雲の上の八十七日〜はじめに〜

『運動をしろの、牛乳を飲めの冷水を浴びろの、海の中へ飛び込めの、
夏になったら山の中へ籠(こも)って当分霞を食(くら)え
のとくだらぬ注文を連発するようになったのは、
西洋から神国へ伝染しした輓近(ばんきん)の病気で、
やはりペスト、肺病、神経衰弱の一族と心得ていいくらいだ。』

「吾輩は猫である(七章冒頭)」夏目漱石→青空文庫

2004年6月3日〜9月1日まで後立山連峰の五竜山荘および八峰キレット小屋で働きました。
その際、毎日携帯電話から「五竜便り」「キレット便り」と題して、ウェブ日記を更新していました。ここには、そのとき書いた文章に下山後加筆した分を含めて掲載しています。なるべく、その当時の雰囲気を大切にしたかったので、携帯から送った文章は、誤字脱字改行を除いて、ほとんど手を加えていません。
携帯からの更新には、はてなダイアリーのサービスを利用していました。携帯から書き込み、編集ができて便利だったのですが、一回に送れる文章量は、iモードメール一通分(全角250文字)となっていました。
日記の後にコラムのような形で、注釈、外部や写真へのリンク、日記とは関係ない山小屋のあれこれ、などを加筆して掲載しておきました。
”#”で始まる文章は、日記に対してコメントとして付けられた文章です。

<八峰キレット小屋概説>

 八峰キレット小屋は北アルプス北部(後立山連峰)に位置しています。日本百名山の五竜岳と鹿島槍ヶ岳にはさまれた「八峰(はちみね)キレット」という難所に建てられた小屋です。
 キレット(岩場)を越えるため、ルートとしては難しく、また日程的にも長くなります。最短コースをとっても、扇沢から鹿島槍ヶ岳経由でキレット小屋まで10時間35分(標準コースタイム)かかり、さらに遠見尾根を下山するのに8時間45分かかります。
 つまり、一般的には、2泊または3泊かけて通過するコースとなります。その間の宿泊には、唐松岳頂上山荘、五竜山荘、キレット小屋、冷池山荘、種池山荘の中で、二つから三つの小屋が選択されることが多いです。
 八峰キレットの核心部は、小屋から鹿島槍側へ向かう15分程度の部分です。小屋を出てすぐにクサリによる登りがあり、その後もクサリ場が連続しています。ハシゴで鞍部に下る部分が、一番怖い場所とされています。しかし、夏山常駐隊により、クサリの大部分は近年新しいものに交換されていますし、支点も打ちかえられています。足元をしっかり見て、必要以上に怖がらずに、ちゃんとクサリを持って歩けば、それほど問題ないかと思います。ただ、その場所では死亡事故も起こっているので、油断せず、慎重に通過されるようお願いします。
 また、その核心部以外でも、五竜岳から鹿島槍ヶ岳までは、全体的に険しい岩の稜線が続いています。特に五竜岳から北尾根の頭までは、クサリ場があったり、崩れやすい岩場や迷いやすい場所があったりします。地図や最新の情報を入手して、十分注意して、慎重に行動するようにしてください。雨が降ると、岩やクサリが濡れて、滑りやすくなる事もお忘れなく。
 そんな精神的にも肉体的にも疲労する岩稜歩きの中央部に八峰キレット小屋はあります。疲れたら、無理せず小屋でゆっくり休養をとって、その先の行動に備えたいものです(と宣伝しておく)。

 コース取りについて集計してみると、唐松→キレット→種池が最多。続いて五竜→キレット→種池、唐松→キレット→扇沢などとなっていました(2004年宿泊分から抜粋)。
 また、前日宿泊地(または上山ルート)は、唐松、五竜、扇沢の順。翌日宿泊予定地(または下山ルート)は、種池、扇沢、冷池の順で多くなっていました。これからも分かりますが、五竜方面→冷池方面が70%近い割合となり、逆コースとは大きく差がついています。コースタイム、難易度は、五竜→冷池でも冷池→五竜でもそれほど変わりません。今年は、冷池山荘が改築オープンという特殊事情があったことが原因なのかもしれません。

 キレット小屋は、白馬山荘、鑓温泉小屋、五竜山荘などと同じく(株)白馬館が経営しています。
 最初のキレット小屋は昭和七年に建設されましたが、現在の建物に改築されたのは、平成元年のこと(昭和六十二年から改築工事が開始され、三年をかけて終了)。総二階建てのわりと新しい建物です。収容人数は公式には100人となっていますが、畳数は50畳なので、実際に100人入ると、だいぶ窮屈になると思います。

 ちなみに、八峰(はちみね)キレットの名前は、昔この周辺を歩いていた猟師の「八(はち)」さんの名前から来ているそうです。剱岳にある「八ツ峰(やつみね)」のように8個の峰があるわけではありません。



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