「墜ちるっ!」
奥多摩 棡葉窪、三郎ノ岩道窪 沢登り
2000年5月16日(火)
メンバー:石川、神谷(記)
(11日前) 北アルプス岳沢での春合宿が無事終了し、ほっと一息つく。 (5日前) 同流山岳会集会にて、石川さんより沢行を誘われる。 (3日前) なるべく近いところと考え、行く先は奥多摩「棡葉(ゆずりは)窪」「三郎ノ岩道(がんどう)窪」に決定。 (1日前) 夕方から雨、明日の天気と増水が不安。 (2時間45分前) 武蔵五日市駅からバスに乗り、沢戸橋へ。 (2時間10分前) 棡葉窪取付きの清水橋に到着。身支度を整え、歩き出す。 (2時間前) 天気は快晴。陽も出てきて気温は上昇。水はそれほど冷たくはないが、積極的に釜に入ろうと思うほど暑くもない。棡葉窪は倒木も多く、暗い感じのする沢だ。核心の2段6mの滝もあっさりと越える。新緑は美しい。 (1時間25分前) すいすいと進むとあっという間に終了点着。ちょっとあっけない。しかしシーズン始めの体慣らしには丁度良いか。初心者なら楽しめるだろうとも思う。遡行1時間を予定していたが、半分の30分で終わってしまった。こんな調子で次の三郎ノ岩道窪も早く終わってしまうようなら、もう一本行けるかも、と考えていた。候補は同じ盆掘川流域の「石津窪」。 (55分前) 作業道を下り、林道を更に奥に進み、伝名沢橋に到着。しばらくは沢沿いの山道を歩き、堰堤を越えてから入渓する。3m滝を軽く越えると、眼前に2段25mの大滝が現れた。 (15分前) 25mとなるとやはり大きい。今までのヒョイヒョイと越えてきた滝とは圧倒的に違う。今日は、約7ヶ月ぶりの沢登り。これが沢の醍醐味だよな、とわくわくしてきた。 石川さんがトップをやりたいというので、ザイルを出し、先に行ってもらう。滝の右側から取付くが、なかなか手強そうだ。中間支点が取れないので、少し怖い。途中に立木があるが、ぐらぐらしていてあまり信用できなさそう。それでも何もないよりはましなので、支点を取る。しばらく進むと、残置ピトンがあったようだ。ほっとした様子が伺える。そこから中間テラスまで、3-4本のピトンがある。一つ一つにヌンチャクをかけ、石川さんがテラスに到着。そのあとを私が続く。確かになかなか難しい。ホールドはあるが、とても滑りやすい。久々の沢靴でのクライミングになるので、少しずつ感覚を思い出しながら登る。 (5分前) 石川さんがテラスでビレイをしているので、そのまま私が2段目約5mの滝に挑む。滝の右側はホールドも多そうだ。左側からの直登は難しそうに見えた。迷わず右に取付く。2mほど行くと少し平らになっていて休める。立木が生えていたので、シュリンゲでビレイをとる。スタンスはなかなかシビアではあるが、しっかりした木が何本かあり、それをつかみながらトラバース気味に進む。足元は水苔で滑りやすい。いつ滑るか分からない。危なそうなので、石川さんに「墜ちるかもしれません」と声をかける。ここまで中間支点は3本取った(全て立木の根本からシュリンゲで。下から1m地点に1本、3m地点に2本)。 (1分前) 滝の右側をそのまま直登するのは難しい。一度水流の中を横切り、左側から登った方がよさそうだ。落ち口はすぐそこ。滝の左側にトラバースし、体を持ち上げれば登り切れる。あと少しだ。 (30秒前) しかし、手も足も進まない。うまいホールドが見つからない。みんな滑る。滝の飛沫が頭からかかり、体を濡らす。だんだん寒くなってきた。何とかうまく体を支えるホールドはないか?迷っているうちに寒さも増してきた。早く抜けなくては。それとも一旦戻った方が良いか?いや、やはり進もう。あと少しだ。ホールドさえあれば。 と、その瞬間。 (滑落) 目の前を茶色い壁が流れていった。何がなんだか分からない。視界は茶色と灰色。ただラインのように下から上に次々と流れて来る。体のあちこちが壁にぶつかる。痛みはあまり感じない。いつ停まるんだろうと思った。中間支点は取ってあるし、そんなに一気には墜ちないだろうと思った。もちろん死ぬなんてことは全く考えなかった。ただ「墜ちたな・・・」と思った。 (5秒後) 停まった。足に衝撃があった。宙づりか、と思ったが、足が地に着いていた。石川さんがすぐ横にいた。ああ、下まで墜ちたんだ、とその時初めて気付いた。中間支点は外れてしまったのか、と上を見ると、ちゃんと付いている。ザイルが伸びたのか、余裕がありすぎたのか、途中で停まることはなかったようだ。 (10秒後) 膝が痛かった。肘も痛かった。滑ったときにうつ伏せで墜ちたので、何度もぶつけたようだ。痛くて体が動かない。セルフビレイをとって休むが、体の震えが止まらない。寒いのはもちろんだが、ショック症状でもあるのだろう。吐き気もする。何も考えられない。 石川さんに言われ、怪我の状態を確認する。左足は擦り傷だけだったが、右膝は皿の下が5cm位横に裂けている。白いものと赤いものがうねうねと見える。骨が見えているのだろうか?こういう怪我は初めてなので、余計に気持ち悪くなってしまった。見なければよかった・・・。 (10分後) 寒くてたまらない。このテラスでは、滝の飛沫を避けられない。次々に水が降ってくる。体が冷えきってしまう。何とかして、少なくともここから動かなくてはならない。まず、石川さんにそのままだった中間支点の回収をしてもらう。しかし、シュリンゲが1本残ってしまった。無理をして石川さんまで墜ちてしまうのは避けねばならない。やむを得ず、シュリンゲは残置することにする。 ガイドブックを見直すと、本来は滝の左側を登るものであるようだ。直登ではなく、巻くような感じで登れば、左側から十分行けそうだ。よく読まなかった私の完全なミスだ。滝の右に残置シュリンゲを残してしまったので、次の遡行者を惑わしてしまうかもしれない。申し訳ないと思う。 (30分後) 手持ちのザイルは8mm×30mしかない。このテラスの下は20m程あるだろう。二つ折りにして懸垂下降をするにはザイルの長さが足りない。ガイドブックによると、この先はそれほど大きな滝はないようだ。上に抜けた方が得策と考え、石川さんをトップで左側から滝を越える。私も何とか回復し、歩く位は出来る状態になった。しかし、足に力が入らないので、クライミングは難しい。テンションをかけつつ、プルージックを使って何とか登り切る。 (1時間後) 右足が言うことを聞かない。曲げると鈍痛が走るので、岩のシビアなスタンスはかなり厳しい。指がちゃんと懸かりさえすれば、腕の力で何とかなるのだが。滝はなるべく巻いて、薮を行くようにした。立木があれば、体を引き付けることが出来て多少は楽だ。7mの滝はザイルを出してもらう。最後の滝。A0を使いつつ登り切る。 (2時間15分後) ようやく終了点らしい。この先は倒木と薮で遡行が困難だ。「伐採跡地の脇から右の尾根をめざし、スギの植林地をひと登りで仕事道に出る(白山書房「東京周辺の沢」)」様なのだが、その取付きがよく分からなかった。適当に右斜面を登り出すが、これが大失敗。大変な目にあった。大学のときは、好き好んで藪山を登っていた。いろんな薮を経験したが、今回のほどのものはなかった。まさに「史上最凶の薮」だった。ポイントはただ一つ。周りがすべて「トゲ」だったことだ。目に見える植物、手に取る植物、ことごとく「トゲ」。これには参った。足は痛いのだが、トゲも痛い。足の痛みでトゲの痛みが麻痺するなんてことはない。足がふんばれないので、手で体を引き付けつつ登りたいのだが、トゲの木を掴むわけにもいかない。行くも涙、戻るも涙。イライラチクチク。ほんの30分ほどだったが、体中傷だらけにされてしまった。 (2時間45分後) ようやくトゲトゲ地帯を抜け、樹林帯に入った。ゆっくりと腰を落ち着け、ここまでできなかった治療を試みる。とは言え、手元にあるのは、マキロン、包帯、バンソウコウ、テーピングくらい。如何ともしようがないが、とにかくマキロンで消毒し、バンソウコウを貼って包帯を巻く。三角巾がなかったのは痛い。欲を言えば滅菌ガーゼや防水バンソウコウも欲しい。傷口を再び見るが、正視に堪えない。骨に異常がなければよいが、と思う。 (4時間55分後) 作業道を登り切り、グミ尾根に出、なんとかバス停に到着。下りは膝への負担が大きく、歩みは遅々として進まない。ようやく下界に着いて、ぐったりと疲れてしまう。 (その後) 立川にて整形外科で診てもらい、右膝を8針縫う。 レントゲンを取るが、骨には異常がないようだ。 右足はほとんど曲げられない状態。 しばらくは静養とのこと。 (さらにその後) 1週間は毎日通院。点滴や注射を受ける。 術後11日で抜糸。 2週間で日常生活には支障なくなる。 |
6:02立川発
6:41武蔵五日市着
6:56武蔵五日市バス発
7:05沢戸橋バス停着
7:35-7:50R1(清水橋)遡行準備
8:20-8:25R2(棡葉窪終了点(二股))
8:45清水橋
8:55伝名沢橋
9:00三郎ノ岩道窪入渓
9:30 2段25mの滝着
9:45ころ 滑落
10:15テラス発
12:00三郎ノ岩道窪終了点
12:30-13:00R3(樹林帯)
14:05グミ尾根との合流点
14:40荷田子バス停着
14:52バス発
15:11武蔵五日市バス着
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