムニーからダイレクトルート)


 「これほど有名になった山もあるまい。しかもそれが「魔の山」という刻印によってである。今手許に正確な調査はないが、今日までに谷川岳で遭難した人は二百数十人に及ぶという。そしてなおその後を絶たない。この不幸な数字は世界のどこの山にも類がない。私の年少のある山好きの友人は、母から登山の許しは受けたが、谷川岳は除外、と言う条件づきだったそうである。」
(「日本百名山」深田久弥)

10月22日(日)
 空に瞬く星は、今日の快晴の兆しなのかと思った。
 闇夜に輝く岩壁は、早くここまで来いよと呼んでいるのかと思った。
 秋の高い青空の下、紅葉で真っ赤に染まる谷川岳一ノ倉。乾いた空気を吸いながら、快適にフリーの岩を登る・・・そんなイメージが出来あがっていた。
 ところが。
 ディレッティシマルートの取付きは、変形チムニーのすぐ左。10mも離れていない。変形チムニーに行く村野、武藤、三堀組と同時に登り出す。しかし、目の前に広がるフェースは、見るからに悪そうだ。なんたって、水が流れて沢のようになっているのだから。昨日雨が降ったのだろうか。そのしみ出しがまだ残っているのか。菅原さんリード、石川さんセカンド、神谷ラストで進むが、非常に悪い。ただでさえV級のフェースなのだが、全面的に濡れており、フラットソールのフリクションがまるで信用ならない。一歩一歩慎重に足を置いていくが、いつ滑るのか分からない緊張感で、足がカタカタ震える。変形チムニールートも悪そうだ。出だしでいきなりフォローの村野さんが墜ちたグランドフォール寸前である。それを見ているだけに、余計に慎重に行かざるを得ない。
 リードの菅原さんもかなり厳しそうである。これは無理かな、と思った。ディレッティシマは、VやV+の続くフェース。そうでなくてもかなりシビアなルートなのは間違いない。濡れ方もただ水がしみ出しているだけではなく、沢のように流れているのだから、始末が悪い。無理して墜ちても何にもならない。菅原さんの判断により、2P目から変形チムニールートと合流する。村野パーティに先行し、そのまま核心部のチムニーへと突入。
 しかし、チムニー内部もびしょびしょ。足の置き場に迷う。乾いていたら、バックアンドフットとか、身体の振り、引き付けなんかでぐいぐいと進めそうなところだが、なんと言っても濡れている。散々時間をかけて迷った挙句、A0を使って無理やり抜ける。精神的にもギリギリな感じである。しかもその先の右にトラバースするところが嫌らしく、まるで気が抜けない。変形チムニー侮りがたし。
 村野パーティは、この先ダイレクトルートへ行くようだが、我々は人工登攀の用意をしていないので、ダイレクトルートへは行けない。トラバースして中央カンテルートと合流。そこから上部へ抜けることにする。ディレッティシマはすでに問題外である。
 中央カンテと合流したは良いが、そこにはガイド登山の団体が待ち構えていた。総勢8人。トップの2人がガイドで、後は全てのメンバーがザイルでぞろぞろと繋がっている。50mずつ連なって、二人ずつ進む。岩が脆いので、「ここは危ない」「こっちに来るな」、とワーワー騒いでいる。先行されてしまったので、しばらく様子を見るが、とても待ってはいられない。団体さん方は、チムニーのところで引っかかってしまって、一向に進まない。やむを得ず、チムニーを避けて、左のルンゼを神谷リードで行く。ぼろぼろのルンゼだが、ハーケンは数多くあり、なんとか登れる。次のフェースは、ザイルを組替える間を惜しんで、菅原石川の二人同時リードで一気に進む。二つの垂壁をA0で越えるころには、ガイド登山団体を抜き去ることに成功した。
 夜は晴れていたのだ。星がきれいに瞬いていた。しかし明方から雲が広がり出した。太陽は一瞬その姿をあらわしたが、十分もたたずにまた厚い雲の中に消えた。標高が上がるにつれ、時間が経つにつれ、だんだんが濃くなってくる。天気予報では、今日は快晴のはずだったのだが、まったくだまされた気分だ。
 上から見ていると、一ノ倉沢の出合はカメラマンで大混雑。紅葉は真っ盛りのようだ。しかし、この紅葉は下から見ている分にはきれいなのだろうが、間近で見るとあまり美しくはない。石川さん曰く「谷川の紅葉は、気持悪い」とのこと。なんとなく分かる気もする。
 さて、その先を3P上って終了点。やっぱりここも濡れていてちょっと嫌な感じであった。
 そのまま懸垂で、六ルンゼから、南稜に降りる。あと2Pで南稜テラスと言うところで、別パーティに事故発生。南稜フランケのトラバースを登攀中、セカンドが滑落、南稜フランケダイレクトルート上にセカンドが宙吊りとのこと。晴れていれば、様子もうかがえるのだが、50m先はまったく見えない霧に包まれており、まるで状況がわからない。時折聞こえてくるセカンドとトップとのコールにより、なんとなく様子を推察するしかない。
 どうやら、宙吊りになった人は、他パーティの協力により南稜に引き上げられたようだが、取り残されたトップがやばいらしい。ザイルが一本切れて、手元には50mザイルが一本しかない。これを二つ折りにして懸垂下降が出来るかどうかが微妙な状況のようだ。滑落した人はほとんど怪我もなく元気そうだが、トップの人がちょっと経験不足で不安気味。しかし、その状況は、こちらからは声でしかわからないので、余計に不安だ。何か手伝えることはあるかと、南稜テラスでしばらく様子を見るが、無事自力で降りられそうなので、その場を去ることにする。ちょうどその場で救助を手伝ったのが、庄田聖(サトル)君のパーティ。彼らは、ダイレクトルートを村野さんたちのすぐ前で登ってきたようだ。ちなみにサトル君は、昨年(1999年4月)小学6年生で、ヒマラヤのクワンデ峰(6187m)に登って一躍有名になった、超若手のアルパインクライマーである。現在中学1年生。
 そのあと、中央稜取付きで村野パーティを待ち(下降が例のガイド団体の後ろになってしまい大幅に時間を取られたようだ)、下山。

 今回は、そもそもコンディションが悪すぎて、如何ともし難い状況であった。ディレッティシマも変形チムニーも中央カンテも、やはり岩が乾いた状態で登りたいと思う。濡れた岩というのも、岩壁の持つ一つの姿ではあるが、あまり好ましいものではない。
 今回は、心も身体もディレッティシマの準備しかしてこなかったので、いきなりルートが変わって戸惑った。ルート図も何もない状況で、ただ目の前に出てくる岩を越えていくと言うのは、なんだか心許ない。やっぱり岩場では、事前にルート図をチェックし、難しい箇所、ポイントとなる箇所を考え、課題を持って臨まないといけないと思った。ただ漫然と登っていると、ワンムーブワンムーブの難しさは感じられるが、全体としての手応えが薄くなってしまう。今回は、中央カンテに入ってからほぼ全ピッチリードしたが、それでもなんとなく物足りなさが残ってしまった。前回は、あの垂壁にアブミを出していたことを考えると、今回はA0で行けたので、多少は成長しているようにも思う。しかし、どうせやるならフリーで行きたかった(フリーならV+)。濡れた岩に噛り付く、技術と勇気に欠けていたと思う。

 一ノ倉は霧の中だった。ディレッティシマも霧の中
 ルート状況も先が見えず、言わば霧の中。事故の救助状況もまったく霧の中で行われた。
 自分の登攀の明日はどっちだろうか。まだまだ暗中模索、五里霧中である。谷川にもまだまだ登りたいルートがたくさんある。ディレッティシマは来年の課題になってしまったし、衝立ダイレクトカンテもやり残した。幽ノ沢にももう一度行っておきたかったなあ。来年はどこに行けるのか、今はまだ霧の中
 サトル君は、あの若さで岩場を登り尽してしまったらどうなるのだろうか。彼の将来も霧の中なのだろうか。



10月21日(土)

14:30 立川発(車)
17:30 一ノ倉沢出合駐車場
19:30 消灯

10月22日(日)

3:30 起床
4:35 一ノ倉沢出合発
6:20−6:40 中央稜取付き
7:40 1P目(ディレッティシマ)
8:40 2P目(変形チムニー)
8:50 3P目(変形チムニー(チムニー))
9:30 4P目(中央カンテ合流)
10:05 5P目(中央カンテ)
11:00-11:25 10P目(終了点)
13:05 南稜テラス
14:45-15:35 中央稜取付き
17:15 一ノ倉沢出合

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