雲の上の八十七日〜おわりに〜

山小屋の生活は、毎日が発見と感動の連続だった。
仕事としては、同じような日々が続くけれど、山は様々なものを見せてくれた。

花は咲き、枯れ、また新しい花が咲いた。
夕陽は、少しずつ位置を変えながら沈んでいった。
雪渓は、見る見るうちに融けていき、地肌をさらけ出させていた。

よく晴れた日は、太陽の暖かさと風の心地よさを全身で感じた。
雷の日は、その光、音、衝撃に震えさせられた。
長く続いた梅雨は、太陽のありがたみを教えてくれた。
雨が降らないときには、水の大切さを知った。
台風の日は、自然の持つ力の大きさに驚かされた。

朝、聞こえるのは、鳥の声と風の音だけだった。
夜、外に出ると、星が数え切れないほど瞬いていた。
またある夜は、月が眩しいほど岩壁を照らしていた。

鹿島槍ヶ岳には、登るたびに毎回何らかの発見があった。
長雨の後、ようやく外に出られたとき。
夏山の爽やかさを満喫できたとき。
台風が去り、秋の気配が聞こえてきたとき。
ただ、歩いているだけで、とても気持ちがよく、幸せな気分になれた。

お客さんから、ずうっとキレット小屋にあこがれていて、ようやく来ることができました、と言われた。
お客さんから、食事がとてもおいしかった、と言われた。
お客さんから、トイレがとてもきれいね、と言われた。
お客さんが、みんな夢中になって、静かに夕陽を眺めていた。
お客さんが、お世話になりました、と言って、朝、小屋を出発していった。

すべてがいい思い出となり、自分の中に残っている。

今まで、いくつもの山に登ってきたが、ひとつの山にこれだけ長くいたことはなかった。
それだけに、今まで知り得なかった山の姿を見ることができた。
また、山で生活する、というこんな世界があることを知った。

出会えた人、物、風景、現象、そのすべてに感謝したい。



「雲の上の八十七日」の表紙へ